010_1900 部活動Ⅱ~強襲~


 C甲板デッキは吹き抜けのエントランスで分かれ、船の前後でふたつのレストランホールがある。その船後方側にあるレストランは、一〇〇名以上が食事できる小粋な雰囲気のフロアだった。

 テーブル席が規則的に並ぶ広いそこ空間に、連絡手段を取り上げられた多数の乗客たちが、一ヶ所にまとめられて監禁状態にされている。

 命令したのは、銃を片手に監視している男ふたりだ。

 

 ただし今の彼らは判断に迷って顔を見合わせていた。


「What's happened? (おい、どうなってる?)」

「I don't know...(わからない)」


 航行中の船ではありえないことに、つい先ほど、派手な音が響いた。

 その確認のために、仲間のひとりを斥候せっこうに行かせたが、帰って来ない。


「do you――? (どうする?)」


 カーテンの隙間から外を覗いても、様子はわからない。彼らが次の行動の判断しようとした時、閉じられた上に施錠もした扉が、轟音と共に突き破られた。

 突入してきたのは、大型オートバイにまたがった、フルフェイスへルメットを被る学生服姿の男子学生だった。


【修交館学院、総合生活支援部です】


 シージャック犯ふたりだけではない。客たちも硬直した空気の中、低いエンジンの唸りに混じり、理知的な印象の女性の声が響く。顔の見えないライダーが着ているのは男子学生服だから、不思議に思う者もいる。


 この場にいる者は、そのオートバイが《使い魔ファミリア》という人造の知性を持つ機体であることも、魔犬バーゲストという体に載せられた彼女が『過激イクセス』と名乗っていることも知らない。


【第五管区海上保安庁に代わり、銃刀法違反、威力業務妨害罪、監禁罪、脅迫罪により、あなたたちを現行犯逮捕――】


 宣言の途中で場の呪縛が解けた。男たち銃をオートバイに向けたから。その後の展開が予想できた乗客たちが、小さく悲鳴を上げる。


【……大人しく投降するとは、思ってませんでしたけど】


 凛々りりしい女性の声を、ため息混じりのぼやきに変えて。


【抵抗するなら、遠慮はしません】


 偽装のエンジン音で咆哮ほうこうし、魔犬が突進する。


 接近の間に何発も撃たれたが、ボディに跳ね返される。《バーゲスト》の体をおおうのは、一般的に使われる繊維F強化RプラスティックPだけではなく、チタン合金と合成ゴムも重ねた、軽量簡素ながらも軍事車両に相応しい積層装甲コンポジットアーマーだ。ボディの流線型と組み合わせれば、ライフル弾でも貫けない。


 だから車輪あしを止めずに接近し、後輪を振り抜いた。人間で言うならば後ろ回し蹴り。Moto Xtremeと呼ばれるバイクパフォーマンスにおいては、前輪走行ストッピーからの方向転換ジャックナイフターンというトリックで、後輪を叩きつけた。短機関銃を持つ男が、テーブルをなぎ倒しながら吹き飛んだ。


【私を破壊したければ、成形炸薬HEAT弾でも持ってくることですね】


 痛みで体を動かせない男に指摘して、魔犬バーゲストは次の獲物へ襲いかかる。


「Damm!(くそっ!)」


 もうひとりの男が銃を連射するが構いなし。オートバイに駆る者にも命中しているのに、体をかすかに揺らすだけで突進を止めない。

 それどころか跳んだ。跳ね上げた前輪をテーブルに乗せたと思いきや、全長二一二〇ミリの巨体が後輪から宙を舞って一回転する。


 その光景にこの場にいた誰もが、オートバイにそんな動きが可能なのかと驚愕する。実際には加減速の慣性に加えて、サスペンションの動きとタイヤ空気圧変化を使う、ロボット・ビークルならではの方法なので、普通の車体には不可能だ。

 いわば浴びせ蹴りをくらった男にはそんな検証をする余裕はない。成人男性の三倍の重量で踏まれ、うなりながらうずくまることしかできない。


 転倒もせずに着地したオートバイと、それを操る学生の姿に、人質となっていた乗客たちは唖然あぜんとする。

 

 しかしイクセスは気にもしないし、気にする余裕もない。


【まだ事態は解決していないので、船が港に着くまで動かないでください。それからそいつらの武装解除をお願いします。銃を海に捨てれば十分ですから】


 それだけ乗客に指示して後方のホールを目指し、偽装のエンジン音を響かせて走り去っった。


 ホール制圧所要時間は、三〇秒もなかった。

 暴風のような事態変化に、乗客たちは思わず顔を見合わせた。

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