020_2400 チェスゲームⅦ~#endif FLAG_New comer_2_~


 白いポーンを最奥まで進ませ、つばめが宣言する。


「プロモーション、クィーン」


 そのポーンと、既にクロエに取られたルークを、ひっくり返して入れ替える。クィーンが盤上にまだ残っている時、こういう扱い方をする。


雑兵ぞうひょうが突き進むだけで、最強のクィーンにも、トリッキーなナイトにもなる」


 昇格プロモーションしたポーンは、キング以外の駒に成ることができるが、普通に考えればその二種類に絞られる。


 クィーンは四方八方どこまでも進める。ビショップとルークの動きを兼ね備えているため、わざわざ制限のある駒に入れ替えはしない。

 しかしナイトの駒は別格だ。一直線の進路を取らず、唯一他の駒を飛び越える。その動きはクイーンでも真似できない。


「たった一手で最弱の敵が最強の敵になる。そんなことが現実に起こるとは考えないの?」

「ありえませんね」


 『強さ』をどう定義にするかにもよるが、新米が一日で熟練になることなど、誰もがありえないと考えるだろう。


 だがつばめは、クロエの返事に小さく首を振って否定した。


「甘い。甘すぎるよ、クロエちゃん」

「……!」


 遅れて理解した。彼女が語っているのは駒のことではないと。


 『彼女』は女王クィーンではなく王女プリンセスだが、確かに『彼』はトリッキーな《騎士ナイト》だ。

 だから、たった一手で最弱が最強になりうる。


 二一世紀の《魔法使い》は、そういう存在だ。普段は常人と変わらずとも、装備を手にするだけで、史上最強の生体万能戦略兵器と化す。


「……先生。彼らに《魔法使いの杖アビスツール》を与えたのですか?」

「王女サマを誘拐しようってのに、協力するわけないでしょ? それにあのコたちは最初から、わたしのところに来なかったから、なにもしていないよ」


 つばめが何もしていないと説明すると語弊ごへいがある。


 まずはアイリーンと名乗る『メール友達』を、前もって神戸に呼び寄せていた。

 そして少女の資料と一緒に、コゼットと樹里が使っていた空間制御コンテナアイテムボックスをふたり、野依崎に渡した。

 更に十路の空間制御コンテナアイテムボックスは、ある理由により、ずっと以前から野依崎に管理を頼んでいる。

 最後に、野依崎を新神戸駅に行かせた。


 しかし、それだけだ。部員たちに協力などしていない。


 《付与術師エンチャンター》であるコゼットが退部するとなると、彼女の手伝いをしていた野依崎が仕事を受け継ぐことになり、空間制御コンテナアイテムボックスを渡すのは当然のこと。

 部の備品なのだから、樹里の空間制御コンテナアイテムボックスが換装されたために、不要になったアタッシェケースが新たな部員が使うのも不思議ない。

 彼女から取り上げたのだから、その中に樹里の《魔法使いの杖アビスツール》が入ったままなのも当たり前で。

 三人分のアイテムボックスと試作の《魔法使いの杖アビスツール》を持って、野依崎が駅に迎えに行き、全てアイリーンにたくせなど、そんな指示を出しておらず。

 ましてや装備が各々おのおのの手に届くかなど、先のことを知るはずもない。


「もしもなにかが起こるとしたら、全部あのコたちの意思だよ」


 策略家つばめは、自信たっぷりにを口にした。



 △▼△▼△▼△▼



「あのヘリ、どこに行った?」


 疾走中のオートバイの後部で、和真かずまは周囲を見渡す。ビルの谷間からでは、空を飛ぶ追手が見えない。


あきらめてくれたらいいんですけどね……」

【期待できませんね】


 ナージャの不安は、イクセスが一蹴する。攻撃へリ・ティーガーが発するローター音はセンサーが感知しているため、まだ近くにいることは間違いないと彼女は判断している。

 しかし航空機が発する騒音は、複雑な形で周囲に広がるため、意外と間近でも気付かないことがある。街中では建物にぶつかって音が反響するため、なおさら位置が掴みにくい。


 だからイクセスは、一刻も早く樹里と合流したいのだが、無線での会話内容もかんばしくない。


【ジュリ、今どこにいますか?】

『追いかけてるからじっとしてて!』

【そんな悠長ゆうちょうなことしてられませんよ……】


 樹里は本土側に戻ってきて事態を把握し、一刻も早く合流しようしていた。

 しかし戦闘ヘリの追跡を振り切ろうと、不規則に動くオートバイの行動は、彼女も引き離している。


【神戸市役所は近いですか?】

『そこならすぐに合流できる!』

【ではその前の交差点で】


 四者四様に不安を抱き、オートバイは交差点を曲がる。


【!?】


 直後にイクセスは、急ブレーキをかけた。

 向かおうとした真正面で、幹線道路の広さを利用し、わずか一〇メートルほど上空を、戦闘ヘリ・ティーガーが空中停止ホバリングで待ち構えていた。


「げっ!?」

【しまっ――!?】


 和真がうめき、イクセスが後悔しても遅く、ヘリから放たれる誘導用レーザーに捉えられた。


 いくら《使い魔ファミリア》といえど、さすがに対戦車ミサイルの直撃に耐える自信はない。イクセスは破壊される覚悟をし、せめてナージャと和真を遠くに放り捨てようとし。


【――は?】


 なぜか紙袋を頭から被り、長い棒を手にした、中性的で活動的な服装の少女が、そばに建つ建物屋上から飛び出したのを見た。


「間に合ええぇぇぇぇっっ!!」


 その少女は超跳躍力を発揮し、空中で体をたたんで、足から戦闘ヘリの横腹に突っ込んで行く。

 生身の人間が戦闘ヘリに向かってドロップキックを慣行したのは、百歩ゆずって良しとしよう。

 しかし少女が折ったひざを伸ばして、光る幾何学模様におおわれた両足から衝突した、次の瞬間に。


「「うそぉっ!?」」


 肌でも感じる轟音が響き、重量約五トンの巨体が吹き飛ぶのは、一億歩ゆずってもありえない。ナージャと和真が声をそろえて叫ぶのも無理はない。


【部員以外の《魔法使いソーサラー》……!?】


 イクセスは即座に、一歩もゆずらなくても、そんな非常識を実現する存在に思い至った。謎の紙袋少女が窮地きゅうちを救ってくれた経緯は、全く理解できないが。


「あと任せた!」


 仕事はここまでと、紙袋少女が落下しながら叫ぶ。


「了解!」


 応じた声の持ち主が、オートバイの側に降ってきた。


【ジュリ!】

「ごめん! 遅れた!」


 ようやく合流が叶った。

 彼女は紙袋少女と一緒に、オートバイを追いかけていたのだが、無線でそんな説明する暇などなかったので、部外者ふたりが食ってかかる。


「ヘリ蹴飛ばしたあの子なんですか!?」

「あれ誰!?」

「そんなの後にして降りてください!」


 怒鳴られたナージャと和真が《バーゲスト》から降り、樹里はそのふたりに手にした長杖と一緒に、ジャケットを脱いで渡した。

 下に着ていたのはいつもの学生服で、ブラウスの二の腕には、総合生活支援部の立場を示す腕章がある。

 相手は一般人のいる市街地で、戦闘ヘリで攻撃してきたのだから、もう小細工も遠慮もする必要はない。治安維持活動を行う準軍事組織隊員として、力を振るっても構わない。


「イクセス……どうしよう?」

 

 樹里はスカートのままで、オートバイにまたがる。


 ティーガーは装甲をへこませながらも健在だった。落下するより早く、建物に衝突する前に、ドロップキックで崩したバランスを立て直した。

 パイロットは少女に蹴り飛ばされたと認識しているかどうか。もしも認識できたならば、そんな非常識な相手に攻撃をせず、このまま撤退もありえるかもしれない。


【バイクが戦闘ヘリガンシップより強いってところ、思い知らせてやろうじゃないですか】


 だが不穏な声でイクセスが答えた。相手の考え以前の問題として、逃げることしかできなかった状況に、相当なフラストレーションが溜まっていた。

 樹里はやや不安を感じたようだが、ハンドルを握りしめた。


「木次樹里の権限において許可する――」


 唐突に思えるかもしれない話だが。

 《使い魔ファミリア》は《魔法使いソーサラー》の道具であり、部内では運転免許を持つ十路しか乗らないにも関わらず、イクセスは彼をマスターだと思っていない。

 それはAIの性格設定によるものと、法的な扱いは部の備品だからなのだが、実はもうひとつ理由がある。


 免許がないから乗れないにも関わらず、機能使用権限を与えられたマスター役が、十路の他にもいるからだ。


「《使い魔ファミリア》《バーゲスト》の機能制限を解除!」

【OK. ABIS-OS Ver.8.312 boot up.(許可受諾。絶対操作オペレーティングシステム・バージョン8.312 起動)】


 使用許可宣言が出され、普段は凍結されているソフトウェアの制限が解除される。ハンドルを握る樹里の腕に《魔法回路EC-Circuit》が浮かび、《魔法使いソーサラー》の脳と《使い魔ファミリア》の機能が接続される。

 つい先ほどまで成すすべなかったオートバイは、ノーヘル無免許女子高生が乗ることで、いかなる状況にも対応できる戦車と化す。


 樹里はステップに立ち、アクセルグリップをひねり、ヘリが飛ぶ近くの建物に向かいながら叫ぶ。


「重力スタビライザー!」

【OK. EC-program 《Kinetic stviraiser》 decompress.(了解。術式 《動力学安定装置》解凍)】


 車体各所に《魔法回路EC-Circuit》が浮かび、重力制御を行う《魔法》を実行する。それは普通、暴れる挙動を押さえ込むために使うものなのだが。


 急加速と体重移動で、樹里が前輪を持ち上げつつ、その術式に対して新たに指示を出す。


「方向転換!」


 持ち上げられた前輪から建物に衝突した瞬間に、力のかかる方向をZ軸からY軸に変える。つまり車体は垂直の壁面に押し付けられて、建物の壁を駆け上がる。普通のオートバイには絶対に真似できない、常識を無視した芸当だ。


 そして壁面の終わりから、偽装のエンジン音を高らかと響かせ、オートバイは宙高く跳んでエアターン。地表から離れようとした戦闘ヘリを上から襲う。

 ヘリは上部のローターを回転させて飛んでいるため、上から飛び込めば巻き込まれ、人体など切り刻まれる。


「ブレード展開!」


 だが、後部右側に塔載した空間制御コンテナアイテムボックスから巨大な刃が出現し、そこから回転するローターに突っ込んだ。


 メインローターの四枚羽が次々と衝突し、火花を散らして千切れ飛ぶ。

 当然それでは揚力を得ることはできない。重い金属がへしゃげる音を響かせて、攻撃ヘリは路上へ落下した。戦闘ヘリがずっと空中停止ホバリングしていたのだから、周辺の一般人や一般車輌は離れている。爆発炎上もしなかったため、乗っていた者が死ぬほどではないだろう。


 墜落直後、ヘリの風防キャノピーを蹴って跳んだオートバイが、別のビル壁面に着地した。



 △▼△▼△▼△▼



「ありえねー……」

「本当にバイクがヘリ撃墜しちゃいましたよ……」


 地を駆ける魔犬バーゲストが、空を飛ぶティーガーに食らいついた非現実な様を、離れて見ていた和真とナージャは呆れた。


「……あれ?」


 ふとナージャが気付いて、周囲を見回した。


 謎の紙袋少女の姿が、どこにもない。

 その代わりのように、ナージャのすぐ足元に、傷だらけの黒いケースが残されていた。

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