020_0200 ある日、野良犬VS獅子Ⅱ~Random access -Stray Dog & Lion-~


 総合生活支援部の部員たちは、暗黙の了解として、互いのことを詮索せんさくしない。

 それは彼ら、彼女らが、国家に管理されていないワケありの《魔法使いソーサラー》という経歴を持っている、同じ境遇だからだ。具体的になにがあったか知らずとも、苦労があっただろうことは容易に想像がつく。


 だからなにも聞かない。過去の経歴は当然、家族構成、幼少期の経験、趣味嗜好しこう、そんな一般的なことまで詮索しない。少なくともきっかけとなるキーワードを、本人の口から聞かない限りは。

 なにがその『ワケあり』に結びつき、心の傷に触れることになるか不明なため、不用意に聞くべきことではない。


 だからつつみ十路とおじのことを、彼女はなにも知らない。


 彼が通っていた前の学校は、陸上自衛隊の《魔法使いソーサラー》育成機関・富士育成校。

 《騎士ナイト》と呼ばれる軍事兵器としての《魔法使いソーサラー》だったが、彼が自嘲じちょうするところの『出来損ない』になったから退学し、修交館学院に転入した。

 知っているのはそれだけ。


 それでもクラスメイトや同僚といった、ただ同じ場所と時間を共有しているだけの人間関係よりは、彼とコゼットの関係はいくらか近しいだろう。

 ワケありの《魔法使いソーサラー》という意識が、仲間意識を芽生えさせるからだ。

 そして『ワケあり』の詳細など、知ってどうこうなるものでもない。

 だからそんな話題を出す必要はない。



 △▼△▼△▼△▼



「あっはっはっはっはっ!」


 一連の話を聞いて爆笑するのは、ナージャ・クニッペル。学生服を押し上げるグラマラスボディと、腰を超える長い白金髪プラチナブロンドで目立つ、十路と同じクラスに在籍するロシアからの留学生だ。これまた目鼻立ちのハッキリした西洋人の美形であるが、装飾されたさやに納めた剣のようなコゼットとは対照的で、柔らかくフカフカな布団のような雰囲気を放っている。ただし特定人物に対しては笑顔でキツイ。


「いやー。十路くんの顔があんなだった理由、それですかー」

「笑い事じゃありませんわよ……!」


 チェス盤の横に置かれる、彼女が淹れた紅茶に感謝を伝える前に、コゼットは不機嫌に返す。


 ビショップを一気に敵陣に突っ込ませながら、樹里はナージャに確認する。


「同じクラスなのに、ナージャ先輩も知らなかったんですか?」

「訊いても答えてもらえませんでしたし、一日中不機嫌そうだったので、そっとしておいたんですよ」


 あの後、声を荒げて感情をぶつけ合うと、十路もコゼットも少しは冷静になったらしく、喧嘩は一時停止した。

 しかしそれ以上一緒にいると、本格的に殴り合いになるとでも思ったか、十路は早々に部室を出て行った。


 そして入れ違いに、料理研究部で作ったクッキーを持って遊びに来たナージャが、不機嫌なコゼットと、オロオロしている樹里に事情を聞いて、今に至る。


「それは部長さんが悪いですよー」

「ハァ!?」


 水仕事でまくっていたカーディガンのそでを戻しながら、ナージャは明るく断言する。


「面倒くさがらずに、ちゃんと帰って寝てれば、なにも問題なかったんですから」

「うぐ……」


 盤上でナイトの駒を前線に出しながら、樹里もおずおずと指摘する。


「堤先輩は親切で、部長を起こそうとしたんでしょうし……」

「うぐ……」


 ナージャと樹里の言い分に、コゼットは言葉を詰まらせる。それらについては全く反論の余地がないので、気まずげにポーンを動かす。


「部長さんの寝相については、まぁ、誰が悪いとは言えませんけどね」

「誰も来ないと思って、下着になって寝てましたけど……まさか寝ながら脱ぐとは、自分でビックリですわよ……」

「や、あの、部長? そもそもここで、しかも下着で寝るのもどうかと……」


 服を着たまま寝てシワを付けたくない意図はわかるが、やはり欧米の方々は大胆なのか。どこぞの過去の映画女優は『寝る時なに着るか』と聞かれて香水だと答えたそうだが、ああいうのは本当なのか。いや、あれは英語のwearを和訳する時の勘違い。『服を着る』以外に『香水をつける』って意味もあるから。


「あぁ、でも、あの人のあの態度……! 素直に謝ればこんなにこじれる事もなかったのに……!」


 不機嫌が困惑になり、そして苦悩から怒りに。百面相をしたコゼットが、十路の態度に腹を立てるが。


「『右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ』とは言いますけど、百発くらいブたれたら、誰でもキレるんじゃないですかねー?」

「…………」


 ナージャの冗談に、コゼットの怒気が沈静下する。

 頭に血が昇ってそれを求めたが、落ち着いて考えれば、顔の形が変わるほど殴って『頭を下げろ』は、ありえない。


「堤先輩って、ものすごく強いですから、部長をあしらう事もできたと思うんですけど……?」

「…………」


 樹里の疑問に、十路が無抵抗で殴られたことに気づかされ、コゼットは無言にならざるをえない。

 彼の戦闘能力は彼女も承知しているし、《騎士ナイト》と呼ばれる第一級の兵士が、コゼットの素人パンチを避けられないとは思えない。


「はい。部長さんが悪いですね」

「すみません、部長……これは弁護できません」

「う……」


 ナージャと樹里からそろって『アンタが悪い』と言われただけでなく、全部納得できてしまったために、コゼットはしおれて肩を落とした。

 怒りの感情が落ち着けば、十路にひどいことをしてしまったと、気まずげに波打つ金髪を一房指に巻く。しかし。


「ということで、ちゃんと十路くんに謝りましょうね?」

「それだけはイヤ」


 ナージャの提案は即刻却下した。


「向こうが謝ったら、謝りますわ」

【ここに集まるメンバーの中で、一番の年下は私のはずですけど、もっとガキがいましたか】

「うっさい黙れクソAI!」


 精神年齢はコゼットと大差なく思えるが、実年齢はぶっちぎりの最低年齢〇歳。そもそも機械に年齢という概念があるのか怪しいが、ともかくドス声でずっと黙っていたのに声をかけてきたイクセスを黙らせる。


「でも、イクセスの言う通りですよ……? そんな子供みたいなこと言わなくても……」


 樹里があきれ顔でいさめても、彼女は耳を貸さない。


「イヤってったらイヤですわ」


 それこそ子供のようにコゼットは唇をとがらせて、叩きつけるようにクィーンの駒を置いた。

 それで、チェックメイト。



 △▼△▼△▼△▼



 コゼット・ドゥ=シャロンジェは、複数の肩書きを持っている。


 金髪碧眼へきがん白皙はくせき若干じゃっかん二〇歳の美女。

 西欧小国の王女殿下。

 修交館学院大学・理工学科二回生。

 《魔法使いソーサラー》の社会実験チーム・総合生活支援部の代表。

 そして《付与術師エンチャンター》と渾名あだなされる特殊技術者。


 そんな中、日本で生活していく上で、彼女は大学生であることを意識しているのは、端から見ていてもわかる。


 普通の大学生と同じようにキャンパスに登校し、講堂で教授陣の話を聞き、出された課題も提出し、定期試験も受けている。ついでに日本人の女子大生と共にカフェテリアで談話し、時にはカラオケやショッピングを楽しむ辺りも普通の大学生。ただしコンパは全面的にお断り。


 それが堤十路が知る、コゼット・ドゥ=シャロンジェという女性の全て。


 そんな風に普通の大学生をやっているからこそ、彼女には謎がある。

 なぜ王女と呼ばれる立場で国外留学している?

 国家に管理される《魔法使いソーサラー》が、海外渡航している方法は?

 どうやって《付与術師エンチャンター》の技術を習得した?


 その答えを彼は知らない。

 学院理事長にして、彼らが所属する部活動の顧問こもん長久手ながくてつばめならば知っているだろうが、確かめたことはない。

 確かめる必要を感じたことがないからだ。

 彼たちが目にするコゼットは、パーフェクト・プリンセスを演じる普段の彼女とは違うが、ズボラで意地っ張りだが面倒見がよく、気をつかわずにつき合える、ただの年上の女性でしかないからだ。



 △▼△▼△▼△▼



 コゼットが、樹里やナージャと部室で話していた同時刻、別の場所では。


「なにうらやましいハプニングしとんじゃぁぁぁぁ!?」

「やかましい!」


 血走った目でえり首を掴もうとするクラスメイト――高遠たかとお和真かずまに、十路は怒鳴り返してその腕を払っていた。

 ウルフヘアに固めた染めた髪の下は、整った顔。黙っていればさぞかしモテる男なのだろうが、ハイテンションで欲望に忠実な言動が全て台無し。それ以前に、地獄突きで迎撃されてもナージャに言い寄る毎日なので、別段無作為にモテようとは思ってないかもしれないが。


「えー? なに? この人? そんなラッキースケベ経験しちゃってさー? フラグ立てる気?」

「チと黙レ。他にも客がいるんだし」


 喧嘩の後、部室を出た十路は、そのままマンションに帰ろうとしたのだが、その途中で和真に会った。

 和真も顔面傷だらけの彼を気にしてたのか、男同士で話をすることになり、ハンバーガーのファストフード店内で今朝の出来事を聞かせ、今に至る。






 ちなみに十路の下校路からすると、自宅マンション前を通り過ぎて遠出することになる。普段の彼なら間違いなく、用事もないのにそんなことはしないが、『たまにはこういう友達付き合いも必要か』と思える程度には空気を読んで行動するらしい。


「真面目な話、お前が悪い」

「ん、まぁ、な……」


 顔つきを改めた和真の断言に、十路は反論するわけでもなく、気まずげに首筋をなでる。


「やっぱりそういう事は、男が悪いと思うぞ」

「そりゃそうだろうな……」


 やはり性別の問題だろうと、十路はため息をつく。

 以前にも樹里の全裸を見たことがあるが、キレなければ大人しい彼女が相手だったから、こんなことにはならなかった。

 あの時でもこうなっていても不思議ないと、十路も思う。加えて。


「売り言葉に買い言葉だったとはいえ、結構ひどいこと言ったからなぁ……」

「なに言った?」

「『アンタ本当に女か?』って……」


 女性相手にその手の言葉はクリティカルだと、経験的に知っている。女性が男性に求めるのは賛同と教官なのだ。いくら男まさりであろうと、当人が女性らしいと思っているなら、そのように扱わないとならないのだ。

 でなければ、なんらかの形で制裁を受ける。一般論では『いやそれ普通じゃねぇから』と評価されるやもしれないが、それが十路が考える女性心理だ。


 勢い任せに出てきた言葉を反省するが、今更のこと。後悔先に立たず。覆水ふくすいぼんに返らず。吐いたつばは元に戻らない。


「《杖》もすぐ近くに転がってたし、《魔法》使われなかっただけマシって考えるべきなんだろうけど……」

「そこまでやるのかあのお姫様は!?」

「可能性はあったって意味だ……もし使われたら、今こうしてポテト食ってられねぇよ」


 口の中を切る程度では済まず、入院して流動食か点滴になってたという意味ではない。生命活動がなくなる意味で。


 本来ならば《魔法》の使用にはそれなりの手続きが必要で、『安全装置』が外れずに使うことができない。

 しかし支援部は《魔法使いソーサラー》の社会実験チームだ。普通はありえない事であるし、その都度『なんの目的で使用したか』というレポートを提出しなければならないが、自己責任で《魔法》を運用することが可能なのだ。やろうと思えば《魔法》を犯罪にも使える。


 社会実験を行うに当たって、そんなことをしない人間と見定めて集められた結果だろうが、もちろん部員たちにそんな気はない。大事を起こした際の不利益は簡単に想像できる上、その自由さが逆に恐ろしい。人として守るべき一線を越えてしまえば、後は落ちるしかない。


 だから十路は、『裸を見たから』という不名誉な戦死を避けることができた。


「早いところ謝っちまえよ?」

「それだけはイヤ」


 しくもコゼットと同じ答えを和真に返し、十路はフライドポテトを教鞭に、ふて腐れたように説明を加える。


「確かに俺が悪いとは思う。だけどここまでボコられたのに、大人しく頭下げるのはしゃくだ」

「お前な……」

「向こうが謝ったら、こっちも謝るけど、俺から折れる気はない」


 子供みたいなプライドなのかもしれないと、十路も自覚している。頭が冷えれば、別の考えに変わるかもしれない。

 しかしそれが今の考えだと、コーラの炭酸で走る痛みとは別の要素で顔をしかめる。


「まぁいいけど……だけど早いところ、なんとかした方がいいぞ? 時間がたつと頭下げるのって、難しくなるから」

「あぁ……」


 和真もそれ以上は口を挟む気はないらしく、それだけ忠告して話題を変える。


「で。お姫様のヌード、見たんだろ? どうだった?」

「あのな……」


 出歯亀根性丸出しの和真に少々辟易へきえきしながらも、十路は今朝の記憶を引っ張り出す。


 ソファで丸くなっていたので、完全に把握はできなかったが、それでも普段見えるはずのない部位を見てしまった。

 新雪のように白く、ハリとツヤのある肌。線美の骨頂とも言える清純な色気を持つ、細長い手足。浮き出ない程度に脂肪はついていたが、それでもわかる骨格の細さ。

 そして女性らしさを際立たせるボリュームある胸のふくらみ。肉感的でありながら同性がうらやむほどに細いくびれた腰。扇情的な曲線を描く引き締まったでん部。


「……やっぱ部長って、美人だよな」


 造形の完璧さは理解していたつもりだった。しかし裸で改めて確認した、奇跡のようなバランスで成り立つ肉体は、息を呑むほどに美しかったと、十路でも認めるしかない。


外身そとみ外面そとづらは完璧なのに、中身は残念な人だよな……」

「もっとガッついたこと言えんのかぁぁぁぁっ!?」


 シェイクの紙コップを握りつぶしながら、和真はえる。十路の冷静かつどこかズレた反応が気に入らないらしい。


「『おっぱいデカかった』とか『いいケツしてた』とか、そんな感想プリーズ!」

「童貞中坊みたいな感想だな……」

「どうせお前も童貞だろうが!」

「…………」

「え?」


 和真が発したその単語に、十路は真顔の沈黙で応える。そして。


「ふ」


 鼻で笑った。


「堤さん……!? まさか違うとでも……!?」

「ノーコメント」

「答えろ! そこ大事なところだろう!?」


 和真の声は無視して、十路はハンバーガーをかじる。

 放課後の学生のような時間は、こうしてダラダラと流れて行く。

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