020_2020 チェスゲームⅢ~Interpreter~


 コゼットは車の中で、身をすくませていた。


 学院を出た彼女は姉が言っていた通り、ポートホテル・テティスのロイヤルスイートの一室にて、気詰まりで不安が増すだけの時間を過ごしていた。


 何事もないまま時間を過ぎると、やがてスーツを着こなし、態度こそ丁寧ていねいだが、慇懃いんぎん無礼な感じを覚える男たちが現れた。今まで一緒に行動していたのだろうが、目にしたことはなかった、クロエの護衛や運転手たちだろう。

 出発の時間になり彼らに連れ出されて、体格のいい男と共に、コゼットは車の後部座席に乗せられることになった。

 乗せられた車はメルセデス・ベンツ、Sクラス。要人護衛と同じ、前後を挟む車三台でホテルを出て、人工島を出て連絡橋を渡り、海上の空港へと近づいていく。

 そこには帰るための飛行機が用意されて、それに乗れば二度とこの地へ足を踏み入れることはできないだろう。


(やっぱり、見捨てられましたかしら……?)


 そう長くない移動時間に、期待していたことは、起こりそうな予感がない。 

 白いワンピースのスカートを握り締め、どうしてこうなったのだろうと、彼女は考える。もう何度となく考えた自問で、自答はやはり同じだった。


(わたくしは、生まれてくるべきではなかった、ってことでしょうね……)


 《魔法》を忌避する国に、《魔法使いソーサラー》として生まれた自分は、全てを間違えたということ。


 そんなことを言われても困ると思う。生まれる場所も家庭も、コゼットには選べないのだから。

 しかし、それを問うてくるのは、現実の大人たち。


 もしも生国が違ったら?

 もしも王女でなかったら?

 もしも《魔法使いソーサラー》として生まれなかったら?


 考えてもせんない仮定の疑問が浮かび、千々ちじに乱れた結果、コゼットの心に諦めが生じる。


「!?」


 しかし突如、色とりどりの火の本流に巻き込まれたことで、否応なく諦観を忘れる。


 ホテルに軟禁されていた彼女は当然知らないことだが、十路とおじはキッチンタイマーとライターの圧電素子を使った、簡易的な時限着火装置を作った。

 通過予測時間を計算して、連絡橋のたもとからナージャの連絡を合図にし、そのスイッチを入れた。

 仕掛けが狙い通りのタイミングで効果を発揮し、次々と花火に着火する。一斉に車道に向けて、ロケット花火が飛び出し、噴き出し花火が火の粉を吹きかけ、小型の打ち上げ花火が星を発射した。


 車内にも車にもなんら影響はない。運転手も驚きはしたものの、そのまま走り続ける。道が塞がれているならまだしも、異常事態があったからと止まることはない。そのまま危険地帯を走り抜けるのがセオリーだ。


 罠を仕掛けた目的は、コゼットに作戦開始を知らせること。

 光と音で視覚と聴覚を妨げ、集中力を奪い、次の仕掛けを気取らせないことでしかない。


 次の仕掛けは、すぐに稼動した。花火に構わず走る先頭車両のバンパーに、地面に設置されたアンカーの柄が衝突する。するとスタンドで中心軸を宙で固定され、バランスを計算されたそれは回転し、かぎの側を上に向ける。

 空力学を計算した自動車のボディはなめらかで、なにかで引っ掛けようにも難しい。しかし底面は金属部品がき出し、凹凸おうとつがある。

 そこに上を向いたアンカーかぎが引っかかった。同時に音を立てて鎖が引きずられ、すぐさまピンと張り、固定された常夜灯の支柱がきしむ。


 すると車は支柱を中心に、鎖の長さを半径に、円運動を強制的に取らされて、車線を飛び出し柵へ激突する。

 必要経費およそ一万五〇〇〇円、最も高額なのは花火セット五〇〇〇円という冗談のような罠で、販売価格二〇〇〇万円の護衛車両が排除された。


(あれは……!?)


 そうして開けたコゼットが乗る車の視界に、進行方向を逆走するふたり乗りのオートバイが現れた。車体はシートにおおわれ、乗っている者たちは面体を隠しているが、彼女ならば見慣れた部員たちと備品だとすぐにわかる。


 オートバイは走りながら後輪を浮かせて、車体を横にし、前輪のみでスライドする。ノーズウィリーとジャックナイフターンという走行法を合わせたような状況だが、普通の車体でできる芸当ではない。


 しかも後方へ飛び出した、巨大な金属の塊を乗せたままでは、もっと不可能だ。


 コゼットも知らない装備だが、その用途は簡単に理解できるから、部員たちの考えに驚愕きょうがくする。


(ちょ!? マジですの!?)


 刃物の役割など、切断しかありえない。


「Baissez-la tete!(頭を下げなさい!)」


 オートバイとすれ違う前にコゼットは叫び、横にいた男と運転手の体を掴んで頭を下げさせ、みずからも姿勢を低くする。


 直後、無骨な刃が車内を駆け抜けた。

 強化ガラスが粉砕され、支柱はあっけなく切断され、即席のオープンカーと化した車の屋根は風に乗ってどこかに消える。


「よっ、と!」


 同時に短いスカートをひるがえして、ヘルメットをかぶった少女じゅり樹里が、車内に飛び移ってきた。


「きす――!?」

「文句もお説教も後で聞きます!」


 非常識な行動に驚く間もない。細身の体格からは信じられない腕力で、有無を言わさず体を掴み上げられて。


「ごめんなさーーーーい!」

「!?」


 まだ走り続ける車から、コゼットは放り投げられた。


 《魔法》での飛行とは違う浮遊と落下を感じ、急ブレーキをかける後方の護衛車両を飛び越えて、固い路面に叩きつけるのを彼女は覚悟した。


「うぐっ!?」

「きゃっ!?」


 しかし予想よりは柔らかく、しなやかで力強いものに受け止められた。

 彼女の落下地点に、オートバイにまたがったままの十路が割り込んで、腕の中に収めた。成人女性を受け止めるのは、彼でも辛かったようだが。


「……っ! イクセス! 頼む!」


 それでも十路は手放さずに耐えて、指示を出す。

 応じてオートバイは無言のままに方向転換し、飛び出たブレードを収納しながら、人工島中心部に向けて駆け出した。


「どうする気ですのよ!?」


 礼でも泣き言でもなく、十路の首にしがみついたまま、コゼットはまずそれを問う。

 彼に助けられたわけではない。これは始まりに過ぎないのだから。


「さぁて……! ここからはクロエ王女の出方次第で、行き当たりばったりですけどね……!」


 ワンピースのすそを巻き込まないよう、コゼットをなんとかタンク部分に横座りさせ、十路はいつかのように腕の輪に収めてハンドルを握る。


「しばらくは鬼ごっこですよ!」



 △▼△▼△▼△▼



 走りながら車体を切断されるという、前代未聞の事故を起こしたせいで、常夜灯の支柱に衝突して車は停止していた。


「痛たたた……」


 シートベルトを装着してるはずもなく、その衝撃で路面に転げ落ちた樹里は、その近くでうめく。思いっきり柵に突っ込み、頭を強打したため


 寝転がったまま、偽装の排気音高らかに走り去るオートバイと、スキール音を響かせてUターンした後続の護衛車両を見た。

 車三台全てを行動不能にできればベストだったが、さすがに期待しすぎか。十路たちを追っていた車を、樹里は見逃すしかなかった。


「……さて、と」


 しかし、この場でもやる事はあるから、樹里は気合を入れて起き上がる。


 世界最高レベルの安全性をうたうだけのことはある。事故を起こした車二台に乗っていた六人の男たちは、車から出て確認するように自身の体を触っている。動けなくなるほどの傷を負った様子はない。


 ひとりの男が携帯電話に向かって怒鳴っていた。樹里にその外国語は理解できないが、この異変を伝えていると予想できる。


 樹里はアスファルトを強く蹴る。《杖》なしで《魔法》を使って身体能力を強化し、陸上短距離走の速度で、すれ違いざまにスマートフォンを奪い取る。

 そして握り潰した。


 面体を隠しているとはいえ、細身の少女とわかる者が、そんな膂力りょりょくを発揮したのも驚きだろう。

 だがそれよりも男たちは、明らかな敵対行動に小さくどよめき、身構えた。


「格闘は得意じゃないんだけどな……」


 クロエ王女側の人員の合流を阻止し、コゼットへの追跡を減らすために、樹里は猟犬のように駆け出した。

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