090_1130 彼女らはそれでも青春を確かに見たⅣ ~スタート革命~ 


 六甲山を登るケーブルカー駅の隣にある、六甲山展望台。

 駐車場だけでは少々手狭なため、サンライズドライブウェイにも何台もの自衛隊車両が止まり、すぐ北にある653cafeの敷地も借用し、指揮所が設営されている。

 今作戦は陸・海・空自衛隊の合同だけでなく、在日米軍や海外の軍も絡む。八二式指揮通信車シキツウだけでは役不足と判断されたか。


「ポートアイランド中央、ビル屋上で、《騎士ナイト》と《治癒術士ヒーラー》、バイクに搭乗し警戒を続けています」


 天幕テントの中で、要員はパソコンと無線で各所から報告される情報を掌握し、集約し、作戦立案し部隊を指揮する。


 普通ならば作戦中、マークした目標に、特定のコードネームを付けない。

 レーダーで補足したなら『敵戦車』『敵機』『敵艦』で充分であるし、その種類や型式など視界外は当然、目視できる距離でも細かく判別できはしない。複数目標で分類が必要な場合、アルファ・ブラボー・チャーリーとフォネティックコードで定義をするだけ。

 人間相手でも『目標A・B』とか『右・左・真ん中』でこと足りるし、それ以上はまず不可能で意味がない。


 だが今回、支援部員たちはコードネームで呼称されている。六人がバラバラなのもあろうが。


「南西、CC●くらに兆候なし。屋外で警戒中」

「ポートアイランド北東、セー●ームーンも同じく動きなし。ジュース飲んでるだけです」

「空港島東、魔●沙、スタンドライトで読書中。動きなし」

「同じく西、リリカル●のは、立ったまま半分寝てます」


 学生服のふたりを除けば、コードネームで呼んだほうが間違いない個性的な格好なので。


「まさか作戦中、こんな単語が飛び交うとはな……」

「しかし他の呼び方が思いつかない相手でして……」


 自衛隊にはオタク趣味人が多い。休日も残留ならば外出できずプライベート空間も限られ金を使わない駐屯地内えいない生活は、インドア趣味がはぐくまれやすい。


「セーラー●ーンしか知らん……」

「最近の作品というわけではありませんが、そういう趣味がなければ、そんなものかもしれませんね……」


 もちろん体育会系のイメージを裏切らないアウトドア好きも大勢いるため、ヘビーなオタクと、サブカル知識皆無な者、両極端なのも特徴である。それはさておき。


「直近の情報がもっと欲しいな……」

「さすがにこれ以上は……」


 《魔法使いソーサラー》が島を占拠し三六時間以上が経過しているが、その間になにが行われたのか、外部からでは判然としない部分が大きい。衛星写真や航空写真で確認する限り、地形や建物は事件前と変わっていないが、内部や地下まではわからない。


 島への接近はいずれの手段も、《魔法使いソーサラー》の直接確認で阻止するのに加えて、ジャマーによる妨害がなされていた。電子機器が電波干渉し、人間やドローンによる偵察を不可能にしていた。

 それが《魔法》による手段か不明だったため、人工島内の火災で電波妨害が解除されたと気づくのが遅れた。


 偵察が可能になったと判明した途端、急ぎ周辺の家電量販店や模型店からドローンを調達し、島内部の偵察を敢行したのだが、やはり情報不足は否めない。作戦開始までの時間もない上、電波を『視る』《魔法使いソーサラー》相手に気づかれないよう慎重を期してでは限度がある。


 もっとも、どれだけ情報を集めても、安心できるはずはない。全てにおいて想定し、更に想定外も考慮するのが戦場の鉄則だが、それとは異なる。

 戦術が確立しておらず、情報が秘匿されるのが当然の、 対抗できるのは《魔法使いソーサラー》だけと言われる人間兵器相手に、常人が戦いを挑むのだ。まだ見た目から脅威度がある程度わかる分、侵略型エイリアンや巨大怪獣と相対するほうが気楽かもしれない。


「連中に変化は?」

「連隊長、先ほどからそればかりですよ?」

「どうも気に食わない……」


 一般の隊員はともかく、責任者クラスともなれば、反抗グループのリーダー格が何者か、おぼろには教えられている。

 自衛隊のり方を熟知し、ひとりで戦争を起こせる特殊部隊員。

 その青年の思惑に誘い込まれている気がしてならない。



 △▼△▼△▼△▼



 紀伊水道。徳島県阿南市、伊島沖。

 海上自衛隊第一護衛隊群第一護衛隊所属、まや型ミサイル護衛艦『まや』。


 最近はパソコン上でのシミュレーションが主流だが、緊迫した空気が満ちるその戦闘指揮所CICでは、ひと目で理解できるよう図上演習で使われる海図と艦艇コマが並べられている。

 自軍――紀伊水道に配備された護衛艦隊の、更に後方にも艦艇コマが複数置かれている。


「第七艦隊が後詰……というか、こっちはこっちで手を離せないか」

「前にも思いましたけど……吹雪型でも飛ばしてるんですか? どんだけふざけてるんですか?」

「装備は特型駆逐艦どころの騒ぎではないらしいがな……だから第七艦隊総出なんだろう」


 その更に後方、太平洋上にも、ひとつだけ艦艇コマが置かれている。

 現代戦闘艦艇にはありえない重武装をほどこしありえない巨体でありえない高度を飛ぶありえない戦闘艦一隻と、アメリカ海軍の第七艦隊所属艦は、既に交戦可能な距離でにらみ合っている。


「自律型の飛行戦艦……その艦長はポートアイランドにいて、本領を発揮できない……だから第七艦隊総力で叩けば、勝てるのか?」

「わからない、ですね……本領というのがどこまでか、我々には想像つかない領域ですし……」

「もしアメさんが勝てなければ、我々は挟み撃ちにされる形だが」

「後ろは艦ですが、前は生身の人間ですよ? 挟み撃ちになります?」

「それもわからん。不用意に断言するの危険すぎる。あと……」


 海図に配置された艦艇コマはポートアイランドから見て南側に集中しているが、他にもある。

 特に明石海峡と、淡路島周辺の海域にも点在している。


「『いなずま』『さみだれ』『さざなみ』はともかく、他の国の船がなぁ……」

「さすがにそちらの指揮権はありませんからね……足を引っ張ってくれるのだけは勘弁してほしいですが」

「被害を受けでもしたら、やはり救助に手をくことになるしなぁ……」

「相手は名目上『犯罪者』ですからね。戦時国際法なんてルールを守ってくれると期待もできませんし……」


 呉に本部を置く第四護衛艦群所属艦は連携ができているが、偶然にも観艦式に参加するために来日していた各国海軍の艦艇は、動きが読めない。

 本国の指令を受けて、データ収集を行うつもりだろう。《魔法使いソーサラー》との戦闘だけではない。自衛隊や米軍が配備する装備も、他国にとっては目当てとなる。

 攻撃能力のある軍艦だ。攻撃する自衛隊とも米軍とも指揮権が違うからといって、《魔法使いソーサラー》たちが配慮してくれるなど期待するほうが間違っている。

 傍観するつもりでも攻撃を受けたら、その艦独自に動くだろうが、その気がなくても結果的に横槍や邪魔になる危惧はどうしても残る。


「シャドーゾーンが気に入らないな……」

「やや時期外れですが、調べた限り、水温躍層に怪しい兆候はありませんでした。それに作戦に影響があるとも思えませんが」

「わたしの性質だ。クロスワードパズルでも、埋まらない箇所があると気が済まないんだ」

「とはいえ、一度可変V深度DソナーSを下ろして探査した以上、戦闘が目されるのに、下ろしっぱなしにはできません」


 図上には反映していないが、実際には空中戦力も配置される。

 戦略兵器を使わずとも、地形を変えてしまうほどの大戦力が集結している。

 

「……勝てると思うか?」

「ベストを尽くす、としか言えないですね……」


 それでも現場の者は不安を残しながら、戦うしかない。



 △▼△▼△▼△▼



 大阪湾上空、早期警戒管制機AWACSE-767。

 旅客機ボーイング767を改造した空飛ぶレーダーサイト兼航空司令所内部は、緊張感に満ちていた。


 《魔法使いソーサラー》が放つ高出力攻撃は宇宙まで届く。ならば遮蔽物のない空を飛ぶ機は、いつ撃墜されるかわからない。護衛機も随伴飛行しているが、なんの気休めにもならない。


「おかしいと思いませんか? 自分たちがまだ飛んでいること」

「それは……支援部員れんちゅうが決めた空域に入ってないからだろう?」


 人工島を占拠する支援部員たちが設定した警戒空域をおかしていないから、撃墜されていないだけだ。


「それが既におかしいじゃないですか。自分がもし連中だったらって考えたら、早期警戒管制機AWACSなんて好きにさせませんよ」

「おかしいと言えばおかしいが……こっちが手出しするまでは、ってことだろ」


 手加減とも言えるが、違う。

 これは問答無用の凶悪犯罪ではない。命のやり取りを行うといえど、ルールが敷かれた戦いというだけ。


「ま、その辺は政治の領域だろ。俺たち下っ端は、命令されえた任務をまっとうするだけだ」

「ですね」


 滞空時間が限られてしまう戦闘機は、作戦開始のタイミングに合わせて到着するよう、日本各所の航空自衛隊基地から発進した。

 現空域に近づいているから、乗組員が管制をしなければならない。



 △▼△▼△▼△▼



 そして首相官邸、危機管理センター。


 予定時刻を示すアナログ時計から、視線を剥がし。

 並ぶ重鎮たちの顔を見て、頷き合う。

 名目上いるだけの、私立学園の学校責任者にも目で同意を求めて同意を得て。


「はじめてください」


 これは戦争――武力行使を伴う外交ではない。国内における犯罪と、その事態沈静である。

 だからこの国の最高責任者は、国家のために、学生たちを日本国民の敵と設定し、叩き潰す決断をした。



 △▼△▼△▼△▼



「――来る!」


 短いながらも広域無線電波と、呼応する複数の電波を感知した。

 攻撃開始命令とその受諾に違いない。その証拠に火器管制レーダーのパルス波が複数方向から照射された。

 常人ならば無線傍受していなければ、正確な攻撃タイミングなど知りようがないが、脳内センサーが起動した《魔法使いソーサラー》ならば造作ない。


「これより部活を開始する!」

【『了解!』】


 世界史・日本史・現代史・社会史・技術史・警察史・軍事史・犯罪史・法制史。

 様々な転換点となる戦いが、開始される。

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