090_0900 水面に漂いてⅠ ~Juggling~
高浜岸壁。
かつてはフェリーが発着し、神戸市民の生活に密接した港で、多くの港湾が被害を受けた阪神・淡路大震災の際には大きな役目を担った。
今は神戸ハーバーランドが整備されて、商業施設umieモザイクが作られ一帯が観光商業地化されたため、レストラン船や遊覧船が定期発着する旅客ターミナル兼遊歩道兼イベントスペースとなっている。
この日、普段ならば広告を流す、ハーバーランドを含む神戸駅周辺地域の
内容は、夕方に修交館学院で起きた事件だ。ニュースキャスターが口頭説明しているのではなく、写真と文字によるフォトニュースだが、短くまとめられた文章で最新情報を伝えている。幸いにも深刻な被害はなかったものの、《
まだ容疑者のためボカしているのか。個人情報保護やら少年法やらの関わりか。未成年者を含む支援部員たちの氏名や顔写真は出ていないが、逃亡犯の扱いと見て間違いなかろう。銃撃戦の痕跡もあるはずだが、あまり広まっていない。
街は警戒しているが、緊急性の低いパトカーのサイレンが鳴り、市の広報車が注意喚起しているだけ。外出自粛が叫ばれているわけではない。
よって様々な明かりでまだ明るい高浜岸壁には、混雑というほどではない、行き交う人々がまだまだいる。連れと別れるのが名残惜しい時間を過ごしているのか。近くの飲食店で火照った頬を冷やすためか。特になにか起きているわけではないので、小さな波の音と静かなざわめきしか聞こえない。
だがそこに、場違いに思える音楽が混じる。
それを流す中規模漁船が近づき、停泊した。広義の神戸港、和田岬から尼崎付近までで考えれば漁船も出入りするが、漁協など関連設備があるのは明石大橋寄りの
なのに漁船は高浜岸壁に停泊し、中から現れた人物が、肩掛けバッグを手に岸壁をよじ登った。本格的な白塗りメイクを決め、ツートンカラーでブカブカの道化師衣装を身にまとう年齢不詳の人物だ。性別も身長からきっと男性と漠然とした判断しかできない。
漁船から流れる音楽が変わる。タイトルは知らずとも誰もが聞き覚えあるであろう、手品や大道芸の定番曲『Doop』。
その前奏の間に鞄を下ろして準備を済ませた道化師は、軽快な音楽と共に、蛍光を放つ五つのボールをジャグリングし始めた。基本の
手馴れた様子で観客の興味を掴むと、道化師はバッグから新たな道具を取り出し、振り回し始める。
ヒモをつけたボールを振り回しているだけに見えるが、ポイ・ジャグリング、あるいはスイング・ジャグリングという立派な大道芸だ。重り部分を芯材にし、燃料を染み込ませて炎を振り回す派手なパフォーマーもいる。
最新のポイはロープ部分に
ヌンチャクの演舞のように道化師は動きながら振り回すと、稲妻や炎が現れて、コミカルな衣装とは裏腹な荒々しさを
道化師が体の前面で振り回す、ポイの軌跡による仮想のディスプレイが切り替わる。夜の中に『S』『S』『D』『T』とアルファベットが連続で投影され、繰り返される。
その意味は、大半の者にはわからない。だが理解できた数名が動く。人垣の後ろをそっと移動し、ある者は漁船へと近づき、ある者は暗がりへと消える。
やがて港湾職員と思われる作業着姿の者たちが近づいてきた。普通漁船が停泊しない港に乗り付けて、ゲリラ的にパフォーマンスを披露しているとなれば、
ために道化師はパフォーマンスを止めて道具を片付け、鞄を肩にかけると、その中から筒を取り出し、着火した。
自動車の非常用発炎筒よりも何倍も明るい、海で遭難した時に使う信号紅炎だ。夜に至近距離で着火すれば、職員も観客たちも悲鳴を上げて視界をかばう。
立ち直った彼らが次に見たのは、離岸し遠ざかる漁船の姿だった。
否、もしかすれば、エンジン音を響かせて高浜岸壁を疾走し、海に飛び出し漁船の小さな甲板に降り立った、長身の女性が
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