010_1800 部活動Ⅰ~戦闘行動開始~


 黒と赤でいろどられた大型オートバイと、前傾姿勢でそれを駆る学生服の青年が、陽が赤くなる神戸の街を駆け抜ける。


【トージ。ツバメが出発前に言っていた、ローデリック・セリグマンという人物は?】

「防衛省の資料で見たのはかなり前だし、うろ覚えなんだが……『フルンティング』ってところに所属してる《魔法使い》だったと思う」


 信号も法廷速度も無視しているので、ほぼ最高速度を保っている。カーブでもレースさながらに突っ込み、時速一〇〇キロ以下に落ちない。

 そんな危険運転中でも、十路にはイクセスの質問に答える余裕がある。彼が乗るのは意思を持つオートバイなのだから。交差点では他の車輛の動きを見て、事故を起こさないライン取りを勝手にするために、重心移動のアシスト程度で十分だ。


【私の記憶データにその名前はないのですが、どこの組織ですか?】

「正式名称は忘れたけど、《魔法》を軍事力として使うための、西欧連合国イギリス軍の開発・運用研究部門だったはず」

【研究機関らしくない、勇ましい通称ですね?】

「どこも軍ってのは、そういう中ニ病な部分があるけどな……でも、調べてみたら、役に立たない感じの名前だったけど」


 フルンティングとは、英文学最古の叙事詩エピックベオウルフに出てくる武器の名前だ。数多の合戦で大勢の敵をほうむった名剣で、くろがね造りで必殺の刃文が入った刀身は、血をすするごとに堅固となるという。しかし肝心の魔物退治の時には効果がなかったとされている。

 日本ではあまり名が知られていない架空の剣だが、イクセスは走りながらWeb検索したのだろう。


【ということは、モグリではなく正規軍が動いて、トージたちに手出ししたってことですよね?】

「世界第五位の国防予算を組んで、ヨーロッパ最強の軍隊をそろえてるんだ。これまでの常識を変える《魔法使い》が登場しても、軍事的優位性を確保するために、色々やらなきゃいけないだろ」

【それでもジュリやコゼットを拉致するとは、相当に強引なやり方では? 外交問題に繋がるでしょうし、後々の面倒を考えると、とても現実的とは思えないのですが】

「俺たちは日本政府に管理されてる《魔法使い》じゃないんだ。自分の意思で所属国を決めて移籍したってことにすれば、建前の上では成り立つだろ?」

【船を占拠し、大量の人質を取る形になったことは? それは誤魔化しようがないですから、そんな建前は吹き飛ぶでしょう?】

「手はあるもんだ。たとえば拉致したのは第三国の仕業、その後で救出した風によそおう、とかな」

【考えてるんだか、考えなしに実行したんだか、よくわからない作戦ですね?】

「普通は考えても実行しないから、上層部の甘い見通しで始めたのか、それともよほど切羽詰った事情があるのか……」


 一人と一台は起こっている事件の細かい分析をしつつ、神戸港の南西端に突入する。最短経路を取るために、三菱重工神戸造船所の広大な敷地に突入し、警備員や職員を慌てさせる。


 建物群をう狭い道を、猛スピードで駆け抜けながら、十路は問う。


「……こういう場合、普通の高校生なら、どうするんだろうな?」

【警察に相談して、それで終わり。後はヤキモキして事態収拾を願うだけでしょう】

「俺の目標は普通に生きること。トラブルなんてご免なんだがな……」

【この事態をしずめられるのは、現状あなただけです】

「わかっちゃいるけど面倒くさい――なっ!」


 工場の敷地の裏手にある、資材搬出用の出入り口に出れば、すぐ目の前には海が広がっている。釣り客が多く利用する駐車場に出たところで、十路は急ブレーキをかけた。

 そこでずっと建物に隠れていた、白い船体を確認することができた。


「あの船か?」

【間違いありません。航路も予想通りです】

「間に合ったな」


 ヘルメットの中で十路は薄く笑う。

 既に出航した船を追いかけるには、普通ならば同じく船を使うか、ヘリといった航空手段を使うしかない。


 しかし今回、出航直後に事件が発生したために、時間が許せばそんな用意は必要なかった。


 神戸港内から瀬戸内海、そして外洋に船が出るためには、絶対に通らなければならない海域がある。港と海をへだてる神戸第一防波堤と、その対岸の和田岬防波堤との間、わずか二〇〇メートルほどの隙間。


 レストランシップはいままさに、そこを通過しようとしていた。


「細かいコントロールは任せた!」

【バランスコントロールは任せました!】


 互いの役割を短い言葉で確認し、アクセルを全開する。岬の先端に建つ小さな灯台に向けて、防波堤を全力疾走する。

 マシンパワーに物を言わせて、更にはロボット・ビークルならではのサスペンション操作を行い、跳ぶ。

 距離は約七〇メートル、到達最高度はおよそ一〇メートル。船の右斜め後方から接近し、サスペンションを軋ませて着地する。接地と同時に前輪がロックされ、ベクトルを円運動に変えてゴムのわだちを残して、C甲板デッキ後方のオープンテラスに停車する。


 レストランシップ『曙光しょこう』は、前代未聞の方法で乗り込んだ、オートバイに乗ったままという初めての乗客を迎えることになった。


「ナイス!」

【ぬおぉぉ……! 着地の衝撃が腰にキました……!】

「お前の腰ってどこだよ……?」


 緊張感なく腰痛にうめく(?)オートバイに呆れつつ、十路はヘルメットを脱いで降り、空間制御コンテナアイテムボックス外して必要な物を取り出す。


 無線機ヘッドセットを耳につけ、複数の小物袋が付けられて装備BDUベルトを腰に巻く。迷彩色のポーチに、部室で作ったとがった鉄棒と結束バンドを押し込む。入部前から入れているナイロンザイルの束を取り出し、輪の中に腕を通して肩にかける。


 最後に機械の腕が差し出す、むき出しの刃物を受け取る。

 日本刀のように流麗ではなく背に鋸刃ソゥエッジを持ち、山刀と呼ぶには刃渡り四〇センチほどと長く、洋式鉈マチェットとは違って刺突を想定した造り。コンバットナイフを拡大したような、しかし柄は両手持ちのように長い、奇妙な片刃短剣だった。

 それをプラスティックの鞘に入れて、腰の後ろに横にして差す。


 街中ではできなかった、十路自身の戦闘準備が完成したと同時、イクセスが注意をうながす。


【トージ、誰か来そうです。中で不穏な会話が英語でされています】


 派手に音を立てて乗り込んだのだから、実行犯たちが確認しに来るのは当然だ。しかも目の前にあるのはレストランホールのひとつだ。カーテンが閉めきられ中を確認できないが、いつ誰かが飛び出しきても不思議ない。


「イクセスは手出しするな」


 十路は逆に素早く扉に近づき、ひさしのように突き出た上階甲板デッキの鉄骨を掴む。器械体操の要領で体を引き上げ、天井にへばりつくように潜んだ。


 すぐに船内の扉が内部から蹴り開けられた。警戒しているのだろう、しばし船の進行音だけが響く静寂の後に、スーツ姿にサングラスをかけた男が、ゆっくりと外に出てきた。

 彼が手にしているのは、巨大な拳銃といった様相の武器だった。


斥候せっこうはひとりか? 得物はMP7か……)


 厳密には個人防衛火器PDWという分類に入る、専用弾を使うことで防弾装備も貫く攻撃力を持ちながらも、携帯性と隠匿いんとく性に優れた、警護などにも使われるコンパクトな短機関銃サブマシンガンだ。

 民間の船を占拠するのに、しかも危機意識の薄い日本で使うには、十分すぎる火器だろう。もしかすれば《魔法使いソーサラー》が絡む任務ということで、用意された装備かもしれない。


 男は折りたたみ式のグリップを下ろし、両手に構えたまま、右に左にと注意を払う。

 警戒しているつもりなのだろうが、頭上の十路に気づく様子はない。


(訓練は受けてるみたいだけど、練度低いな……いくら怪しさ満載のものが居座っていようと)


 男が真っ先に目にしたのはオートバイだから、注意を奪われても不思議ないといえばない。十路の水準では呆れるが、敵なのだから望むものだ。

 上から強襲するつもりだったが、様子を見ることにした。幸い相手はひとりなので、どうとでもなる。


 男は《バーゲスト》を、上から下から見て、誰も車体の陰に隠れていない事を確認する。MP7短機関銃を片手持ちに変え、警戒を解きつつも不審げにオートバイに近づこうとする。


 そのタイミングで、十路は落ちた。


 着地のわずかな物音と気配で、男は銃口を向けながら振り返ろうとしたが、遅い。その時には既に、腰のポーチに入れたとがった鉄棒――手製の棒手裏剣をなげうっていた。男が振り向くタイミングに合わせているので、吸い込まれるように銃を持つ右手首に突き刺さる。


 その結果を見るより前に、十路は格闘距離に飛び込んでいる。男の喉を肘で打って、銃を掴んで捻りながら奪い取る。


 更には流れるように、肩にかけていたザイルの輪を相手の頭にかけながら、背後に回る。一本背負いのように、けれども腕を掴まずザイルを捻って引く。

 相手は声を封じられ、エビ反りながらもがく。背中同士を接触させた状態で、十路は更に首を絞める。


 やがて抵抗がなくなり、男が弛緩しかんした。

 崩れ落ちる男をゆっくりと甲板デッキに寝かして、息を確かめると、ちゃんと自発呼吸がある。

 応援を防ぐために、銃声も声をなく、しかも殺すこともなく、無力化した。


【さすが《騎士ナイト》……見事な手際ですね】

「だからな? そう呼ばれるの嫌いなんだって……奇襲と闇討ちと罠にはめるのが得意な『騎士』なんて、どんな話に出てきたよ……?」


 イクセスと小声で会話しつつ、十路は結束バンドを簡易手錠にして男を拘束する。その際ボディチェックと武器の回収を忘れない。


「作戦はさっき話した通りだ」


 準備が完了したのは十路自身の装備だけ。中断した準備を再開し、十路は空間制御コンテナアイテムボックスから、黒いゴミ袋に入れた物を取り出した。


「イクセスの動きがカギになる。せいぜい派手に暴れてくれ」

単車ひと遣い荒いですね……】

「俺の《使い魔》だったら、大人しく昼寝できると思うな」

【私は部の備品であり、あなたのパートナーというわけではないのですが】


 りが合っていそうにない一人と一台。しかしこれが彼らのつね。行動のさまたげになる要素はない。

 それなりには互いを信頼している。


「これより戦闘行動――いや」


 全ての準備を終えて、前の学校のように言いかけて、十路は言い直す。


「部活を開始する」

【了解】


 静かな号令と共に、野良犬と魔犬の狩りが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る