020_2200 チェスゲームⅤ~#endif FLAG_New comer_1_~
チェスの対局がまたも止まった。
クロエが装着した耳の無線機を抑えて、その会話に集中したから。
「どうしたの?」
「少々意外なことが……大の男六人がかりで、少女ひとり捕らえられず、返り討ちにあったそうです」
「被害は?」
「スタンガンを使われたようで、全員が行動不能……それだけのようです」
「あぁ、ジュリちゃんの仕業だね」
つばめが出したその名前に、クロエの脳裏に事前情報が浮かんだので、丁度いい機会と口に出した。
「……そういえば、その少女のことも調べたのですが、結局は謎でしたね」
クロエが樹里を実際に見たのは二度ほど。《
「国籍不明。出身地不明。年齢不明。両親不明。先生の学校に入学する以前の一切の経歴は存在しない。あの少女は何者ですか?」
それにつばめは、ヘラヘラした笑いで応じる。
「変だなー? あのコは日本に生活してて、普通に受験して、今年の春に入学したんだけどな?」
「そのような偽造の経歴が巧妙に作られていたため、調査するのにかなり時間を要したようです」
「裏がないって判明したら、普通はその情報が真実って判断すると思うけど? なのに調査結果を不明って判断したんだ?」
「国家に管理されていない危険人物が、普通に学校に通って進学したなんて、誰か信じると思います?」
ふざけた態度に内心苛立ちながら、クロエは重ねて問う。
それにつばめは表情を改めて、真面目なものを作った。ただし質問には答えずに、新たな問いを発する。
「今回の件、『アイツ』が絡んでるでしょ? ウチのコたちの情報も、そいつから渡されたんじゃない?」
「……っ」
クロエは驚きで、わずかに表情を動かした。
今回の彼女の行動には、支援者がいる。神戸で生活するワケあり《
しかもつばめは支援者の存在だけでなく、それが誰かを明らかに知っている様子だった。
「ひとつ忠告。『アイツ』を信じないほうがいい。善意でクロエちゃんに協力してるわけじゃないし、目的のためならキミたちも利用する」
「……ロジェからも、同じように注意されました」
クロエは忠告を素直に受け止めた。
しかしもう事は動いている。今のところはどうしようもない。
△▼△▼△▼△▼
神戸新交通ポートアイランド線、通称ポートライナー。神戸市中心部の三宮から神戸空港までを繋ぐ、日本初の
その高架専用軌道を、ヘルメットを抱えた樹里は走っていた。
(思ったより時間かかっちゃったなぁ……)
海上連絡橋での戦闘は、楽勝と言えば楽勝だった。相手が鍛えた男六人だったとしても、異能の持ち主である樹里が《魔法》で身体能力強化すれば遅れを取る事はない。
逆にやり過ぎないよう、手加減するのに時間を食ってしまった。
そして今、彼女はオートバイと――十路とコゼットではなく――再合流するために移動していた。
(妙に
高架から見える道路には一台の車も走っていない。まだ深夜と呼ぶには早い時間なのに団地の明かりが少なすぎる。一度もポートライナーの車輌と遭遇していない。
つばめの仕業で、無関係の市民が人工島から脱出しているなど知る
とにかく急いで本土側に戻ろうと、樹里は身体能力を《魔法》で強化した足に、より一層の力をこめた。
「あらよっと」
「!?」
しかし、驚きで足を止めてしまう。
行く手を塞ぐように、どこかから小柄な人物が軌道上に飛び移ってきた。そんな真似ができないよう、軌道の高架は周辺の建物から離れているだから、常人の技ではない。
ついでに格好も常人とは違っている。
『KOBE PUDDING』と印刷された、神戸プリンでおなじみトーラクの紙袋を、目の部分に穴を開けて頭から被っている。
控えめに言って不審者だった。
「誰!?」
中性的で活動的な服装は、新神戸駅で野依崎が会っていた少女のものだが、そんなこと樹里が知るはずない。
正体不明の不審人物なのだから、ここで戦闘が始まっても不思議ない。
「あー。今のあたしってめっさ怪しいと思うけど、あんま気にしないで?」
「ややややや、それ無理……」
「ちょっち顔合わせるとマズイ人いるからさぁ、こんなモンかぶってんのさ」
「はぁ……よくわかんないけど、大変ですね」
しかし紙袋少女は敵対する気配もなく、間の抜けた風貌と相まって、なんとなく会話が成立してしまう。
少女の正体だけでなく、持っている荷物も不思議なために、どう反応していいのか樹里は困り、おずおずと問うた。
「どうして私の
少女が肩に担いだ棒に、取っ手を通してふたつのアタッシェケースと、黒いケースがぶら下がっている。うちひとつには、樹里が貼ったステッカーがあるから、間違いようがない。
「おねーさん、このケースを前に使ってた、キスキって人だよね?」
少女は荷物を肩から下ろし、樹里のアタッシェケースを開く。
「これ入れっぱだったから返すけど……セッテー変えて、お下がりをあたしが使うって話、聞いてないわけ?」
少女は中から電子部品の塊のような先端を持つ長杖――樹里の《
「なんで!? どういうこと!?」
「ゴメン。説明するヒマないんだ」
理解不能なことばかりで混乱する樹里を無視して、謎の紙袋少女は棒を担ぎ直して
そしてやや大きめのファッションから覗く手足に、青白い回路図のような《
樹里の知識では効果はよくわからないが、明らかな《魔法》の行使だ。少女もまた《
異常な身体能力どころではない。少女はカラータイツに包まれた細い脚から暴風を吐き出して、本土側に疾走を開始した。軌道を車輌が走っていたら追い抜くだろう速度で、あっという間に遠ざっていく。
「あぁもう! どうなってるの!?」
ここでヤケを起こしても仕方ない。手元に戻ってきた《
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