090_0920 水面に漂いてⅢ ~現実という名の怪物と戦う者たち~


 ともあれ、想定もできないのであれば、考えたところで仕方ない。

 そもそも《ヘミテオス》を除いても、他に《魔法使いソーサラー》も出てくる事態は重々考えられるし、既存兵器による戦力もなにを出してくるかわかったものではない。


 想定するのが無意味と判断したとおは、つばめに確かめる。情報共有ができていなかったので、逃亡途中の車内で、この手の話はしなかった。


「理事長はこれからのこと、どう考えてますか?」

「その前にキミたちがどうするのかを聞きたいかな。わたしたちの戦いはこれまで暗闘だったけど、今回はそれじゃ済まないでしょ? やることも違ってくるから」


 大前提として、本来ならばこの戦いは、十路たち支援部のものではない。

 二派に分かれた未来人ヘミテオスたちが、未来の破滅を回避するために、覇権を握らんとする戦い。支援部員たちは巻き込まれたに過ぎない。


大人わたしたちはむしろ、バックアップに回ったほうがいいと思う」

「まぁ、脳内OSの乗っ取りが、理事長でないと対抗できないなら、俺たちは足掻あがきようがないですけど」


 だが幾多の戦いをて、変わって来てしまった。

 命令を受けて駒として戦うのではなく、部員たちそれぞれに戦う理由が出てきてしまった。


「なら、前に頼んでた部費の現金化は?」

「船倉にあるよ。とりあえず三〇億ほど」

「とんでもねー部活の予算……」


 直接的に部員が関わることはなかったが、なんとなく想像していた部が扱う金額の大きさを改めて知り、改めて呆れてしまう。


「あと、他にも色々と持ってきた」

「色々?」


 つばめの言葉を意外に思う。

 消耗品など必要な品は申請すれば入手できたし、それ以上を部員たちから求めなかったのが一番の理由だが、入部時の初期装備を除けば、顧問が積極的に部員たちの環境を整えることなどなかった。


「あー。前に言ッてた、ジュリと野依崎クソガキ用の装備もあるぞ」

「そーいやわたくしも改修の準備済ませてますから、ナトセさんとクニッペルさんは《魔法使いの杖アビスツール》出してくださいな」


 リヒトとコゼット、《付与術士エンチャンター》たちが思い出したように声を上げる。


「セーフハウスから武器弾薬総ざらいして持ってきたけど、《騎士ナイト》くんもる?」


 悠亜の権能 《ガラス瓶の中の化け物ガイストイムグラス》は、体内に圧縮空間の保持を可能とする。生きた空間制御コンテナアイテムボックスである彼女は、手の平に《魔法回路EC-Circuit》を浮かべ、軍用の弾薬箱アモカンを取り出して見せる。


「ちょっとストップ。特に部員連中」


 大人たちの言葉に動こうとした部員たちを、十路は一旦止める。


「本気で戦うつもりか?」


 つばめ・リヒト・悠亜はいい。今までスー金烏ジンウーと暗闘をし続けていたのだから。

 十路自身も別にいい。このまま逃げ出したっていい。戦うにしても、身分は民間人とはいえ、その性根は兵士のままだ。戦うべき時には戦うのが本領だと割り切っている。


 しかし他の部員たちは違う。なし崩しに話が進んで、このまま戦うことは、あってはならないと十路は考える。これまでと同じように。


「基本的には、前に渡した覚え書きに沿って進めるつもりだ。だけどこれをやったら、確実に普通の生活には戻れなくなるぞ」


 上手く行っても学生でいられるかも怪しく、進路希望調査票に書いたであろう志望の未来とは、確実かつ大幅に変わる。

 工学系大学院進学志望のコゼットは、呆れたように反論してくるが。


「かと言って戦わなければ、死ぬか国際指名手配の二択でしょう?

 すぐ畳み掛けるようにわたくしたちを悪者に情報が出回るに決まってますもの。選択肢なんてねーっつーの」

「だとしても、なし崩しじゃなくて、ちゃんと考えて選んでください」


 船の甲板に立つ部員たちを見渡す。大人たちは見守るように、操舵室付近に下がっている。


「戦うなら、一度で全部カタつける必要がある」


 支援部は『悪』として社会に設定されたため、失敗して泥試合になれば、最早テロリストと同義に扱われてしまう。


「しかもただでさえキツいのに、発狂モノの条件で、軍隊相手に戦争した上でだ」


 これまで社会の裏で戦ってきた大人たちに任せてはならない。

 両交戦者間の軍事力、あるいは戦略・戦術が大幅に異なる非対称戦争の場合、ゲリラ戦やテロ行為が相場だが、あらゆる意味でそれでは意味がない。

 部員たちが真正面から戦い、生き残り、かつ『正義』を示した勝利が必須となる。


「それでも戦う気か、全員考えてから答えを出せ」


 戦う相手は警察でも自衛隊でもない。物理的にはそうでも、もっと大きな相手だ。

 世界を敵に回し、世界を変える。そのつもりがあるのか。


「さっきも言ったとおり、戦うっきゃねーでしょうが。つーかまずちったぁ頼れっつーの。これでもそこそこ一緒に戦ってきた仲でしょうが」


 コゼットが憂鬱げなライオンの所作で、金髪をかき上げる。

 十路が考えた作戦は、彼女の存在が不可欠だ。しかし必要なのは三次元物質操作クレイトロニクスであって、戦力としてではない。


ろうよ。あたしらが、あたしららしく生きてくために」


 不敵な子虎の笑みを浮かべた南十星は、てのひらに拳を打ちつける。

 純粋な地上戦力として彼女の存在は心強い。色々な意味、特にやり過ぎなところに多大な不安はあれど。


「脱走スパイとしては、これ以上逃げる破目になるのは、遠慮したいですね……」


 臆病なれど縄張りを守るために戦うナージャは、尻尾を咥えるユキヒョウのように長い白金髪をいじる。

 彼女もまた地上戦力として心強い。指揮官視点で見ると運用が難しいが、小隊規模くらいまでなら文字通り時間通りの意味で0.36s殺できる。


「自分も同様でありますね。脱走兵器であり続けるのは自分も嫌になってきたところでありますし、今作戦に自分の情報管理は不可避であります。というか《ヘーゼルナッツ》は既に呼び寄せてるでありますよ」


 彼女もやはり必須の戦力ではある。艦隊を相手取れる《使い魔ファミリア》の戦力と、なにより彼女の支援部において発揮していた情報管理能力が大事になる。


【どーせ今回も、私は強制参加決定なんでしょう……?】


 顔があればジト目を向けているであろう、イクセスのボヤキはあえて無視する。その通りなので、十路でもちょっと後ろめたい。


「戦って、勝ちましょう。先輩」


 傷つけることも傷つけられることも忌避きひし、積極的な戦闘に難色を示す樹里が賛意を示した。

 どうやらこの狂気的な作戦は、彼女のお気に召したらしい。

 《治癒術士ヒーラー》たる彼女は、今作戦に必須だが、参戦までは望んでいなかったのに。


「結局いつも通りかよ……」


 十路は深いため息を吐く。やはりできれば戦わせたくないのに、彼女たちは構わず戦場に押しかけてくる。

 だが意思を示した以上は、もう好き勝手させるしかない。女所帯に男ひとりで必要以上に波風立たせたら、居場所がなくなる。


 ここまでは以前十路が作り、部員に配布した覚え書きマニュアルに書いた内容なので、誰も異論も質問も挟まない。

 顧問にもデータは送ったが、他部外者ふたりには伝わっているのか知らないが、大人たちも口を挟まない。


「まず、多国籍の軍事力を引っ張り出す必要あるから、警察は当然、自衛隊単独でも対処不可能なレベルで、俺たちは悪逆非道の限りを尽す。《杖》を改修するなら、そのテストも兼ねて、遠慮なしに暴れる」


 だが書いたのは概要だけ。具体的な作戦行動を明かすのは初めてとなる。

 今回はタイミングの問題だけで、大事な説明でも省く十路の悪癖ではないはずだが、言われる側にしてみれば大差なかろう。


「その準備で、今夜一晩あちこちで強制徴収する。重要度順に、と畜場と食肉加工場。橋の博物館と神戸海洋博物館。ミリタリー用品とコスプレ衣装売ってる店。あとまぁテキトーに車とか資材とか薬品とか消火器とか」

「「は?」」


 なので戦闘準備と思えない十路の指示に、全員が『コイツなに言ってんの』的な態度と表情を返した。

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