020_0300 ある日、野良犬VS獅子Ⅲ~Sequential access -Lion-~


 日は暮れて、支援部の関係者のみが生活するマンションの五階では、ふたりの女性が酒を飲んでいた。

 部活動の顧問であり、学院の理事長でもある長久手ながくてつばめは、ホットパンツにタンクトップというラフな格好で、焼酎の水割りを。

 向かいにはコゼットがいる。スウェットのパンツに『取り扱い注意』と書かれたネタTシャツという王女らしからぬ格好で、缶ビールを。

 

 リビングで二人が間に挟むテーブルの上には、タコとキュウリの酢の物、トマトの薄切り。タラとジャガイモのフィッシュ&チップスに、チーズとゆで卵とキュウリのカナッペがある。

 冷蔵庫の残り物でそれを作った樹里はエプロンを外し、新たにササミとカニカマの生春巻きの皿を置いて、ため息混じりに宣言する。


「私は部屋に引っ込みますから……」


 夕食後にまだ飲もうとする成人たちに、『つまみ作ったから、これ以上巻き込むな』と。


「ご迷惑をおかけしますわね……」


 それにコゼットは、一応は申し訳なさを伝えた。顔の火照ほてりを自覚するほど長時間飲んでいるので、迷惑をかけている自覚はある。

 しかし部屋の住人であるつばめは、酔っているのか素面しらふなのか不明なテンションで、同居人の学生にグラスを掲げた。


「ジュリちゃんも一緒に飲もうか?」

「どーぞおふたりでごゆっくり……」


 高校生未成年飲酒不可能年齢の樹里はそっけない。この酒好きなダメな大人に下手に付き合うと、明け方まで解放してもらえないので。


「ジュリちゃん……」

「な、なんですか……?」


 対しつばめダメな大人はというと、なぜか樹里にあわれみの目を向ける。


「だから貧乳キャラなんだよ……」

「勝手なキャラづけしないでください! あとお酒と胸は関係ありません!」


 一瞬で沸騰ふっとうした樹里は肩を怒らせて、床を踏み抜かんばかりの足音と共に、リビングを出ていった。

 少女の背中を見送り、コゼットが呆れのため息を吐き出す。


「なに木次きすきさん怒らせてますのよ……」

「いやー? これがこの部屋のいつもの光景だよ?」


 確かにこの理事長は、同居人である女子高生をからかって遊んでいるのが常だ。いつか樹里をキレさせ、ひどい目に遭わされそうな気がするが、つばめの自業自得なのでコゼットも注意以上はする気ない。


「あと、明日講義があることですし、わたくしも朝まで付き合いませんからね」

「わたしも仕事あるんだし、オールナイトで飲めないってば」


 釘を刺すコゼットに、つばめは不服そうに答え、フィッシュ&チップスの揚げイモに、タルタルソースをつけて口に放り込む。


 彼女たちがこうして飲むことは、多くはないがままある。

 一番近くにいる成人であるし、コゼットの母国では十六歳で成人年齢で、飲酒歴は四年とそれなりに肝臓が鍛えられているので、つばめに付き合わされる。今日もそうして呼び出され、さかずきを重ねている。


 酒の話題は、やはり十路とコゼットの喧嘩のこと。つばめは放課後には部室に来なかったので、樹里にでも聞いたのだろう。

 エーカゲンで責任感が見えないとはいえ、支援部の顧問だから、話があっても不思議はなかろうとコゼットも想像していたのだが。


「みんなの中では一番大人だけど、コゼットちゃんも、まだまだ子供な部分があるんだね」

「……ハ?」


 予想外の言葉に間の抜けた返事が出てしまった。普段のコゼットならドス声を出しそうな評価だったが、つばめの表情を見ればそんな声は出ない。


「子供の頃ってさ、つまんない意地張っちゃうじゃない?」


 穏やかな微笑。我が子を見守る母親のような。


「そっちのお菓子が大きいとか、滑り台の順番とか、大人になれば『なんであんな事で』って笑っちゃうことで、下らないケンカしちゃうんだよね」

「……えぇと。つまり理事長は、わたくしに何をしろと言いたいんですの?」


 面食らったコゼットに、つばめはあっけらかんと言う。


「このままケンカすればいいよ」

「普通『早よ仲直りしろ』って言いません……?」

「理事長か顧問としては、そう言うべきなんだろうけどね」


 言葉を区切り、まぶたを閉じて懐かしむように。


「キミは昔から大人すぎた」


 コゼット・ドゥ=シャロンジェの過去を知る言葉を出す。


 それに白皙はくせきの美貌をゆがませた。


「マセてたというか、可愛げなかったのは、自覚ありますけど……」

「うぅん。そうじゃなくて。コゼットちゃんは子供の頃から、能力面でも精神面でも大人顔負けだったから、ちょっと成長しすぎてた」


 コゼットは気まずさ込みでトマトの切れ端をフォークでつつきつつ、うかがうように上目遣いを送る。なんだかんだ思うことはあれど、つばめが人生の先達であることは間違いない。


「……大人なのは、悪いことでしょうか?」

「子供は子供らしくしてるのが一番だよ。分別臭くなるのは、歳食えばいくらでもできるし」

「わたくしが、子供らしくない子供だったとしたら……大人にならなければいけない環境でしたもの」


 当時の思い出にロクなものはない。だから自然と暗くなるコゼットに、つばめは酢の物のタコを箸で掴みながら、明るい声で過去から現在の話へと戻す。


「ま。昔を知るわたしからすると、キミにそうやって子供っぽい部分が残ってたの、ちょっと安心したよ」

「だからトコトン堤さんと、子供っぽくケンカを続けろと?」

「だってコゼットちゃん、まともにケンカしないでしょ? プリンセス・モード発動中に誰かと議論になったら、曖昧あいまいに笑って流すじゃない」

「言い争うとボロが出かねないですからね……」


 兵器になりうる《魔法使いソーサラー》という特殊な生まれは、それだけで人に悪感情を抱かせる可能性がある。

 だから彼女は、絵本から飛び出たような、聡明で美人で心優しい完璧な王女を演じる。不快なものとして見ようとする目をくもらせ、向けられる敵意をらすために。


「だから遅ばせながら、コゼットちゃんも子供っぽいケンカしてみればいいよ」


 過去を持ち出されて困惑するコゼットに、つばめは明るく提案する。


「そんな人間関係で悩んだことなんてないだろうし、思いっきり意地張ればいいんじゃない? 相手はキミの本性知ってるトージくんなんだからさ、どんなことになろうと幻滅なんてしないし、キミを否定しないよ」


 『ケンカはやめろ』とは言われず、むしろ『続けろ』と言われてコゼットは困る。カナッペを手に取り、しかし口に運ばずに困惑を吐き出す。


「致命的なことになったら、どうしますのよ……?」

「ならないならない。コゼットちゃんは自分が悪いトコ、ちゃんとわかってるし、トージくんもそうだと思う」

「堤さんも……?」

「トラブルご免な性格なんだから、どうしようもない時以外、真正面からぶつかってケンカしないよ」


 だとしたら、ぶつかるのを回避しようと無抵抗で報復を受けたが、想像以上に手数が多くてキレたということになるが、十路の性格ならばなくはないと思える。


「だからトージくんも、引っ込みつかなくなって、今ごろ困ってるんじゃないかな?」


 言外に指摘されて気づく。十路困っているのはつばめの予想に過ぎないが、コゼットが引っ込みつかなくなっているのは事実だ。


 加えて十路とコゼットが、案外似たもの同士だということにも。

 王女の仮面で愛想よく。怠惰な態度で無愛想に。方向性は真逆だが、お互い深刻な問題が発生するのを避けるために、希薄な人間関係で済ませようする。


 そんなふたりが、今ぶつかっている。問題を生じさせ、希薄な関係では済ませていない。


「ま。『とことんケンカしろ』ってきつけたわたしが言うもなんだけど、本当にマズイと思ったら、コゼットちゃんから折れたほうがいいよ」

「わたくしが……?」

「部内の平穏を保つのも部長の仕事。中身はともかくキミは大人。こんな時イイ女なら一歩引いてみせる」


 大人としての、責任者としての言葉は、普段なら『独身なげいてる女がなに言ってますのよ』くらい言い返すだろうが、今のコゼットでは反論は出なかった。


(子供っぽいとか言われても、二〇歳超えた大人であることは事実ですものね……やっぱわたくしから謝るべきですかしら……?)


 ぬるくなって苦く感じるビールをチビチビ舐めつつ、コゼットは明日、十路と顔を合わせた時のことに頭を悩ませた。


 物陰から話を聞いていた者がいたなど、気づくこともなく。

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