090_0910 水面に漂いてⅡ ~Sympathy For The Devil~
「いやぁ、全員無事に合流できてよかったよ」
「つばめ先生って、船舶免許も持ってたんですね……」
「うんにゃ? わたしは持ってないよ? 持ってるのは学校で散ったつばめちゃん十四号」
「分身なら結局つばめ先生じゃないですか……」
《魔法》の光を宿らせ、人相をキツネ顔から
「堤先輩。なんでピエロに変装して大道芸を?」
「ピエロじゃなくてクラウンな」
ロープを引っ張りバケツで海水を汲んで、乱暴にドーランを洗い落とした十路が、道化師衣装を脱ぎながら樹里に説明する。
「や……そこ、こだわるところです?」
「サーカス業界じゃ知ってないと大問題」
「やー……業界関係者じゃないので、後回しにしてもらえますか?」
「俺が変装して芸してたのは、合流の目印だ。場所と時間はなんとか事前に決めてたから、学校からバラバラに逃げ出せたけど、合流方法とその後まで決めてなかったろ? 通信手段も封鎖したし」
支援部員たちの情報はネット上で出回り、現状では半ば指名手配状態とも言える。
なのに、こんな人目のある場所で集合するなら、当然変装が必要となる。それが専門みたいなナージャと、医療用の《魔法》で美容整形手術以上のことができる樹里に至っては、完全に別人と化していた。
すると部員同士でも気づけない。
「だから目立てば気づけるだろうと思っての、行き当たりばったりだ」
「や、まぁ、明らかに不審でしたけど……しかもトドメにLEDでSSDTですし」
名乗りが必要な時には支援部の名を出すので、Social influence of Sorcerer field Demonstration Team――《魔法使い》の社会的影響実証実験チームという名称は、世間ではほとんど認知されていない。その略称となれば、部員たちも英語で支援部全員に無線連絡する際の
「つーか、なーんで学院祭の打ち上げ予定が、神戸港クルーズなんつー話になるんでしょうね……」
帽子とスカジャンで押し込められていた金髪をなでつけるコゼットが、その案を出したハイテンション・コンビにジロリと青い瞳を向ける。単に料理と飲み物を持ち寄るのでも、理解ある店やスペースを貸し切るのでもなく、船でやろうという案は、財力が限られた学生の打ち上げ会としては非常識であろう。
「支援部初期メンバーは六月にレストランシップでディナークルーズしたでしょう? それ以降に入部した部員にも、そーゆー特別イベントあってもいいじゃないですかー」
「そーだそーだー」
少年と化していたブカブカの上着を脱ぐ
「自分も創部からいるメンバーでありますが、あの時乗船していないであります」
『なぜそれを選んだ?』と言いたくなる妙にリアルな馬マスクで、変装しても存在感を発揮していた
ちなみにレストランシップに乗船したものの、シージャック事件のせいで食事どころではなかった樹里と、加えてオートバイで飛び乗って一般的な意味では『乗船』していない十路は、半笑いとジト目で見守るに留めた。
ついでのように振り向いた樹里は、新たに甲板に出てきた大人ふたりに驚きの目を向ける。つばめがいる狭い操舵室の足元に、船室の出入り口があるらしい。
「あれ?
「まァな」
「支援部がこうなった以上、私たちにもなにかあって当然だもの。ちょっかいかけられる前に逃げ出したわ」
リヒト・ゲイブルズと、ゲイブルズ
ディーゼルエンジン音にまぎれて他愛ない話をしている間に、やがて船は大阪湾のほぼ中央まで出た。船舶が行き交う航路から外れた漁船は、停灯をつけたまま停泊した。
「さぁて。とりあえず、まずは状況把握からかな?」
操舵室から出てきたつばめは、珍しく顧問らしく音頭を取る。
キチンと情報共有する前に逃げ出して、通信手段を封鎖していたので、学院で各人が見たもの聞いたものを、それぞれ順に報告していく。
「なんとなく想像してたけど、当たりつけてた全員が《ヘミテオス》か……
いつもの学生服に着替え、首筋をなでながら聞いていた十路は、その程度の感想だ。
読書家で博識なコゼットは、別方面に受け取った。
「《塔》が
「七つの大罪の担当悪魔ですか?」
「全然別ですわ。わたくしもハンパ知識しか持ってねーくれーの、あんま知られていねー分類ですわよ」
魚倉のフタに腰を下ろすコゼットは、それを報告したナージャに視線を向ける。
「まず、有名どころだと、《メフィストフェレス》でしょうね」
メフィストフェレスは、一五世紀から一六世紀にかけて実在したと言われる、占星術士にして錬金術師でもあったゲオルク・ファウスト博士が召喚したとされる悪魔だ。一九世紀に文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが詩劇『ファウスト』を執筆したことで広く知られるようになる。人間に契約を持ちかけ堕落させ魂を奪う、典型的な悪魔のイメージは、メフィストフェレスが集約したと言っても過言ではない。
「神秘学や悪魔学とは無関係の悪魔ですから、メフィストフェレスは能力がハッキリしねーんですわよね……『ファウスト』でも博士を若返らせただけですし。だから《ヘミテオス》としてどうなのか、推測できねーですわね」
繋がりは薄いが、これまで戦った《ヘミテオス》たちは、冠する名の童話や悪魔に関連した姿や能力を持っていた。
だからコゼットの知識も戦力分析において全くの無駄というわけでもないが、こればかりはどうしようもない。
「ドクター・ゲイブルズや理事長は、なにかご存知ありませんの?」
コゼットが振り向くと、残る部員たちも自然と視線を移す。
「オリジナルの
「モニターしてても通り一遍のことしかわかんないんだよね。眷属って考えたほうがいいかな? 自分が権利分け与えた準管理者のことは情報見れるけど、他人の場合はカットされるんだよ」
「……死神」
ナージャがポツリとこぼしたことで、今度は全員の視線が彼女に集中する。
「基礎的な戦闘能力が既に
死神のイメージは、草刈り鎌を手にした黒いローブの骸骨が多いが、タロットカードが今の形になった時代から、道化師の姿でも描かれるようになる。
「ほら。ナトセさん絡みの部活で、大阪湾を凍結した時に見せた」
「あぁ……なにかのビームでなぎ払ったアレか。レーザーだけの破壊力でない割に、荷電粒子砲ほどの周辺被害はなくて、結構謎の代物なんだが」
戦略攻撃
知り合いが敵に回るのは、初めてのことではない。ナージャの入部時にも色々あった。樹里など部員四人と本気で戦って叩きのめした。
だが今回は
「残りの知名度はドングリの背ぇ比べっつー感じですから、テキトーに説明しとくと――」
話が区切りついたと見たコゼットが、その名を報告した野依崎に青色の視線を向ける。
「《ラハブ》はまぁこの場合、紅海の怪物でしょうね。要するに
旧約聖書の『ヨシュア記』に遊女として登場する名前で、『マタイによる福音書』ではイエス・キリストの先祖とも記されている。
同時に『ヨブ記』や『イザヤ書』では、エジプト王国とその皇子としてだけでなく、アッカド神話に記される巨大な海の怪物としても登場する。つまり旧約聖書に登場する、ゲームなどでお馴染み
「コラン・ド・プランシーの『地獄の辞典』だと、レヴィアタンは地獄の海軍大提督だ。こッちじャねーのか?」
「
「やッぱ
「ナンバリングタイトルの一五番目で回帰してるでありますが、最近のシリーズだと違うのが担当してるでありますよ?」
リヒトと野依崎が語る大御所RPG談義は放置し、コゼットは南十星へ視線を移す。
「バールベリトは……これまたややこしーですわ。古代パレスチナで崇拝されてた神様とか、
悪魔バールベリトは『地獄の辞典』によると、諸同盟の指導者とされる。一七世紀のエクソシスト、セバスチャン・ミカエリスによると、堕天する前は
悪魔ベリトは
「悪魔ベリトは赤い服と王冠を身につけ、赤い馬に
「
「返り血で赤く染まるんじゃねーです?」
「サンタクロースと同じ理屈か」
「ちょい待て。なぜサンタが返り血?」
「え? 善い子にはプレゼント、悪い子にはオシオキして、返り血で服が赤く染まったんじゃねーの?」
「いやまぁ、確かにドイツ辺りにゃ、そーゆーサンタがいますけどね……」
サンタクロースの服が赤い理由は諸説あり、有名なのはコーラ会社の影響という話だが、モデルとなった聖ニコウラスは既に赤い司祭服を着ていたらしい。それはともかく。
アホの子も放置し、コゼットは己の報告にも追加する。
「んで、メリリムとサリエルは……悪魔っつーか天使なんですけど」
「なのに地獄の七君主なんてのに数えられてるんですか?」
「神の楽園から追放された天使は全部
悪魔を示す英語がデビル・サタン・デーモンと複数ある理由、The DevilとDevilsでは単数・複数以上に意味の違いがあること、一神教の価値観など、一般的な日本人は持ち得ない知識と理解が関わるため、コゼットは簡単な説明だけで十路の疑問を流した。
「メリリムは堕天する前のルシファーと並ぶ天空の支配者。サリエルは元祖邪眼。どっちも物騒極まりねー能力の持ち主ですわ」
メリリムは、旧約聖書の『詩篇』に描かれる悪霊ケテブ・メレリが元と言われる。日照りや熱射病を神格化したと思われる『真昼と灼熱の王』。一六世紀の魔術師ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパは『熱と嵐の霊』『真昼の悪魔』と称した。
ヘブライ語で意味するところは『燃え盛る矢』。
サリエルは、神の王座近くに
そんな立場にありながら堕天使とされるのは、見た者を死に至らしめる邪眼の持ち主だからだ。また『エノク書』によればサリエルは死を
「弓を使ってたからロジェの『
「射手と目がセットって考えると、
コゼットの独り言に、十路以上に
「んで。これに
オリジナルの
因子を分け与えられて
分裂した『
系統分類してプログラム名が付けられているのだろうか。
「なんでこう、悪魔にこだわったネーミングなんだか……」
「『《ヘミテオス》が神とかふざけんな』って、それこそ神サマのメッセージじゃない?」
十路はひとりごとのつもりだったが、つばめが応じた。
否、
そんな大人たちを見ながら、コゼットはまだ話を続ける。
「それにしても、
「これまた聞いたことない悪魔ですね」
「バアルは悪魔っつーより、ウガリット神話の主神ですわ。エジプト神話の戦神セトとも同一視されますわね」
バアルとは、カバラにおける
「そもそもバアルっつーのは
「神サマが今や悪魔ですか……」
「それもさっき言ったように、大抵の悪魔は元天使ですから、別に不思議じゃねーでしょう? あとはプロパガンダとゆーか教義の
バアルは旧約聖書の中でもたびたび批判されている。だから単体でも悪魔とされるが、名前の響きからか、
妻とされる女神アスタルテは、戦争と性愛を
「日本人には理解できない宗教観ですね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます