010_1910 部活動Ⅲ~奪還①~

 A甲板デッキ貴賓きひん室にて、コゼットはヴィゴ・ラクルスと共に、身柄を拘束されていた。椅子に座らされ、どこからか持ってきたロープで縛られ、動きを封じられている。

 樹里が窓ガラスを突き破ったままだが、そこからの逃走はないと判断されたか、見張りをひとり残して、彼女たちはそのまま監禁されることになった。


(ったく……)


 リップグロスを塗った桜色の唇を小さく噛み、コゼットは内心舌打ちをする。


(肩書きは王女でも、大人しくさらわれるような、か弱いお姫様属性は持ってないっつーの……)


 常人ならば絶望に震えるだろうが、コゼットは毒づける程度に余裕があった。犯人たちの目的がコゼット自身にあり、余程の事がない限り殺されないと理解しているから。


 しかも聞き慣れたエンジン音と、断続的に聞こえる銃声が、更に恐怖を緩和する。


(にしても、堤さん……ド派手にやりあってますわね……?)


 どうやって乗り込んだのか彼女が知るはずもないが、《バーゲスト》に乗った十路が犯人たちと交戦しているのは想像つく。隠密行動をせず正面衝突しているのは、トラブルご免の彼らしくない気もするが、戦闘行為そのものは、コゼットはあまり心配していない。


 本人に確認したことはないが、コゼットは十路が《騎士ナイト》と呼ばれる存在であると確信している。

 ただでさえ《魔法》という絶大な戦闘能力を持つ《魔法使いソーサラー》が、特殊部隊員の訓練を受けたなのだ。


 しかも相棒役である《使い魔ファミリア》も一緒なら、相手が訓練された一個小隊でも、彼ひとりでなんとかしてしまうだろう。


 なのでコゼットは、別の心配をする。


木次きすきさんはどうなりましたのよ……)


 後輩が窓から船外に飛び出した直後に、ガラスの割れる音が響いたから、下の階層から船の中に戻ったことはコゼットも可能性として考えている。

 海に落ちたのなら、まだいい。素人には危険な高飛び込みだが、陸までさほど距離はないので泳ぐのも不可能ではないし、釣り人がいつもいる防波堤も近くにある。


 しかし船の中にいるのなら危険だ。足を撃たれたのを目の当たりにしているし、普段から素人臭さを出している樹里だと、軍事経験者である十路ほど楽観することができない。


(あぁ、もう……! こういう何もできない状況、一番イヤなんですけどね……!)


 ヤキモキしても、コゼットにはなにもできない。《魔法使いの杖アビスツール》はないから《魔法》は使えない。貴重品を入れたバッグもスマートフォンも取り上げられたので、情報の収集も提供もできない。

 このまま大人しているしかない。


「……すまない」

「?」


 そんな彼女の内心が伝わったわけではないだろうが、隣で同じよう拘束されている、ヴィゴ・ラクルスが懺悔ざんげする。

 彼の顔は生気なく、真っ青だった。今の状況に怯えているのは、誰の目にも明らかに。

 コゼットは見張りの男を一瞥いちべつし、話を止める気がなさそうなのを確認してから、彼に向いて。


「――ハッ」


 鼻で笑った。


「そうですわねぇ? 貴方のせいでこうなったっつー事ですわねぇ?」

「……っ」


 彼が言い出したことだが、獰猛な笑顔でコゼットに同意され、ヴィゴは顔を歪める。


「《魔法使いソーサラー》が、政府関係者や軍上層部の都合に巻き込まれるのは、いつもの事ですけどね……ほんと、いい迷惑ですわ」


 王女の仮面を脱ぎ捨てた時と変わりなさそうだが、語調が明らかに違う。それにコゼットは、明らかなあざけりを顔に浮かべている。

 ライオンはプライドの高い生き物の代表格とされ、小さな獲物を狩るのにも全力を出すと、よく言われる。

 なので、わざといたぶるような真似をするのは、コゼットらしくない。


「そういえば聞きましたけど、貴方、最高経営責任者CEOとして評判よろしくないっつーことでしたっけ? それもわかりますわ」


 ここまで来れば半分以上言いがかりだが、コゼットは口を閉じない。


「結果論ではありますけど、息子の虚弱体質を治すためなんて、くっっっだらねー事のために、ここまでの大事を起こしてくれたんですものね?」

「……!」


 さすがにヴィゴも気分を害した様子だが、言葉を自ら封じた。それをいいことにコゼットはいやらしい笑顔を浮かべて止まらない。


「『魔法使い』が現れて、『魔法』で願いを叶えてくれるなんつーおとぎ話、いい大人が真に受けんじゃねーですわよ」


 さすがに我慢の限界だったか、ヴィゴがいきり立つ。


「だったらあの子をあのままにしておけと言うのか……?」

「どうしようもねーんじゃ、仕方ねーですのよ」

「そんな言葉で済ませるな……」

「あーハイハイ。なんとでもおっしゃってくださいな。貴方には大事でも、わたくしにとっちゃ明日には忘れる他人事ですわ。つーかンな大言吐けるほど、ちゃんと父親やってますの? 子供から仕事で忙しくて、まともに会える日も少ねーっつって聞きましたけど」

「確かにそうだが……それでも精一杯のことを――」

「テメェの『精一杯』はお門違いっつってんですわよ!」


 最初は小さかったふたりの会話は、徐々に音量を増す。さすがにこうなってくると見ない振りもできず、見張りは制止の声をあげるが。


「引っ込やがれボケェ!!」


 たとえ日本語を理解できなくても、語気とガラの悪さで罵声とわかる言葉を投げつけられて、固まってしまった。絶世の美女と称しても過言ではないコゼットが、男相手に地を丸出しにした時、よくある反応だ。


 傍目には怒りを一気に吐き捨てたから、少し冷静になったように見えるかもしれない。だがコゼットの意図したものだ。


 こんな状況ならば不安になり、気弱になる。嫌な想像を引き起こし、いざという時に行動が遅れる。しかし別の強い感情があれば不安は消える。そして怒りは、他の感情に比べて引き出しやすい。

 コゼットは経験的にそれを知っている。だからわざと怒りを引き出す言い方をした。


 加えて伝えなければならない、子供の立場から見た言葉もある。


「……ある子供がある日、であることが判明した。すると家族は、どうしたと思います?」

「それは……やはり治療を――」

「いないものとして扱ったんですわよ。それどころか、実際に存在を抹消しようともした」

「……っ」


 ヴィゴが声を呑んだ。意が伝わった。


「苦しい時、家族が傍にいてくれるだけでも、その子は違った人生を歩めたのかもしれませんわね……レオナルドあの子はまた違うかもしれませんけど、そんな子供もいったってことを、肝に銘じておきなさい」


 苦い。幻覚だとわかっているが、コゼットは誤飲防止剤くらいの苦汁に、いつしか丁寧ヤンキー口調が消えた最低限の言葉だけで、口を閉ざした。


「少しは捕虜らしくしてくれないか」


 どこかに消えていた男が、大剣クレイモア絨毯じゅうたんに引っかき傷を作りながら、戻ってきた。

 その男がローデリック・セリグマンという名前であることも、軍研究開発機関『フルンティング』という組織に所属していることも、コゼットはまだ知らない。


「あれは何者だ?」


 質問する彼は、剣とは逆の手に、アタッシェケースを二つ重ねて持っている。船員に預けていたコゼットと樹里の空間制御コンテナアイテムボックスだ。


(堤さんが突入してきた事で、私たちの装備を船に預けたままでは危険と考えて、自分で管理することにしましたのね……)


 取り戻すことは困難になった。しかし同時に、どこに装備があるか特定できた。

 ならば拘束されてなにもできないコゼットは、十路が事態を把握するまでの時間稼ぎすればいいと、澄まし顔を作る。


「あれ、とはなんの事ですかしら?」

「決まっている。バイクモトでこの船に乗り込んできたヤツだ」

「……………」


 コゼットは口を閉ざす。拉致犯と拉致被害者という関係なのだから、彼女に答える義理はない。

 それに不審すぎて、答えにきゅうした。


(堤さんのことを知らない……?)


 軍事兵器になりうる各国の《魔法使いソーサラー》の動向など、どこの国の諜報機関でも調べているだろう。しかも、まさか拉致しようとした人員のことを調べていないのは、素人考えでもおかしい。


「答えろ、コゼット・ドゥ=シャロンジェ」

「…………」

「学校で一緒にいた男か? あいつも《魔法使いソーサラー》か? 経歴は?」

「…………」


 サングラスシェードのせいで表情は隠れているが、無言を貫くコゼットに、ローデリックは苛立いらだつ。大剣クレイモアの切っ先が首筋に付きつけられる。


「……元軍用犬の野良犬っつーところですかしら」


 仕方なく答えるが、まともには受け応えしない。


「しかもジャーマン・シェパードとかドーベルマンなんつー、可愛げのある種類じゃねーですわよ。頭がもうひとつふたつ、余分にくっついてんじゃねーです?」


 牛番の双頭犬オルトロス地獄の三頭犬ケルベロスと、コゼットは苦笑するが、思い出した十路の姿に鳥肌立っている。

 牙を剥いた彼と戦った時、それくらいの恐怖を感じた。


「堤さんには失礼ですけど、ありゃ化け物ですわよ」

「ツツミ……?」


 名前だけで、ローデリックの態度が激変した。


「まさか、あいつの名前はトージ・ツツミか……!?」

「それもご存知ありませんでしたの?」


 今更なにを、とコゼットは眉根を寄せる。


 夜のメリケンパークで会った時。彼は支援部以外を名乗ることなく、樹里と共に逃げるようにして場を離れた。

 修交館学院の理事長室で再び会った時。来客が知っているものとして、つばめは改めて部員を紹介しなかった。

 誰も意識して、わざと隠して、そう呼びかけたわけではない。だから理解できない。


 ローデリックの前で、誰も十路を名前で呼んでいないから、こんな反応をしているなど。


「聞いていない……! 陸上自衛隊ジャパン・アーミーの《騎士ナイト》がなぜここにいる!」


 《騎士ナイト》とは、軍事力としての《魔法使いソーサラー》の代名詞であり、畏怖いふの対象でもある。


 中東国の独裁政権打倒に参加し、たったひとりで政府軍を壊滅させた。

 アジアの軍事国家のトップを、厳重な警戒網を単身で潜り、暗殺した。

 南米の巨大麻薬カルテルを、一夜にして壊滅せしめた。

 地球に落下する隕石を、地上から狙撃した。


 《魔法使いソーサラー》でなければ――否、《魔法使いソーサラー》であったとしても非現実的な作戦を成し遂げたと噂されるのが、《騎士ナイト》と呼ばれる者。


 普通に考えれば眉唾ものだ。もちろん真偽はおおやけにされていない。


 なので彼らは、暗殺も行う優秀な特殊工作員であり、どんな場所にでも潜入・帰還できる斥候せっこう兵であり、一国の軍隊を殲滅せんめつ可能な兵器でもあると、空想虚言を交えた存在として関係者の間で広く語られる。


「やっぱ、裏社会やら軍関係者の間では、堤さんは名が知られてるんですわね……」


 コゼットのひとりごとのはずだった。


「不本意ですけどね」


 なのにやる気なさげな若い男の声が応じた。しかも声の持ち主が、樹里が蹴破った窓から、貴賓室へと飛び込んで来た。


 彼は手にしたケースを手放し、まだ空中にいる体勢で両手を六度小さく動かす。ホルスターから拳銃を素早く抜いて撃つ早撃ちクイックドロウのように、腰のポーチから銀閃を走らせ、手製の棒手裏剣を六本投げ放った。


 三本はスーツ姿の、見張りをしていた男に飛来する。

 咄嗟に飛び込んできた人影に、彼は手にした拳銃を向けようとしたが、両腕と右膝に突き刺さり、痛みに取り落とす。


 残り三本はローデリックに襲いかかる。


「くっ――!」


 二本までは手にした大剣クレイモアを小さく使い、金属音と共に弾き落とした。しかし防御をくぐった一本が、鎖骨近くの左肩へと突き刺さる。大剣クレイモアは両手持ちで扱う重さの上、ローデリックは空間制御コンテナアイテムボックスを持っていたために、片手だけでさばききるのは無理があった。


「木次とは連絡取れないし……《杖》はどこにあるかわからないし……だから、あちこち探してたんだが……」


 外から飛び込んできた人影は床を一回転して勢いを殺し、そして同じく床に転がった箱――黒い空間制御コンテナアイテムボックスを引き寄せて、身を低くしたままぼやく。


「まさか部長と《杖》と要注意人物が、全部一緒の部屋とはな……」


 船内のどこからか、オートバイの駆動音と銃声は、今も聞こえている。


「修交館学院、総合生活支援部だ」


 なのに普段を変わらない平坦さで、つつみ十路とおじは貴賓質で宣言する。


「ローデリック・セリグマン、並びに『フルンティング』の関係者。諸々もろもろの罪状で現行犯逮捕する」

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