090_1000 邪術士たちは血で陣を敷くⅠ ~夜明けの街-西部警察バージョン-~

※1

 明石大橋建造の際に使用された潜水艇は、実際に現存し展示されていますが、淡路島側の明石大橋ふもと『道の駅あわじ』に展示されています。

 この作品では淡路島は無人島化されている設定のため、明石大橋の神戸側橋脚付近にある『橋の博物館』の屋外展示としています。


※2

 カクヨム掲載分だけだと触れていない内容が含まれています。

 本編と短編は基本、直接的な関わりがない話としているので、読むのにほとんど支障はないと思いますが、興味がおありならば下記URLをご覧ください。


小説になろう/近ごろの魔法使い

https://ncode.syosetu.com/n7919bd/


該当短編/《魔法使い》の民間部隊

https://ncode.syosetu.com/n7919bd/350/


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 翌日、兵庫県警本部庁舎にて。


「よかった……大道さん、られましたか」

「おや。桜田さん。始業にはまだかなり早いですよ?」


 恰幅のよさで丸い印象の大道警部は、角ばった印象の青年刑事を小さな驚きで迎えた。


「三課でちょっと変なことになってまして……それで課員全員が早めに登庁することになりました」


 桜田刑事が所属しているのは、刑事部第三課、窃盗事件を扱う部署だ。


「物が盗まれてるけれども、替わりにちゃんと代金が残されてる、奇妙な連続窃盗事件ですか?」


 大道が所属している地域部は、交番・駐在所に勤務し、一一〇番通報に対応する。事件が起きた時、一般市民の窓口として機能する部署だ。


 なので、この事件について、手っ取り早く話が通じる。

 大道はちょうど地図を広げて確かめていたから、桜田刑事もそれを覗き込む。


「被害に遭った場所が、なんとも不思議ですね……関連性がないように思うのですが」


 と畜場や食肉加工場では、保管されていた枝肉が、札束が詰め込まれたジュラルミンケースと引き換えに、丸々消えた。

 不作による値上がりや商品価値が高い農作物は、売るために農家から盗まれることはままある。あるいは食べる目的で、店舗から業務用加工肉が、畜産農家から子牛や子豚が盗まれる事件もままある。だが倉庫を総ざらいしトン単位の肉が盗まれた事件など前代未門だ。


 廃車買取業者や中古車販売場、事業用レンタカー会社の駐車場から、中古どころか新車が買える札束を残して、自動車がいくつか姿を消した。

 中には保冷機能を持つトラックもあるので、食肉加工場の事件との関連を思い浮かべる。


 他にも、あらゆる資材があちこちから盗まれている。薬品を製造している化学工場も被害に遭っているみたいだが、それよりもその薬品を利用する工場の廃棄物が盗まれていることが多く、むしろ経営者にとっては処分の手間が省けて助かる謎の事件になっている。


 特に問題というか首を傾げるのが衣料品店……それも少々特殊な、コスプレ用品やミリタリー系を扱うサブカルチャー的な店で、商品がいくつか盗まれている。数点で、在庫と照らし合わさなければ気づけなかっただろう規模だ。犯人はわざわざまでしていたから、出勤した従業員によりすぐ発覚した。


 そんな通報が時間ごとに増えている。


 押し売りの反対で、押し買いという悪徳商法もある。高価な品を強引に安値で買い取る行為だ。

 今回の犯人も強引に持ち去っているが、場合によっては高価な品どころかゴミを、法外な安価どころか商品価値以上の代金を置いている。キチンとした売買契約が成立していないが、被害者たちが被害届を出すか怪しいため、窃盗罪はもちろん特定商取引法違反も成立するかわからない。

 建造物侵入罪の立証のほうが、まだ単純で説得力ある。犯人は証拠を残していない様子だが。

 こんな強引な買い物をする犯人が複数いるとは思えないが、押し入った店に共通項が見出せず、連続事件として扱っていいのか首を傾げる。


「あと、これは三課にも情報入ってますか? 管轄的にどうなのかって感じなのですが。橋の博物館と神戸海洋博物館から、潜水艇が消えたそうです」

「いえ、自分は初耳です。橋の博物館って、垂水たるみ区のアレですよね? 明石大橋の近くに建ってる」

「はい。明石大橋建造に使用された支援用の潜水艇が、屋外展示されていたのですが、それがなくなっているのだそうです。海洋博物館にあったのはマリンバードという、川崎造船が作った自律型無人潜水艇の試作実験機です」

「そんなの盗んでどうしようってんでしょう?」

「さぁ……? よほどのマニア相手でなければ、スクラップ買取価格以上の金銭的価値はないと思うのですが」

「それも関係ありますかね?」

「奇妙という点では共通してます。監視カメラをはじめとするセキュリティに、一切の痕跡を残していない点も」


 情報共有した大道は体をひねって見上げ、そもそものことを桜田刑事に確認した。


「それで、桜田さんは、どうしてわたしのところへ来られたのでしょう?」

「全く根拠はないですが……こういう意味不明な事件は、『あの連中』が関わってるような気がしまして……大道さんならなにかご存知ではないかと」


 大道は県警の中で特殊な役職に就いている。特定事案対策担当――要するに《魔法使いソーサラー》が関わる事件対応だ。

 実質的には『あの連中』――修交館学院・総合生活支援部の担当窓口と言っていい。警察が学生たちに協力を求めたり、逆に支援部員たちが厄介ごとを持ち込んだりと、持ちつ持たれつの関係を取り持っているのが、この冴えない中年刑事だ。

 彼は少し前まで警視庁公安部公安総務課に籍を置いていた。公共安全と秩序維持のためには綺麗事ばかりでは済まない、公的に認められている社会の暗部だ。本来国家に管理されるべき人間兵器が、民間でその能力を発揮できる状況下において、彼のような人間が存在するのはある種必然と言える。


「ふむ……」


 大道は腕を組んで考える。


 担当窓口をやっているので、当然個性派揃いの支援部員と面識がある。

 彼ら、彼女らは、『邪術士ソーサラー』と呼ばれるに相応しい。存在するだけで周囲に混沌を生む。実際この一年で神戸市は何度も破壊されている。直接の死者がいないのが奇跡と思える有様だ。

 しかも支援部員たちも、法や秩序など屁とも思っていない部分がある。《魔法》に関する法の未整備や、警察業務委託と民間人という立場を目いっぱい利用し、かなり強引な行為もやる。『正当防衛とか緊急避難が成立すりゃ問題ねーだろ』『立証できなきゃ犯罪じゃねぇ』と言わんばかりに違法行為も躊躇ちゅうちょしない。


 ただし幸いにも彼らの性根は善に傾き、その力を振るうのは混沌を正すため。だから大道も協力できる。


「確かに、ですが……」


 不法侵入して物を盗んだが、被害は軽微で済むどころか、場合によってはプラス収支に。まだ彼らの犯行と決まったわけではないが、悪行をやりながら完全な悪ではないところなど、非常に支援部らしい。


 そして昨日、修交館学院で起きた事件は当然承知している。世間では、支援部員たちが民間人の前で暴れて、逃走したかのように報道されている。

 大道もなにが起きたか把握できておらず、報道は半信半疑だ。だが支援部員たちは行方不明になり、連絡もつかなくなっているのは事実であるため、対処に迷い動けない。なので庁舎に泊まることになり、朝早くから自分の席に着いている。


「しかし、目的がわかりませんね」

「あー……それは自分にも想像できませんが――」


 一部の事件で関わった程度だから、大道ほど支援部との付き合いは、桜田刑事にはない。

 そして短い関わりで、支援部員たちを『有能だけど常識が通じないアブない奴ら』と見ている節がある。


「仮にあの連中の仕業だとしたら、なにかロクでもないこと始めようとしてるのは、間違いないでしょう?」



 △▼△▼△▼△▼ 



 修交館学院大学部経済学科所属、報道部部長、がわ紗耶香さやかは、普段と大差ない日曜の目覚めを迎えた。


 就寝中の連絡を確認するため、寝床の中でスマートフォンを見て、困惑する。


「……誰?」


 メッセージアプリやSNS経由で連絡する現代の若者は、キャリアメールなど使わない。どこかに会員登録する時にはフリーメールを使うだろうし、就職活動でエントリーする時にはキャリアメールは便利が悪く嫌われる。


 なのに届いていた。件名に『報道部局長 仁川紗耶香様』とあるので、スパムメールとは考えられない。送信者は明らかに紗耶香の身元とアドレスを知る上、報道部では慣習的に代表を『局長』と呼ぶことまで知る、学院関係者以外に考えられない。


 不気味なものを感じながらも、今はボサボサのボーイッシュな髪をかき上げながら、紗耶香はそのメールを開いた。


 読み進めると、困惑で寄った彼女の眉は、徐々に角度を増す。


「……あんの王女サマ、いい性格してるわ」


 ひとりごとをこぼすなり、紗耶香は勢いよくベッドから起き上がった。



 △▼△▼△▼△▼ 



 同じ頃、太平洋沖――


「ねぇ……リヒトくん。このふざけた船、完全に失敗作よね……」

「こンな作業はさすがに想定外だ……野依崎クソガキがンなマネできンのも初めて知ッたし」

「ややややや。基本設計自体おかしいから。大量の単三電池で動く電気自動車なんて、普通作ろうと思う?」


 リヒト・ゲイブルズとゲイブルズ木次きすきゆうの夫婦は、共に目が死んでいた。


「なんで電池外して、換わりに《魔法使いの杖アビスツール》のマザボに交換って作業を、延々とやってるのかしら……」


 半不死であるはずの《ヘミテオス》たちを、精神的に殺害しているのは、悠亜がボヤく単純作業だった。


 高高度要撃空中プラットフォーム《ヘーゼルナッツ》。

 空を飛び、既存兵器だけでなく《魔法》による次世代戦闘も行う、本来存在しえない艦は、《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリーによって稼動する。ふたりがいる電源室のラックに、大量に収められている。

 なのにふたりは、一部のバッテリーを外し、《魔法使いの杖アビスツール》のマザーボードに交換する作業を延々とやっている。夜中にわざわざ神戸から飛んで来て。


「仕方ねェだろォ……支援部員ガキどもは神戸から離れられねェ。だから動けるオレたちが、ッてことになッたンだからよォ」


 大阪湾で方針が決められた直後、支援部の学生たちは、ほぼ不眠不休で動いているはずだ。

 だから、《使い魔ファミリア》のマスターたる野依のいざきしずくは、比較的自由が利くリヒトと悠亜にこの作業を頼んできた。いや押し付けてきた。ただでさえ高いとは言えない継続戦闘能力を奪う作業にも関わらず。


「リヒトくんって、なんだかんだ言いながらも、フォーちゃんに甘いよね」

「あァ? どこが?」

「こんな面倒な作業を引き受けるんだから。他の相手……あー? 樹里ちゃん以外から頼まれても、絶対に引き受けないでしょ?」

「ンなの当たり前だろォが……」


 遺伝子工学的に製造された野依崎は、その特異な生まれについて悩みを抱えている。

 その製作者たるリヒトも、思うところあるらしい。妻の言葉に顔をしかめる様は、まるで図星を言い当てられた悪童だ。

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