020_2300 チェスゲームⅥ~Collision~
チェスの対局が進み、互いの駒が減ると、やや
ここまでの進展を見る限り、つばめとクロエの腕前は、ほぼ互角と言っていいだろう。
守りに
数十手先までを先読みし、途中で分岐する数千数万のパターンを作り上げ、最良手と思えるもの選択し、実際に打つ。更に相手の打ち筋を見て分析を修正し、勝利のパターンを作り上げようとする。
そんな思考の連続に疲れが見え始めた時、気分を入れ替えるように、つばめは盤から顔を上げた。
「クロエちゃんの打ち筋、変わったね」
「どう変化しています?」
「良く言えば、奥が深い。悪く言えば、腹黒い。だけどまだまだ甘い」
「甘いですか」
「わたしはそういう甘さ、嫌いではないけどね」
「…………」
チェス以外のことを言っているのだとクロエは受け取った。
自分が甘いのかと、クロエあわずかな時間だけ自問する。
つばめが目的を知っているなら、彼女に協力を求めるべきだったのだろうか、とも。
しかし内心で首を振った。
それはできない。してはいけない。
自分は妹を本気で叩き潰さなければならない、と。
だからクロエは
「先生。今しているのは、チェスですよ」
「そうだね」
「こちらも本気で行きますよ」
つばめの白いキングを守るビショップを倒し、黒いルークがその前に置かれた。
逃れる手はまだあるが、この対局で最初の
△▼△▼△▼△▼
「マジ!? アイツら本気で俺たち殺す気!?」
リアシートで振り返り、和真は悲鳴を上げる。
県道三〇号新神戸停車場線・通称フラワーロードを疾走する彼らを、タービンエンジンの駆動を響かせて、上空から黒いシャープな機体が追いかけていた。
EC665ティーガー。フランス・ユーロコプター社が開発した攻撃ヘリコプターで、機首下部には固定武装の三〇ミリ
「バッチリ敵として認識されちゃってますねー!」
今オートバイのハンドルを握っているのは、無免許の和真と交替したナージャだった。走行中なので怒鳴っているが、こんな状況なのに緊張感はあまり感じられない。
本来の予定では、人工島に程近い場所で樹里と合流し、そこでイクセスは島にとって返し、ナージャと和真は役目を終える予定だった。
しかし合流場所であるコンビニの駐車場に現れたのは、重武装の戦闘ヘリだった。しかもロケット弾を撃ち込むという問答無用の
それを間一髪で回避し、彼らは逃げ回る
「どわぁぁぁぁっ!?」
一般人のいる街中にも関わらず、ややくぐもった轟音と共に機関砲が連射される。アスファルトに弾痕が
「左!」
ナージャは和真に指示を出しながら、横に体重をかけてノーブレーキで交差点を通過する。
その直後、弾痕が
その程度ではティーガーからは逃れられない。街中で障害物が多いとはいえ、相手は空から見ている上、戦闘ヘリの巡航速度は時速二〇〇キロを超えるものもざらにあるため、なかなか引き離せない。
そんな状況に、ナージャは軽く舌を打った。
「イクセスさん。なにかいい案ないですか?」
【普段なら
「ボタンポチればレーザー砲が出てきたり、小型ミサイル発射する機能は?」
【どこかの特撮と一緒にしないでください!】
イクセスも歯がゆいらしく、声に悔しさを
《
なので今は、普通のオートバイとなんら変わりなく、逃げ回ることしかできない。
【ロックされてる……!?】
シートのせいでセンサー能力が低下している今、明確な反応を感じないが、察したイクセスが戦慄した。
【腰を浮かせてシートを外してください!】
「ちょ!?」
「ムチャ言いますね!?」
こうなれば、証拠がどうこうどころではない。乗っているふたりは苦労しながら指示に従い、オートバイのGPSを封印していたアルミ貼りのシートを、走行しながら外して手に抱えた。
【合図で真上に広げて投げてください!】
封印が除かれたためセンサー能力が復帰し、人間の目には見えない赤外線レーザーが、ローター上の照準器から発せられてるのを明確に感知する。
【今です!】
ナージャがシートを広げながら投げ捨てた直後に、ティーガーが抱えた筒状ランチャーから、二基の対戦車ミサイルがオートバイ目がけて飛来した。
しかし一瞬ではあるが、気流に舞うアルミが貼られたシートが、照射される誘導用レーザーを
その一瞬でオートバイが進行方向を強引に曲げると、ミサイルは交差点中央の地面に着弾し、火の花を咲かせた。
△▼△▼△▼△▼
コゼットと十路もまた、現在進行形で危機だった。
「堤さんならアレもどうにかできるでしょう!?」
「成形炸薬か対戦車地雷を要求します!」
「ンなモンどこにありますのよ!? 消火器でやれ!」
「無茶言うな!?」
建物の陰で、工具を手に作業する十路と怒鳴り合うが、コゼットは手伝うこともできず、やきもきして眺めていた。
クロエがいるホテルに近づくために、彼らは人工島中心部に向かっていた。
しかしその周辺には、封鎖線が敷かれたように、厳重な体勢が整えられていた。
行っているのは警察ではない。軍事車両に乗り、迷彩服に自動小銃を構えた軍人――まだ日本に残っているはずの、欧州陸軍連合戦闘団の者だろう。
どこにいたのか十路たちには不明だが、この人工島内にいたことは間違いなく、コゼットを奪還したことで非常線が張られたのだろう。
それだけでも大いに問題だが、更に問題がある。彼らが隠れている場所、重い駆動音が伝わってくること。しかもどんどん近づいてくる。
十路たちは隠密行動を心がけていたが、やはり限界がある。見つかってしまい、そのディーゼルエンジン音に追いかけられていた。理由は不明だが、歩兵まで運用した人海戦術を取られていないのが救いだが、それでもピンチには違いない。
「よしっ!」
十路の声に喜色が混じる。
誰ともしれない原付ホンダ・スーパーカブ50を失敬するため、バッテリーの配線を直結して、善い子は試してはいけない方法でエンジンをかけていた。
即座に原付に
「しっかり掴まっててください!」
「えぇ!」
アクセルを開き、建物の陰から通りに飛び出すと、彼らを追い立ていた物が嫌でも目に入る。
フランス軍用車両メーカー・パナール社のERC90サジェ偵察装甲車だった。戦闘車輌としては小型だが、九〇ミリカノン砲など塔載していたら、生身の人間にしてみれば脅威度は戦車と変わりない。
灰色基調の都市迷彩が
「――っ!?」
「ひっ!?」
それに十路は、原付の小回りの良さを活用し、対戦車戦術の基本であるジグザグ走行で対処する。道一杯に左右に走り、相手に狙いを絞らせない。
しかし
「なんであんなデカブツが日本にありますのよ!?」
「俺が知るわけないでしょう!?」
中心部への接近はひとまず諦めるしかない。
この厄介な追手をなんとかする手段も今はない。
予定ならばこの付近で、イクセスと再合流するはずだったのだが、予想外の事態で遅れている。
悔しさをにじませながら、コゼットと十路は、人工島の外周部へと撤退した。
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