090_1030 邪術士たちは血で陣を敷くⅣ ~猪突猛進爆進中!!~


 自衛隊法七八条一項。間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもっては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部または一部の出動を命ずることができる。

 内閣総理大臣の命令による治安出動が発令され、陸上自衛隊が出動した。

 明確な国外からの武力攻撃事態等及び存立危機事態による、防衛出動ではない。侵略行為の食い止めなので、それならば話は早い。

 治安出動は国内で、必要に応じて武器を使用できる。治安を乱す相手という前提だが、日本国民にも武力行使できる法律だ。

 ゆえに自衛隊設立以来使われたことはない、伝家の宝刀だ。


 それが神戸での事態発生から半日あまりで、あっけなく抜き放たれた。

 普通ならば《魔法使いソーサラー》による反乱は、それだけの緊急事態と認知されるだろう。

 

 しかし裏事情を知っていれば、予定調和を疑ってしまう。

 もっともそれは、支援部のがわから仕掛けたため、崩れた予定になってしまっただろうが。



 △▼△▼△▼△▼



「にははははははっ!」


 爆音を立てて小さな白い影が疾駆し、陸上自衛隊せん駐屯地所属、第三師団第三偵察隊を強襲した。蹴り一発で七三式大型トラックをオモチャのように横転させる。

 地に足をつけることなく八七式偵察警戒車RCVへ飛び移り、25mmKBA機関砲を掴む。手の中で爆発を起こし、砲身を無理矢理捻じ曲げてしまう。


 その頃には横転したトラックから人員が出て、なんとか状況を把握し、89式5.56mm小銃や9mm拳銃を構えた。

 だが白い影は発砲を許さない。射線にその身を置く前に高速接近し、拳や蹴りを叩きつけると、フィクションじみた勢いで人間が吹き飛ぶ。

 機関砲並のパワーを持つ打撃が、個人防護装備で防げるはずはない。内臓破裂一歩手前の重傷で、倒れた隊員たちは呻くだけで立ち上がれない。


 否、巨漢の自衛隊員がひとりだけ立ち上がった。隙丸出しな背中を見せたまま、叩きつけられた建物壁面に体を預けるようにしながら。


「おっと。コレがそうかぁ」


 少女はその自衛官に背後から飛びかかる。胴を脚で挟んで一時的に身長差を無視する。


「映画でよくある殺し方!」


 腕を交差させるよう、左手でヘルメットの右側頭部を、右手で顎を左から掴んで、勢いよく動かす。

 すれば自衛隊員の顔は、異音と共にありえない角度に向く。


「そしてぇ~……」


 少女が背中から剥がれる。頚骨をねじ折られたとわかる自衛隊員が、脱力したままゆっくりと地面に倒れる、その前に。


「これがあたしの全力キックっ!」


 一足先に着地した少女は、腰を入れた蹴りと共に熱力学推進を稼動させる。人体を壁へ叩きつけるように『砲撃』すれば、コンクリートごと骨が粉砕され、水風船みたいに胴体が破裂した。


 斬撃ではなく打撃で人体を真っ二つにする非常識さ。内臓と血液が飛び散る惨状。

 双方を発揮した少女は、反動で離れたため、返り血を浴びず白いまま。


 普段ワンサイドアップにしている栗色のショートヘアを、位置を高くしてツーサイドアップに。着ているのはすねまであるスカートに、肩が膨らむ上衣ボレロを重ねた、どこか近未来的な印象のある白い衣装。

 つつみ南十星なとせは、自称・平凡な小学三年生、後に『管理局の白い悪魔』と呼ばれる魔砲少女のコスプレをしていた。


 ただし杖は持たず、南十星の装備たるトンファーも腰にげてもいない。魔法少女モノには珍しく肌の露出が極端に低いため確かめられないが、オリジナルの指なし手袋はつけず、別のもので覆われているのがそれなのか。


 ともあれ騒動がひと段落した場に、のん気なエンジン音が近づいてくる。


「ありゃー。その格好の人、遠距離型なのに、撲殺やっちゃたんですか?」

「あたしがこの服渡されたの、笑い方が同じだからじゃねーの?」

「本家は『にゃはは』じゃなかったですっけ?」


 世界で最も売れたオートバイ、ホンダ・スーパーカブに乗って、ナージャ・クニッペルがやって来た。惨劇を全く気にも留めずに駐車する。


「そっち終わったん?」

「橋落とせばいいだけですから、楽なものです」


 人工島ポートアイランドからの民間人の避難というか追い出しは終わった。


 そして本土と人工島ポートアイランドとを接続する陸路は、ふたつ。

 神戸港新港第四突堤から伸びる神戸大橋。

 神戸港新港東とう地区から海底を走る神戸港港島トンネル。


 南十星はトンネル側を、ナージャは橋側を担当し、新たに人が入らぬよう封鎖と迎撃に動いて、ここにいる。


「それよかナージャ姉。その格好で原付って、マジ?」

「他に足がなかったから仕方ないですけど、さすがにコレはキツいですよ……というか寒い!」


 膝上何センチどころか股下何センチと測るような超ミニ丈スカートに、袖なしノースリーブのセーラー服。色は白金髪プラチナブロンドのままだが、シニヨンでまとめた上にツインテールという特徴的な髪型にしている。

 ナージャは、ワガママボディをなんとか収めて、月に代わって処罰おしおきする美少女戦士にコスプレしていた。『魔法使い』という概念には少々疑問のチョイスだが、不思議な力で変身して不思議な力を行使するので、広義の意味では間違いではない。


「なんで新しい服着てねーの? ナマ足じゃないとコスプレの完成度下がるから?」

「理事長先生の服は、体の使い方がかなり変わるから、今は試したくないんです。だってほら、《魔法使いの杖アビスツール》まで仕様が大変更したわけですし……」


 顔をしかめながらナージャが剣帯ベルトから外して見せるのは、ムーンなんたらなんて名前の杖ではない。日本刀に思えるが断言はできず首を傾げる、奇妙な物体だった。

 つかは『これぞ日本刀』と思える皮巻柄だが、つばがなく、背の部分には小型のディスプレイとトラックボールが載っている。

 それだけでなく、全体的に奇妙だ。柄は打刀の標準的な八寸二四センチ程度だが、鞘が極端に短い。一般的に刀のこしらえは、柄の三倍強が鞘の長さなのに、その半分もない。しかも鞘は完全に機械のデザインで、どう使うのかわからないレバーが付いている。

 喩えるなら……そういうオモチャか、ゲームのコントローラーだろうか。ガン・シューティング専用の銃型コントローラーと同様、刀型もあるとすればこんな感じだろうか。


「まだ動作テストしてねーの?」

「橋切った時に使いはしましたけど……全力は怖くてまだなんですよ」


 ナージャが恐る恐るトラックボールを操作する。相当な改造がなされているが、考えるだけでは操作できない《П-6《ペー・シャスチ》》の特殊仕様を引き継いでいるらしい。


「ふおおおおぉぉぉぉっっ!?」


 《魔法使いの杖アビスツール》を全力起動させたらしいが、途端にナージャは頭を抱えてのたうち回る。


「フォーさんは別格としても……ナトセさんもよく、こんな仕様を普段使いしてますね……!」

「そこはまぁ、慣れ?」


 こんな風にセーラー戦士と魔砲少女がのん気に語っているが、事はまだ終わっていない。無傷の八二式指揮通信車シキツウが状況をしらせたに違いない。増援部隊がやって来て展開し、《魔法使いソーサラー》たちが駄弁だべっているのを幸いに、倒れた負傷者を後方へ搬送している。


 だが、そのまま退却はしない。


「まだる気?」

「この場所の確保も必要でしょうけど、それより亡骸なきがらを回収するつもりなのかもしれませんね」


 先ほど南十星が上下半身泣き分かれにした、迷彩服を着る肉塊をチラリと見てナージャが推測する。位置的・距離的に《魔法使いソーサラー》たちの前を通過する必要がある。


「どうすっぺ?」

「お断りしましょう。トンネルを明け渡すつもりもありませんし、できればもう少しかく乱したいです」

「ボチボチ誰か気づいてねーかな?」

「誰かは不審に思ってるでしょうけど、圧倒的少数なのは間違いないですし、証拠がなければ確かめようがありません」


 方針が決まった頃合に、軽い発射音と音と共に、白煙をく砲弾が空から降って来た。

 どこかから発射された迫撃砲弾へ、南十星が無言で拳を突き出す。高い位置では減衰するため、衝撃波の破壊力は期待できないが、狙いをらす程度は充分。猛烈な白い煙を上げたが、離れた地点に着弾した。


 とはいえ、何発も煙幕弾を落とされたら、さすがに煙に巻かれる。しかも南十星の熱力学推進は周辺の空気を取り込むため、煙幕を引き寄せてしまう。


 砲弾が弾切れしたため妥協せざるをえなかったのか。不十分な煙幕の中、ゴーグルを装着した自衛隊員たちが遮蔽物から飛び出してくる。


「抜かば切る、抜かずば切れよの刀……でしたっけ」


 セーラー戦士の身を純白と漆黒に変えて、ナージャが応じて飛び出す。腰に構えた刀に手をかけ、右手は鞘のレバーを引き、圧縮空気の音を鳴らす。

 鞘よりも長い常寸七〇センチの黒刃を抜刀し、隊列を駆け抜けながらそのまま振るうと、断たれた89式5.56mm小銃の銃身が宙を舞う。ついでに防具ごしに亜音速の蹴りを叩き込み、自衛隊員たちも宙に舞わせる。


 うちひとりだけ、ねられた首も舞った。


「長さに限界はありますけど、抜き打ちで単分子剣を使えるのは、便利ですね」


 文字通り血の雨が再び降ったが、《魔法》をキャンセルし再びセーラー戦士の姿を見せるナージャは、全く普段通りのままだ。

 《鎧》と《加速》だけでなく、《黒の剣》すると時間が限りなくゼロに近い漆黒の空間も消え、内包していた塵が宙に舞う。


「ねーねー。前から疑問だったんだけどさ。ナージャ姉がカナタで切る時、地面か壁から抜いてたじゃん?」


 その間に煙幕弾を遠くに蹴りやった南十星が問うそれが、ナージャのこれまでと違う。石やコンクリートの粒子を剥ぎ取り混ぜて、単分子モノフィラメントソードとするために、《魔法使いの杖アビスツール》をなにかに接触させた状態で《黒の剣チョールヌィ・メーチェ》を起動させていた。

 なのに先ほどは、鞘から抜刀して、そのまま銃を切った。


「時間を止めた空間そのままで切れねーの?」

「あー。《黒の剣チョールヌィ・メーチェ》の発生に巻き込むなら、硬さに関係なく切断みたいな真似ができますけど、接触状態じゃないとできないですしね。多少なら時間を停滞させただけの剣で切れなくもないですけど……」

「んじゃ、なんでやらねーのさ?」

「肉は切れても骨はてません。ましてや斬鉄なんて」


 刃物を顕微鏡で見ると、刃先はノコギリのようで滑らかではない。それで引っかけ、深く切り裂いていく。

 しかし時間を停滞させただけの《黒の剣チョールヌィ・メーチェ》では、それが再現できない。しかもナージャが修めるのは曲刀の戦闘技術だというのに、《魔法》の黒刃は直刀だ。

 柔らかいものなら『硬く薄い板』を押し込むだけで『叩き切る』ことができる。だが硬いものは、やはり『刀剣』で『引き切る』必要がある。

 だからナージャが切る選択をした時には、粒子を含ませ、ノコギリの刃に相当するものを作る。


「それよりも――」


 鞘に収めた刀の柄で、ナージャが指し示す。

 煙幕の元を遠ざけたので、視界はクリアに戻りつつある。やはり負傷者を回収しながらも、まだ戦意を衰えさせていない自衛隊員たちがいる。


が増えましたからね……お互いのために、トンネルの入り口をとっとと封鎖して、退却したほうがよさそうですね」

「も、トンネルそのものをツブしたほうが早くね?」

「地上部分だけならともかく、海底部分を潰したら、確実に部長さんに怒られますね。『手間増やすんじゃねぇ』って」

「めんどいなぁ……こうなりゃ、こっちも増援呼ぶかぁ」


 南十星が手首まであるコスプレ衣装の袖をまくると、篭手があらわになる。表面は金属の質感とは異なるそれは、機械のシリンダー音を鳴らして固定が解除される。

 篭手を外すと、南十星は指を咥えて強く吹く。甲高い指笛が戦場に響き渡る。


 すれば応じて近づいてくる。

 新港東とう地区には高い建物がなく、面積の半分近くがホンダオートオークション関西会場の広大な敷地だ。音はあまりさえぎられず、土煙も見える。

 大量のナニカが、地鳴りを立てて接近してくる。


 その正体はすぐ知れた。イノシシの群れだった。首に赤い布を巻く個体を先頭に、青と黄色が続き、その後なにもつけていないイノシシが大小取り混ぜて、ざっと三〇頭ほど。


「「どああああぁぁぁぁっ!?」」


 それが戦列に突っ込み、暴虐が開始された。しゃがんでいた隊員は反応を遅らせて、ぶちかましをまともに食らった。立っていた隊員は銃口を向けようとしたが、膝の高さの突進に間に合わず足元をすくわれた。不用意に扉を開けていた車輌には、筋肉の塊が飛び込んでじゅうりんした。

 厳しい戦闘想定訓練を受けた自衛隊員たちも、イノシシの群れに突撃される事態まで想定していなかったらしい。


「ナトセさん!? 何頭イノシシ手懐けてんですか!?」

「三匹だけだって!? これあたしもヨソーガイだよ!?」


 彼女たちも想定していなかった。一頭でも足元に飛び込んで注意を奪われたら、その隙に戦列に飛びこんで一掃するつもりだったが、不要なほどにヒドかった。


「いやぁ……なに? リブって山のヌシだったりすんのかね?」

「海側までイノシシが出没するのは聞いたことないんですけど……せいぜい中央区辺りまでだったはずですし」


 装甲車輌に乗っていた者以外が宙を舞い、ひずめで踏みつけられ、倒れ伏している。南十星・ナージャ・イノシシと、都合三度も同じような光景を作ったが、群れている分か今回が一番ヒドい。


「……ここに長居していると、また戦うことになりそうですから、そこらの車でトンネル封鎖して戻りましょう」

「あいよ」


 去っていくイノシシたちを唖然として見送っていたが、我に返ったナージャは、南十星を促してきびすを返す。


「ナトセさん。死体回収用の袋って用意してますよね?」

空間制御コンテナアイテムボックスに入ってる。向こうに置いてるからちょっち待ってて」


 その道中、八八式鉄帽を被る生首が転がっている。先ほどナージャが首をねた結果だ。

 南十星が駆け足で離れていくのをしり目に、彼女はしゃがんで、拾い上げ、目を合わせる。


「さぁて。これでどう出ます?」


 『高遠和真』を名乗っていた男と同じ人相に、苦笑を浮かべて語りかけた。

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