020_1300 手荒い歓迎Ⅲ~#ifndef FLAG_3_~


 樹里も戻ってきたことであるし、今日は他に片付けるような依頼はない。

 だからまだ早い時間ながら、解散しようかといった話が出てところで。


「おーい、みんないるかーい?」


 スーツ姿の顧問つばめがやって来た。


 その気楽そうな顔に、コゼットは顔をしかめる。


「理事長……《魔法使いの杖アビスツール》作れって頼まれた件ですけど、これだけの情報でやれって無理ですわよ?」

「あ、じゃあ、とりあえずコゼットちゃんの《杖》のコピーを試作して、実際に本人に使ってもらって本作成しよう。部品使いまわして作り直せるでしょ?」

「ふたつ作れってことじゃねーですのよ!?」


 《付与術士エンチャンター》の業務遂行に必要な議論は、ディレクターつばめの横暴によって強制的に打ち切られた。


「それより、急で悪いけど、みんなにお願いしたい部活があるんだけど」


 話をぶった切ったのは単純な横暴さだけではなく、事情あってのことらしい。

 つばめは一目で上質とわかるメッセージカードを部員たちに見せてきた。表紙には『招待Invitation』と金文字で書かれている。


「キミたちにパーティの招待状が来たんだよ」

「なんのパーティですのよ……?」


 不服そうながらも、コゼットが招待状を受け取り、目を通す。


 その間に十路が、つばめに疑問をぶつける。タイミングが急なので、逃げ道を塞ぐ彼女の策略を警戒せざるをえない。


「そういう対外関係は、理事長の仕事でしょう?」

「今回は他の仕事とカチ合っちゃってね? ギリギリまで頑張って調整したんだけど、わたしが行けないの。ただ、これまでもわたしが対応してきた相手は、本当だったらキミたち目当てなんだよ。直接会って話したいって要望はいつも」

「こんな部活をやっていれば、良くも悪くも有名になるでしょうけど……俺たちは危険な《魔法》を日常的に使ってる不穏分子ですよ?」

「そういうイメージを払拭ふっしょくするためにも、できれば今日のパーティに参加してほしい」

「だけど、今からですよね? しかもそれなりの格好しないといけない場ですよね? 制服で問題ないんですか?」

「そこはバッチリまかせんさい!」

「相変わらず用意のいいことで……」


 胸を叩くつばめの主張は、十路にもわからなくもない。

 だがやはり、逃げ道をふさぐように用意も万端となれば、いつもの策略だ。


 丁度コゼットが招待状を読み終えて顔を上げたので、視線で『どうする?』と尋ねる。


支援部ウチとも協力関係にある企業が、新しい事業所を神戸に立ち上げたっつーことで開かれる公的立食パーティレセプションですわ。招待客も同業者や関係者が多いでしょうし、顔を売っておくっつー意味なら丁度いい場でしょうけど……ドレスコードが指定されてますから、結構めんどいたぐいですわね」


 コゼットは嫌々ながらも顧問判断に賛意を示した。


支援部ウチは民間主導の社会実験チームですから、そういう方々かたがたとのお付き合いは大事でしょうから……」


 《魔法》が絡むことは、どこの国でも国家事業として行われている。国防にも関わり、《魔法使いの杖アビスツール》など下手な兵器よりも高価なのだから、自然そうなる。


 しかし総合生活支援部は、国家とは直接は関わりがなく、行政から活動資金は出ていない、超法規的――というよりは裏ワザ的な組織だ。

 そして修交館学院が大きい学校だと言っても、《魔法》の全てをまかなうほどの収入はない。

 なので支援部は、社会実験の中で収拾したデータの提供や、技術開発の協力と引き換えに、民間企業から資金提供を受けている。

 コゼットの言うとおり、企業との付き合いは無視できない。


「王女なんつー看板は、こういう時に力を発揮するものでしょうし……」


 名前や顔を売りたいわけではない。しかし部のためには必要なことだというのが、部長の判断だった。


「まぁ、わたくしがツラ出せば義理は果たせるでしょうし、堤さんと木次さんにまで来いとは言やぁしませんわ」

「三人一緒のほうがいいと思うよ? 《魔法使いソーサラー》って珍獣扱いされるし、分散させないとコゼットちゃん大変だよ?」


 コゼットとつばめのやりとりに、十路が視線で『どうする?』と問うと、樹里は諦め顔で見上げてくる。


「や~……今回は仕方ないんじゃ?」

「そういう場に出て大丈夫なのか? ワケあり《魔法使い》の事情とか」

「やー。それ言ったら先輩だって、人前に出ないほうがいいんじゃないです?」

「そうだけど、俺は今更って部分があるし。会場内撮影禁止なら、まだ誤魔化しが効く」

「私も同じだと思いますけど?」


 《騎士ナイト》は軍関係者や裏社会で噂がささやかれる存在であり、同時に秘匿ひとくされるべき自衛隊の機密でもある。一八歳になった今の十路は問題ないが、昨年までは国際法違反の少年兵だったのもある。

 樹里は秘密――《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》が使える異能を持つことで、人前に出て暴露ばくろしてしまう可能性を作るのは好ましくない。


 しかし堤十路という《魔法使いソーサラー》が神戸にいることは、既に各国の情報機関が把握はあくしてると想定しており、秘密にするにも今更だと考えている。

 樹里も似たようなもので、そもそも国家に管理されていないワケあり《魔法使いソーサラー》が、面倒ごとに巻き込まれるのは、支援部員である限りずっとついて回る問題だ。


 ともあれ部員三人で参加の運びとなったが、樹里が当然の気がかりを口にした。


「ただ、そういう場に行ったことないので、不安なんですけど……」

「飲んで食ってお偉い方々と話すだけでしょうけど、確かにこの面子メンツでは……」


 コゼットも言葉を誤魔化して嘆息つく。

 樹里はワタつくのが目に見えている。十路はそもそも愛想がない。そういったおおやけの場で上手く立ち回りできそうなのは、パーフェクト・プリンセスの仮面をかぶった彼女しかいそうにないことに、不安を覚えるのも無理はない。


 それにつばめが不安を吹き飛ばす――否、部員たちはより不安になる笑顔を浮かべる。


「ふっふっふっ! それも折り込み済み! お助けキャラ召喚!」

「呼ばれて飛び出て以下略~!」


 無意味に部室外で隠れて待機していたのか、つばめの呼びかけに応じ、ナージャ・クニッペルが満面の笑みで登場した。


「呼ばれなくてもジャジャジャジャ~ン!」


 そして高遠たかとお和真かずまもいた。

 部員たちが参加を決意し、不安に思うことも想定して、つばめは前もって部外者たちにまで話をつけていたらしい。


「ナージャちゃんも外国人だから、毎晩のようにホームパーティに行って場慣れしてるもんね!」

「それはアメリカ人のイメージでは? そんなステレオタイプな人、実際いないと思いますけど」

「ま、それは冗談として。部活の話になっても大丈夫?」

「専門的な話抜きで愛想振りまくだけなら、なんとかなると思いますよ」


 未成年なのでウォッカを飲まず、ピロシキやボルシチに特別な思い入れはないロシア人は、誰とでも気軽に話せる性格で友人も多い。そして部外者なのに部室に入りびたってるから、支援部の事情も知っている。ヘルプを頼める人材としてはうってつけと思える。


「理事長、やっぱり俺はお呼びでない?」

「トージくんは部員だから仕方ないけど、男が増えても華にならない」

「それ言われたらどうしようもない……」

「女装する? カズマくんって女顔だし、イケると思うよ?」

「カンベンしてほしいッス!」


 きっとナージャと一緒に話を聞いていたのだろうが、和真オマケは切り捨てられた。必要条件はナージャ同様に満たしているはずだが、性別という超えられない壁のために。


 そんないつもの部外者ふたりに、十路は首筋ではなくこめかみに手をやる。


「召喚コストが高そうなお助けキャラだな……」

「いえいえ。いつも部室にお邪魔してますから、これくらいは無料ロハでやりますよ。わたしと皆さんの仲じゃないですか~」

「本音は?」

「おいしいもの自由に食べれるって聞いたからです!」


 部室に居座ることは諦めはじめたが、ナージャはここまで首を突っ込んでくるのか。

 とはいえ心強そうで拒否できないのがなんとも。


「十路、せめて写真を頼む……ナージャの艶姿あですがたを」

「撮影NG。和真だけでなく、全面的に」

「お姫様と樹里ちゃんのドレス姿は!?」

「そっちがNGの本命だ。というかお前、相変わらず節操ないな」


 限られた立場の人間に情報が出回るのは今更だが、無作為な情報流出はなにが起こるかわからない。だから最初から、写真をはじめとする個人情報を披露するつもりつもりはない。

 そもそもSNSが当たり前に利用されている時代なのに、撮影許可とネット上への掲載許可は別物と承知している人間が、果たしてどれだけいるだろうか。それが原因のトラブルは後を絶たないのに、撮影許可などするわけがない。


 いつものダラダラした空気が流れ始めたので、つばめが手を叩いて注目させて顧問らしく話をまとめる。


「はいはーい! 着替えは会場に用意! 詳しいことはフロントに! そこまではわたしが車で送る! チケット渡すから帰りはタクシー! 定員四人だからトージくんはバイク! 質問は!」


 そこで、ずっと黙っていたイクセスが、つばめに一応ながら問う。


【残るもうひとりの部員には、声をかけないのですか?】

「フォーちゃんに声かけて、来ると思う?」

【いいえ】

「ハブるのよくないと思って声かけたけど、『面倒であります』って即答だったよ」

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