090_0600 招かざる来訪者は二日目来たるⅠ ~かがくのちからってすげー~

※カクヨム掲載分だけだと触れていない内容が含まれています。

 本編と短編は基本、直接的な関わりがない話としているので、読むのにほとんど支障はないと思いますが、興味がおありならば下記URLをご覧ください。


小説になろう/近ごろの魔法使い

https://ncode.syosetu.com/n7919bd/


該当短編/《魔法使い》の部活動

https://ncode.syosetu.com/n7919bd/342/


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 学院祭二日目。


「昨日と空気違いますね」


 本日も、長い髪をいつもと違うやり方でまとめた、モーニング姿のナージャ・クニッペルがポツリとこぼす。


 その脇がかすかに膨らんでいる。彼女は普段、レッグホルスターを装着して太ももに《魔法使いの杖アビスツール》を隠し持っているが、タイトなパンツではそれができない。だから替わりにショルダーホルスターで脇に吊っていた。


 きっと昨日も同じことをしていたはずだが、今日になって目についたならば、つつみ十路とおじも、やはり緊張感を持ってるため見方が変わっているのかと自己分析する。


「今日は一般人も入場してるからな……なにが起こるかわかったもんじゃない」


 本日も女装バッチリでメイドと化した十路は、カーテンの隙間から模擬店の様子を覗き見る。


 コスプレした学生たちだった昨日とは違い、客は普通の格好をしていた。年齢層も上方向へ幅広い。いやオープンキャンパス的に訪れているのか、近隣の中学生らしき客もいるが。そんなに『坊っちゃん』『お嬢様』と呼ばれたいのか。


「というか、なにか起こった時には遅いんじゃないです?」

「爆弾でも持ち込まれたら、すべなくオダブツだな」

「そこらはこの学校のセキュリティシステムを信用するしかありませんね。あとフォーさんも」


 野依のいざきしずくが子機として操る遠隔操作型 《魔法使いの杖アビスツール》の《ピクシィ》は普段、神戸市内の各所に配置されて、レーダーや監視カメラ、無線基地局や通信スポットの役割を担っている。

 しかし今日は全一六基を学校敷地内に呼び寄せ、セキュリティを補助し非常事態に備えている。


「ま、警戒は外せないけど、そういうテロ屋のやり口は、十中八九ないと思うけどな」

「でしょうね。『正義』がありません」


 自らの主張のために暴力的手段を使う。しかも無関係の者を巻き込んで。使った当人以外は誰もが認めない、しきやり方だろう。

 だから支援部をおとしめたいなら、堂々と胸を張って『我こそが正義』と主張できるやり方をぶつけてくるはず。


 とはいえ、第三勢力の仕業に見せかけて仕掛ける可能性はあるので、警戒を外すことはできない。

 最悪の場合、市民が真相を知りさえしなければ問題ないと、戦略攻撃で学院も訪れた民間もまるごと消し飛ばされる想定できる。


「できれば十路くんも《魔法使いの杖アビスツール》と接続してて欲しいところですが……これは仕方ないですね」


 ナージャが投げキスのように指を振ると、《魔法》が飛んできた。十路の右目だけに投影された、『違う目』で見る映像が次々と切り替わる。見覚えありすぎる支援部の部室。パソコンが並んだ部屋。教室なのに机は片付けられて小規模の屋台が並ぶ光景。外で炭火をおこしている屋台。どうやら《魔法使いの杖アビスツール》と接続し、他の部員たちともデータリンクで情報共有しているらしい。

 十路の場合は、小銃かオートバイと接続しながら女装メイドで接客するわけにもいかない。だから預けている野依崎の元から引き取った空間制御コンテナアイテムボックスから出して、片耳無線機ヘッドセットを装着している。


「何事も起こらないといいけど……」

「思わせぶりなこと、言わないでもらえません? それ逆になにか起きるフラグじゃないですか」

「…………」


 久しぶりにフラグを建築してしまったので、十路は口を閉ざすことにした。



 △▼△▼△▼△▼ 



「い゛ら゛は゛い゛い゛ら゛は゛い゛~」


 一号館前、修交館学院を訪れた者が真っ先に目にするロータリーで、祭法被はっぴつつみ南十星なとせは、保冷ケースから火の上に串を並べながら声を張り上げる。

 事前に火を通してあるので、屋台では温め直すためにあぶっているだけ。生焼けを事前に避けるこの方式を取っている。


「ウ゛シ゛・ブタ゛・ト゛リ゛、安゛い゛よ゛早゛い゛よ゛ヴ゛マ゛い゛よ゛~。金゛券゛一゛枚゛だよ゛~。ワ゛ニ゛とカ゛ンガル゛ー゛は゛本゛数゛限゛定゛、早゛い゛者゛勝゛ち゛だよ゛~」

「堤。マジそのダメ声やめろ……」

「なして? 呼び込みってったらこうっしょ?」

「地域限定だろ……」

「上野がダメなら……新宿?」


 クラスメイト男子にアメ横で響いてそうな呼び込みにダメ出しされたので、切り替えて再び声を張り上げた。


「お兄さんお兄さん! 仕事帰りですか? どうですか? すぐ近くですよ! かわいいいっぱいいますよ! ウシ・ブタ・トリとり取り見取り! 中でもオススメはクロコダイルとカンガルー! いちゃキャバ行っちゃいますか! パクッといっちゃえ!」

「それだと違う店だろ……」

「えー。これもダメなん?」


 歌舞伎町バージョンも不評だった。当たり前だが。

 というか、二日目で文句を言われるのであれば、果たして一日目はどんな客引きをしていたのか。そして真相は果てしなくどうでもいい。


(ん~……)


 ケチつけられたので無言で火の上の串を動かしつつ、南十星はベルトに挿したトンファー越しに、周囲を脳で視る。


(怪しいっちゃー怪しい連中いるなぁ) 


 ロータリーはかなりの人数がいる。一般客の入り口は一号館前に正校門で、更に模擬店もここに多数出店しているのだから。

 修交館の学生以外は招待状をチェックしているが、セキュリティとして機能しているかは怪しい。

 《マナ》が形成するスマートダスト・センサーネットワークを通じて観察すると、スマートフォンの他に無線機を持っている者がいる。模擬店や実行委員でトランシーバーを使ってるところもあるが、オモチャレベルではなく本格的な無線機だ。

 とはいえ銃火器や爆発物、一定量以上の化学薬品などは所持していないので、放置して構わない。


(見たことあるよーな? 誰だっけ?)


 引っかかる所持品の所有者に、見覚えがあった。自己紹介して会話したような関係ではないが、一度見ただけではない感覚。

 となると、部活で顔を合わせた、警察・消防・自衛隊関係者だろうか。私服だから誰だか思い出せないのか。


 学院祭の招待状は、そういうところにも送られていても不思議はない。非番でプライベートで来てもおかしいことではない。


 無言で作業していると、それはそれで気まずいのかなんなのか。男子生徒は南十星に話しかけてくる。


「ところで堤。それ、いつまで被ってんだ?」

「屋台に立ってる間はずっと」


 今日の南十星は、『gourmet yamaoka』と印刷された紙袋を頭から被っている。ロゴマークは皿にフォークとスプーンがあるだけ、ロゴもごく普通のフォントと、シンプルなものだ。


「なんでだよ?」

「バッキャロー! あたしたちの屋台はグルメヤマオカさんのご協力あってだろうが!? 広告塔になるくらい当然と心得ろよ!?」


 グルメヤマオカとは尼崎に本社を置く、総合高級食材おろし・貿易業務を行う株式会社ヤマオカが運営するオンラインストアだ。通販メインだが、土日には東灘区魚崎町にある自社倉庫を一般解放し、『グルメヤマオカ魚崎店』として直接販売もしている。普段なかなか手が出せない高級食材や珍味がお買い得価格で購入できるため、神戸近隣では穴場的な店として扱われている。年末にカニやフグ食べたければここを訪れるべし。

 今回クロコダイル肉とカンガルー肉はこちらでお世話になった。


(いやまぁ、さすがに今日ばかりは素顔カオ出してっとめんどそーだから、隠してんだけどさ)


「あのさぁ……堤」


 南十星が首元から袋の中に手を突っ込んで、鼻の頭をポリポリかいると、隣からややしゅんじゅんしたような少年の声がかけられた。


「屋台の当番終わったら、どうするんだ?」

「特には予定はねーけど?」

「だったら、一緒に廻らないか?」


 つまりは学園祭デートのお誘いか。普段の別の話題と変わらぬような口ぶりだが、不慣れで精一杯の勇気を振り絞っての言葉であろうこともわかる。


「んー……」


 南十星は男子から人気がある。少女と女性の中間どころ、綺麗とカワイイが不思議と同居した顔はかなり整っている。活発で物じせず積極的な性格で、男子相手でも平気でじゃれる。びているわけでもなく、更にアホの子という現実が理想の女の子としての株を大暴落させているため、同性からも異性からも反感がない。

 そこらの自覚は彼女にもあるが、恋愛感情がともなうものとしては、いまひとつピンと来ていない。客観的な自己評価として、恋愛対象として見る人間がいても不思議ないと理解しているが、主観的な実感がない。


「ゴメン。遠慮しとく」


 彼女にとって家族愛以上を抱く相手は兄だけで、言ってしまえばそれ以外はどうでもいいから。


「《魔法使いあたし》以外の女子誘ってセイシュンしなよ」


 ちょうど客も来たので、その話を続けなくて済む。


「お。ぶちょー。串焼きどうよ?」

「その声、ナトセちゃん?」

「うぃー」


 『ぶちょー』といっても支援部部長コゼットではなく、演劇部の部長だ。依頼があれば元俳優の南十星が担当し、俳優経験も知っていて転部を誘われるので、顔見知りだ。


「どれにする? オススメはコレだけど」

「丸ごと食わせようとするな!」

「コレかぶりつくのがウマいんじゃん」


 ワニ皮も爪も残るまんまなワニの手を示したら、即行で拒絶された。一口サイズに切り分けた肉ならばまだしも、ワニ手羽そのままは、さすがに食べ慣れない日本人にはハードル高い。



 △▼△▼△▼△▼ 



 地球上では重力によって沈降や熱対流が起きるため、完全に均一な合金製造は不可能だが、無重力環境下ならば理想的な合金が作れる。

 現状の科学力では、宇宙ステーションの実験設備でごく微量を作るのがせいぜい、しかもそれでも超高額になる、研究以外に使い物にならない代物だ。しかし《魔法》ならば実用的な量を用意できる。無重力下だと逆に空気が混じるのが問題になるが、既存科学では事実上不可能な除去も可能だ。


(無重力合金のバカ使い……これ既存の宇宙事業で計算したら、何十億円になりますのよ……? いや、原価計算するなら、わたくしの人件費いくら? さすがに《魔法使いソーサラー》が《魔法》使って時給一〇〇〇円とかで計算しちゃいけねーでしょうし……)


 個人で消費する量なので、実習工場の炉で自作した。完全に私用で学校設備を使っているが、マテリアル系の研究をしている教授に無重力合金の端材でも渡せば、誰もが快く許可を出してくれるから問題ない。


 コゼット・ドゥ=シャロンジェは下らないことを考えながら、そんなものを《魔法》で加工していた。


 本日のファッションはレディース特攻服ではない。フェミニンブラウスにロングスカート、カーディガンという、彼女がチョイスすることが多いタイプの格好だ。学生だけならば特攻服をコスプレと認識されるが、部外者もいる今日もヤンキーしてると王女の仮面にヒビが入りかねない。


(つーか、やりづれ~……いや、わたくしが悪いんでしょうけど)


 部室外には本日もブースがある。ほぼ無人だった昨日とは違って、訪れる人がかなりいる。パンフレットに訂正でも入ったのだろうか。

 トラブルや質問等あった時のために、コゼットは学芸員的に待機しているわけだが、早々出番などない。代わりに無関係なことで話しかけてくるやからは想定できる。

 だから《魔法》全開で内職して、『話しかけてくんな』オーラを出していた。いや用があってもちょっと話しかけられない雰囲気と言えるかもしれない。


 部会で話し合った時から時間を経ているので、コゼットの装飾杖はオモチャのような見た目から、元通りの外装に復元されている。それを使い、機能を強化するために装備の改修用パーツを作っているわけだが。


 ブースに設置したなんちゃって《魔法回路EC-Circuit》発生装置どころではない。《魔法使いソーサラー》が本物の《魔法》を行使しているのだ。しかも絵に描いたような金髪碧眼へきがん白皙はくせき超美人の王女様が。

 一般人の目には、さぞかし神秘的な光景に映るのだろう。それとも『かがくのちからってすげー!』状態なのか。遠巻きに人垣ができるほど注目されていた。


(コルァ、無断撮影とうさつすんじゃねぇ)


 顔にも態度にも全く出すことなく、撮影の承諾もなく構えられたスマートフォンを脳内でハッキングする。ハッカーのいざきほどの能力はなくとも、大したセキュリティのないモバイルデバイス相手なら片手間でできる。

 後で再生してみれば、途中から動画投稿サイトで拾ったテキトーな映像に入れ替わっているのだから、面食らうだろう。


(ん?)


 遠巻きに見ているだけかと思いきや、ひとり恐れる様子なく近づいてくる。

 一般客ではなく学生だからか。バッサリ切ったショートヘアに、ボーイッシュな服装の女性は見覚えがある。肩から提げた緩衝ケースの中身は知れないが、ストラップで首から提げたデジカメで、間違いないと判断できる。


「確か、経済学部の……がわ紗耶香さやかさん、でしたか?」

「えぇ。はい。お久しぶりです」


 同級生とはいえ所属学科が違い、そこまで親交のある相手でないので、記憶をさらう必要あったが、なんとか思い出せた。


「報道部の取材ですか?」


 他の学校で放送部や新聞部といった部活はままあるだろうが、修交館学院ではもう少し本格的な活動が行われている。インターネットを利用しているのは昨今では当然、文章と写真だけでなく映像も作成して動画サイトにも投稿し、校内放送の枠を超えた活動を行っている。


 支援部にも何度か取材の申し入れがあったが、一般的な部活紹介以上――学内の《魔法》を使わない活動はともかく、学外、特に緊急即応部隊としての活動についてはお断りしている。学校外のマスコミは基本取材お断りのため、これでも同じ学校に存在する部活動として、多少なりとも門戸を開いていると言える。


「学院祭のもよおしを取材してまして、その一環で総合生活支援部にも取材させていただけないかと」

「日頃は取材をお断りしていますが、それならば致し方ありませんね」

 

 面倒ではあるが、そういう意図なら支援部も協力せざるえまい。コゼットは内心で肩をすくめつつ、高貴な微笑を浮かべる。なにかと機密の多い部活の内容ではなく、公開している展示品の話ならば、隠すことではない。


 とはいえ、少し意外に思う。


「これまで報道部員の方が取材交渉に来られたことはありましたが……仁川さんが直に取材に来られるとは思っていませんでした」


 なんとなくで根拠はないが、この女性、なぜかコゼットを避けている節がある。

 神戸、そして修交館学院は、《魔法使いソーサラー》への理解が多少なりともあるのでマシだが、それでも恐れ、おそれる者もいる。しかもコゼットの場合、気さくな大学生を演じても、やはり王女という身分に萎縮する者も少なくない。

 挨拶程度の言葉で彼女を不快にさせたとは思えないので、この報道部部長もその口だろうかと漠然と考えるが、どうにもしっくりこない。ある意味報道部の名に相応しく、結構強引なところがあると噂に聞くので、評判と目の前の人物とにズレがある。


「あー……まぁ、ちょっと、今日は人手がないもので……」


 なぜ彼女はここで気まずい顔をするのか。確か学院祭で報道部も企画をしているはずだから、責任者が動けるのかという疑問もあるが、そちらに人手が取られているならば、それはそれ。別に口ごもる要素はなかろうと思ってしまう。


 とそこで、なにかのバイブレーション音が耳に届く。


「ちょっとすみません」


 彼女のスマホだった。それを手に場を離れ、支援部部室たるプレハブ小屋の横手へ消える。

 その間にコゼットは作業を一時中断して片付けてながら、なにをどう話そうか組み立てていたら、聞こえてきた。


『バッカ野郎ォォォォッ! なにやってんだテメェはぁぁぁぁっ!』


 彼女の声に間違いなのだが、先ほどまでとは大違いの罵声が。


(うっわぁ……裏表激しー。あんまお近づきになりたくねー方ですわね……)


 自分の二面性を棚に上げて、コゼットはテキトーにそれっぽい話で誤魔化すことにした。理不尽にも同族嫌悪の自覚なく。

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