090_1020 邪術士たちは血で陣を敷くⅢ ~悪魔をよびそうなイギリスのうた~


 太陽が高く昇り始めた。

 店舗が開店し、休日なりに人々が社会活動を始めるであろう時間だが、人通りはほとんどない。

 少し前までは人工島全体が混沌していたが、今は混乱の場は限られた場所を残し、道路混雑という形で移動している。


『空港島およびポートアイランドにられる方々は、すぐさま退避してください』


 今は閑散とした道を、徐行運転でスピーカーを積んだワゴンが走っている。

 その運転席は無人だ。代わりのように青白い光が操作系統の部品に宿っている。


『避難勧告を無視した場合の安全は保障できません』


 ワゴンカーは突如、爆発炎上した。近くの歩道を恐る恐る歩いていた学生服の少年が、衝撃波と車の扉で吹き飛んだ。


 既に何度か繰り返していることだが、戦いを知らない一般市民が慣れるはずない。混雑を避けたのか単に準備に時間を取られたのか、ようやく避難しようとする家族連れの父親らしき男が、倒れた少年に近づいたが首を振る。

 飛散した自動車の一部で、顔が無残に潰れている。呼吸の様子もなければ、素人でも手遅れと判断する。


 妻で母親であろう女性が、幼子を抱いたままへたり込んだ。ほとんどの日本人が縁遠いと思っているだろう死が、目の前であっけなく作り出されれば、その反応も致し方あるまい。


 だが夫は泣きそうな顔で彼女を引き起こし、我が子を受け取って、妻を引っ張って歩き出す。路上駐車の自動車に即席爆弾IDEが仕掛けられている想定のない行動だが、一般人に求められるものではないし、今回そこまで悪辣な罠は仕掛けていない。


「トラウマにならなけりゃいいですけど」


 島のほぼ中央に建つポートアイランドで一番高い、総合ファッションアパレル企業・ワールド本社ビルの屋上から、コゼット・ドゥ=シャロンジェは嘆息した。


 そこに声がかけられる。無線ではなく肉声で。


部長ボス。ポートアイランドと空港島のスキャニングは完了。3Dモデルも構築済みであります」

「電子情報は?」

「可能な限り吸い上げて、学院のサーバーに移したであります」


 コゼットが振り返る。

 背後には、床に足のついていない半端な高さで浮遊する野依のいざきしずくがいる。


「…………」


 コゼットは帽子のふちを持ち上げて、無言で視線を上下に往復させる。


「なんでありますか?」

「いえ、今更だと自分でも思いますけど……なぜフォーさん、カード●ャプターなのかなーと、ふと思いまして……」

「テキトーに渡されたのを着てるだけでありますが? 背中を除けば強化服ハベトロットかんしょうしないでありますし」


 最近は普通に学校のセーラーワンピースを着ているが、芋ジャージのイメージが強い彼女が、フリルでヒラヒラした格好をしていると、違和感がすごい。別に彼女が可愛らしい格好をしてはならないという意味ではなく、彼女が自分で選びそうにないピンクも相まって、見慣れなさが度を越えているだけだ。

 野依崎は、町にばら撒かれたカードを捕獲し使役する小学生のコスプレをしていた。


「こんなの飛ばしてて?」


 コゼットが指差す先には、その少女のお供たる、地獄の番犬の名を持つ封印の獣が浮いている。ぬいぐるみの中に子機ピクシィが入ってるだけなので、関西弁で話したりはしない。


 その話を続けるつもりはないと、野依崎は別の話を切り出す。


「それで、そちらはどうでありますか?」

「あ゛ー、終わりゃしねーですわ……仕方ねーたぁわかっちゃいるんですけど……」


 コゼットはため息を吐きつつ見下ろす。少し離れた一帯では、大混乱が起きている。

 ポートアイランドの中心部は、神戸医療産業都市に制定されて医療クラスターが形成されているため、面積の割には医療施設や介護福祉施設が多く存在する。

 つまり病気や怪我、障害や老いにより、そう簡単に移動できない人々が多い。

 徒歩移動に時間がかかるだけで、システムを乗っ取って運行ダイヤ無視でピストン輸送しているポートライナーや、やはり強奪して《魔法》で運転させている大型自動車にすし詰めできる者ならばまだいいが、ベッドごとの移動が必要な者には、設備と人手が必要になる。


「六月末に部長ボスの件でここを戦場にした際にも、住民全員が避難したはずでありますがね……その時の経験が活かされていないのでありますか?」

「喉元過ぎればなんとやらじゃねーです?」

「こうなれば部長ボス巨腕製作ガルガンチュワで放り投げるとか」

スペインのトマト祭ラ・トマティーナやれと?」


 八月にれたトマトをぶつけ合って真っ赤に染まるブニョールのような様相を、この場で、しかも人体で披露するわけにもいかない。


「それよりも、ようやくお出ましであります」


 野依崎が別の方角を見下ろしている。


 本土側から多数の自動車がやって来て、隣ブロックの神戸国際展示場前に路上駐車した。警察車輌とわかるが、赤色灯などついていない大型自動車が複数台も。


「ミスター・オオミチもいるでありますね」


 わかりやすいツートンカラーのパトカーも、何台も縦列駐車する。その一台から、上からでも見分けがつく、顔見知りの中年男が現れた。


「どうするでありますか?」

「あ゛ー……? 話してみっかぁ? 官庁の動きも気になるところですし」


 言うなりコゼットは、高層ビル屋上から飛び出し、空中で杖に横座りして飛ぶ。野依崎もそれを追って降下する。

 重力制御で落下速度を削りつつ移動して、路面に降り立つと、王女の仮面を被って話しかける。


「御機嫌よう。大道さんまで現場にしですの?」


 膝を曲げてローファーを鳴らした着地に、中年刑事はハッとした目を向ける。周囲に展開して動こうとした、出動服の機動隊員たちも警戒する。


 自然と包囲網の中心に立たされることになった大道は、コゼットと野依崎に呆れの目を向ける。


「……コスプレ衣装を売ってる店を強盗したのも、やはりあなた方ですか」

「誰も脅していませんし、ちゃんと代金も払いましたよ?」

「そこは議論しても平行線でしょうからいいですが……なぜ仮装を?」

一目いちもくりょうぜんの『魔法使い』でしょう?」


 《魔法使いの杖アビスツール》を持ったままなので片手でだが、コゼットはスカートを軽く持ち上げて膝を曲げて、王女らしい優雅なお辞儀カテーシーを決める。

 フリルでふち取られた黒いスカートとベスト、白いブラウスとエプロン、頭には大きなリボンを飾るつば広三角帽子。波打つ金髪は元からだが、左サイドだけお下げを作っている。原作シリーズでも割とアバウトな部分なのに忘れていない。

 手にしているのはほうきではないが、弾幕はパワーな『普通の魔法使い』の格好だった。原作は四半世紀も前からある同人シューティングゲームシリーズと知らずとも、昨今は二次創作なのに一次創作と誤解する作品群が大々的に作られ、あと生首まんじゅう姿と合成音声の解説・実況動画でお馴染みだろう。


「……?」


 その杖に、大道が視線と表情を動かし固めた。知ってるものと違うからだろう。


 コゼットの《魔法使いの杖アビスツール》――《ヘルメス・トリスメギストス》は、宗教的なものを連装させる、せいな装飾がほどこされた杖だった。

 しかし今の杖はひどく無骨だ。全方位発振器は宝玉のように飾られていたが、今や杖頭は分厚い鉄板があるだけ。石突部分もゴテゴテとして杭のように鈍く尖っている。なによりも柄の途中には銃把グリップ引金トリガーも追加されている。

 大きなコネクタを備え電子部品のような印象がある樹里の長杖NEWSとは違い、用途不明の機械に見える。あるいは銃口は存在しないものの、奇形の長尺ライフル銃といったところか。


「ここじゃなんですから、場所、移動しましょうか」

「そうですね……あぁ。避難誘導するつもりでしたら、医療施設だけでなく、ポートアイランド住宅にも結構まだ人いますから、そちらもお願いします」


 明らかに《魔法使いの杖アビスツール》の違いを不審がったが、彼は触れずに移動を促す。コゼットが先に歩き始めると、機動隊員たちも包囲を崩さぬまま、応じて動く。


 向かう先は隣のブロック、ポートアイランド南公園。面積が限られている人工島内で、ツーブロックも占有している緑地帯だ。

 高架のポートランド線と平行する遊歩道を、杖を突きつつ大道と並んで歩きながら、周囲を眺めてコゼットは呟く。


「やはり機動隊じゃありませんのね」

「大阪府警の特殊部隊SATであります」


 大道に訊いたつもりだったが、ふたりの後ろをポテポテ付いて歩く野依崎が答えた。


 機動隊員なら大きく『POLICE』と白抜きされた防護ベストを装備しているが、タクティカルベストをつけた特殊部隊用活動服アサルトスーツは、どちらかというと軍隊の装備だ。腹の辺りに提げた簡易手錠がなければ区別つかない。

 なにより構えたH&K MP5短機関銃。普通の警察官が持つ火器ではく、特殊部隊・対テロ組織装備の代名詞だ。


「大阪府警のSIT……確かMAATでしたっけ? あっちじゃなくてSATを出す程度には、危機感持ってるみたいですけど――」


 一部の都道府県警にしか設置されていないが、警察の特殊部隊には、特殊事件捜査係SIT特殊強襲部隊SATとがある。

 SITは刑事部捜査課の一部署で、誘拐や立てこもり事件で人質の安全確保を第一に動く。

 対しSATは機動隊と同じく警備部にあり、犯罪組織の制圧が任務となる。しかも同じ警察の特殊部隊でも、SATのほうが装備が高性能で、殺傷能力が高い。

 正統な威嚇発砲でもニュースになる日本の警察の中で、発砲どころか犯人射殺のハードルが低い。

 それだけ支援部を警戒しているということだ。


「まさかこの程度で、わたくしたちを止められるとお思いですの?」


 しかしコゼットは鼻で笑う。


「いやぁ……個人的には……しかし宮仕えの身では、いろいろとありまして」


 言葉を濁したが、大道も同感らしい。


「兵庫県警の問題ですの? それとももっと上?」

「上のほうですな」

「県警の組織図だと、確か警視監が本部長でトップですけど、更にその上に都道府県の公安委員会がありましたよね? で、確か公安委員会は、県知事の所轄でありませんでした?」

「更に上です」

「あぁ。やはり兵庫県警的には、わたくしどもと敵対したくないと?」

「この半年で思い知ってるでしょう……知事も本部長も、胃薬が手放せないと聞きますし。しかも機動隊員なんて、ナージャさんやナトセさん相手に、痛い目見てますからね……」

「過去にそういう検証目的の部活がありましたわね……素手で盾ぶち抜いただの、追いかけっこで全員ハーフマラソン走らせただの……」


 兵庫県警の機動隊員は、隣のブロックで混乱している、医療エリアの避難を手伝って周辺にはいない。直接交戦することはなかろう。

 

 これまで支援部は、兵庫県警とは色々と協力し合ってきた経緯も、ないとは言えない。

 だがそれ以上に、支援部という悪魔かみに触る祟りを恐れているに違いない。でも警察組織として動かないわけにはいかないので、間を取った行動が現状なのだろう。大阪府警に押し付けたと言えなくもない。


「で。特殊急襲部隊SATがお相手と。わたくしたちが落ちてきたせいで、狙撃を準備するヒマもなかったみたいですけど」


 移動しながら戦闘準備を整え、ポリカーボネートの盾に隠れながら武器を構える隊員たちを眺める。

 攻撃範囲にいる大道が離れたら、すぐさま行動に移すに違いない。


「それで? なにがあなた方の目的ですか?」


 希望・ドリーム球場の横、芝生が植えられた広場で足を止めると、時間稼ぎも限界だというように、大道が今更の核心を問うてくる。


「あら? 支援部ウチの部員が神戸空港でたん切ったの、まさかご存知ありません?」

「……本当に、木次きすきさんがおっしゃったあれが、理由と?」

「えぇ」


 コゼットはあえて王女の仮面のかなぐり捨てる。黄金比で構成された顔を崩し、邪悪で獰猛な獅子の笑みを浮かべる。


「クソ面倒になったんだっつーの。あ゛? なんで人外扱いされて、大人しくしてなきゃならねーですのよ? ふざけんじゃねーですわよ。あれが全世界の総意とは言いませんけど、半分くらいは同じでしょう?」


 そして見下す目を、周囲の隊員たちに向ける。

 それなりの付き合いがある大道ならば、なにかの拍子で垣間見せてしまった地を知ってるかもしれないので、なんら態度を変えない。

 しかし某国の、絵に書いたような王女としてしか知らないであろう、大阪府警の特殊部隊警官たちは、王者たる猛獣の気迫を恐れたように、体を微動させた。


「なら、化け物は化け物らしく、人間兵器の恐ろしさを教えてやろーじゃないですの」

「…………」


 話も時間稼ぎも、もう充分と判断したか。表情を空白させた大道は、後ろ向きで後ずさる。


 すれば包囲に穴が空く。全周を取り囲んだまま攻撃したら、同士討ちが起こるので、SAT隊員は十字砲火ができる陣形に変えた。


「自分も手伝うべきでありますか?」

「お気持ちだけ受け取りますわ。それより例のものを」

「了解」


 背後の野依崎はすぐに飛び立つ。

 それを脳内センサー以外で確かめることなく、コゼットは向けられた武器を改めて。


「さて。警察特殊部隊の対 《魔法使いソーサラ》戦術というのも、少し興味があったんですけど……」


 期待はずれだと鼻を鳴らす。

 警察組織はあくまで治安維持のために存在するため、純粋な戦闘力は軍事組織よりも数段劣る。それを上回る生体万能戦略兵器相手に、警察がなんとかするのは土台無理があるとわかっていても。


 盾の影から複数、手榴弾が投げ放たれた。

 即座に射殺できる体勢でありながら、最初からそのつもりではないらしい。爆風と外殻の破片で殺傷する破片手榴弾ではなく、特殊手榴弾だ。


「見え見えの手榴弾なんて無意味。やろうと思えば銃弾の雷管を動作停止させることも可能ですから、時限信管の手榴弾じゃ遅すぎ」


 《魔法回路EC-Circuit》が発光し、地面から腕が伸びて、バウンドしてコゼットの足元に届けようとした手榴弾を宙で掴み取る。

 更に《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》の上から《シルフおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Sylph》を実行。不発可能を宣言した言葉とは裏腹に、エネルギー変化を操作する術式プログラムではなく真空領域を作った。


 だから手榴弾はその機能を発揮した。真空は音響閃光弾スタングレネードの激音を封殺したが、マグネシウム燃焼の閃光までは押さえ込めない。


「閃光も無意味。《魔法使いソーサラー》は目だけでなく脳でも『視る』」


 瞼と腕で目をかばっても、脳内センサーが周囲の様子を伝えてくるので困らない。《マナ》との通信不順を伝えるので、『困らない』は違うが、困りはしない。

 手榴弾は音響閃光弾スタングレネードだけではなかった。電波を乱反射する欺瞞紙チャフも、紙吹雪のようにばら撒かれた。


欺瞞紙チャフいたところで、可能なのは離れた《マナ》との通信阻害だけ。地中に導線ライン引けば関係なし」


 地中から槍が乱立する。MP5短機関銃から単射された9mmパラベラム弾の射線上へと正確に。

 銃弾を受け止めるのではない。石槍の柄を削るように、ほんの少し当てるだけでいい。それだけでコゼットの手足を狙った銃弾は、無防備な彼女にかすることなく飛び去る。


「周辺環境をミクロ視点で観測した上、力学的なことなら多少の未来予知が可能。近接銃撃戦距離なら、どのタイミングでどこから弾が飛んでくるか、目をつむってても丸わかり」


 新たに《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》を、今度は隊員たちのすぐ近くに多重実行する。

 伸びた石の腕は、MP5短機関銃だけでなく、H&K USP自動拳銃を掴み、銃身を握りつぶす。


「《魔法使いソーサラー》への理解が足りなさ過ぎますわ」


 軽口のように総評しながらも、コゼットは油断しない。数に頼んでの近接格闘戦でも仕掛けられたら厄介だから。


 なので無線を飛ばす。


「フォーさん。例のヤツ」

「既に呼び寄せてるであります」


 予想外に肉声が帰ってきた。飛び立ったはずの野依崎が、また戻ってきた。

 更に茂みを突き破るようにして、公園内に複数のダンプカーが突入してきた。しかも後ろ向きで。

 それが無線操縦してるたのだろう。戦闘機の模型のようなものが、ダンプカーに貼り付いている。


 ダンプカーが荷台を上げると、積まれていた物が地面に落ち、重い音を立てる。

 ケーブルドラム――電気工事に使う電線を巻き取る、木製の糸巻きだった。太い高圧電線用ともなれば、人間の身長よりも大きい。

 ただしそれその物ではない。運ばれたケーブルドラムは、側面にいくつもの筒が、角度をつけて貼り付けられている。


 金属製であるオリジナルとは違う。だが大体の形状は大差ないため、察した誰かが呟いた。


「紅茶キメやがった……」


 その名をパンジャンドラムという。英国面全開の珍兵器として有名なため、軍事に詳しくない者でも名前を聞いたことあるかもしれない。

 第二次世界大戦時、ドイツ軍により強固な防衛陣地が築かれた、かのノルマンディー海岸上陸作戦のために、イギリス軍が開発したロケット推進だ。上陸艇から射出して防護壁まで自走させ、爆破する目的で開発されたものの、お蔵入りになった。

 木製だが、それが再現された物体だった。


「ぱんころ~」


 コゼットのやる気ない号令と共に、側面の筒が炎と黒煙を噴く。すればケ-ブルドラムたちが動き出し、徐々に勢いを増しつつ転がる。


 パンジャンドラムがお蔵入りになった理由は、どこへ行くかわからないからだ。ちょっとした地面の凹凸で転倒したり明後日の方向に転がったり、最悪Uターンして味方に突っ込む。


「「どわぁぁぁぁぁっ!?」」


 そのため阿鼻叫喚が生まれた。人間よりも大きく重いケーブルドラムが多数、予測不能な挙動で暴れ回るのだから、SAT隊員たちは逃げまどう。しかしその甲斐なく跳ね飛ばされ、かれる。


 空中に逃げたコゼットの下では、ケーブルドラムが破裂し、新たな悲鳴が発生する。そんな状態なのでスカートの中を覗かれる心配もない。そもそも原作忠実にドロワーズを穿いている。いや本来これも下着だが、ファッションなのでショーツの上に重ねている。パンツじゃないから恥ずかしくない。


(爆轟が発生しない褐色火薬で、破片は木。完全防備のSAT隊員相手ですから、木次きすきさんに御出おでまし願うほどにはなりゃしねーでしょうけど……)


 そんなことを考えていたら、上から声をかけられた。


「それで? 本当のところ、あなた方の目的は?」

「あら? 大道さんはわたくしの言い分、信じてらっしゃらない?」

「暴れるのが目的なら、これはどういうことでしょうかね?」


 ただひとり防御力ゼロのくたびれたスーツで、運動してなさそうな中年男性に、パンジャンドラムもどきの狂喜乱舞から逃れるのは酷だろう。

 だから逃れられたのは間違いなかろうが、果たして助けられたといっていいものか。首筋を咥えられたブルドックの子犬みたいに、空中で大道がプラーンとぶら下がっている。

 それをしているのは野依崎だ。しかし飛ぶ彼女が直接掴んで引き上げているわけではない。彼女の背中から、建設機械のグラップル・ユニットのような腕が飛び出して、大道を掴んでいた。


 そんな状態の大道を見て、コゼットはクスリを笑みを漏らす。


「ま、とりあえずは、警察じゃ力不足っつーことで、自衛隊を引っ張り出すのが目的ですわ」

「上層部への報告に不十分なら、更なる殺戮もやっておくでありますよ」


 野依崎が降下し、暴虐が過ぎ去った地面に大道を降ろすと、機械腕は格納される。

 しかしもっと、野依崎本人よりも巨大なものが、再度背中から飛び出す。それもまた機械の腕で、形状は人の手に近いが、遙かに太く頑丈そうで、しかも指に当たる部分全てがチェーンソーにしか見えないものになっている。


リヒトあのおとこもなにを考えてるのか……フ●ム・ソフトウェア辺りに怒られそうなデザインであります」


 メルヘンな服の下に着た、強化服ハベトロットの動きに追従しているらしく、野依崎が右手を動かすと、チェーンソーも同様に動く。指の関節部分がないためぎこちないが。


 そして近場に倒れていたSAT隊員に手を伸ばし、危険な機械腕で掴み上げる。

 少女が中空を握りつぶすと、稼動した五枚のチェーンソーが隊員の肉体に食い込む。凄まじい運動エネルギーで血肉が熱せられながら散らばり、やがて装備ごとバラバラになった肉塊が地面に転がる。


 ホラー映画でもなかなかお目にかかれない凄惨な殺人だ。殺人事件を担当する警察官でも、殺される瞬間を目にすることはまれであろうから、顔を背けても批難はできまい。

 だが大道はヘルメットを被ったまま転がった、|の生首に白けたような目を向けて、野依崎を見る。


「……強盗先の意味不明さが、なんとなく理解できました」

「勘のいい男は、嫌われるでありますよ。とっとと帰って私見を交えず報告すればいいであります。あ、映像・画像データを含め、物的証拠の持ち出しはNGであります」

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