090_0610 招かざる来訪者は二日目来たるⅡ ~お久しぶりね~


 一四号館――初等部校舎で行われているもよおしはない。学院祭一日目は、登校した児童たちは出席を取り、本番の舞台となる体育館で最終確認の練習をし、日目の今日それぞれのクラスの出し物を行うというスケジュールだったのだから。そして出番前と後は体育館で観客をやらされる。だから校舎はほぼ無人だ。


 なので、初等部で唯一異なる五年一組のもよおし・ゲームセンターは、校舎ではなく二号館サーバーセンター内のコンピュータールームで行われている。


 近年小学校でプログラミング教育が必修化されたことは知っていても、既に卒業していれば、なにをやるのかよくわからないだろう。

 そもそも『プログラミング』という授業があるわけではない。『総合的な学習』で行うか、音楽・社会・理科・算数の授業内で行うものだ。

 しかもその名に反し、C++やSQL、JavaScriptといったコンピュータ言語を操り、完全なゼロから生み出すプログラミングをするわけではない。

 固定化された命令の組み立てだけを学ぶ、ちょっとしたゲームのような代物など、物心ついた頃には既にパソコンをいじっていた野依崎にとっては、積み木にすら劣る退屈な遊びでしかない。


(相変わらずスペックがクソであります……)


 地下の自室で作り上げ、校内サーバーに上げていたデータをインストールするスピードに野依崎はイライラする。

 惜しみなく投資した自室のハイスペックPCはともかく、折を見て好き勝手に魔改造している部室のジャンクPCにも劣るが、授業で使う学校設備にそこまで求められない。だからこそイライラする。


 本日も初等部女子推奨服セーラーワンピースにコスプレ風ボレロを重ね、ネコミミヘッドセットをつけたオペ子風の野依崎は、アップデート終了を確認すると、隅で騒いでいた小学生軍団に声をかける。


「オンラインモード、実装したであります。各自チェックするであります」


 すると好き勝手にしゃべっていた五年一組の当番児童たちは口を閉ざし、各々パソコンの前につき、指示されたとおりにアップデートされた自作ゲームをテストプレイする。

 十路が危惧していたように、やはり野依崎は五年一組を支配下に置いていた。だがその自覚は彼女にない。


 教員用の席に着き、野依崎はストローで魔剤エナジードリンクをキメる。といってもレッ●ブルでもモン●ターエナジーでもZ●Neでもなく、お子様にも安心のオロ●ミンCだ。気合は入れたいが、寿命を削るカフェインと糖分まで求めていない。


(自分があともうひとり欲しいであります……)


 傍目には目を発光させてボーっとしているだけだが、野依崎の脳内ではすさまじい勢いで情報がやり取りされている。


 校内に配置した一六基の子機ピクシィから送られてくる情報を監視し、他部員のデータリンクしている情報を見て、更にその上デイトレードまでやっている。指も声帯も動かさず、考えるだけでコンピュータを操作できる《魔法使いソーサラー》だからできることだが、それを加味しても異常な情報処理能力だ。少なくとも支援部内で彼女と同じことが同速度でできる者はいない。


(事態が悪化したら確実に下がるでありますから、確実に売り逃げさせて。逆に上がる銘柄……? 《魔法》関連でいうと……んー? 少しこっちの関連株、買っておくでありますか?)


 大まかな指示は投資運用会社に連絡して代行させて、細かい部分は自分で直接証券取引会社とやり取りする。

 彼女は既に戦いの準備をし、その後のことも考えていた。


(これでなにもなかったら、大損でありますね……)



 △▼△▼△▼△▼



 射的のコツは、撃つ時よりも、準備段階と撃つ直前にある。

 コルク弾は欠けていないものを選ぶ。でないと重心がズレたり空気が漏れて、景品を正確に撃てない。

 バネ仕掛けによる空気の力で弾を飛ばすのだから、コルク銃のレバーを引いてから詰めるのが肝要になる。込めてから引く者が多いが、これだけで飛距離が倍半分違う。

 銃を安定させる。片手で構えて景品に銃口を近づけて撃つよりも、台に肘を突いて両手で構えて景品の隅へ正確に当てるほうが落としやすい。


「どうする? この銃、かなりハズレっぽいけど。外しておく?」


 朝顔柄の浴衣スナイパーをやっていた木次きすき樹里じゅりは、レンタル品のコルク銃を回すガンスピン

 客から文句を言われたので試射してみたところ、部品がかなり磨耗してるようで、弾を飛ばす力が極端に弱い。


「いやぁ……銃選びから始まってるってことで、ハズレがあっても別にいいかって気するけど……目玉商品が取れないってケチつけられるのがね……」


 トンボ柄の浴衣を着て、カチューシャの代わりにかんざしをショートヘアにつけたさわゆいは、台の目立つところに置かれた携帯ゲーム機の箱に振り向く。

 模擬店の予算で購入したものではない。自費購入した後に懸賞でも当たってダブった有志による提供だ。誰も獲得できなければフリマアプリで売却される見込み。


「お決まりだと思うし、重石おもし入れたりしてなければ落とせるんだけどね」


 樹里は、今度はちゃんと機能するコルク銃に弾を詰めて、台に肘を突いて銃を抱えるように、座り撃ちベンチレスト未満に構える。

 一見無造作に引き金を引くと、コルク弾は隅に当たって箱がかすかに動く。樹里はそれを確かめる前に素早く次弾を装填、ゲーム機の箱が落ちついていない間に再び同じ箇所に命中させ、見事にゲーム機を台から落とした。


「ほら」

「そんなのできるの、樹里くらいだって……せめて何人かで協力くらいしないと」


 過去の戦闘ぶかつに巻き込まれたこともあり、支援部のアンダーグラウンドさを多少なりとも知っているので、結は声を潜めて問うてくる。


「なに……? 樹里って、銃の訓練もしてるの……?」

「や? そっちは全然」


 ウソはついていない。だがきっと『全然』の意味が結の理解とは違う。

 樹里も姉から射撃訓練をひと通り受けていて、経験ゼロではない。時間を気にせず教科書どおりに構えて静止目標を撃つだけならば、そこそこの距離でも当てられる。

 だが姉や十路ほどの『銃使いプロ』には遠く及ばず、実戦だと話にならないと見切られて、遠距離は《魔法》に任せて武器による白兵戦闘を重点的に育成された。


(お姉ちゃん、ヘンな銃ばっかり使わせるからなぁ……)


 AR-15突撃銃が二丁横にくっ付いていたり。グロック18C自動拳銃が二丁上下にくっ付いていたり。コルトM1911自動拳銃二丁が完全接合してたり。マグナム弾を込めて銃口が四つある護身拳銃デリンジャーだったり。手の甲に装着してパンチで発射する拳銃だったり。銃身が折れ曲がってカメラで狙いつけるのだったり。『引き金』ではなく『押し金』で発射する自動小銃だったり。折り畳まれて銃そのものがトランスフォームする短機関銃だったり。銃を分解しなければ弾を装填できない散弾銃だったり。『それ戦車砲じゃん』な対物狙撃銃だったり。

 素人でもキワモノとわかる変態銃ばかり持たされて、上達するはずもないから見切られたのは、幸いと思うべきかなんなのか。


「それはそうとさ。当番終わったら、樹里どうすんの? 昨日も着替えもせずに速攻でいなくなったけど」

「あー、や? 昨日は緊急の部会? 急ぎで集まる必要あって」

「なら、堤先輩と学園祭デートは?」

「や。約束はしてないけど、誘おうかなーとは思ってる」


 昨日の様子で危機感未満の警戒心を抱いているので、デートなんて雰囲気になるか、かなり怪しい。しかしなにかあった時のために、一緒のほうがよかろう。

 そんな経緯で漠然とした予定を口にしたら、話し相手の結からではなく、教室内のそこかしこから物音が鳴った。凄まじい勢いで振り返るきぬれだったり、持っていたものを落とした音だったり。


 脳内センサーでは検出されない、不可解な寒気を感じた樹里は振り返る。

 ヨーヨー釣りを担当する彼女は『男……』と呟いて驚愕の目を向けていた。電球ソーダを担当する彼女は『トコォ……』と漏らした。わたあめを担当する彼は『木次が……』と愕然としていた。


「え゛……なに……?」

「あー。まぁ、樹里って恋愛方面じゃ、人畜無害というか無関心そうに思われてるもんね……デート誘う相手がいるのが意外なんじゃないの?」


 結が評するとおりではある。交友関係はどちらかと言えば引っ込み思案、積極的に話すのはグループの限られたメンバーのみ。見た目今どきの女の子ではあるがギャルギャルしさなどない。というか、どちらかというと地味。

 なんの変哲もない、ともすれば内気に思われている、ごく普通の女子高生以上に見ようがない。


「私、裏掲示板でヤリ●ンビッチってことになってるみたいだけど……?」


 他の学生に訊かれたら面倒そうだから、姿勢を戻し、声を潜める。昨日部室で、タブレットで見せられた内容だ。


「よほどの情弱じゃなければ、に受けないって……何人かは真に受けてたっぽいけど」

「理解がありすぎる結を、私はどう思えばいいのかな?」

「樹里がヤリ●ンビッチっての? どうやって信じろって? パンチラだけでヘコんでうろたえてるようなのが」

「うん。そういう反応なのわかってたから、どう捉えばいいのか迷うんだけど」


 ちなみに、模擬店は開店中である。なので高等部一年B組の教室内には一般のお客様もいる。なのに結と樹里は小声とはいえ、こんな会話をしているわけだが。

 店番を担当している射的ブースに近づいてくる客がいれば、さすがに口を閉じる。


 外国人のおや連れだった。年齢ふた桁行くかどうかくらいの子供が教室を見渡し、浴衣姿の樹里を見つけると顔を輝かせて、母親になにか言って連れ立って近づいてくる。


「ジュリお姉さん!」

「あれ? えーと……レオくん?」


 以前の部活動で知り合った少年、レオナルド・ラクルスだった。

 レストランシップに招待され、支援部員の身柄を狙う軍相手に海の上で大立ち回りをした際、彼には暴走した様子を見せたり感情をぶつけたりと、樹里にとってはトゲのように引っかかりを残す出会いであった。

 なのに彼は気にした様子もなく、明るい笑顔を向けてくる。先天的な虚弱体質であるはずが、日常生活範囲内だからか、そのような面影も見えない。


「お久しぶりです」

「久しぶり……えーと、まさかレオくんが学院祭に来てくれるとは思ってなかったんだけど。アメリカだと九月に進級したばかりで、クリスマス休暇ホリデーミッドウィンター休みブレイクもまだでしょ?」

「はい。小学五年生グレード5ですから、進学で日本留学も考えているので。今回招待状もいただきましたから、今回母と一緒に見学がてら」

「……あ、そっか。アメリカのエレメンタリー小学校スクールって五年で卒業だから、そういうこと考えなきゃいけない時期なんだね」


 年齢不相応な丁寧な物言いも変わっていない。いや以前は年相応の無邪気さもあったから、より大人びたとも言える。


「こちらがお母さんなら、お父さんは?」

「父は仕事でして、今回は日本に来てないんです」


 支援部が直接関わったのは、彼の父親で、大手コンサルティング会社の社長だ。

 かっちりしたスーツ姿はそれらしくあるが、学術サービスの大手企業の社長夫人というより、もっとゆったりした格好をして『アイダホの農園で気のいいおっさんやってます』といった感じが似合いそうな女性が、レオ少年の母親なのだろう。


 ひとしきり言葉を交わしたレオ少年は、英語で女性に樹里を紹介する。


「Thank you so much for taking care of my son and my husband on that occasion.(その節は夫と息子がお世話になりました)」

「No worries. Thank you, too.(いえいえ。こちらこそお世話になりました)」


 レストランシップ内でのレオ少年とのやり取りからすると、樹里のことが悪評込みで伝わっていても不思議ないのが、無難なやり取りから察するに、そういった真実は省かれているようだ。


「それで……ジュリお姉さん」


 レオ少年が表情を変えて、声を潜める。あまり大声で言えない話があるのだろう。


「結。お母さんの対応お願い」

「ちょ!? 明らかに日本語話せないお方だけど!?」


 ネイティブ並みに英語を話せる樹里とは違い、グローバル時代になっても引っ込み思案な日本人高校生平均英語能力の結は泡を食っていたが、無視して押し付ける。学院祭も授業だというのなら、こういう異文化交流も学びだろうという建前で。

 結はたどたどしい英語で、レオ少年母に射的をやらせることにしたらしい。『oh...pea-shooter. Do you have a choppa? (これ豆鉄砲ね……AK-47くらいないの?)』などという銃社会民らしいセリフが、多分理解できずアタフタしているが、それも無視する。


 樹里は電球ソーダのブース当番に金券を渡して、『男の子なら青がいっか』と旧世代的な考えで一本選び、レオ少年に渡して射的ブース脇の物陰に引っ張り込む。


 ちなみに地域差があるためご存知ない方のために説明しておくと、電球ソーダとは、その名のとおり白熱電球型の容器に炭酸飲料が入った代物だ。日本では大須商店街から名古屋周辺、新大久保から関東地域で売られるようになった。屋台でカラフルに光る様はフォトジェニックであると近年人気になっている。

 本来ならばLEDライトが付き物だが、さすがに模擬店の予算では電球型ボトルを用意するのが精一杯だった。しかもそれでも販売価格お高め。


 小声で会話すたるめにしゃがむと、レオ少年はUSBメモリーを差し出した。


「これ、日本に来るのに、父さんから預かったんです」

「中身、なにか知ってる?」

「いえ、詳しいことは僕では……ただ、仕事関係のことで、皆さんに関わりそうな、気になることがあるらしくて」


 コンサルティングという業種は、依頼主たる企業や組織の業務内容に深く携わる必要がある。

 ならば『仕事関係』で支援部に渡すデータは、秘密保持契約NDAに抵触する内容ではなかろうか。


 彼は支援部に、だますような形で近づいてきた過去がある。脅され、致し方ない部分もあるが、利害の一致もあったのは事実だ。

 そんな男がなぜそこまでするのか、疑ってしまう。このデータはつぐないとも、だますネタとも、どちらの可能性も考えられる。


「わかった。ありがとう」


 ともあれ樹里は見た目わからぬよう《魔法》を使い、USBメモリーのデータをチェックする。

 しかし英文表記の企業名や、なにかの数字が羅列しているだけ。ビジネス関連のデータとは理解できるが、なにを意味するのかは理解できない。


『野依崎さん。私じゃわからないので、これチェックお願いします』

『んぁ……?』


 デイトレーダーである上ハッカーで、企業情報も扱う彼女ならば理解できるだろうかと、データリンクを通じてUSBメモリーの中身を丸ごと無線転送する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る