010_1920 部活動Ⅳ~奪還②~


 そして十路とおじ空間制御コンテナアイテムボックスから、ある物を取り出した。


「……ハ?」

「……What?」


 唐突に出てきた『それ』を見て、ローデリックだけではない。ヴィゴとコゼットも戸惑った声を上げる。


「あの……堤さん? なぜここで消火器……?」


 普通ならば武器を取り出すだろう、この場面に出てきてのは、ホースが切り取られた消火器だった。しかもそれで殴りつけるのではなく、消火剤を振りまくのでもない。改造した消火器の握り部分を片手で持ち、低い姿勢から斜め上向きに構え、銃のように底をローデリックに向けた。


 周囲の疑問を無視して、十路はレバーを引く。


 加圧式消火器は、レバーを引くと小さな容器が破れて圧縮ガスが噴出し、それが本体容器内の消火剤と混ざり、噴射孔からホースを通って外に出る仕組みになっている。


 十路は改造をほどこし、噴射孔を塞ぎ、消火剤の代わりに水を入れ、コーキング剤で固定をゆるくして密閉した。

 その状態でレバーを引くと、逃げ場のないガスが本体容器内の圧力を高め、コーキング材を引き剥がし、水を推進剤として容器を飛ばす。その理屈は理科の実験でも作られる、ペットボトル・ロケットと同じ単純なものでしかない。


 ただし消火器なのだから、重く固い。


「ゴ――ッ!?」


 発射された赤い金属容器は、ローデリックの胸を打って吹き飛ばす。彼の体は反対側の窓を突き破って、船外へと消えた。

 その後を大砲の薬莢やっきょうのように、容器は床に落ちて跳ねる。


「……ムチャクチャですわね」


 ありふれた物を即席武器する十路に、コゼットは絶句する。


「単発だし、使い捨てだし、発射までタイムラグあるし、重いし、弾道は安定しないし、あと濡れますけど」


 頭からかぶった水を払いながら、彼はなんでもないように返す。


 手製の武器はお世辞にも使い勝手がよくない。しかし古くて腐食した消火器は、時として破裂事故を起こし、死傷者を出すこともある。使い方で欠点をカバーすれば、付け焼き刃の戦力にできる。


 手元に残った消火器のレバー部分を投げ捨てて、十路は用心しながら窓の外を確認したが、そこには暗くなり始めた海しかない。

 ローデリックは海に落ちたか、それとも船内にいるか、それも確認できない。


「仕方ないか……」


 後回しにするしかないと、十路はすぐさま頭を切り替えた。ローデリックが吹き飛ばされた際に落とした、樹里とコゼットの空間制御コンテナアイテムボックスを片手で拾う。


 敵はもうひとり残っている。棒手裏剣が刺さったままの腕で、落とした拳銃に手を伸ばしていたので、彼は新たに棒手裏剣をなげうった。


 鉄棒が手の平を貫通し、絶叫が上がる。

 しかし十路は眉ひとつ動かさない。


「エゲつないですわね……」

「鉛弾ブチ込もうとしたんだから、自業自得ですよ」


 恐れを隠した声でコゼットがつぶやくが、十路は気にも留めない。


 たとえ誰かを殺した後でも、彼は同じように無表情でいるのではないか。

 これが動揺を誘うことがない『当たり前』になるまで、どれほど同じことを繰り返してきたのか。


「…………」


 ヴィゴも戦慄している。

 《魔法》の破壊力は未見だが、《魔法使いソーサラー》が兵器として扱われる実態を、垣間見ることができたから。

 彼らは呼吸と同じように、なんの痛痒つうようもなく誰かを殺すのではないか。そして同じようなことを、彼は何度やってきたのか。


「……つーか堤さん? 貴方が何故なぜここにいますのよ? バイクで乗り込んで来て、今も絶賛戦闘中なんじゃねーですのよ?」


 聴覚情報と視覚情報が食い違ってることにコゼットが言及すると、十路は軽く肩をすくめた。


「イクセスは陽動。俺はその隙に外から隠密行動。それだけです」

「無人で走る幽霊バイクを一般人に見せてますの?」

「そこはちゃんと誤魔化してます。だけどいつバレても不思議はないから、さっさと事態を収拾しましょう」

「だったら来るの遅いっつーの」

「無茶言わないでくださいよ……これでも急いで来たってのに」


 小さくため息をつきながら、十路は腰の短剣を抜いて、コゼットとヴィゴのいましめを切断した。


「ナメくさったマネしやがった連中には、身の程を知らせてやろーじゃありませんの」


 手を揺らして指先に血を通わせながら、コゼットは椅子から立ち上がる。

 その勇ましさに、十路は再度ため息をつく。


「助け甲斐がいのない人ですね……」

「ア゛ン? 『怖かったのぉ』とか言いながら、堤さんの胸に飛び込みゃいいんですの?」

「……部長にやられたら気色悪いから、結構です」

「気色悪い……! そーゆー失礼なこと平気で言うから、貴方のこと嫌いなんですわよ……!」


 十路を睨みながら、コゼットは差し出された空間制御コンテナアイテムボックスから、自身の《魔法使いの杖アビスツール》を取り出す。

 《ヘルメス・トリスメギストス》――伝説の錬金術師の名が冠されたインターフェースシステムを振り、頭脳と接続を確立。検出用の《魔法》が自動発動し、杖全体が一度淡く光り、指紋・掌紋・静脈・骨格・DNA・脳波、六重の生体認証システムが本人確認を行う。

 そして《魔法》を使うためのソフトウェア『ABIS-OS Ver.8.312』が起動すると、腕輪のような《魔法回路EC-Circuit》と、仮想有線接続を示す脳への伝達ラインが刻まれる。


 ただそれだけでコゼット・ドゥ=シャロンジェは、とらわれの王女などではなくなった。《魔法使い》と通称される生体万能戦略兵器となる。


「さ。木次きすきさんと合流して、とっとと連中ブチのめしますわよ」


 ハーフアップにまとめていた髪留めバレッタを外し、憂鬱ゆううつそうに金髪を背中に流しながら、コゼットは貴賓きひん室を出る。


「あと貴方、ムダな抵抗すんじゃねーですわよ」

「ぶごっ――!?」


 その途中、見張りをしていた男が、痛みにうめきながら棒手裏剣を抜こうとしていたので、ローヒールでヤクザキックを顔面に叩き込む。


「ここにいない方がいい。今から船橋ブリッジを解放しに行くから、そこで他の人と一緒にいてくれ」


 事態の急変に呆然としているヴィゴに、十路はそう言い残して、落ちていた拳銃を拾い、コゼットを追いかける。


「それから、アンタ寝てろ」

「ぶごっ――!?」


 その途中、鼻を押さえる男の顎に、スニーカーでのサッカーボールキックを炸裂させる。

 棒手裏剣を抜かなければ、出血は大事にならない。だから動くことができないよう、そのまま手早く結束バンドで拘束して、十路も廊下に出た。


 更にふたりが消えた後に、野太く詰まったような悲鳴と、湿った嫌な打撃音が続けざまに聞こえ、すぐに静かになった。

 貴賓きひん室のガラスの割れる音、悲鳴を聞きつけたシージャック犯たちが廊下にいたとすると、なにが起こったのか想像にかたくない。


「………………」


 ヴィゴ・ラクルスは思う。

 《魔法使いソーサラー》とは全員、一癖も二癖もあって、あんなヒドい連中ばかりなのかと。

 そして結果的にはどうにもならないと判明したが、息子のことで、なぜ彼らに頼ろうとしたのか、自身の行動に疑問に思った。

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