020_1500 つまりこれは遠まわしな宣戦布告Ⅰ~Searching "Principality""Princess""Truth"~


 学校の昼休憩時間、食事を終えたら、十路とおじはいつも教室で昼寝をしている。

 しかし今日は携帯電話をいじっていた。


「と~ぉっじくんっ」

「んごっ!?」


 柔らかい物体が背中にのしかっただけでなく、前に回った手が口に飴を放り込んだために、丸呑みしかけて息が詰まった。


「彼女さんへのメールですかぁ?」

「ナージャ……くっつくな」


 口の中で飴玉を転がしつつ、十路は軽く顔をしかめて文句言うが、背後の彼女に表情が見えるはずもない。


「そんな、冷たい……同じ屋根の下で一晩過ごした仲なのに……」

「わざとらしく言うな。マンション内なら全部同じ屋根の下になるし、ナージャが寝たのは理事長と木次きすきの部屋だ」


 《魔法使いソーサラー》たちと一緒にいたせいか、昨夜のパーティではナージャまで襲撃対象に入っていた。

 そして部員たちは同じマンションで生活してるから、なにがあろうと対応できるが、彼女はそうはいかない。

 襲撃者の正体や目的が不明であり、ナージャを帰すのに危険を感じたため、つばめと相談した上で、彼女の部屋に一泊させることになった。

 だからといって、特にイベントが起こったわけでもない。


「ナージャって、ひとり暮らしだっけ?」

「そですよ。急にお泊りになっても困りませんし、いつでも切なげに『今日、お父さんもお母さんもウチにいないの……』って言えちゃいます」

「ふーん」

「……そこはもっと大きな反応が欲しいですね」

和真かずまー。ナージャが親のいない家に泊まりに来いだとー」

「なんですと!?」


 平坦な十路の言葉に、食事が終わってどこかに行こうとしていた和真が、ズザザザザザッと戻ってくる。


「ナージャァァァァッ! ついに! ついに俺を――っ!!」

「HAHAHA。寝言は寝て言ってくださいね」

「ぶご――っ!」


 念願かなったと勘違いしたか、歓喜を浮かべて抱きつこうとした和真を、鍛えた男も沈めた地獄突きが迎撃インターセプトした。

 そんないつもの暴虐は無視して、ナージャが離れたのを幸いに、十路は携帯電話を操作する。


 と、すぐに背中にノシッと豊かな胸が押し付けられ、恨みがましそうなソプラノボイスが耳元をくすぐる。


「和真くんを押し付けないでくださいよぉ」

「ナージャご希望の大きな反応が返ってきただろ?」

「あーゆー反応は望んでません」

「じゃなにか? 俺が泊まりに行って『今夜は寝かせないぜ』とか言えばいいのか?」

「はい。寝ずに遊んで騒ぎましょう」

「オチわかってたんだな」


 変な体勢だが、素っ気ない会話には、色っぽさもつやっぽさもない。初夏の日中、彼女の体温だけでなく、着ているカーディガンの感触が鬱陶うっとうしい。

 けれども昨日の非日常を忘れる日常的な雰囲気に、十路は内心ホッする。あんな荒事があっても、ナージャの雰囲気はいつもと同じだった。


「あれ? メールじゃないんですね?」

「ちょっと部長の国のことを調べようと思ってな」

「ワールブルグ公国を?」


 とはいえトラブル回避のために、非日常のことを十路は忘れていない。液晶にネット辞典が表示させて、簡易的ながら情報収集を行っていた。昨日クロエとロジェと話した時、知らない情報があることに気付かされたからだ。

 それに昨夜の襲撃だ。

 十路は、あれはコゼットを狙ったものではないか。しかもそれを彼女が知ってるのではないかと、表情を見て思ったからだ。こちらは根拠はないのだが。

 なので小さな画面に、日本人がよく知らない国の情報を表示させていた。


 しかし、以前聞かされた以上の情報はない。西欧の中心部に存在する小国で、王政が残っており、主要産業は重工業と金融業であることが、長い文章で多少詳しく説明されているだけだった。

 ただ追記する内容がなくもない。


「ヨーロッパ圏では発達した工業国で、国内総生産GDP国民総所得GNIは世界トップなのですよ」

「裕福な国ってことか?」

「はい。意外ですか?」

「まぁ、意外だな……経済大国ってイメージはないし」

「辺国からの出稼ぎで、昼と夜で人口が違うんですよ。日本じゃ考えられない事情ですからね」


 彼女の生国は日本よりヨーロッパに近い分、詳しいのかもしれない。ほほをくっ付け、同じ小さな画面を見るナージャの言葉に、十路は唸る。

 

「現状でも裕福だけど、国力を更につけようとして、《魔法》を利用しようってのはわかるけどな……?」

「けど?」


 最初から衰退すいたいを前提にしてる国など、存在しない。だからクロエ王女が神戸を訪れた説明に納得できるのだが、十路が気になるところはそこではない。


 しかし必要が情報がないものをいくら見ても仕方ないからと、それについてはひとまず放置する。十路はカーソルを動かして、リンクされてる別ページへ飛ぶ。


 次はワールブルグ王室のこと。歴代の大公や、その血縁者の名前がずらりと並んだ中で、下にある、見慣れた名前にカーソルを合わせる。



 △▼△▼△▼△▼



 全名 コゼット・ドゥ=シャロンジェ

 称号 ワールブルグ公世子コゼット公女殿下

 居所 -


 公王夫妻の子供たちの次女で、幼少期より病気がちであったため、居所から出ることはなく、ほとんど表舞台に現れなかったため、長年国内でも名前しか知られていなかった。

 しかし居所からの通信制教育だけで、年齢相当以上の学力を見につけ、多分野における国際的論文誌に論文を採録され、実際には教育機関に通うことなく、理学の博士号を取得したことにより、秀才王女として学会や国内に名を轟かせる。

 近年、居所を出て活動できるほど体が回復したため、改めて学校に通いたいという王女の希望の下、日本の学校に留学中。



 △▼△▼△▼△▼



「部長が子供の頃に病気がち? そんな雰囲気あるか?」


 簡潔な内容を読んで、十路は眉根を寄せる。

 

「プリンセス・モードの時は、そういうはかなげな雰囲気もなきにしもあらず?」


 そうは言いつつも、ナージャも納得していない様子で首を軽く傾げたので、密着度が更に高まる。


「あと、部長さんが《魔法使いソーサラー》だとも、神戸にいることも書かれてないですね?」

「ないのがむしろ当然だと思う」

「それに、顔写真がないのはどうしてでしょう?」

「それも《魔法使い》だからじゃないかと思う」


 《魔法使いソーサラー》の情報は秘匿ひとくされるべきものだから、書かれていなくても不思議はない。ないのだが。


「変な言い方しますよ?」


 ナージャが前置きして、それを指摘する。


「これじゃわたしたちが知ってる部長さんが、王女サマって証拠がないですよね?」

「公表できる情報だけにしたら、結果的にそうなっただけだと思うけど……」


 確認のしようがないので、十路の返事は自身なさげに語尾が消えるが、コゼットが身分を詐称さしょうしてるとは思っていない。校内の学生の反応だけでなく、彼女の過去を知っているつばめや、関係者であるクロエやロジェの反応から、それは疑う必要ないだろう。

 しかし、ナージャが別の方面から異論を挟む。


「そもそも部長さんって、王女サマらしさが薄いと思いませんか?」

「中身が丁寧ヤンキーアレだから?」

「いえいえ、そうじゃなくて。味覚とか、金銭感覚とか、わたしたちと変わりないじゃないですか」

「確か部長は一年以上留学してるだろ? だったらそういう意味の常識はあって当然だろ?」

「そうかもしれないですけど……あと、普段の格好も安物の服ばかりですよ?」

「そうなのか?」

「貴族の生活なんて知りませんし、庶民派と言ってしまえばそれまでですけど、なーんか違うなーって思うのですよ」


 着ている服の値段など、男には理解できない。それにコゼットの格好は品良くまとまっているので、安っぽさなど感じない。アクセサリー類を身につけないのは、技術者だからという理由を真っ先に思い浮かべるため、不審に思ったことはない。


 金銭感覚については、十路も納得できるため、推測する。


支援部員おれたちは奨学金って形で、毎月生活費が支給されてる。部長もそれで生活してるから……とか?」

「いくらもらってるんです?」

「具体的な額は秘密。実家から通ってる学生が、土日でバイトしてるくらいの懐事情とでも思ってくれ」

「そこそこ豊かですけど、お金持ちってわけでもないと」


 《魔法使いソーサラー》の社会実験チームの活動結果は、企業や行政にとって貴重なデータになるため、その対価として支払われるだけではない。消防隊員や警察官のように、緊急性を求められ日頃から拘束される立場であるため、アルバイトなどできない。

 しかも部員は保護者から離れて、マンションで暮らしているため、生活費がないと暮らしていけない。


「となると、部長さんって、国費で留学してないってことですか?」

「どうなんだろうな……? 国費で留学して奨学金ももらってたら、もっと太っ腹になってもいいような気がするけど……でも今の部長がケチってわけでもないし」

「わたしたちが部室で飲んでるちょっとお高い紅茶とか、部長さんの自腹ですからねー」


 それもまた確認しようがない情報のため、十路は首を軽く傾げ、ナージャとの密着度を下げる。


「それにしても部長さんって、博士号ドクター持ってるのに大学通ってるんですね?」

「別分野の学位が欲しければ、そういう事もやるんじゃないのか?」

「あと、世子せいしってことは世継よつぎで、部長さんも継承権を持ってるんですね」

「ロシア人なのに日本語に詳しいな……」


 ナージャの言葉に答えつつ、なぜコゼットの情報がスッキリしないのか、十路は自問するが、答えが見つからない。

 理由不明の違和感がある。納得できるはずなのに、なぜかできない。


 しかしこれ以上は考えても仕方ないため、これもまたひとまず置き、十路は携帯電話を操作して、コゼットと並んだ名前のリンク先に飛んだ。

 次のページには、なにかの公式行事に参加した時だろう、つい先日会った人物と同じ顔写真が公開されていた。



 △▼△▼△▼△▼



 実名 クロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェ

 称号 ワールブルグ公世子クロエ公女殿下

 居所 公宮殿


 公王夫妻の子供たちの長女。

 クロエはワールブルグ公国の高等中学校、スイスの寄宿学校などを経て、フランスの大学に籍を置いて、政治学と国際政治学の学位を取得。大学院の入学資格もあると見なされる優等な成績であったが、卒業。

 その後、イギリスの王立陸軍士官学校に入学。卒業後、ワールブルグ陸軍に入隊し、陸軍少尉を一年あまり任官。

 退官後、現在はフランス語、ドイツ語、スペイン語、英語も使いこなし、両親とともに積極的に外交活動に参加している。

 趣味はチェスであり、チェスプレイヤーとしてヨーロッパ内の大会に数多く出場しており、FIDE(国際チェス連盟)のタイトルを保持している。



 △▼△▼△▼△▼



 あまり多くないとはいえ、コゼットより幾分いくぶん詳しく書かれている。その中で、なによりも十路が気になった情報は。


「軍隊に……? あの王女サマが……?」


 王族が軍に所属するのは、歴史を紐解ひもとくまでもなく、そう珍しい話ではない。それでも十路は驚いた。


「パーティ会場で、十路くんと部長さんが挨拶してたのって、この方ですよね? 部長さんのお姉さんだったんですか」

「あぁ……別人じゃないとしたら、一番重要な情報が書かれていない……」


 緊張感をともなった十路の声に、ナージャは驚いたように体を離し、彼の顔をのぞきこんで真剣な声を問う。


「それはなんですか……?」

「BL趣味とザマス語尾」

「…………はい?」

「……うん。俺はやっぱり空気読めないらしい。冗談もスベる」


 ナージャがそれを知るはずないので、白けた空気が流れた時、強制的に液晶の表情が切り替わり、通話のコールを知らせてくる。『理事長』と表示されている。

 またロクでもない用事の予感を覚えつつも、無視はできないので電話に出た。


『あいあーい。ユア・スイート・ハート、長久手ながくてつばめちゃんでーすっ』

「…………」


 二九歳独身女のお気楽ボイスに、十路は無言のまま電源ボタンを押そうとしたが、その気配を察したらしい。


『だーーっ! ちょっとしたお茶目で電話切るなーーっ!』

「だったら用件とっとと言ってもらえません……?」


 こんなのが最高責任者でこの学校は大丈夫なのだろうかと思いつつ、十路は話を進めさせる。


「昨日の襲撃の件ですか?」

『うんにゃ。別件。詳しいことは来てから話すからさ、今からわたしの部屋に来てくんない?』


 言いたいことだけ言って、電話は向こう側から切られた。


「……ったく」


 仕方なさそうに、十路は携帯電話を収めて立ち上がると、ナージャが包みに入ったままの飴玉を、指で弾き飛ばしてきた。


「昨日はお偉い人とのパーティと襲撃。今日もまた呼び出し。大変ですね、色々と」

「……?」


 飴を難なく空中で掴み取んで、十路は考える。ナージャの言葉にふと気づいて、確認を取る。


「……昨日の襲撃、ニュースになってなかったよな?」

「なかったですよ?」


 十路も朝のニュースをチェックしたが、それらしい内容はなかった。しかし別に不思議ない。


 他人の目で見れば、パーティ会場の襲撃はモデルガンを使用したもので、ジョークで済ませられる範囲だった。わざわざニュースにならないだろう。

 そしてその後のバイクによる襲撃は、銃撃戦ではなく、交通事故として処理できるように十路たちが片付けた。もし事故の被害者が短機関銃サブマシンガンを持っていたのを発見したなら、今頃ニュースになってるはずだが、それもないということは、彼らが自力で逃走ないし隠蔽いんぺいしてるはず。


 点と線はまだつながらない。

 繋がりそうな予感がするが、欠けているピースがなにか、今はわからない。


「十路くん?」

「あ、いや」


 十路が沈黙して動きを止めたことに、ナージャは不思議そうな顔をしたので、誤魔化す。


「俺たちの部活はそういう部活だし、そもそも《魔法使い》ってのは、誰かにコキ使われる人種だ」


 いつものように、やる気なさげな態度で教室を出た。

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