090_1010 邪術士たちは血で陣を敷くⅡ ~緊急事態-紅の警告-~


 サンテレビは、兵庫県を対象地域とした、独立民放テレビ局である。

 兵庫だけでなく大阪でも全域で見れるため、ローカル局でも知名度は中々高い。三チャンネル、おっサンテレビ、ローカルCMの宝庫、吉本バラエティ、競馬と阪神戦の中継、何気にアニメが充実してるがKSB京都と被ってるなどといった具合で。なんか断片的かつかたよったイメージな気がしなくもないがそれはさておき。

 報道番組や情報番組はあまり多くはないが、阪神・淡路大震災の際、本社ビルも社員も被災しながらも発信して以降、報道にも力を入れている。


 この日、その報道力が発揮された。NHK神戸放送局も動いたが、サンテレビジョンの制作部が、事態が始まった人工島ポートアイランドにあるために。普通ならば報道部が動くべき案件だろうが非常時ならば関係ないし、極論映像をるのが誰だろうと関係ない。

 ポートアイランドの更に沖にある空港島で、大爆発が起きた轟音が届けば、何事かと動き始める。

 

 煙が立ち上る神戸空港島を目指して自動車を走らせる間にも、爆発が起こり、新たな黒煙が立ち上る。しかもその際に、自然現象とは明らかに違う紫電が発生する。


 空港島へ立ち入る連絡橋では、『島に立ち入るな』と言わんばかりに、片側車線だけ石のポールが生えていた。もっとも対向車線を隔てるのはゴム製のポールだけなので、車線変更で無視できてしまえたが。


 ロータリーからも見える滑走路では、飛行機が煙を噴いているのが確かめられる。ただし空港消防は活動している様子がない。

 便宜上撮影クルーとなった者たちは車を降りて、ターミナルビルへと入る。そこからならば詳しいことがわかるだろうと。


 そこで、異変に気づく。


 早朝便もあるため既に稼動しているが、小規模の地方空港ではさすがに利用客の多い時間ではない。なのに一階到着ロビーに人が多い。

 しかも服装がおかしい。ただの旅行客や出迎えだけでなく、服装から空港で働いていると思われる人々が、そこに集まり、ひざまずいていた。


「あ。いいタイミングでカメラ来ましたね」


 人々の前に、少女がいる。

 神戸ゆかりの漫画家・横山光輝みつてる先生原作の初代魔女っだ。持っているのは魔法のほうきではなく、二メートルほどもあるガラクタみたいな用途不明の長杖だが。

 セーラーカラーの一九八九年版ではなく、どういう作りになってるのか不明な一九六六年版の、目立つ大きな襟と赤いボタン(?)が印象的な赤と白のミニ丈ワンピースだ。しかも秋も深まり朝晩寒いというのに半袖の。

 アニメではどうということはないが、現実だとレトロさを感じ、原色が目に痛い。正真正銘の子供ならばまだ可愛げもあろうもの、あるいは周りも仮装している特別な空気感なら許されようもの、日常風景の中に半分大人に足を踏み入れた年齢で着られると……まぁ、ぶっちゃけダサい。(※あくまで個人の見解です)


「……わかってます。言いたいことはわかってます! でも仕方ないじゃないですかぁ!?」


 向けられる視線の意味を理解したか。いやコスプレに対する戸惑いを被害妄想したか。涙目の少女はヤケクソ気味に叫んだ。



 △▼△▼△▼△▼



「結局今日どうする?」

「早いところ決めないと、店が開く時間になるな……」

「そんな雰囲気じゃないですよね……」


 修交館学院高等部一年生、さわゆいは、月居つきおりあきら佐古さこがわあいと共に、自宅リビングにいた。


 昨日の学院祭は、何事もなく終わると思われた直後、学院内で盛大な発砲事件が起きた、らしい。警察やマスコミが来て大騒ぎになったが、学生たちにも真相がわからないうちに自宅へ帰らされてしまった。

 なので事件の詳細については、虚実取り混ぜて語られている。テロリストの襲撃だの。理事長室で大虐殺が起こり、死体が散らばり血の海になっていただの。


 しかも学生ネットワークでは、事件を起こしたのは総合生活支援部、《魔法使いソーサラー》たちということになっている。

 近しい者たちは《魔法使いソーサラー》の連絡先を知っているが、連絡しても無駄に終わり、しかも公的に注意が呼びかけられれば、それが真実と信じざるをえない。


 街は薄く警戒し、彼女たち三人も友人のことが気がかりとなれば、遊びに行く気分にならない。どうしたものかと結の自宅に集まりはしたものの、不安を共有し駄弁だべるだけになってしまっている。


『番組の途中ですが――』


 そんな最中、けっぱなしのテレビが、緊急特番に切り替わった。奥様方がわざとらしい感嘆の声を上げていたテレビショッピングから、隠せぬ緊迫感を覗かせたキャスターが立つニューススタジオへと。


 意識の片隅程度にしかなかったテレビだが、緊急特番となれば三人も怪訝に思って情報収集する。


『神戸空港で爆発事故が起こりました。えぇ……犯人が犯行声明を行うとのことで、現場との中継が繋がっています――』


 画面が切り替わり、まずは周囲の状況が映し出される。さすがに高校生では飛行機を使う機会など中々ないので、神戸空港ターミナルビルの到着ロビーだとはすぐにはわからない。


 様々な服装の、ひざまずかされた人垣の向こうに、カメラはズームされる。唯一立つ、レトロチックな赤いワンピースを着た、三人も知る長杖を提げる少女がアップで映された。


「樹里……?」

「なんでコスプレしてんだか……」

「しかもどうして魔法使いサ●ー……?」


 シンプルなのに特徴的な服なので、違いはすぐわかる。髪がパーマがかかったようなショートヘアではなく、ミディアムボブのままであっても。

 見慣れた少女の見慣れない格好と状況に、三人は困惑する。


 当然そんな友人たちの気持ちなど知らない、ライブ映像の彼女は、マイクを口に近づける。


『修交館学院・総合生活支援部……世間の皆さんには、神戸の《魔法使い》と自己紹介したほうがいいでしょうか? 木次きすき樹里といいます』


 他の支援部員たちは、以前防衛戦をした際に、それぞれの名前は公的に広まっているが、樹里は裏方参加で公表していない。

 なのでこれが、公式的に彼女の名前が広まる初めてとなる。


『いま私は、神戸空港の設備と航空機を破壊し、占拠しています。事前に退去していただいたので、現状では死傷者はいません。あと、空港職員や旅行者の方々は、状況をわかりやすくするためにここに集まってもらっていますが、この後解放しますのでご心配なく』


 人質を取って立てこもり事件など起こすつもりはない。


『まず、こんなことをした目的ですが……これより私たち支援部は、空港だけでなく、ポートアイランドとその周辺を占拠します』


 島まるごとの占拠となれば、もはや侵略行為だ。個人・少数の団体がやってもそう呼ぶのか疑問だが、面倒な人質を抱え込むつもりなどない。


 事前に聞いていなかったのか。周囲の人々や撮影スタッフから、驚きの声が洩れる。


 だがコスプレ少女は意に介さず、行動を起こすに至った経緯を説明する。


『先日、私たちの学校の理事長であり、部活の顧問でもあるなが久手くてつばめが、国会の質疑応答をしてましたけど……どうやら私たちは危険視され、化け物や兵器として認識されているようですね。私はまだ選挙権も持っていない高校生ですけど、国会でそんな話がされたことに驚きました』


 政府与党の議員が失言すれば大々的に報道するが、野党議員の場合は『報道しない自由』が行使されてそうでもない。一般平均的な政治情報収集の三人は、知らない事実に驚きを浮かべる。


『なら、もういいですよね?』


 口角を上げて、今は牙に見える大きめの犬歯を剥き出す。


『《魔法使いわたしたち》は人間扱いされないなら、人間の法律に縛られる必要はありませんよね? だから好き勝手に暴れさせてもらいます』


 友人でも見たことがない、挑発的な狂笑だ。

 猛獣の首輪が外された、その鎖の音を聞いたかもしれない。


『なので該当の地域にいる方は、すぐに退去してください。でないと……そうですね。そこの三人にお願いしましょうか。カメラさん、あっち映してください』


 少女が長杖で示す先をカメラも追い、プライバシー保護だの肖像権だのも忘れて、遠巻きにしていた若い女性三人組を映す。


『退去しない人は、こうなります』


 少女はマイクを放り捨て、無造作に接近する。


 そして三人の中では一番背の高い、ポニーテール少女の顔を長杖で張る。知らなければ重い金属製とは思えない速度で振られた棒は、少女の顔を張り飛ばす。どれほどの衝撃だったのか、素人目にも首が折れたとわかるていで、人形のように吹き飛ぶ。


 次いで《魔法回路EC-Circuit》が発生する。三人の中で一番小柄な、けれども胸の大きさが際立つ眼鏡の少女に、大砲のようなそれが向けられた。

 閃光が発生し、カメラが揺れる。雷鳴がマイクの許容量をオーバーしたのか誘導電流で破壊されたのか、ハウリング音が鳴り響く。

 画面が定まると、露出した肌に樹状リヒテンベルク図形を刻み、煙を上げる少女が、床に崩れるところだった。その崩れ方もただ倒れただけではなく、魂の抜け殻めいたものを予感する。

 

 栗色のショートヘアにカチューシャを乗せた三人目の少女へは、得物を無造作に突き出した。プラズマの輝きは少女の体に吸い込まれ、背から突き出される。膨大なエネルギーが人体を焼いて、貫通した。

 高熱による致命傷のため、出血は少ない。力の抜けた少女の体は、長杖を脇に入れて持ち上げられ、投げ捨てられる。


 昨今の魔法少女たちに比べたらシンプルといえど、メルヘンチックな魔女っの暴挙には、ただの戦慄とは異なる不気味さがあった。


 あまりにも無造作に死が作られたため、なにが起こったか、空港にいた人々も理解が遅れたに違いない。

 だが我に返ったと同時に、パニックが起きる。なにを映しているのかわかぬほどカメラが激しく動いた。やはりマイクは壊れたのか現場の声は届かない。


 やがて映像はスタジオに戻る。通常は放送電波に乗らない混乱に、キャスターも事態を把握しかねているが、なんとか言葉を繋いで異常を伝える。


 それをなんとも言えない顔で眺めた結・晶・愛の三人は、ゆっくりと顔を見合わせる。


「……ねぇ? いまのドッキリ?」

「緊急の生中継でありえないだろ?」

「ということは、木次さんが人を殺したってことになるんですが……」


 ショッキングな映像に違いないが、血が盛大に飛沫しぶく殺戮ではなく、常人には非現実的な殺害方法だったため、三人は冷静に困惑できた。


 彼女たちは友人をやっているだけあって、《魔法使いソーサラー》という人種、《魔法》という技術、なにより木次樹里という少女を、一般平均以上に知っている。

 『まさかあの人があんな事件を起こすなんて……』などとインタビューで悲痛に語る未来もありえない。世間の大多数はわからずとも、彼女たち三人は確実に気づく不可解な事態だから。


「本当にそう思う? が首ヘシ折られて、は黒コゲにされて、串刺しにされたけど?」

だったの、見間違いじゃなさそうだな……? そっくりな誰か、とか?」

「ちょっと似過ぎな上に、三人そろってだと、確率的にありえませんよ……?」

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