020_0400 ある日、野良犬VS獅子Ⅳ~Sequential access -Stray Dog- #ifndef FLAG_1_~


 き木が燃え尽きれば炎は消えるように、怒り続けるのは意外と難しい。一日は激情がさかっていたが、それまで。

 つばめが酒の席で話していた予想は、当たっていた。

 

 翌日の、学校での昼休憩時間。十路とおじは多少バンソウコウやガーゼが減った顔で、いつもはハイテンションな、今日は落ち着いた少女の声を聞いていた。


『つまり、ケンカし始めたはいいけど、引っ込みつかなくなって、兄貴も困ってるってワケ?』

「ん……まぁ、そう思ってくれていい」


 十路は携帯電話を耳につけたまま、修交館学院の四号館――高等部校舎二階の廊下の壁に寄りかかる。


 電話の相手はつつみ南十星なとせ。同じ姓が示す通り、十路の家族だった。ずっと離れて暮らしているが、時折は顔を合わせ、こうして電話でよく話をするのだから、仲は悪くはないはず。


 昼食が終わった頃合に、南十星が近況うかがいで電話をかけてきて、十路がいつもと調子が違うのを感じ取り、彼もまた彼女に相談していた。


『で、兄貴とぶちょーさんとケンケした原因って、なに?』

「それは言えない」


 コゼットの全裸を見たのが原因という真相は、さすがの十路も話さなかったが。


『そこ聞かなきゃ、どっちが悪いか、わかるわけないじゃん?』

「どっちが悪いかっつったら、どっちも悪いんだろうけど……一般論としては、男が悪い?」

『この間の後輩のコに続いて、着替えか全裸マッパでも見たとか?』

「…………」


 十路は言葉を失った。

 普段の言動から頭が足りないかと思いきや、南十星は意外と鋭い。


『……これ以上は聞かないでおくね』


 そして空気読める。


 だから十路は、電話向こうの少女をやや苦手にしている。アホの子かと思いきや、真逆の印象の言動を取ることもあるため、接し方に困る。

 家族とはいえ、幼い頃から別々に育ち、顔を見ない時間のほうが長い。それが疎遠そえんになりがちな思春期になっても仲がいい理由であり、身内とはいえよく知らない原因にもなっている。


「あー……まぁ、そういう事が起こったとして、同じ女として、どう思う?」


 言いつくろっても仕方がないと理解しているが、十路はあくまで仮定として、ぞんざいに話を進めた。


『あたしは兄貴に見られても気にしないけどなー? バスタオル一丁で家の中うろついてるトコ、写メで送ろうか?』

「身内以外に見られたとしてくれ。あと恥じらいを持て愚妹ぐまい


 恥じらいに関しては完璧に無視して、南十星は自説を続ける。


『身内以外に見られたら……まずは目潰しカマして、のた打ち回って背中向けたところにリバーブロー。更に倒れたところマウント取ってボコりまくって、ストンピングで踏みまくって、オマケに金的ってカンジ?』

「なとせ……実は昨日のこと、見てたんじゃないのか?」

『へ?』


 コゼットにやられた通りの打撃技を挙げられ、十路は想像力に戦慄するが、それは彼女には理解不能。なので述べ続ける。


『で、それからどうするかってトコだけど……ムズいなぁ。顔を合わせなくするってコトも考えるけど――』


 十路もコゼットも、国家に管理されていないワケありの《魔法使いソーサラー》で、そんな彼らがここで学生生活を送るには、あの部活動に参加する必要がある。

 『顔を合わせない』は不可能だ。

 それを十路が言おうとしたが、迷いながらも発せられた南十星の言葉にさえぎられる。


『やっぱ相手の態度次第、かな?』

「なとせなら、どういう態度を求める?」

『謝るなら許す』

「やっぱり俺が先に謝るべきか……俺、あの人に嫌われてるからな」

『そなの?』

「いっつも『嫌い』って言われてる」


 趣味は映画鑑賞(大抵アクションもの)、流派不明の格闘術の練習が日課というオテンバではあるが、同じ女性の意見を聞き、十路は小さくため息を吐いた。


「でもまぁ、けじめは大事だよな」

『あたしの意見が参考になったかね?』

「あぁ、まぁな。さんきゅ」

『にはは。いいってことよ。それよか兄貴、ちゃんと仲直りしなよ?』


 バカみたいに明るい笑い声が、一転穏やかになる。


『にしても兄貴、転校してから変わったじゃん?』

「そうか?」

『人からなに言われようとドクリツドッポ。空気読まずに我関せず。そんな兄貴が人間カンケーに悩むようなったなんて、変わったと思うよ?』

「……俺、そこまでコミュ障か?」

『兄貴のケータイに登録されてる番号、数えてみりゃわかんじゃね?』

「…………」


 遠慮のない妹の言葉に、ぐうのも出ない。

 ちなみに登録されてる電話番号は、十指で足りる。しかもほとんどは事務的に必要だったもので、個人名で登録されているのは南十星を除き、修交館学院に転入してからでないと入力していない。

 天真爛漫てんしんらんまんで誰とでも仲良くなれる彼女と比較しなくても、友人のたぐいが少ない自覚はある。


「『普通に生きる』ってのは、楽じゃないな……」


 十路はこれまで《魔法使いソーサラー》として、兵器として生きてきた。だから常人にはなんでもない『普通』が、とてつもなく難しい。

 他人の血液型を知るのは性格診断や占いのためであって、緊急時の輸血を想定した把握ではない。なんちゃって敬礼に『角度違う。左手じゃねぇ』などとモヤモヤしない。雨の日には傘を差す。準備運動に自衛隊体操などやらない。

 幼い頃から非公式の自衛官だったから、根本的な部分から社会常識が違う。


 まだ付き合いの浅い者には見せられない、家族にだけ見せる弱音がこぼれる。


『はっはー! 嫌になったらなぐさめてやるぜぃ! あたしの胸に飛び込んで来な!』


 南十星もそんな笑い飛ばせる反応をするとわかっているから、安心して本音を覗かせることができる。


「なんでわざわざ飛行機に乗ってまで、妹の薄い胸に飛び込まなきゃならんのだ」

『ふっふーん。前に会ったときから、少しは『ないすばでぃ』になったんだかんね?」

「前に顔合わせてから、一ヶ月経ってないぞ? それで体つき変わったなら、太ったんじゃないのか?」

『あたしセーチョーキだってば!』


 同年代女子と比べても小柄な体を思い出す十路に、南十星も思い出したように言葉を付け足した。


『あ、そうそう。兄貴、近々そっちに行くかもしんない』

「なにかあったか?」

『あたしが好きな映画の次回作、近々そこで撮影やるんだって。だから予定が合えば、兄貴に会いがてら、見に行こうかなーと』

「そこって……神戸で?」

『うん』

「そういう情報って、関係者以外シークレットじゃないのか?」

『詳しいスケジュールはともかく、ロケ地くらいならけっこーマチマチ? 隠しても撮影クランクインすりゃSNSですぐ広まるって事情もあるし、フルオープンでエキストラ募集する場合もあるし。てか、兄貴こそなんか知らんの? ケーサツに協力してんしょ?』

「組織図上は単なる下請けだから、そんな情報下りてこない。っていうか、旅費あるなら来るのは勝手だけど、前もって連絡入れろよ?」

『りょうかーい。あんま長電話すんのもなんだし、そろそろ切るね』

「あぁ。またな」


 家族の会話を終えて、十路は携帯電話をポケットに収める。そして教室に戻ると、席の周囲を占領している和真かずまとナージャが早速話題にした。


「女との電話は終わったか?」


 カツサンドのパッケージを片付けつつ、和真は意地の悪げな顔で無糖の缶コーヒーを飲む。


「あらら~? 十路くんの彼女さんだなんて、是非とも紹介してもらわないと~?」


 小さなランチボックスを片付けて、水筒の紅茶を飲みながら、ナージャも意地の悪げな顔を向ける。


「生物学的には女だけど、お前らが思ってるような関係じゃない」


 十路はいつもの平坦な口調でそれだけ説明し、自分の席について、飲みかけだったブラックコーヒーの缶を傾ける。


 これがいつもの昼休憩だ。たまに和真が学食に行くことがあるが、十路は朝に購買で買ったパンを、ナージャは自分で作った弁当を、一緒に食べているのが彼らのつねだ。


「……怪しいですね」

「だよな? そういう言い方が怪しいと思うよな?」


 和真とナージャが顔を寄せ合い、あからさまな内緒話を始めだした。


「十路のヤツ、コイバナに興味ないとか言ってるけど、絶対に違うと思わないか?」

「思いますねー。むしろこの人、そういう話に興味津々だと、わたしは見てるんですけど」

「あとコイツ、意外とムッツリじゃないかと思うんだが」

「日頃どんなネタを使ってるんですかね?」

「ナージャにでも引くようなヤツ?」

「いや~……わたし、シモ方面でも、多少は理解があるつもりですけど」

「おけ。わかった。了解……お前ら、いつもド突き合いしてるクセに、息ピッタリだよな……」


 どうあっても十路の性癖を歪めたいらしいふたり言いたいことは色々あるが、それだけの感想を述べるに留める。下手に反論すると、コゼットの裸を見た話を持ち出されそうな予感がしたので警戒する。


 別に十路がそんな回答をしたからではないだろうが、ナージャと和真の会話はれ始める。


「嫌ですねー。わたしとこの人を一緒にしないでくださいよー?」

「ナージャが裏切った!?」

「あと、十路くんが特殊性癖の持ち主でも、和真くんよりはきっとマシかと」

「ナージャさん!? いつも俺には優しくないよね!? なんで!?」

「和真くんって生理的に無理なんです♪」

「にこやか笑顔でそれは傷つきますよ!? なに!? 言い寄るからキショイとか思ってる!?」

「いやー? そこまで想ってもらえるのは光栄だと思いますよ? だけどこう、体が拒絶反応するんです」

「ガッデェェェェムッ!」


 高遠和真、雄々おおしく立ち上がり、える。


「ナァァァジャァァァッ!?」


 そしてなにを考えたのか、ただ錯乱しただけなのか、ナージャに手を伸ばす。


「ふんっ!」

「ごふ――っ!?」


 ナージャは座ったま、アッパーカット気味に貫手ぬきてを喉の下から突き上げて迎撃した。たまらず和真は床に倒れてのた打ち回る。

 かなりバイオレンスだが、三年B組のいつもの光景だ。


「飯食ってる連中いるんだから、ほこり立てるなよ……」


 転入生の十路も見慣れたものになったので、心配もしない。文句だけ言って缶を傾けていると、クラスメイトの女子が呼びかけくる。


「堤ぃー。あんたにお客さんー」

「客ってどの方面?」

「部活の。《魔法使い》の」

「まさか……部長?」


 安直な発想を十路が口に出した途端、周囲がざわめいた。


「堤の部活の部長って……」

「王女様か!?」

「キターーーー!?」


 容姿端麗、プリンセス・モードON時は性格良好、しかも王女ということで有名なコゼットだが、大学生であるために高校生たちはそう顔を合わせることはない。

 なので否が応でも、パーフェクト・プリンセスの登場に、教室の中は期待感で高まる。


「私です……」


 そんな雰囲気の中に入ってきた来客は、金髪碧眼へきがん白皙はくせん外国人女子大生とは似ても似つかぬ、どこにでもいそうな日本人女子高生だった。


「地味な私が来てしまい、先輩方のご期待に添えなくて、申し訳ありません……」


 しょんぼり顔でボソボソと話す樹里に、意気込んでいた者たちは、気まずげに視線をらした。


「はいはい、木次さんが地味なんてことはないですよー?」

「ナージャ先輩になぐさめられると余計に傷つきます……」

「どうしてですよ!?」

「だって部長と同じ側の人じゃないですかぁ……金髪だし、美人だし、スタイルいいし、胸大きいし……」


 頭をなでられなぐさめられつつ、ナージャに導かれて近づいてきた樹里に、十路はというと。


「俺に用事か?」

「十路……お前、少しは空気読め……」


 和真に言われるほど無遠慮だった。

 十路としては、客がコゼットでなくて安堵していた。平坦な声なので、そんな心中は伝わるはずもないが。


「で? 木次?」

「えと……どうです? 怪我とか、その、色々と……」


 本当に聞きたい内容はボカしたであろう樹里の質問に、十路は小さくため息をつく。


「一晩たてば、さすがに落ち着いたよ……部長とのことは、俺も悪かったと思うし……」


 樹里はホッとした様子を見せ、本題に入った。想像した、ボカしたであろう内容とは違った。


「でしたら堤先輩に、お願い事がありまして――」

「『でしたら』?」


 普通ならば気にしないだろう接続語に、十路は目をわずかに細める。


「う゛」


 にらんだつもりはないが、樹里はしばし固まった。


 なにか裏がある予感を覚えつつも、この後輩ならばたくらみに巻き込まれても、そう酷いことにならないであろうと思い、それ以上の追求はした。


「お願いってなんだ?」

「え、えと……しばらく野依崎のいざきさんの姿を見てませんし、学校にも来てないみたいで、様子を見に行ったほうがよさそうなので……」

「?」


 オドオドと、聞いたことのない名前が当然のように出された。


「あー。そういやしずくちゃん、このところ見てないな?」

「確かにフォーさん、ご無沙汰ぶさたですね?」


 呼び方は違うが、和真とナージャは知っている人物らしい。


「野依崎って、誰だ?」

「ふぇ?」


 十路からすれば当然の疑問に、樹里がどんぐりまなこをキョトンとさせて、少し考えてから納得の様子を見せた。


「……あ。そうでしたね。前に会ったの一ヶ月近く前ですけど、その時にはまだ堤先輩は転入してませんし、ご存知ないですか」

「部の関係者なのか?」

「えーと。ウチの部員って四人いるんですけど、それはご存知です?」

「もうひとり部員がいたなんて、初めて知ったぞ……」


 支援部員ということは、国家に管理されていない《魔法使いソーサラー》のはず。この学校にまだそんな存在がいたのかと、十路は呆れる。


「あまりにも特殊な人で、私もニ、三回しか会ったことないですけど……」

「特殊って、全員特殊だろう?」

「や~、きっと堤先輩が想像してるより、ずっと特殊です……だからどんな人か、説明しにくいんですよね」


 樹里の説明は、説明になっていない。


「そういえばフォーさんって、十路くんと似てません?」

「あ~……わかる気がする。全体的な雰囲気が似てる?」


 ナージャと和真の言葉を聞いても、人物像が全く想像できない。


「それで、堤先輩」


 結局樹里は詳しい説明をはぶいてしまった。


「放課後、野依崎さんの様子を見に行くのに、一緒について来てもらえませんか?」

「別にいいけど……」


 よくわからないながらも、断る理由もないので、十路は了承した。

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