010_1410 それが彼らの宿命Ⅴ~それぞれの考え、それぞれの行動・修交館学院~

 ところ変わって修交館学院の支援部部室では、今日も潰したダンボールを敷いて、入り口を背にして床に座り、十路が作業していた。


【なぜトージは、食事会に行かなかったのですか?】


 その手が止まったのを見計い、イクセスが声をかける。

 彼がやっていたのは、部室のダンボールにあった直径一センチの鉄の丸棒を、長さ二〇センチほどに切って電動工具グラインダーで先をとがらせる作業だった。


「こういう時、普通の高校生なら、どうするんだろうな?」

【普通にありがたくゴチになるのでは?】

「相手が一度顔を合わせただけの人間でもか?」

【そこまで加味すると……どうなんでしょうね?】

「まぁ、俺はそういう席に、ホイホイ行くタイプじゃないってことだ」

【もっと明確な理由がある気がするのですけど?】

「なにを根拠に?」

【女の勘です】

「なんと便利で根拠のない理由……つか、AIに勘なんてあるのか?」

【他はどうか知りませんが、私にはあります】


 人間くさいオートバイに呆れ、十路は工具を片付けながら、質問に答える。


「今回のことはキナ臭すぎる。コンサルティング会社の社長って、何人も護衛を引き連れるものなのか?」


 当夜のことを思い出す。勘違いからではあるが、拳を交えることになったスーツを着ていた男たちを。

 大企業のトップともなれば、危険にさらされることもあるだろうが、十路は首を傾げる。


【それはなんとも言えないのでは? カギや金庫と同じように、ボディガードもセキリュティの一種です。不要だと考える人もいますし、大枚はたいて厳重体制を作る人もいるでしょうし、依頼する側の考え方次第です】

「確かに『念のため』で厳重にしてても変ではないんだが……最低でも九人もいたから、物々しすぎる」


 不意にいなくなったレオ少年を探すために、予備を含めた全員が集まった可能性もある。だが十路と樹里が叩き伏せた四人、後で現れた五人と、その人数は大物政治家の警備を思わせる。


【ということは、LLP社代表ヴィゴ・ラクルスは、実際に命を狙われている?】

「その可能性は充分あるが、そうでない可能性もある」


 まず十路が思い出すのは、レオ少年との初対面だ。


(なんであそこで出会った? 本当に偶然か?)


 続いて付き添いと一緒に学校にやって来た時のこと。付き添いの男は、壁に寄り掛かって立っていた。

 鍛えられた体つきと雰囲気から、護衛も兼ねた人間と思うが。


(なんかなぁ……? あんな態度、普通は取らないだろ……?)


 十路もだから断言しかねるが、あれで護衛が勤まるのかと思ってしまう。


(護衛じゃないって考えたほうが自然なんだよな)


 どうにも不信感を抱いてしまう。態度だけでなく、男が背負っていた細長いケースのせいで。


(まさかな……?)


 普通ならば、その予想は当たらない。

 だが、当たった場合は最悪の結果となる。


 だから十路は、樹里たちに注意をうながしただけで、同行しなかった。


「……招かれたのは貴族の屋敷か、モンスターの巣か、今の時点じゃ予測つかない。だからもしもの予備に、俺は残っておいたほうがいいと判断した」

【町娘とお姫様が魔物にさらわれたら、騎士様が乗り込んで助けに行くつもりだと?】


 童話のような例えを使ったのは彼自身だが、追従したイクセスの言いまわしに、十路は顔をしかめる。


【《魔法使いソーサラー》の育成機関に通うと、全員トージみたいな考え方になるんですか? 危機管理に優れていると言うか、臆病なほど考えてると言いますか……】

「教練されるカリキュラムが個人個人で調整されるから、一言ではどうとも言えない」


 イクセスの問いに、十路は苦笑した。かなり自嘲の色を濃くして。


「ただ俺の場合、臆病でなかったら、死んでる」


 『騎士』など冗談ではない。

 守りたいものを守れずにいて、そんなあざなで呼ばれたくない。


 なにが『魔法使い』だ。

 『出来損ない』には誰かの望みを叶える力などない。


 そこまで彼女に話したことはないが、イクセスは困ったように、機械の体に存在しない口を閉ざしたので、代わり十路から訊く。


「ところでイクセス。口止めでもされてるのか?」

【気づいていたのですか?】

「この程度、前の学校で気づかなかったら、ひどい目に遭わされたからな……」


 衣擦きぬずれを立てないようゆっくり動き、呼吸も浅く長いものにしているのだろうが、それだけでは不十分だ。十路でなくても少し注意深い人間ならば気づく。


「おいナージャ。気配消して背後バック取ろうとするな」

「あれ? バレました?」


 振り向きもせずに声をかけると、ソプラノボイスが返ってきた。

 次いで背後から肩を掴まれ、頭の上にずっしりしたものが乗る。温かく柔らかい感触と共に、バニラエッセンスに似た匂いが届く。

 十路にこんなことをするのは、ナージャ・クニッペル以外にいない。


「注意したつもりですけどね~」

「それよか、人の頭に乳乗せすんな」


 胸を押し付けてからかうどころか、長い髪の毛の先で耳元をくすぐってくる。鬱陶うっとうしいナージャを乱暴に払いのける。


「それで十路くん。ここに接着剤ってあります?」

「種類あるから用途による。つか、なんで休みの日に学校来てるんだ?」

「日頃部活出てないんで、お詫び代わりにプリンでも作り置きして、明日冷蔵庫開けたらサプラーイズ! なんて考えたんですけど」

「ウチの部室に入り浸ってないで、料理研究部に出ろよ……」

「それでプリン作ろうとしたら、鍋の取っ手が取れちゃったので、接着剤でくっつけとこうかと」


 サボリについては華麗にスルーだった。一応は忠告したが、十路も彼女が聞くとは思っていない。


 仕方なく立ち上がり、タブレット端末を起動させて、大量にあるダンボール箱のどこに金属用接着剤があったか検索する。


「接着剤でつけた程度じゃすぐに取れると思うし、買い換えたほうがいいと思うぞ?」

「確かに換えたほうがいいオンボロですけど、あのミルクパンで牛乳温めると一味違うのですよ」

「古くてヤバい物質が溶けてるんじゃないのか……?」


 目当てのダンボール箱を下ろし、ガラクタの中から接着剤を探す。


「ところで相方は? 一緒じゃないのか?」

和真かずまくんの予定なんて、知りませんよ。どうして休みの日まで一緒にいると思うんですか?」


 いつも一緒の印象があるので訊いてみたが、ナージャは不満そうに口を尖らせる。説明しなくとも相方=和真だと認識しているのに。


「十路くんこそ、休みの日に学校来て、なにやってるんですか?」

「んー。無駄になるかもしれない用意をしてるんだが……」


 やがて目当てのチューブを探り当てた。

 それを見ながら――否、一緒の箱に入っていた、気密や防水のために建材の隙間を埋める充填コーキング剤を見て、十路はしばし考えて、振り返る。


「ナージャ。調理実習室なら、アルミホイルあるよな?」

「もちろんありますけど?」

「どのくらい?」

「業務用が一〇本くらいあったと思います。何年も買わなくていいくらいに」

「それならなんとか……買って返すから、今あるやつ、全部持って来てくれ」

「……? 別にいいですけど」


 クエスチョンマークを浮かべながらも、ナージャは部室を出て行った。 

 続いて十路自身も、部室を出て行こうとする。


【どこへ?】

「制服の予備取って来て、あと学校の消火器かっぱらってくる」

【……消火器?】


 全く意図が読めない回答に、意思を持つオートバイは、前輪フロントフォークを動かすことで首を傾げた。


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