090_1120 彼女らはそれでも青春を確かに見たⅢ ~KISS ME~


 ナージャにも念を押されたこともあり、島の隅に配置する『彼女たち』の様子を確かめてから、とおは原付に乗らずに押して歩いていたら。

 戻る道中、ミディアムボブを濡らした、学生服姿の樹里が歩いているのを見つけた。


 彼女も十路に気づくと、子犬ワンコチックにパタパタ駆け寄ってくる。


「そのあたま、泳いで渡ったのか?」

「やー。隠れて本土に渡るには泳ぐのが一番だったので」


 と言っても樹里のことだから、普通にクロールや平泳ぎしたわけではなかろう。異能でイルカにでも全身変身したか、下半身だけ変身して人魚になったかのどちらかと見当つける。


「首尾は?」

「なんとか騒ぎを起こさずに、昨日ケガさせた人を全員治療できました。明日の朝までは気づかれることはないかと」


 樹里は自衛隊阪神病院や大阪警察病院など、昨日支援部員と交戦し、入院した者を治療しに行っていた。


「やー……やっぱり戦闘訓練受けてる人は、寝てても違いますね」


 押している原付を挟んで、樹里と並び歩き始めると、彼女は遠い目をする。


「どうかしたのか?」

「や。私が病室に侵入したら、気づいて目覚める人が多いんですよ……で、入院患者を気絶させて治療なんて本末転倒なことを何度も……」

「……まぁ、仕方ない犠牲と考えよう。物理的な被害はあってもなくなるわけだし」


 麻酔が発達しても、医療行為は痛いのが相場なのだ。歯医者で『痛かったら手を挙げて』と言われて手を挙げても止めてくれないので耐えるしかない。注射する際に子供に『痛くない』などと言っても実際は痛みでギャン泣きする。だから気にしてはならない。


「これで、これからがもっと大変になったわけだが……」

「ですよねー……」


 ふたりして遠い目をしてしまう。十路が立て、樹里も賛同した作戦だが、普通に考えて狂っている。


 誰ひとり殺さずに、戦争に勝利しようなど。


 しかし丸く収めるには、この方法しかない。


「手加減できる相手でも状況でもないのに、手加減なんて馬鹿な真似するんだ。『うっかり』で殺す覚悟も、殺される覚悟もしておけよ」

「……そうですね」


 命を救うために《魔法》を使う《治癒術士ヒーラー》としては受け入れがたいだろうが、戦士として受け入れてもらわなければ。

 理解しているから、樹里も苦々しく顔を歪めながらも、反対なく同意する。


「……ま、失敗するつもりもありませんけど」


 かと思いきや、すぐ表情をニュートラルに戻す。


「サラッと言えるところがすごいよな……」


 臆病者を自称し、有言実行でありたい十路では、絶対に言えない言葉だ。


 周囲の認識はさておいて、十路は自分を凡人と思っている。上官のシゴキをヒーコラ言いながらなんとか耐えていたら、結果それなりの『化け物』に仕上がっただけ。

 樹里のような天然の『化け物ヘミテオス』とは根本的に違う。


 しかしなんの因果か、彼女に心臓を移植されて、十路も養殖モノの『化け物ヘミテオス』になってしまった。


「なぁ、木次……に訊いても無駄かもしれんが、ヘミテオス管理システムの命令って、いじれたりするのか?」

「無駄ですね。《ヘミテオス》については、私も先輩と同レベルのことしか知りませんし」

「だよなぁ」


 話してる途中で気づいてしまった事実は、あっさり肯定されてしまった。


「ただ、つばめ先生の話を聞く限り、無理なんじゃないかって気がしますですけど」

「だよなぁ」


 《魔法》に関わる一連のシステムは、本来知っているはずの管理者ヘミテオスたちも把握しきれていない代物だ。期待は薄い。


「それがどうかしたんですか?」

「いや……ちょっと思い出しただけだ」


――管理者No.003による命令2確認

――『私を、殺してください』


 初めてLith形式プログラムが起動した時、吐き出されたシステムメッセージを。そして。


――実際のところはわからんが、俺は木次と一連托生だと思ってる


 過去に十路は樹里に、そう言った。その話の中で彼女は、いざという時の死を十路に求めた。


「なぁ。俺はまだ、保険なのか?」

「ふぇ? 保険?」

「『私を殺してください』」

「あー、それですか。有効に決まってますよ。私が間違った時には殺してください」


 あの時の彼女はまだ、精神的に不安定になると暴走していたから、その望みもわからなくもない。しかし《千匹皮アラライラオ》がアップデートされて雷獣変身モード・アモンを得て以降、樹里は意図せぬ暴走をしていない。

 なのに彼女はあっさり望む。これには十路も面食らう。


(ホント、強ぇな……)


 初めて出会った時には、あまりにも普通すぎて《魔法使いソーサラー》らしくない彼女に不安を抱いたが、半年あまりで成長したものだと目を細めてしまう。


 悪魔アモンの源流は、古代エジプトの神アメンという説がある。ただでさえ記録が乏しいのに大気の守護者で見えないため、特徴不明で無個性・地味なマイナー神だった。

 しかし時代をるごとに、海神・豊穣神として扱われ、都市の守護者となり……ついには太陽神の神格をも取り込み、アモン=ラーという最高神としてあがめられる。


 出会った当初は頼りなかった、その悪魔を飼う彼女も、高みに昇り輝くのだろうか。


「……木次。今回のこと片付いたら、ちゃんと付き合うか」

「ふぇ?」

「告白されて、キチンとした返事してなかったろ」


 他の女性たちとキスした口で伝えるのは不義理かと一瞬思いはしたが、伝えないほうがもっと不義理かと思い直した。


 正直、彼女が好きかは、まだわからない。嫌いではないと確実に言えるし、一定以上の好意は持っているが、恋愛感情と呼べるものかは彼自身でもわからない。


 ただ、お互い《ヘミテオス》という化け物で、抑止力として殺し殺さなければならない関係を続けなければならないのであれば。

 結婚まで行くかはわからずとも、彼女の姉夫婦に習った関係を築くのも悪くない。実利・効率が全面に出ているが、素直に『それも悪くない』と思える。


「……………」

「……あれ?」


 空気だけで伝わるほど、樹里のテンションがダダ下がりした。

 言い方がまずかっただろうか。やはりちゃんと好きとか答えるべきだったろうか。正直は美徳とはいえ『お前のこと好きとは言えないけど付き合おう』なんて正直すぎる言葉はいくらなんでもマズいと思ったから多少は飾ったのに。

 十路はそんなことを考えて内心冷や汗を流したが、違った。


「先輩……それ、超ド級の死亡フラグじゃないですか……なんでここで立てるんですか」


 樹里が言ってるのは、死亡フラグの代名詞『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』のことかと考えた。


「結婚じゃないなら問題ないだろ?」

「結婚じゃなくても、大事おおごとが起きる直前に未来を語るのは、大抵死亡フラグです」


 言われて十路は再び考える。

 戦闘前にもうすぐ子供が生まれると告げると死ぬ。戦闘中に帰ったら一杯やろうと約束したら死ぬ。戦場で『大丈夫! 生きて帰れるさ!』と笑い飛ばすヤツほど死ぬ。『絶対生きて一緒に帰るんだ!』などと言おうものなら仲間諸共もろともか言ったヤツだけかが死ぬ。宇宙一の美男子に会ってくると告げたらテロリストの凶弾ビームに倒れる。パインサラダを期待したらギターをつまきながら逝く。旅が終わったら遊んでやれると語ったら『ぬわーーっっ!!』と叫んで絶命する。故郷に帰って学校に行くと決意したら鉄格子で串刺しになる。

 よくお亡くなりになられている。樹里の主張は認めざるをえない。


「……まぁ、俺が死亡フラグ立ててへし折るのは、いつものことだろ」

「ややややや……これまでは確かにそうでしたけど」


 『今回は違う』と言いたい気持ちはわからなくもない。投入される戦力、戦闘規模だけで言えば、これまでは『戦闘』に収まったが、今回は『戦争』と呼んでも差し支えない。


「や~、まぁ、先輩にロマンスとかそういうの期待できないって、わかってますけどね……?」


 ごく自然にディスられた上、半笑いで哀れみの目を向けられた。十路の性根に樹里が理解ありすぎて、結果不甲斐なさを突きつけられるから泣きそう。


「これ、この先ずっとグチグチ言われるパターンだ……」

「や。グチグチ言うならそれより、『大した胸じゃない』って言われた件を言います」


 過去の失態を蒸し返す。多くの男性が嫌う女性の悪癖だが、脳機能的な男女差のため仕方ない。


「……なんの話?」

「体育祭の日ですよ!? 私が誘拐されて列車の上で服着替えるのに躊躇した時! 初対面でそれ言われたんですからね!?」

「あー……」


 忘れっぽい。多くの女性が嫌う男性の悪癖だが、脳機能的な男女差のため仕方ない。


 恋に恋する年頃だったら幻滅しそうな面をモロ出ししてるが、十路も樹里も、そこまで子供でも普通でもない。現実の男性と女性を知っており、空想や理想を押し付けないので、『言っても無駄』という諦観ていかんと共に欠点を許容してしまう。

 ふたりとも恋などしていない。今はまだ不十分で不確かだが、未来にもっと確かな形になるのであれば、ふたりの間にあるのは愛と呼ばれる感情であろうから。


「こんな野郎でいいのか? 木次ならもっとマトモな男、いくらでも捕まえられるだろ」

「私の特殊すぎる人生に付き合ってくれる人がいくらでもいると思います?」

「だとしても、男の趣味が悪すぎだろ」

「さっきも言ったように、先輩に期待してません。なので頑張って裏切ってキュンとさせてください」

「重いし面倒だぞ。いまだに過去の女性関係断ち切れてないし」

「私が引きずればいいだけです。なんなら《千匹皮》で背中に乗せて運んでもいいですし」


 樹里が足を止めたので、十路も止まる。


「それが、先輩の人生をねじ曲げた、『麻美わたし』たちの責任……」


 振り返り、きっと数年もすれば、殺人者ユーア教育者はすみと同じになるだろう顔を向けて。


「なにより先輩を変えてしまった私の罪……」


 腕を伸ばし、学生服越しに十路の胸に手を置く。その奥の、心臓に重ねる。


「そして私の望み……先輩は、私が守ります」


 開いた手を握り、拳で軽く胸を押す。


 本当に、強くなった。背中を預けられる頼もしさと共に、一抹の寂しさと嫉妬を覚えるほどに。


 手を下ろし、一歩離れると、樹里は話題を変える。


「《コシュタバワー》は、ホテルの屋上ですよね?」

「あぁ」


 北と南へ移動した他部員たちと違い、樹里は動かない。少し離れたビルだが、十路と共にポートアイランドに残る。

 そして、足を止めたこの場所が、ちょうど行き先の分岐点でもあった。


「なら、私もそろそろ持ち場で待機します。気をつけてくだあさい」

「今度はキスなしか?」


 学院から撤退した時のことを持ち出すと、あっさりきびすを返した樹里はすぐ振り返り、微笑する。彼女の印象を裏切る小悪魔めいた笑い方で。

 墓穴を掘ったかもしれない。


「今度は先輩からお願いします」


 もしかすれば匂いで、他部員とキスしたことを察しているのだろうか。

 とはいえ、それを確かめる勇気はない。


「……こういう時、普通の高校生だったら、どうするんだろうな?」

「人それぞれじゃないです? 照れくさくて誤魔化す人もいるでしょうし。でも先輩は、ここ一番の時には決める人だと信じてますから」


 スタンドを降ろして原付を手放し、近づいて。

 下顎おとがいに触れ樹里に顔を上げさせて。一五センチの身長差に身を屈めて。

 

 潮と微かなミルクの匂いを感じながら、十路から唇を重ねた。

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