020_1101 手荒い歓迎Ⅰ~#ifndef FLAG_2_~


 まだセミの鳴き声を聞くことはないが、本格的な夏が近づいたせいだろう。夕方になっても暑さが引かなくなってきた。


木次きすき。バイオテクノロジーの専門家である《治癒術師ヒーラー》の見解が欲しいんだが」


 その暑さの中、学生服のままで運動したため、ネクタイを外したつつみ十路とおじはシャツの中までタオルを突っ込んで汗を拭く。


「ふぁい?」


 ベンチに座って牛乳パックのストローを咥え、ベストを脱いでリボンタイを外し、木次樹里は胸元に風を入れていた。


「《魔法》を使えば、男同士で子供作れるようにできるのか?」

「ぷふっ――!?」


 唐突な質問に、樹里は牛乳を噴きかけたが、そんな醜態をさらすのだけは乙女の根性で耐えた。


 翌日の放課後。総合生活支援部の活動として、彼らは校内の依頼を引き受けていた。

 依頼主は女子ラクロス部。内容はいつも送られてくる《魔法》の使用を前提とした相談とは違い、ごく普通の練習相手だった。


 次の大会で強豪校と当たることが予想されるらしく、生半可ではない練習相手が欲しいということで、白羽の矢が立ったのが《魔法使いソーサラー》たちだった。

 ふたりともラクロスは素人だが、十路は男であり、運動神経も基礎体力も並みではない。樹里に至っては《魔法》を使えば人外の域に突入する。


 ラクロスはチームスポーツであるため、こんな突出したふたりを試合形式の練習に参加させるのは無理だが、それでも部にとってはいい刺激になっているらしい。激しく動いた後の小休憩でも、ラクロス部員たちは反省点を語っている。


 しかし支援部サイドでは、そんなスポーツマンシップや青春の匂いなど微塵も感じない、消毒薬臭と腐敗臭が入り混じった唐突な会話がなされている。


「や~……真面目にお答えすると、同性カップルの間に生まれた子供は、もう何人もいます。ですけど精子・卵子提供と、あと男の人同士なら代理出産によるものですから、血縁は片親のみになります」

「両方の血縁は?」

「原理的には再生医療の延長でできることです。動物実験では成功してますから、近い将来人間にも、って言われてます。私が論文見ながら《魔法》使えば、多分できるんじゃないかと」

「男同士で子供が作れるのか……」

「ややややや。あくまで技術的には、ってだけですよ? 正確な言い方じゃないですけど、ふたり分の遺伝子情報がランダムなクローン人間を作る技術ですし。完全に神様の領域に踏み込んでます」

「生命倫理の問題か……子供は『ふたりの愛の結晶』とか言うけど、『愛があればなにやってもいい』とはならんわな」

「それに人工的に同性の両親から生まれた子供が、異性の両親から生まれた子供と同じような一生を送って、その子供や孫にも影響がないか、一〇〇年以上の検証が必要です。そんな責任負えませんから、私は絶対やりません」


 最新事情にもアンテナを張ってる《治癒術士ヒーラー》らしい言葉に、十路は一応の納得をしたらしい。


「それで、なんですか? その唐突な質問は?」


 なので樹里はとても気になる前提を問うと、彼は首筋をなで始めた。


「いや、昨日な? 部長が人と会いに行くのに、俺も連行されただろ?」

「あぁ~……そういえばそれ、気になってたんですよね。私が余計なことしちゃったせいもありますし……」

「昨日はホント色々とあった……うん」


 きっと十路と樹里が考える『色々』には差がある。しかし樹里が考える、一般常識的な『色々』の意味で話は進んでいく。


「結局、部長と仲直りできたんですか?」

「ん、まぁ、一応はしたんだが……問題はそこじゃなくてな?」


 歯切れの悪い返答をしながら、十路はラクロスのボール三個でジャグリングを開始する。


「昨日、部長を呼び出したのって、部長の姉貴だったんだ」

「……や? 普段そんな雰囲気出さないですし、私たちがそういう扱いすると文句言われるくらいですけど、部長って王女様ですよね?」

「今更なにを?」

「『お姉さんみたいな人』とかじゃなくて、部長のお姉さんってことは、やっぱり王女様ですよね?」

「当たり前だろ」

「……『姉貴』、ですか」

「姉貴だろ?」

「…………」


 樹里が『え? 王女サマを姉貴呼ばわり?』などと思うのは、『え? なにか問題?』みたいな顔をする十路と常識が違うからなのか。はたまた単にクロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェという人物を知らないからなのか。


「で。その姉貴が腐ってなぁ……どうもキナ臭いんだよ」

「はぁ」


 樹里は『腐る』の対象を性根や性格だと認識したが、実際違うことを理解できず、また話の進展になんら問題なかった。


「部長と仲悪いのはまぁわかるとしても、なんで日本に来たかわからない」

「仲が悪いんです?」

「あぁ。殺し合いしてもおかしくないくらいに」

「え゛」


 昨日の様子を見ていれば、それはそれで驚くだろうが、知らずとも驚く十路の評価だった。

 だが樹里の絶句はもちろん、『それのどこが男同士の子供に結びつくんですか』などといった疑問にも構わず、話は続けられる。


「ただなぁ……それにしちゃ、部長がのん気すぎるというか……」

「ふぇ? どういうことです?」

「いやだってなぁ? あの意地っ張りでケンカっ早くて理不尽なことでも平気で言うガラが中途半端に悪くてワガママな二面性王女サマが、大人しくやられるのを待つタマか?」

「先輩、部長のこと嫌いなんですか……?」

「俺、事実を言ってるだけのつもりだぞ?」

「や~……」


 こき下ろした言葉に対し、樹里は半笑いの微妙な反応しかできない。


「まぁ、昨日の今日で部長がどんな様子か、確認しておかないとな……」


 部室で顔を会わせる前に、彼女たちはラクロス部の依頼に応えるべくグラウンドに来たので、今日はまだコゼット・ドゥ=シャロンジェを見ていない。


「やっぱり気になります?」

「まぁ、気になる――っと」


 話しながらずっと行っていたジャグリングにようやく失敗し、受け損ねて地面に転がるボールを、十路は身をかがめて拾う。

 その際になにかに気付いたように、彼はスラックスの腰周りを叩き始めた。


「携帯がない?」

「練習の途中で落としたんですか?」

「それなら気付くだろ?」


 樹里はスカートのポケットから、赤い二つ折りのガラケーを出し、登録された十路の番号に発信してみる。

 けれどもなにも聞こえない。


「マナーモードにしてます?」

「いや。授業終わりに解除してるし、鳴った記憶がある」

「それ、いつのことです?」

「確か部室で和真が送ってきたくだらんメール見て……」


 首筋をなでて記憶をさらっても、以降を思い出せないらしい。


 携帯電話は、支援部員の必須アイテムだ。いつ何時なんどき、緊急の部活動が入るかわからないため、連絡手段の携帯が義務づけられている。


 そのため十路はボールをベンチに置き、きびすを返した。


「部室探してくるから、いったん抜けるな?」

「あ、や、残り時間そんなにないでしょうし、こっちは私だけでも大丈夫ですよ?」

「そうか? じゃ、頼む」


 コートを出て消え去りながら、背中で樹里に忠告を残した。


「あと今さらだけど。少しは男の目を気にしたほうがいいぞ」

「ふぇ? ……や!?」


 慌てて胸元を押さえたが、もう遅い。

 首周りをゆるめて風を入れていたから、立っていた十路からは中がのぞき込めただろう。白いブラウスの下は下着だけだから、ただでさえ光の加減で透けて見えるのに。


(あぅ~……またやっちゃったぁ~……)


 迂闊うかつさを後悔しながら、樹里は脱いでいたベストをまた着る。

 ちなみに今日の下着は、お気に入りの水色の上下。デザインはまだまだ子供っぽい。


(堤先輩も早く教えてくれればいいのに……女子ラクロス部のコートだから、他に男の人いないし、よかったようなものだけど)


 遠くなっていく十路の背中を見て、ストローを吸い、牛乳パックをへこましながら樹里は考える。


(あー、でも、男の人に『ブラ見えてる』って教えられるの、やっぱり嫌かも? 一緒にいたら気まずくなるだろうし。だったら去り際に教えてくれたのって、一番いいタイミングなのかも?)


 最近、ほんの少しだけだが、十路の人柄をわかり始めたと、樹里は思う。


(相変わらず堤先輩って、よくわからない人だなぁ……)


 わからない事がわかった。

 より正確に言うならば、十路の行動には矛盾がある。

 鈍感なようで鋭い。鋭感なようで鈍い。気が利かないかと思いきや気が利き、またその逆もある。

 ただの偶然なのか、それとも意図したことなのか。


他人ひとのことなんて興味ないような顔してる割に、部長のこと、かなり気にしてるよね……?)


 人の事情に踏み込むのは、普通に生きることを目標にし、トラブルご免を自称する彼らしくない思考のような気がする。


 本人は気づいていないのか。

 それとも気づいてやっているのか。


「うーん……」

「樹里」

「ん?」


 ぢゅ~っと牛乳をすすりつつ、考えにふけっていた樹里は、ストローをくわえたまま声に振り返る。

 クラスメイトである月居つきおりあきらが、ポニーテールを揺らしながら近づいて来ていた。彼女はラクロス部に所属しているのだから、当然ユニフォームに着替えて参加している。


「小休憩は終わり。そろそろ相手して欲しいんだが」

「あ。うん。わかった」


 半端に残ったパックをベンチに残し、代わりに立てかけていた長杖を手に取る。


 樹里は先端に網のついたスティッククロスではなく、自身の《魔法使いの杖ソーサラー》で練習に参加している。倍以上の長さは優位に働くどころか邪魔になるはずなのに、彼女は平然と操り、平たいコネクタ部分でボールを受けて、パスしている。


 今更ではあるが、晶も奇異の目を向けてくる。


「……それでよくプレイできるな」

「私の練習にもなるから、今回の依頼受けたんだよ」


 『コレでたまに銃弾はじき返さなきゃならないし』などという真実は告げることなく、十路のこともそれ以上は気にせず、樹里は練習に復帰した。



 △▼△▼△▼△▼



 同じ頃、部室に講義を終えたコゼットがやって来て、常駐しているオートバイに問うた。


「今日は誰もいませんの?」

【カズマとナージャは来ていません。ジュリとトージはラクロス部の依頼を引き受けて、グラウンドに行ってます】

「あ、なんだ、そういうことですの……」


 納得して頷いた時、部室におどろおどろしい映画音楽が鳴り響く。機械に支配された未来からの殺人ロボットが登場しそうな、重厚感ある曲だった。

 音がテーブルに転がっていた。二つ折りの黒い、ストラップも飾り気もない、今どき見るのもまれなガラパゴス携帯だ。

 それをコゼットは拾い上げて、オートバイに掲げて見せる。


「どなたの電話ですの?」

【トージの携帯電話です。忘れて依頼に出たので、さっきも電話がかかってきました……なんか音楽違いますけど】

「いつも持っておけっつってますのに……つーか、なぜこんなの着信にしてますのよ」


 それが個人専用の着信音であり、設定したのは電話をかけている当人とは知るはずもなく、コゼットは鳴りっぱなしの携帯電話を開く。


【トージの電話に出る気ですか?】

「部活関係の連絡だと困るから、相手を確かめるだけですわよ」


 相手が顧問つばめだったら、代わりに出ても問題ないだろう。

 そんな軽い気持ちで彼女は液晶を見て、そこに表示された登録名に眉根が寄る。


「……『なとせ』って表示されてますけど、堤さんからこんな名前の方、聞いたことあります?」

【初めて聞く名前ですね……? まぁ、トージの友好関係はよく知りませんけど】

「これは男性? 女性?」

【一般的な名前ではありませんし、あだ名の可能性もありますから、どちらとも取れる気がしますが?】


 部の暗黙の了解で、家族構成も聞いたことがないので、それが何者で性別がどちらかも、全く想像できない。そして漢字も書けるコゼットでも、その名前にどんな字を当てはめるか予想できない。

 もしも漢字で登録されていたら、ふたりに共通する一字から、関係を連想する可能性もあったのだが。


(ともかく、堤さん個人の電話に、わたくしが出てはいけないでしょう……)


 コゼットはそう思い、片手で携帯を閉じようして、ピッという電子音が。


【「あ」】


 誤って通話ボタンに触れてしまった。


『やっと出た~。もしもっすぃ~?』


 そしてスピーカーから、まだ幼さを残す少女の声が流れる。


『やーやーやー、どんなチョーシかね? 愛をささやこうかと思って電話してみたよん』

(え? え? え? 愛を囁く? 堤さんって彼女いましたの……!?)


 コゼットが知る限りの言動では、十路にそれらしさが全くない。『恋愛に興味ない』なんて言ったことも知っている。

 だからこの、やたら親しげな電話相手に、コゼットは内心驚いた。


『おーい? どした? なに黙ってんのさ?』

(えぇと……どうしましょ……)


 当然ながら電話の向こうの少女は、返事がないことに疑問の声を飛ばしてくるが、『十路の彼女』という全く予想外の相手の電話に出てしまったことに、コゼットはらしくなくうろたえるだけ。


 そんな彼女を見ていられなかったのか、電話が拾えない程度の小声をイクセスが語りかけてくる。


【……コゼット。私に送話口を向けなさい】

「え? えぇ……」

【ん、んんっ】


 イクセスはせき払いしてから、意図不明ながらもコゼットが向けた携帯電話に語りかける。


『悪い悪い。で、どうしたんだ?』


 十路の声を作って、当人のような平坦な口調で。


(あー、そりゃ人間じゃねーんですから、声なんて自由に変えられますわね……ですけど機械がのどの調子を確かめる意味は?)


 そんなコゼットの疑問は知るはずもなく、『なとせ』は『十路』相手に話し始める。


『大した用事はないけど、このあいだ話してくれたことが、ちょっち気になったからさ、また電話してみた』

『この間のこと?』


 本人ではなければ『この間の話』などわかるはずもない。うかつな事は話さないようとしているのだろう、イクセスは聞き返した。


『美人のぶちょーさんとケンカしたんしょ? どうなったのさ? ちゃんと仲直りしたん?』

(わたくしのこと? 部外者に話してますの?)


 『なとせ』と十路の親しさは相当なものだと理解したが、そのことを顔も知らない相手に話されていることに、コゼットはやや不快になる。


『あー……まぁ、そこは、一応は』

『あれ? 美人ってのはテキトーに言ったけど、否定しないんだ?』

『美人なのは間違いないから、否定できない。男からだけじゃなくて女が見ても、そう思われてるし』

「…………」


 本人の言葉ではないが、十路の声で、しかも口ゲンカの多いAIにめられ、コゼットは微妙な気持ちになる。


『性格は最悪だけどな。口悪いし、意地っ張りだし、ケンカッ早いし』

「……!」


 しかし持ち上げて落とされたので、コゼットは拳を握り締めた。

 今後のセリフ次第では、この生意気なオートバイを蹴倒してやろうと彼女が考えた矢先、会話はそれで終了してしまう。


『…………』

『どうした?』


 黙ってしまった電話の少女は、『十路』に薄い怒気の乗った声を返してくる。


『アンタ誰?』

【!?】

(ウソ……!?)


 イクセスに失敗はない。知らずに聞けば誰もがだまされるとコゼットも思った。


『あの人だったら、そんな言い方しない。誰? こんなふざけたマネしてんの』


 なのに『なとせ』は遅ればせながらも、電話の相手が十路ではないことを、疑うどこか確信して見破った。特殊オレオレ詐欺の注意喚起がどこでもなされている昨今、本物の親子でも求められない洞察力と信頼感に、コゼットは小声で慌てふためく。


「どうしましょう……!?」

【……ここは強引に誤魔化してしまいましょう】

「どうやって……!?」

【ん、んんっ】

「だから、なぜスピーカーでのどの調子を……」


 再びせき払いしたイクセスは、周波数帯をのものに合わせて、声を出す。


『ねぇ、堤さぁん……? いつまでも電話してないで、わたくしのこと、可愛がってくださいな……』

『…………え゛?』


 『普段そんな素振りないけどベッドではスゴイですよ』的な女性の鼻にかかったびる声と、音だけでも伝わる気だるげな色気に、電話向こうの少女は停止したに違いない。


 しかし誰よりも慌てたのは、世界が滅ぶと脅迫されてもそんなセリフを絶対に吐かないであろう、声の持ち主だった。


「ブッ――!?」


 自分の官能ボイスにコゼットが噴き出した。目には見えないエクトプラズム的なものを。


 イクセスはまだ止まらない。これでは不十分とばかりに、声を更に変えてしゃべり続ける。


『せ・ん・ぱ・い……? もう我慢できないです……私も可愛がってくれますか……?』

『女のコ追加!?』


 大胆さとひかえめさがうかがえる、熱くうるんだささやき声。子犬のように愛らしく、しかし女らしく切なげに。

 それは木次樹里の声だった。日頃地味なのを気にする彼女だが、同じセリフを同じ口調で言えば、株価はきっと急上昇だろう。下着見られただけでヘコむ本物には無理だろうが。


『ふふっ、とぉーじくん? わたしのこともぉ、好きにしちゃっていいんですよぉ?』

『まだいた!?』


 今度は甘ったるくて粘度ねんどのある、メープルシロップか水飴のような声。男をとりこにする色をびた、イタズラめいたソプラノボイス。

 それはナージャ・クニッペルの声だった。冗談でこんなセリフを言いそうな気がしなくもないが、意外と本物はウブなので実行可能かは不明だろう。


『や・ら・な・い・か?』

『今度はオトコ追加!!』


 内容は相当に残念だが、その声自体はキリッとしたイイ男のもの。そちらの嗜好の方々は、この声で男らしくこんなことを言われたら、たまらないかもしれない。

 それは高遠たかとお和真かずまの声だった。ナージャに言い寄り迎撃されるのに疲れて覚醒し、男にこんなセリフを言うようにならないことを望みたい。


『……………………』


 イケナイ妄想が働いているのであろう、『なとせ』は誰が十路の真似をして電話に出たか、問い詰めるのも忘れてフリーズしている。


「……………………」


 自分を含むいつもの面々の声で、とんでもない事をしてくれたAIに絶句して、コゼットは固まる。


【いつまでつなぎっぱなしにしてるんですか……早く電話を切りなさい】

「え!? あ!?」


 普段のイクセスの声で言われて、呆然ぼうぜんとしていたコゼットは再起動し、慌てて電話を切り、そしてオートバイを怒鳴りつける。


「アホかぁっ! なにやってますのよ!?」

【あなたがトージの交友関係を探ろうとしなければ、こんな事する必要はなかったですよ】

「別に探ろうとしたわけじゃありませんわよ!」

【では、なぜトージの電話に出たんですか?】

「それは間違ってボタンに触ってしまっただけで――」

【しかも結局『なとせ』とトージとの関係は、不明なのですが?】

「…………そういえば」


 十路と『なとせ』が親しい仲なのは言うまでもないが、関係性を決定付ける言葉は、会話の中には出てこなかった。


【声そのものはトージと同じですが、言い回しから私を偽者と判断したのでしょう。となると、相当に親しい関係ですよ?】


 話の筋を変えられた事に気づかず、からかうようなAIの声を、コゼットは受け止めた。


【もしかしたら、トージの『彼女』かもしれませんねぇ?】

「……………………………………………………」


 予期していた単語を改めて出されて、コゼットの思考が一時停止した。

 しかし『なぜ停止したか?』までは考えが及ばず、停止してしまった事実にだけ気づき、すぐに真顔で否定する。


「……別に? 堤さんに彼女がいたところで、わたくしに関係ねーじゃねーですのよ?」


 それにいま問題なのは、『なとせ』と十路の関係ではない。


「つーか、どうしますのよ!? さっきの相手がまた堤さんに電話かけてきたら、絶対に今のこと――」

「俺の電話がどうしました?」


 平坦な男の声に、コゼットの肩がビクッと震える。

 恐る恐る振り返ると、当然そこにラクロス部から戻ってきた十路がいた。彼はコゼットが手にした、自分の携帯電話を見ている。


「えと、その……堤さんの電話が鳴って、部活関係の連絡だと困るから、相手を確認しようと思ったのですけど……」


 蚊の鳴くような説明と共に、そろそろと差し出された携帯電話を受け取り、十路は着信履歴で相手を確認しようたのだろう。

 だがタイミングよく電話がかかってきたから、不要になる。


『うおぉぉぉぉいっ!? 今のはなんじゃーーーー!?』


 相手は衝撃から立ち直った同じ声だった。十路が電話を耳をつける前から聞こえるパニックボイスが、つい先ほどの内容をしらせてくれる。


『いつもとチョーシ違ってたのはエロまっ最中だったから!? 五人でってどんだけおさかん!? 可愛がったの!? 好きにやっちゃったの!? しかもオトコとも!? ブチ込んだ!? ブチ込まれた!? 転校してからどんなタダれた生活してんの!?』

「…………あとで電話かけ直す」


 言葉少なく、十路は無表情で電話を切った。


 そして、イヤな沈黙が部室に流れる。


「電話に出てしまったのは謝りますわ! でも話ややこしくしたのはクソAIですからね!?」


 怒気を感じ、コゼットは慌てて弁解する。


【ふざけ過ぎ、でした……?】


 ただならぬ気配に、イクセスもひるむ。


 十路はというと、スタスタと部室の奥へと向かう。

 その場のひとりと一台が何事かと注目している中、彼は備品やガラクタが詰まったダンボール箱をあさり、目的の物を手にして振り返った。

 簡単には引きちぎれないだろう、太い鎖が持ち出され、人の頭を殴れば陥没骨折確定の、巨大レンチが振り上げられる。


「なにオモロイ事しやがったぁぁぁぁっ!?」

【ギャアアァァァァッ!】


 分解される危機感に、オートバイが無人のまま逃走をはかった。

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