020_1510 つまりこれは遠まわしな宣戦布告Ⅱ~Precompiler_Declaration of War~
「失礼しま――」
揃っていないピースがなにか考えつつ、高等部校舎から管理棟まで移動し、理事長室の扉をノックして返事も待たずに
中から伸びてきた女性の手が、ネクタイを掴んで部屋に引きずり込んだ。
「確保――あら?」
更に首に腕を廻され捕獲されそうになったが、十路は身をかがめて避けて、距離を取って振り返る。
金髪
「クロエ王女?」
「Ca va?(お元気です?)」
気軽な態度で片手を上げるクロエの他に、部屋にはもうふたりいる。ひとりはもちろん部屋の主たるつばめだが、残るひとりは本日もメイド服でキめた長身の女性――ロジェ・カリエールだ。
なぜ王女とメイドという部外者がいるのか。
「先生。ムッシュ・ツツミを
そんな彼の心中には構わず、クロエはつばめ相手になんか交渉し始めた。
「トージくん次第かなぁ? だけど、ワールブルグに連れて帰ってどうするの?」
「わたくしの人生の永遠のテーマ『愛! さえ! あれば! 男同士でも子供はできる!』を検証するためザマス!」
「トージくんをどっちに使う気?
「そこは本人の意思にお任せするザマス」
「トージくんはどっちがいい? 男を抱く方? 男に抱かれる方?」
「強要するつもりはないザマスけど、見た目的には、ムッシュ・ツツミは受けかと思うザマスよ?」
「アンタらなに勝手に
貞操 (尻)の危機を覚える二対の視線に、十路は思わず後ずさる。なぜ受けっぽいのか疑問だが、そこに触れると聞きたくない言葉が語られるのを、トラブル回避本能が予知したのでなにも問わない。
代わりに、素知らぬ顔をしているロジェに話を振る。
「アンタも止めろよ……?」
「わたしは殿下に雇われていますので、ご命令があれば、ムッシュ・ツツミを拘束する立場です」
「上司の暴走を止めるのも部下の仕事だろ……?」
抑止力としては全く役に立たなそうだった。
あまり話が通じるとは言いがたいが、消去法で一番話が通じそうな人間に話しかけることで、不穏な話題からの転換を図る。
「それで理事長? なんでクロエ王女がここにいるんですか?」
「別に不思議でもないでしょ? コゼットちゃんが通ってる学校だし。それにわたし、クロエちゃんと古い知り合いだし」
彼女がコゼットたちの家庭教師をしていたという話を思い出す。クロエの『先生』呼ばわりとつばめの『ちゃん』付け、この状況についても一応は納得できた。
「それで、トージくんを呼び出した理由だけど。学校見学したいって言うから、クロエちゃんの相手をしてあげてくれない? 午後の授業、公休にするからさ」
「なぜ俺に?」
「わたしが相手できればいいんだけど、これから仕事でしばらく無理だし。しかもコゼットちゃんには電話したら、切られちゃったし。ついでに、今日のクロエちゃんは
王女らしさを問うなら、昨夜のドレス姿に劣るが、それでもクロエが放つ空気は一般人とは明らかに違う。それにコゼットは校内で有名人なため、顔立ちが似ている彼女を見れば、血縁者だとすぐにわかるだろう。
つまり、名乗らなくてもクロエが王女だとわかる。会った人間の反応も想像できる。
「トージくんは一応知り合いだし、クロエちゃんにも変にかしこまらないでしょ?」
「いや、まぁ、事実ですけどね?」
それに、ひとまず理事長室に呼ばれた理由は納得できたが、つばめの言葉は額面通りに受け取ると、痛い目を見る場合がある。
「これ、
「うん。めっさ部活」
笑顔のつばめは返事に、自然と目を細めてしまう。『悪い目つき』から『鋭い目つき』になる。
それで欠けていたピースが予測ついた。現時点での断定は避けるが、十路の中で点と線が結びついていく。
「理事長……知ってましたね? だから昨日、俺たちに団体行動させたんですね?」
「んにゃー? なんのことにゃー?」
白々しいつばめに態度が逆に物語っている。この策略家は全て予想していたのだと。
「……
それはこの場で追及できる内容ではないので、十路は首筋を撫でて、なんでもない態度で『作戦』への注文をつけた。
「案内、ジュリちゃんと一緒?」
「いいえ。頼みたいことがあるので、俺にメール寄越すように言っといてください」
言外に、彼女も公休にしてバックアップを頼む。十路から連絡しても同じ指示はできるが、
現状では想定できる可能性への、保険でしかない。無駄になる可能性も充分ある。
だが予想どおりの展開になれば致命的なため、布石を打たないわけにもいかない。
そんな先行き不透明さ
加えて、今その名前を出しても、不自然にならない。
「キスキというと、レセプションで赤いドレスを着てらした方ザマスよね? 一緒に案内してくださるザマスの?」
「いえ。授業があるのでそこまでは。人間の体に一番詳しい《魔法使い》で、男同士で子供作ると洒落にならない問題があるとか言ってましたから、あとで説明とか必要かもと思っただけです」
「え゛?」
更に気がつけばクロエに拉致され、海外で男と
△▼△▼△▼△▼
その頃、コゼットはというと。
「……なぜここに来るでありますか」
「なぜか学校見学に来やがった女と、ツラ合わせたくないからですわよ」
「部室は?
「あそこにいたらぜってー来るっつーの……」
トートバッグとアタッシェケースをぶら
「フォーさんは今日も登校せずに、ひきこもってやがりますの?」
「そのお陰で
「……それ言われたら、返す言葉もありませんわ」
「そう言う
「えぇ……ま。毎回出てますから、一度自主休講したところで、どーってことねーですわよ」
この地下室に椅子はひとつしかなく、デスクに向かう野依崎が使っている。今日の服装はスカートでもないのに、レディースジーンズの後ろを抑えつつ、王女らしい所作で簡素なパイプベッドに腰を下ろした。
居座ることに野依崎はなにも言わない。
しかし、衣装ケース代わりに使ってる『えひめのミカン』と書かれたダンボール箱を引き寄せ重ね、それをデスク代わりになにかし始めようとしたのには、またも嫌そうな顔する。
「ここで作業する気でありますか?」
「理事長から仕事を頼まれてましてね……ヒマな時にやっておかねーと」
面倒そうに
取り出された物のひとつに、円筒形状の電子部品があるのを見つけて、野依崎が表情を変えた。初対面なら全くわからない変化だろうが。
「CY-06型マザーボードユニット?
『魔法使いの杖』とされるイメージを
それらしい部活動はあまりしていないが、野依崎も《
「
「いえ、わたくしの
「誰の《
「つーか、逆にフォーさんに訊きたいですけど、また新入部員が来る予定とか、理事長からなにか聞いてねーですの?」
「
「じゃあこの《杖》、学校外部の《
「テロ組織に大量破壊兵器を与えるようなマネはしたくないであります」
「あのエーカゲンな理事長でも、さすがにンなマネしないと思いますけどね……?」
「……それもそうでありますね」
不安そうな面持ちながらも、ふたりは
「そういえば
「あら? フォーさんがそんなこと言うなんて、珍しいですわね」
革表紙の本も取り出しながら、コゼットは軽く返す。漢字ドリルの書き取りでも見ればいいのかといった、気軽な態度で。
しかしデスクの引き出しから出た物体を見て、時限爆弾でも発見したような緊迫感を顔に浮かべた。
「……どういうことですの?」
「自分も
「動作する状態までは、問題なく組んだのでありますが、《
彼女が見せたものは、無線機ともレーザー発振器ともパソコンとも判断つかない、電子部品の
使われている部品や想定される形状は、コゼットが知らないものだった。
「それ、誰の《
△▼△▼△▼△▼
修交館学院の敷地は、学校としてはかなり広く、施設数もそれなりにある。
だから主だった、しかし校舎のような似通った施設は避けて、十路はクロエとロジェの主従コンビを案内した。
「本当!? 《魔法》を使っても男同士では不可能ザマス!?」
「俺もよく知らないですけど……専門家いわく、そういうことです」
「《魔法》なんて使うくせに夢も希望もないザマスね!?」
「《魔法使い》なんて呼ばれてますけど、俺たちに夢や希望を求めないでくださいよ……」
クロエとの会話はこんな感じなので、案内とは言いがたいが。
十路としては、もうその話は続けたくない。下手に希望や可能性を持たせるような言葉を口走ると、ダイレクトに自分の身に降りかかる予感しかしないのだから。後ろを無言でロジェが従っているので、命令次第で拘束されそうな不安もある。
しかし彼女の食いつきは、話題転換を許してくれない。
「静かですね」
「そりゃ授業時間だからですよ……」
もしかして助け舟なのだろうか。ポツリとロジェがこぼしたセリフに、これ幸いと乗っかる。
当然のこと。ただでさえ神戸の中心地からやや離れた山中で、授業時間ともなればどこも静かで
だからクロエも平気で特殊な日本語を出しているし、大きく響いた着信音に十路は慌ててポケットを探ることになる。
案内途中に失礼だとは理解しているが、確認しないわけにもいかず携帯電話を操作する。
樹里からメール着信だった。
「……さっき話した、人体に一番詳しい《魔法使い》からのメールですけど、『男同士で子供を作るなんて、倫理的にも法的にも無理』って来ましたけど?」
「トドメっ……!?」
ついでなので、クロエの話をこれ以上続けないと、最後通牒しておく。
送られてきたのは、樹里の
「つまんないザマス……」
「そんな好奇心で他人の人生狂わせるの、やめてください……」
「ま、いいザマス」
「……その程度の情熱だったんですね」
ひとまず貞操 (尻)のピンチも去り、散歩の様相で構内を歩いていると、クロエではなくロジェが興味深そうに足を止めた。
「ムッシュ・ツツミ。あれは?」
造成された斜面の隅の、取り残されたようなスペース。三〇メートルほどの細長い空き地と、風雨に
「この学校のアーチェリー場は、あまり使われていないようですね?」
「そんな熱心でもなさそうですから」
わずかながらであるが、彼女の無表情が複雑そうに歪んだ。
そしてアーチェリー場へと足を向けた。メイドとしてはありえない行動だろう。
「ロジェは趣味でアーチェリーやってるザマスの」
クロエは追加説明するが、やはりありえないだろう。
とはいえ雇い主は気にしていないらしく、付き合うつもりなのか、クロエもそちらについて行く。仕方なく十路も続く。
ふたりがロジェの元に着いた時には、既にロジェは鍵もかけていなかったらしい物置小屋から、道具を取り出していた。楽器ケースのような
「ロクに手入れしていないようですね」
「
自分の管理下ではないが、部外者から言われた自分の学校のことなので、一応謝っておくが、ロジェは気にも留めない。矢のシャフトが曲がっていないか確認し始める。
「弓、引きます?」
「私の道具でもないのに、勝手に使うのはよくないでしょう」
そういいながらも既に、勝手に弓の手入れを始めている。
十路も止めるはないが。アーチェリー部員も感謝こそすれど、文句を言ことはないだろう。『勝手に触るな』などと抜かしてきたら、『じゃあ日頃から道具を大事にしろよ』という話だ。
しばらく動きそうにない様子を見て、丁度いいのでクロエ相手に情報収集することにした。
「どういうご関係で?」
「主従関係。あと雇用関係? それだけザマスけど?」
「ロジェのスペルは?」
「ROGER」
「この人の仕事は?」
「わたくしの身の周りの世話、あと仕事のスケジュールの管理もやってますから、秘書みたいなものザマス」
質問の意図が読めないだろう。クロエは不思議そうに金髪を揺らす。
名前の
しかし十路は、あえて問い、念を押した。
「護衛ではないってことですか?」
それにクロエはネコ科猛獣の笑みを浮かべ、別の意味に捉えた。故意か偶然かは不明だが。
「ムッシュ・ツツミは、ロジェに興味があるザマス? やはりメイド?
「興味ありますね。
茶化しに十路は顔色を変えない。
視界の隅に、ロジェが立ち上がるのが見えた。弓の手入れがまだ終わっていないのに、だ。
「そういう意味では、クロエ王女にも興味があります」
「…………」
十路がなにを言いたいのか、理解したはず。
なのにクロエはなぜか、満足そうな微笑と提案を返した。
「お話してもいいですけど、紅茶とチェスボードのある場を希望するザマス」
△▼△▼△▼△▼
紅茶は構内営業しているカフェやファストフードで要望に応じることは可能だが、チェスボードとなるとそうもいかない。
双方が存在する場所など、ひとつしか心当たりがない。
淹れるのは大抵ナージャだが、茶葉はコゼットが購入したもので、そして彼女がよく遊んでいるチェスボードも私物なのだが。
「ここがコゼットやムッシュ・ツツミが所属する、クラブの部屋ザマス?」
「小汚いところで恐縮ですけど」
「なにするクラブザマス?」
「なんでも。内容次第で断ることも多いですけど、学内のことを依頼を片付けるボランティアみたいなものです」
「ふーん……」
クロエはもの珍しそうに、本棚やオートバイを眺めていたが、テーブルにロジェが淹れた紅茶が置かれたことで奥の席につく。
そしてチェスボードを引き寄せながら、向かいに座る十路に確認を取ってくる。
「さて……ムッシュ・ツツミは、どの程度チェスをたしなまれてるザマス?」
「駒の動かし方くらいは知ってますけど、素人ですよ」
「将棋は?」
「チェスよりマシって程度ですね」
「キャスリングはご存知?」
「ルークとキングを入れ替えるとは知ってますが、どういう条件かは知りません」
「プロモーションは?」
「知ってます」
その問答で、クロエの陣地に置かれている一列目の黒い駒が、ひとつを残して全て取り払われた。
「ムッシュ・ツツミが勝てば、わたくしが知ってる情報を全て教えるザマス。そしてわたくしも、ムッシュ・ツツミに訊きたいことがあるザマス」
将棋で実力差のある対局の場合、飛車と角の駒を落としてハンデとする場合もある。
クロエの行動はそれと同じと理解できるが、チェスでは将棋とは違い、取った相手の駒は使うことはできないのだから、駒落ちのハンデは比べ物にならない。
しかし彼女の顔には、
「腕前は、わたくしが遥かに上でしょう。だから、これで勝負しましょう」
「……国際チェス連盟のタイトル保持者と素人じゃ、勝負にならないでしょうけど」
「あら? わたくしのこと、ご存知でした?」
ただ事実を語っているだけだ。
しかし、見下したような目を向けられては、馬鹿にされている以外にしか聞こえない。
「さ、お先にどうぞ」
「…………」
知りたいことは、大きく三つ。
十路は
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