090_1200 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様Ⅰ ~The Longest Day [史上最大の作戦]~


 陸上で次々と発射音が連鎖した。各所に設置された榴弾砲が連続して火を吹き、ロケットが発射される。

 空中で次々と発射音が連鎖した。戦闘機から切り離されたミサイルが、ロケットモーターを点火する。

 海上で次々と発射音が連鎖した。火煙が空へ立ち上り、向きを変えて向かい来る。


 脳内に描かれる三次元レーダーには、一〇〇〇近い反応が一気に現れた。


【自衛戦闘要項確認! 記録済み! 迎撃開始!】


 事前に全制限解除を行っているので不要だが、イクセスが報告しながらつつみ十路とおじ演算能力あたまを勝手に使って、《魔法回路EC-Circuit》を形成する。


「めんどくせぇ!」


 十路は十路で、グローブに覆われた左手を突き出し、《魔法回路EC-Circuit》を形成する。

 十路と《バーゲスト》が担当するのはりく側だ。六甲山系の至近距離から撃ち込まれる攻撃を、神戸市中心部への被害を考えて迎撃しないとならないため、こちらを選んだ。


 少し離れたビルでも《魔法》が発生している。

 激しい攻撃が予想されたうみ側を、木次きすき樹里じゅりと《コシュタバワー》に押し付けたことになるが、迎撃するのは榴弾よりも大きいミサイルで、大阪湾に落下する破片を気にする必要がないため、南のほうが難易度が低い。


 生体コンピュータが算出した優先度が高い目標を、十路とイクセスで振り分けて迎撃する。空中にいくつも炎の花が咲き、その爆風で弾道が変わるので再計算し、変わった最優先目標を迎撃し続ける。


 直接被害を受けないものはそのまま見逃す。もとより攻撃は十路と樹里だけを目指して殺到していない。ポートアイランドと空港島全域を無差別に攻撃するためのものだ。


 榴弾が、対地ミサイルが、ロケットの子弾が、人工の大地に次々と着弾し、盛大に破壊していく。


【ダミー周辺のカメラが全停止! 吹き飛んだと推測!】


 警戒態勢のていで島の外周部に設置した部員たちのダミー人形は、最後までバレていなかった。食材を無駄にする罪悪感を覚えなくもないが、それより役割をまっとうしてくれたことに安堵する。


 ミサイルやロケットは、発射機へ装填された分を全て発射すれば間が空く。圧倒的な第一波はひとまずしのげた。

 火力が低いものの連射が可能な榴弾砲で間を補いつつ、すぐさま第二波が来るに違いない。地表は爆煙で隠れてしまっているが、十路と樹里は高層ビル屋上で戦っているのだから、健在なのは見られているに違いない。


 その証拠に、明らかに速度が違う砲弾が、十路が立つ場所目がけて海から正確に飛んできた。

 だが十路がなにかするまでもなく、樹里が《雷霆らいてい》で迎撃した。


『今のなんです!? 砲弾なのに速度おかしいですよ!?』

「ラムジェット砲弾か……!」

超高速発射体HVP砲弾の配備はまだのはずですけどね……! しかも艦艇用は尚更……!】

「いつ制式採用かってレベルだ……! 出てきても全然不思議ない!」


 炸薬の爆発力だけでなくジェットエンジンで飛翔する、射程延長された超高速砲弾。ミサイルと比べたら安いとはいえ、砲弾とすればケタ違いに高価なため、数は少ないだろう。


「極超音速ミサイルまで出てくるかもしれんぞ!」

【実戦配備されてます?】

「わからん!」


 迎撃する前にマッハ五で突っ込んでくるミサイルがあったとしても試験運用、少数なのは間違いない。

 脅威ではあるが、《魔法使いソーサラー》の思考速度で、高い位置を取って索敵レーダー範囲を広げているなら、対応できる。


 そんなことを離している間も攻撃は続いている。

 直撃弾ではないため無視している砲弾の投射角が変わる。外周のビルをギリギリで飛び超えて、あるいはなぎ倒して、十路と樹里が立つビルに狙いが集中している。


「そりゃそう来るよなぁ!」


 足場を崩され、高所を取れなくなれば、地球の丸みや障害物に邪魔されるため、至近距離で迎撃せざるをえない。きっとそれも間に合わなくなる。


「木次!」

『はい!』


 連続爆発音の中でも短い指示と同意はクリアに聞こえた。


 通常の軍事作戦であればこのような状況下、相手の航空戦力・対空戦力を無力化させ航空優勢を獲得し、空中・海上・陸上から地上兵力を進行させて占領地を奪還するのがセオリーだろう。

 しかし《魔法使いソーサラー》相手ならば、想定の段階で確実性が怪しまれる。航空優勢を獲得した時は、相手を殺し目的を達成したのと同義だ。


 なれば少数精鋭による隠密作戦で無力化、奪還となるだろうが、これは既に実行されて返り討ちにした。


 残る手段は物量による飽和攻撃。相手の対処能力を上回る数の砲弾や爆弾を叩き込む以外にない。


 なのでこの局面は容易に想定できた。そして想定はできても対処はできない。ミサイルを正確に迎撃できる《魔法使いソーサラー》でも、全てを迎撃できるわけでもない。しかもそれらから発生する破片や熱、衝撃波も合わさるとなれば、もはや死を迎えるしかない。


 だから十路は、開戦直後の数分間を耐えしのぐためだけに、今回の作戦を立てた。


 まず部員たちはコスプレ姿で人前で暴れ、強奪した牛肉で作った《ゴーレム》を惨殺した。被害者を出すことなく支援部の残虐性を誇示し、住民を強制退去させて、軍事力を引っ張り出すまで事態を深刻化させると同時に、見る者へその格好を印象づけた。


 そして機械を内包し牛肉で作った、赤外線を発し単純な動作をする身代わりゴーレムに、部員たちが着ていたコスプレ衣装を着させて、警戒態勢のていで島の隅へと配置した。


 十路と樹里が迎撃する、陸上・海上・空中から放たれる攻撃を、多少なりとも分散させるために。


 そして前もってこっそり島の外へ出た、本物の部員たちの作戦行動を、直前まで隠すために。



 △▼△▼△▼△▼



 ポートアイランドの北、六甲山陵。

 第一波攻撃を終え、再装填作業中だった多連装MLロケットRシステムS自走発射機M270が、宙に浮いた。

 最前線に出ないため強固な装甲が不要な分、戦車と比べたら軽いが、それでも二五トンの金属塊だ。


「May the force be with you.(フォースと共にあらんことを) ばーいハリソン・フォード!」


 それが持ち上げられていた。超常能力フォースではなく《魔法》と腕力により、垂直に立ち底面を見せて。


 しかも小学生と誤解しかねない小柄な少女によって。


 ワンサイドアップにくくった栗色ショートヘアに収まるのは、綺麗とも可愛いとも言い切れない中性的な童顔。

 ブラウスの腕に腕章を通し、首元はろくしょう色のコードタイで飾り、腰まで大胆にスリットが入った防弾繊維のジャンパースカートと、これまでの戦闘ぶかつと同じ学生服姿だ。

 ただし腰には、やはりベルトに挿したトンファーはない。


 代わりに両腕両足には、《魔法》の青白い光を放つ、肘と膝まで守る篭手と鉄靴を装着している。しかもケーブルが伸び、服の中で接続されているものと思える辺り、ただの部分鎧でないと知れる。


 コスプレした際には丈長のスカートと、袖口が広がった上衣ボレロで誤魔化されていた。

 今はブラウスの上から篭手を着けているが、同時に簡素な部分鎧も身に着けているため、装備の一部として違和感はない。


「そんでぇ~……アル・パチーノが言いました」


 攻撃目標のひとりに、自衛隊の戦列に飛びこまれた。

 一瞬前まで人工島にいると誤解していたなら、あまりにも早すぎる対応と、《魔法使いソーサラー》の機動力に驚愕するだろう。

 実情はなんてことはない。ある程度まで近づいて潜伏して、攻撃開始と共に一気に接近して姿を現しただけ。


「Say hello to my little friend!(これがご挨拶だ!)」


 子虎の咆哮と、投げつけた自走発射機と一緒に、改めての宣戦布告を《狂戦士ベルセルク》は叩きつける。



 △▼△▼△▼△▼



 ポートアイランドの南方、紀伊水道。

 海上自衛隊第一護衛隊のど真ん中で、海面が泡だった直後、勢いよく海面を割って浮かび上がる。護衛艦の巨体と比べるべくもない、小さな潜水艇が。

 上部のハッチが開くと同時に、複数の《魔法回路EC-Circuit》が形成され、目には見えずとも皮膚感覚で感じ取れるエネルギーが放射される。


 上空を飛んでいたミサイルがふたつに裂けた直後、目標まで全く及ばぬ距離で爆発した。高出力のレーザーが一瞬だけそのような現象を見せ、炸薬への引火で誤作動を起こした。


 露出している護衛艦のレーダー設備が次々と火を吹く。軍事兵器ならば電磁波EMP対策がなされているだろうが、完全密閉したファラデー・ゲージでなければ、至近距離からの高々出力電磁パルスを完全には防げない。


 更には周囲の気温が一気に下がる。局所的に複数個所、熱力学操作を行っただけだが、その影響で海が冬の気配を帯び、艦体も凍る。

 絶対零度に近い低温で、水も被っていない護衛艦搭載兵装が凍りつく。分厚い固体窒素の圧力で精密部品が歪み、作動油が氷結し、配線が接触不良を起こす。


「いつバレて魚雷撃ち込まれるか、冷や冷やモンでしたわ……」

「自走能力のない潜水艇を改修し、シャドーゾーンに隠れながら海底を移動しつつ、敵陣真っ只中に出現など、金輪際ご免であります……」


 ひとまずの脅威を排除してから、女性と少女がハッチから出てくる。長時間狭い場所に閉じ込められていために、戦場の海なのにゲッソリ顔を安堵に変える。


 エントロピー増大の法則に従い、液体は混じり合う。お湯に水を入れればぬるま湯に、コーヒーとミルクを同じカップに入れればカフェオレになってしまう。水と油ほど性質の違いがなければ分離しない。

 しかし条件によってはそうならない場合もある。最近の住宅事情では起こりにくいが、追い炊き機能のある風呂だと、水面近くは熱いほどの湯加減なのに底は冷たい、といったが起こりうる。

 自然界の湖や海でも、性質の違う二種類の水が分離することがある。これを水温躍層という。

 その境界面は音波を弾いてしまい、水上艦からの探査音ソナーが届かない領域シャドーゾーンを作る。


 彼女たちは《魔法》で水温躍層を作り、改造潜水艇でその中をゆっくり移動し、探知されないまま艦隊内部へと出現した。


「自衛隊はいーんですわよ……テキトーに壊して漂流させときゃいいだけですし」


 背中まで伸びた波打つ金髪をかきあげる、憂鬱なライオンの仕草で、普段と変わらぬ顔に戦意を注入する。

 デニムパンツにトレンチ風ロングシャツという、女子大生ならば変哲ないカジュアルファッションに、腕章を着けている。

 手にした杖は豪奢な装飾杖ではなく、奇形の銃のように改造されている。そしてポケットのついたベルトを巻き、腰の後ろに分厚い本をぶらげている。


 多少形は異なるが、ここまでは今までの彼女と変わらない。

 決定的な違いは、コートと見まがうシャツの中だ。薄手なれど、硬質の装甲を持つなにかを着ているのがわかる。


「問題は、第七艦隊セブンス・フィートでありますね」


 野良猫のように少し乱れたピクシーカットの赤髪に、ネコミミアンテナの単眼ヘッドホンディスプレイを乗せる。

 彼女の場合、着ているのは未来的な強化服だけではない。背中に穴を開けた修交館学院初等部女子標準服セーラーワンピースに、腕には腕章を通している。

 背中の穴からはこれまでとは形状が違うランドセル・ユニットが顔を覗かせている。それが《魔法》の淡光を放って開くと、戦闘機の模型と見まがう一六基の《妖精ピクシィ》が飛び出す。


「とりあえずフォーさんは空を。ハワイはわたくしが担当しますわ」

了解ロジャ。妨害は各自適宜対応、集合はロナルド・レーガンで」


 《付与術士エンチャンター》と《妖精の女王クィーン・マブ》は、短い打ち合わせで、それぞれ別の方角へ飛び去った。



 △▼△▼△▼△▼



 六甲山展望台にある指揮所テント内が慌しくなった。


「各部隊砲撃開始」

「護衛艦隊も同期し攻撃開始」

早期警戒管制機AWACSより、各基地より飛来した戦闘機、同期して攻撃」

「第七艦隊ミサイル巡洋艦および空母搭載機、同期して攻撃。レーダー情報が多数。詳細は報告間に合いません」

「観測員より報告。《騎士ナイト》と《治癒術士ヒーラー》が迎撃を開始」

「ポートアイランド南西および北東に命中確認」

「同じく空港島。命中確認」


 並べられたパソコンと無線機を担当している各隊員が、次々と報告する声が響く。


 六甲山系の各所に配備された部隊の砲声も響くが、距離があるため、報告がかき消されるほどではない。隊員たちも日頃の訓練で慣れたもので、冷静に己の職務をこなしていく。

 

 だが近距離――天幕テントのすぐ外で発生したとしか思えないフルオートの銃声には、さすがに手を止めて辺りを見回した。


「敵襲ーっ!」


 テントに女性自衛官が飛び込んできた。


「突然目標が出現し、警護部隊と交戦中です!」

 

 彼女の叫びに色めき立つ。


「相手は――」

 

 男性自衛官が問おうとしたのは、襲撃者が支援部員の誰かだろう。特性が異なる彼女たちは、全く異なる対処法を必要とする。

 だがフル装備の女性自衛官の顔を見て、言葉を途切れさせた。


 瞳の色が、紫だから。

 人類全体で考えても超低確率、天然ではほとんど存在しないその光彩色は、今作戦の目標のひとりが持つ特徴だ。


「――!」


 それに気づくと本気の突きを放たれた。

 だが女性自衛官は易々やすやすといなすと同時、伸びた腕を折り畳む。


「カラコンまで用意してなかったとはいえ……目が合っただけでよく気づきましたね」


 先ほどの声とは全く違うソプラノボイスで囁きながら足を払い、無理な方向に曲げて関節を破壊する。


「リキッド・●ネークさんの域には遠いですね~」


 ダンボールひとつで敵地に潜入する伝説の兵士には劣るかもしれないが、そもそも潜入方法が違いすぎる。どちらかというと、フィクションの怪盗やスパイのやり方だ。

 マスクを剥がさないが、同じように変装を解いて正体と現す。女性自衛官が漆黒に染まったと思いきや、自衛隊員たちの主観では瞬時に解除される。迷彩服とヘルメット、カツラが脱ぎ捨てられ、一変している。

 

 腰まである長い白金髪プラチナブロンド垂髪すいはつ風にリボンでひとまとめに。白いブラウスにチェック柄の膝丈プリーツスカート。ノーネクタイでピンクのカーディガンを羽織る学生服姿。

 しかしその上から軍用ベストを装着し、足元はタクティカルブーツ、袖には腕章という、本格的な戦闘ぶかつ時の装備を身につける。

 そして腰にはいくつもの消耗品がつけられた剣帯を巻き、刀と呼ぶには不可解な刀を腰に差している。 

 更にはカーディガンとスカートの下からの覗く、簡素ながら異質な装甲。


「修交館学院総合生活支援部、ナジェージダ・プラトーノヴィナ・クニッペル」


 外は静かになっている。あの発砲音は、彼女が変装したまま前線司令部の警護部隊と交戦したためか、彼女が乱射したものか知らないが、既に無力化されているに違いない。

 オペレーターや指揮に従事し、本格的な交戦に耐えられる装備はないが、それでもテント内の自衛隊員は身構えた。


 彼女も右腰の鞘を保持し、左手を柄に乗せ、ユキヒョウのように身構える。


「――して参ります」


 左手親指でトラックボールを操作し、画面に表示された術式プログラムを選択し。


 その身を白と黒に染め、超音速で《暗殺者アサシン》が始動した。

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