020_1202 手荒い歓迎Ⅱ~Parallel processing -Stray Dog & Lion-~
最高速度は到底
【くすん、くすん……私が悪かったです……】
だから逃走に失敗して鎖で拘束された、
「ナージャと和真だけでなく、お前も俺を
そのイクセスに、外で電話していた
まだ抜けていない不機嫌さに、コゼットは恐る恐るの声をかける。
「さっきの電話の言い訳、大丈夫でしたの……?」
「悪友どものイタズラってことで、納得させました」
《
「その、ごめんなさい……彼女さんの電話に出てしまって……」
再びのコゼットの謝罪に、十路は深々とため息をついた。
「違いますよ……なんでアイツから電話がかかってきたら、誰もが彼女だなんて言うんだか……」
やる気なさそうに首筋をかきつつ、ソファに座るコゼットに背中を向ける。
(あ、なんだ……違いましたの……)
棚のダンボールから工具を取り出す十路を見て、コゼットは軽く首を振った。
(そりゃそうですわよね……ハンサムってわけでもないですし、愛想ないですし、空気読まないし、デリカシーないし……そもそも恋人相手にわたくしの話をするなんて、どうかと思いますし……)
そんなことを考えつつ、コゼットはトートバッグからノートパソコンを取り出して、電源を入れる。
OSが立ち上がる間、なんとなしに十路の後ろ姿を見やる。
「ついでだから、このまま部品交換するからな」
【しくしくしく……身動きできない私は、成すすべなくトージに犯されるのですね……】
「……足まわりだけと思ったけど、お前のシステム電源切って、分解整備してやろうか?」
【それだけはやめてください! お願いですから!】
電源オフを泣くほど嫌がるAIを黙らせて、潰したダンボールに座って、十路は《バーゲスト》の前輪を分解し始めた。オートバイの形状をしているとはいえ、《
「なにか?」
ボンヤリ見ていたら、視線に気付いたように、十路が急に振り返ってきた。
「いえ、そーいやー《
「
「B整備がわかってねーですけど……どうして?」
「信用できないからです」
振り向くのを止めて、作業しながら背中で語る素っ気なさに、コゼットはムッとする。
コゼットは《
そんな彼女の内心を想定しているかのように、慌てたフォローではない説明が重ねられる。
「いや、単なる気分の問題ですよ? 精度とか正確さなら、俺がやるより部長が《魔法》でやるほうが間違いないでしょうし」
「じゃあ、どうして?」
「いざって時には、《
「あぁ……要するに
コゼットには理解できない理屈だが、彼の中では繋がっているのだろう。気休めの有無でもメンタルが違ってくるくらいの。
「そういうことなら、好きにすればいいですわ……つーか、貴方がそんな
古来より
「
「理解できねー日本人の感覚ですわね……」
「部長は神を信じてるんですか?」
「一応は信仰してますけど、特定の神は信じてねーですわ」
日本に来てからは聖書など本棚の隅に追いやられ、いつ開いたか思い出せない。留学前は頻繁に礼拝堂を訪れていたが、日本人が神前仏前食前に手を合わせるくらいの生活習慣でしかない。
確認不可能な超自然的ななにかは存在するかもしれないが、それが特定の神であるとは思わない。もし神がいるとすれば、それは信じる人の心にしか宿らないもの。コゼットの信仰心など、その程度でしかない。
「ぶっちゃけ、悪魔の存在のほうが、まだ信じられますわね」
もしも神が存在するなら、きっと己の運命を恨むからこそ。
それで会話が途切れたので、ノートパソコンに昨日つばめから渡されたディスクを挿入し、操作する。
(ハ? 格闘技とアクション俳優の経験がある《
《
(脳波やらDNAやらの生体情報はありますけど、それよかもっと大まかな情報を寄越せっつーんですわよ。名前もわかんねーし、写真の一
《
しかも聞いた話では、この《
情報が不足している上に、かけられた条件は意外と厳しい。ディスクを叩き割りたい気分になったが、コゼットはなんとか我慢してトラックボールマウスとタッチペンを操作しようとした。
(……作れるわけねーだろ!?)
でもやっぱりセルフツッコミと共にすぐ投げ出し、設計書と仕様書を提出させることに決定した。
分野も外注・内製も問わずエンジニアへ発注をかける際、よくあることではあるが。できること・できないことの技術理解がないのに『エンジニアに任せれば大丈夫』という無責任な思い込みでしかも口頭説明のみ目的を説明しないまま依頼すると、開発計画は難航し、
物理的にもタッチペンを投げ出して、コゼットは再び、十路の背中に振り返る。倒れたオートバイから小さなモーター音が鳴ったので、イクセスがコゼットに注目したのはわかったが、彼女は声を発しなかった。
視線を無視して、なんとなく《バーゲスト》を整備する背中を見やる。
十路は先日配送された新品タイヤに交換している。磨り減り具合から交換を判断するのは、普段から乗っている者と基準が違いそうで、やはり《
手馴れた手つきからして、修交館学院に転入する前から、ずっとやってきたことに違いない。整備兵や修理兵というか、自衛隊なら武器科になるか。そういうのは専門の部隊がやるものかとコゼットは思っていた。
「ねぇ……堤さん。貴方、なんでここに来ましたの?」
十路をぼんやり眺めていたら、そんな疑問が自然とこぼれた。
彼はやはり振り向かず、新しいタイヤを装着したホイールを確かめながら、口を開く。
「理事長に……! ハメられたからですよ……!」
「いや、そーじゃなくて」
それはコゼットもある程度は知っている。というか聞かずともそんなところだろうと、変な確信もある。
こめかみをポリポリ掻いて言葉を探す。
「ここに居続ける理由、つったほうがいいですかしら?」
「他に居場所ないですから。俺、陸自じゃ殉職したことになってますし」
「……なかなかのハメられっぷりでしたのね」
完全につばめに人生変えられたことに、同情するくらいちょっと引いたが、それはそれとして。やはり求める答えとは違う。
「あ゛ー……初対面でわたくしと貴方、戦ったじゃねーですか?」
「そうでしたね」
「……わたくしは行動不能にするだけのつもりだったのに、貴方ガチで殺しにかかってきましたわよね?」
「部長もかなりガチに攻め立ててきましたよ?」
まだ十路が転入する前の話だ。ある事件を十路とコゼットは、別々に追っていた。その際に連絡ミスが原因で、お互いを事件の関係者だと誤解し、戦闘することになった。
「んでまぁ、理事長にハメられてなんやかんやあって?
「さっき言ったように、他に行くところないってのが、一番の理由ですけどね――」
前輪を車体に接続させて立ち上がると、十路はようやく振り返った。
「ここで支援部員やるのが、俺の任務ですから」
名目上、自衛隊は軍ではないが、根っからの軍人っぷりに呆れてしまう。
「誰かからそう命令されたんですの?」
「いえ。俺がそう思ってるだけです」
「……ハ?」
『やっぱ理解できねー』と顔をしかめたが、十路は普段の、怠惰な無表情から変えない。
「あの野依崎って部員は、存在を昨日知ったばかりで除外しますけど、部長と木次ができないことをやるのが、この部活での俺の役割だと思ってます。でなきゃこんなアホくさい
「結構イヤイヤでしたのね……」
「それなりには『普通の学生生活』ってのも楽しんでますよ? ただやっぱり、人間兵器を普通の人間社会にブチ込むなんて、俺は反対です。誰にとっても良いことなんてないです」
コゼット以上に《
彼にとってはこの部活動は、存在するべきではないのか。
(やっぱりわたくしとは、違うんですわね……)
コゼットにとって、この埃臭いガレージハウスは、救いだった。
終わりがあることを知りつつも、理解から逃げていた、
落胆したわけではない。問うてみたのは気まぐれみたいなものでしかない。もしも彼の境遇や考え方が同じだとしても、彼女のなにかが変わるわけでもない。
しかも十路は、コゼットの心情など構いもしない。整備の終わった《バーゲスト》の拘束を解く、無遠慮な声をかけてくる。
「ところで今のって、暗黙の了解として部員間じゃご
「これくらい多目に見なさいよ……」
「じゃあ、部長もその辺りどうなのか、教えてくださいよ。王女サマが日本で大学生やってる謎の理由も含めて」
「ンな胸クソ悪い話、するわけねーでしょうが」
「なんつー理不尽」
言葉とは裏腹に、大して理不尽さを感じていない風情で、十路は倒れた《
【コゼット】
電源入りっぱなしなので関係ないはずなのに、コンセントにケーブルを挿されたタイミングで、今度はイクセスが問うてくる。
それも普段のケンカ腰ではない、あまり聞かない真剣な調子で。
【それだけでいいのですか?】
「どういう意味ですの?」
【トージに訊きたかったのは、別の質問のような気がしたので】
「その根拠は?」
【女の勘です】
「AIの分際で非論理的なことヌかすんじゃねーですわよ……」
アホくささに話をぶった切り、コゼットはタッチペンを拾い、パソコンに向き直る。
視線を触覚で感じるなどありえないが、それでもイクセスがずっと見ているのがわかったが、無視した。十路も不思議そうにコゼットと《バーゲスト》を見ているのが、目の隅で見えた。
「お疲れさまでー……す?」
樹里が依頼を終えて戻ってくるまで、奇妙な空気が部室に居座っていた。
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