010_1400 それが彼らの宿命Ⅳ~それぞれの考え、それぞれの行動・神戸港~
数日後の日曜日、時計はもうすぐ夕方を示す時刻。
神戸港
ハンドルを握っていた男が一足先に車を降り、後部座席のドアを開けようとする。しかし同乗していたのは、日頃そういう扱いとは無縁の学生たちだから、自分でさっさとドアを開けて降りる。
「うわぁ……いつも遠くからは見てますけど、入るのは初めてですよ」
感嘆の声を上げるのは、スクールブラウスにベストを重ね着し、チェック柄のプリーツスカート――いつもの学生服を着た
「住んでる場所の観光地なんて、あまり足を運びませんものね」
反対側から車を降りたコゼット・ドゥ=シャロンジェは、象牙色のフォーマルスーツに身を包んでいた。いつも背中に流すだけのウェービーロングの髪は、今日は
「あ゛ー……だるっ。休みの日くらい、ゆっくりさせろっつーの……」
地の性格を出さなければ。
結局、樹里はLLP社による食事会の誘い――と言うよりは、レオ少年のキラキラしたお願いを断ることができなかったため、今日マンションまで迎えに来た車に乗り、ふたりはやって来たところ。
「部長も巻き込むことになって、本当に申し訳ありません……」
「あの子は
「大人の話になったら、私にはどうする事もできません……」
だから気は進まなくとも、コゼットも同行することになった。
ちなみに
「タダ飯ゴチになれっか、わかんねーですしね……しかも『とっとと帰る』と言えねー場ですし」
「船の上だから、好きな時に帰れませんからね……」
ふたりそろって、小さく嘆息する。
食事会の場所が用意されたのは、レストランシップだった。大阪湾を回遊し、神戸の風景と共に食事を愉しめることを
ちなみに《塔》から百キロ圏内の立ち入りは禁止と決定されているが、その範囲内にある神戸には例外がいくつかある。淡路島への接近は海上保安庁の警備艇が見張り禁止されているが、こうした船の運行そのものは禁止されていない。
樹里とコゼットは世間話をする
「そういえばナージャ先輩も、あそこに一度行ってみたいって話してましたね」
「クニッペルさんは、食への探究心が旺盛ですわね……」
「あはは……料理研究部員ですから」
「あそこは食事代の他に、乗船料もかかりますもの。営業してるレストランも少々お高めですし、高校生のサイフでは厳しいですわよ」
「え……? そうなんです……?」
不意に樹里は自分の体を見下ろし、隣に立った略礼装のコゼットと不安そうに見比べた。
「部長……そんなお店に入るのに、こんな格好でよかったんでしょうか……?」
「学生服は
「なんだか浮きそうです……」
「休みの日にその格好だと浮くでしょうけど、気にしても仕方ないでしょう?」
「あぅ~……」
没個性的な日本人の小市民として、学生服で来たことを樹里は後悔する。かと言って代わりに正装にできる服など持っていないのだが。
「……あれ?」
不安そうにしょげたかと思いきや、樹里は気づいて顔をそちらに向ける。
「どうしましたの?」
「や……あそこの人たち」
目で示す先には、波止場で背中を向けて話している二人の男だった。服装はジーンズやTシャツ、ポロシャツといった変哲のない格好で、さして注意を引く者ではない。
「私と堤先輩でぶっ飛ばした人たちですね」
「顔も見てないのに、よくわかりますわね?」
「まぁ……匂いですか?」
「匂いって……」
潮の香に満ちた場所で、しかも離れていて匂いもなにもない。『雰囲気』や『なんとなく』といった意味でコゼットは捉えたのだろう。
「今度は普通の服着てますから、お客さんに交じって警護するつもりですかね?」
「人がいるなら、いかにもボディーガードって格好した
『私服警官と同じですわよ』と言って、そこでコゼットは声のトーンを更に落として、案内する男に聞こえないように樹里に耳打ちする。
「油断しねーことですわ」
「堤先輩が警告した通り、やっぱり危ないですか?」
「あの方は独特の感覚を持ってっから、わたくしじゃわかんねーですわよ……でも、用心に越したことはねーですわ」
「はぁ……やっぱりそうですか」
うんざりしたような樹里の嘆息に、王女の威厳の垣間見せてコゼットは言う。
「わたくしたちは《魔法》という力を持っている。欲に目がくらんだ連中が寄って来るのも、仕方ねーことなんですわよ……迷惑極まりないってっんですけどね」
不老不死や永遠の美など、現実には不可能な超自然を求めた権力者など、歴史の上でいくらでもいる。そこまで突拍子なくても、知識や立場、経済力など、強い影響力を持つ者を、いつの時代のどこの権力者も欲している。
『
「ただの食事会で終わるのを望みます……」
「相手次第ですわね」
それで会話を打ち切り、案内に大人しく従って歩く。
樹里は足を動かしながら、山の方角を思わず振り返った。
(こういう時に堤先輩がいてくれたら、私も落ち着いていられるんだろうけどなぁ……)
どんな時でも、どんな相手がいても、態度を変えそうにない怠惰な野良犬を思い浮かべて、子犬はオドオドと乗船所へと向かった。
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