090_0520 一日目はまだ平穏と呼んでいいⅢ ~こんなにかわいいスカーレッツが私のお嬢様なはずがない~

※カクヨム掲載分だけだと触れていない内容が含まれています。

 本編と短編は基本、直接的な関わりがない話としているので、読むのにほとんど支障はないと思いますが、興味がおありならば下記URLをご覧ください。


小説になろう/近ごろの魔法使い

https://ncode.syosetu.com/n7919bd/


該当短編/《魔法使い》の関係者

https://ncode.syosetu.com/n7919bd/283/


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 学院祭一日目は外部非公開、客は自分たちのもよおしがない学生たちのため、客足も穏やかだった。

 男装執事&女装メイド喫茶などという模擬店に訪れる客は、年齢層が高い。『お嬢様』『若様』とかしずかれたい小中学生が大量にいたら将来が不安になるので、結構なことだが。


「なぁ。和真?」

「なんだ?」


 働いてる最中、十路は気になって仕方なかったことを、バックヤードで問うた。


「なんで客までコスプレしてるんだ?」


 顎でしゃくるカーテンの隙間の先、精一杯飾り付けられた席に座っている客は、ゾンビとSWAT隊員とシスターだった。隣の席では某Vtuberと●マ娘が一緒だ。


「……あそっか。十路は初めてだっけ」


 クーラーボックスから出した氷を紙コップに移しながらなので、和真は振り向くことなく口を開く。


「ウチの学院祭ってこんな感じだぞ? 関係ない連中も仮装してる」

「部活の服装とか、ウチみたいに模擬店の制服代わりとかならまだ理解できる。だけど明らかに違うのがほとんどだろ? なんで?」

「さぁ? 伝統? あとハロウィン終わったばっかだからじゃねぇの?」


 まだ衣装を処分していない時期だろうし、逆に終了直後だからフリマなどで手に入れやすいとも言える。

 ともあれ、修交館学院の学院祭は、かなりイベント色が強いらしい。一日目で外部の人間がいないからはっちゃけてるのか。


「あともうひとつ、興味本位で和真に訊きたいんだが」

「なんだ?」

「男だと認識されない気分って、どんなだ?」

「うるせぇよ!?」


 女装した和真が声を出すまで、いや相手によっては声の低さもスルーされて、女性だと思って接している風の客が大半だった。

 十路はそんな風には扱われない。やはりイケメンはなにかと得だ(?)。


「十路くーん。ちょっと手伝ってくださーい」


 長い白金髪プラチナブロンドを束ねるリボンの位置がいつもと違ってうなじの、レンタルモーニングコートに身を包んだナージャが声をかけてくる。

 女子が男装しても笑える要素はない。むしろボーイッシュな女子など普段より魅力五割増し。溶けかけた雪ダルマみたいな緩さが目立つナージャなど今日は凛々しく見える。卑怯だ。


「デリバリーに付き合ってください」


 最初は食材が詰まっていたが、営業時間経過と共にからになったクーラーボックスを渡された。中身が詰め替えられてズシリとした重みが肩にかかる。


「そんなサービスやってたか?」

「かなりの条件付きですから、裏サービスみたいなもんです。なにもない場所でお茶淹れるの無理ですし」

「この格好で教室の外に出ろと……」

「様子見に来た遅番シフトの男子を捕まえるのに校舎内ダッシュしておいて、今更なにを」


 女装を嫌がり遅れたりサボったりと、スムーズなシフト交代に懸念があったので、前もって男子生徒の身柄を確保した。結束バンドで両手を拘束までした上で、遅番シフトの女子に託している。『裏切り者』とかいろいろ罵声を浴びせられ、ある晴れた昼下がり荷馬車に乗せられた子牛みたいな目で見られたが、気にしてはいけない。交替時間まで女の子と一緒に学院祭を見て回れる青春の一ページを提供したのだから。しかも飲食時『あ~ん』してもらえるオプション付き。尿意をもよおした時のことは知らない。


「デリバリーがわたしたち最後の仕事です。終わればそのまま上がっていいことになってますから」


 十路がメイド服の袖をまくり、ゴツい多機能腕時計を見ると、シフト交代まで三〇分といったところだった。ランチタイムも終盤なので、ふたり抜けても残った人員で回せるだろう。


 別のケースを提げるナージャの先導について歩こうとしたが、高等部校舎を出たら、彼女は並んで笑いかけてくる。


「なんだかんだ言ってましたけど、十路くんも学院祭、楽しんでますね」

「どこが?」

「率先して女装したり、嫌がる男子捕まえて、模擬店運営に積極的に協力してくれてるじゃないですか」

「嫌なことはとっとと終わらせたいだけだ……サボっていいなら全力でサボるぞ」

「HAHAHA。そんなの許すわけないじゃないですかー」


 トラブルは御免したいが、学習された無力感にさいなまれながら、ナージャに半歩遅れて十路は歩く。ほぼ毎日のように歩いているから『覚えがある』どころではない、学院敷地隅の、ひとがない方向へ。


「おい……この行き先って」


 嫌な予感を覚えた。


「デリバリーのオーダー先ですよ?」


 ナージャの笑顔が更に不安と助長させる。


 その予感は的中し、行き先は、総合生活支援部部室だった。

 しかもなぜか、部員が揃っていた。


「あら~。堤さん? メイド服、なかなかお似合いじゃないですの~」


 『なぜそれを選んだ?』と訊きたくなる、レディース特攻服姿のコゼットがニヤニヤ笑う。一見サラシで胸だけ隠してヘソ出しルックなセクシー路線かと思いきや防寒対策肌色ボディタイツの上からでちょっと残念。木刀でも肩に担ぎ、ウ●コ座りして背中の『夜露死苦』『仏恥義理』でも見せれば、コゼットの本性を知る者たちには納得のチョイスである。


「……っ」


 いつもの初等部女子標準服セーラーワンピース姿だが、その上からメカニカルな印象の上着ボレロを着ている。いつもの帽子を脱いで、いつものネコミミ単眼ヘッドホンディスプレイをつけているが、普段はないマイクが追加されている。女性オペレーターオペ子風のコスプレをした野依崎は、肩を震わせた。いつもぼへ~っと口を半開きにしている彼女が珍しく、閉じたまま口角を上げてネコ口にしているのは、笑いを堪えているからか。


「や~……」


 クラスの模擬店で縁日と言っていたので、そのユニフォームだろう。下にやはり防寒でなにか着ているっぽい浴衣姿の樹里が、最近あまり見せなくなった愛想笑いで、十路の女装に対する感想を誤魔化している。


「…………」


 寒いだろうからさすがに足首まであるレギンスを穿いているが、南十星が祭半纏姿なのは、やはり串焼き屋台である模擬店の都合か。彼女は腕組みをし、十路を上から下まで見て、えた。


「つまらん!」

「なにが?」

「兄貴の女装ハンパなんだよ! どうせならドギツくザ・オカマって感じにしようぜ!」

「愚劣なるなとせお嬢様? これ以上わたくしめに笑いものになれとおっしゃるのですか?」

「あ゛ーーーーっ!? ギブギブギブ!?」


 アイアンクローで兄の尊厳を死守し、のたうつアホの子を無視しようとしたが、その際のセリフがよくなかったのか。


「それではメイドさん? わたしはお茶の準備をいたしますから、その間お嬢様方のお相手をお願いいたします」


 執事とメイドのロールプレイングらしい。ナージャがネコ科の笑みを浮かべて、隅のミニキッチンに引っ込んだ。


「ほらほら? 言ってごらんなさい? 『コゼットお・じょ・う・さ・ま』」

「フォー……だとヘンでありますから、やはり『雫お嬢様』でありますかね」


 ニヤニヤとこのふたりも追従する。


「『樹里お嬢様』お願いします!」

「もっかいプリーズ! 『なとせお嬢様』!」


 こっちのふたりは、からかいではないっぽい。ならば執事ナージャのほうがらしくていいのではなかろうか。十路が呼ぶことに価値があるのだろうか。


 ともあれ新手のイジメにしか思えない。これだから女所帯に男ひとりでいるのは嫌なのだ。

 助けを求めて、十路はなんとなく、コンセント前に鎮座するオートバイに振り返る。彼女には顔がないから感情がわからない。


「お前も笑いたいのか?」

【トージの服装がいつもと違うからといってなにか? いえ、そのまま私に乗られたら、スカートが絡まるから迷惑ですけど、そうじゃなければ『ゴテゴテした外装カバーに変えたなぁ』くらいにしか思いません】

「イクセス……優しいな……」

【は?】


 普段と変わないAIに涙が出そうになった。バイク的な捉え方をしているだけで、優しさの問題ではないのは理解していても。

 

 そんなことをしていたら、ナージャが一式トレイに載せて戻ってきて、部員それぞれのカップに紅茶を淹れる。


「今日の紅茶はカンヤムですから、ストレートでいっちゃってください」

「え? そんなの模擬店で使ってますの?」

「まさか。学院祭用のを準備してて偶然見つけたので、個人的に買っただけです。ブロークンのティーバッグですけどね」

「そりゃねぇ。日本じゃまず流通してませんのに、高グレードなんて手に入んねーですわよ」


 紅茶党ナージャ&コゼット以外には理解できない会話だが、どうやら貴重な茶葉らしい。

 味が理解できるほどピンからキリまで試していない十路は、普段の安物と変わらぬ態度で一口飲んでから、口火を切った。


「それで? コゼットお嬢様? なんで俺たちをデリバリーなんて形で呼び出して、しかも部員が集まってるんですか?」

「いやジョークですから、『お嬢様』は結構ですわ」


 それこそジョークなので、もう呼ぶつもりはないと、十路は全開されたシャッターの外を顎で示す。


「別に展示が忙しいわけでもないでしょう?」


 プレハブ小屋前のスペースには、《魔法》で壁がLの字に立てられ、簡易的なブースが作られている。過去に作った報告書か資料から引用したのだろう、プリントアウトされた支援部の活動内容が


 そして土で作った台の上に、パソコンに接続された、樹里発案・コゼット作の《魔法回路EC-Circuit》発生装置が鎮座している。結局のところは立体映像投影技術、空気中の《マナ》を発光させるだけの代物だが、『いかにも』な魔法陣が数パターン、ボタンひとつで登場するので、こういったものに見慣れていない者は興味が惹かれるだろう。


 しかし誰もいない。たまたま今いないのではなく、足元の様子から、ほとんど誰も訪れていないと十路は判断した。


「誰も来やしねーですわ。まぁ、気楽で結構ですけどね」


 基本的にトラブル対策や質疑応対で部室に常駐しているのは、クラスのもよおしがない大学生のコゼットだ。あとは時間がある部員が交代しようと、なんともアバウトなシフトしか組まれていない。

 元々学院祭で支援部はなにもする予定はなかった。だが結局、自治会の頼みを断りきれず、仕方なく急遽作ったもよおしなので、あまり積極的ではない。

 しかも、そもそも支援部員は目立つのを善しとしない人間ばかりだ。こんなものと言える。


「部長が本物よりも本物だから、人が寄り付かないんですか?」

「ア゛? どういう意味だコラ?」


 凄むコゼットの顔を見れば、やはり特攻服が似合いすぎると誰もが評価するだろう。


「急遽作った展示でありますから、パンフにも記載がないでありますし、そもそも一日目は学生だけ。今更支援部の展示を見に、こんな敷地の隅まで来ないのが、客がいない主な理由だとは思うでありますが……それも関係あっての緊急部会であります」


 野依崎がタブレット端末を操作して見せてくる。


「多分、情報戦が仕掛けられているであります」


 表示されているのはSNSの、『♯神戸』『♯魔法使い』などでタグ検索した結果一覧だ。


――こいつらのせいで、弟が死にかけた

――この爆発の時、俺も巻き込まれた


 先日の、淡路島の一件だけでない。過去に支援部が戦った事件の画像が貼られ、危険視する書き込みがなされている。


 この手の書き込みは今に始まったことではないが、発信者がひとりではなく、量もケタ違いだ。キーワードがトレンド入りするほど。


「支援部へのネガキャンが始まったか」

「それだけではないであります」


 野依崎が再度、タブレット端末を操作し、別の画面に切り替えてもう一度見せる。


「これは?」

「メッセンジャーアプリのグループチャット。一昔前の言い方をすれば、裏掲示板でありますね」


 参加者のアカウントを乗っ取っているのか。管理者権限で見ているのか。どちらにせよ非合法手段でなければ見れない画面だが、今更なので誰もなにも言わない。


 世界中に発信されているSNSではなく、アプリ越しに限られた仲間内でも、支援部や《魔法使いソーサラー》のことが書かれている。ただしこちらは部員個人がわかる形で書かれ、否定する前段階、疑念が色濃い。意図的に部員の悪評を広めようとしているが、賛同が少なく成功してるとは言いがたい。


「最初は誰かがアカウントを乗っ取り、学生のふりをして、支援部の悪評を書き込んだと思われるであります」

「最初は、か」

イエス。きっかけだけであります。今は誰かが制御しているわけではなく、支援部への不満が噴出し始めた感じだと思うであります」

「それだけ俺たちをよく思ってない学生が多かった、ってことだろ」


 南十星がアメリカナイズに手を広げて肩をすくめる。


「日頃の依頼メール、断りまくってっし」

「それで不満持たれても、俺たちにしてみれば逆恨みだけどな」


 『自分でやれ』か『《魔法使いソーサラー》でもできるか』のどちらかを言葉飾って返信する依頼ばかりなのだから。


「高等部3B、しかも今日だけで考えても、俺とナージャは恨まれまくってるだろうしな」

「でしょうね~」


 ナージャもアメリカナイズに手を広げて肩をすくめる。

 女装させたせいで男子から。末代までたたる深い恨みに違いあるまい。きっと。多分。メイビー。


 それは冗談として。

 クラスメイトなど物理的にも時間的にも近しい関係であれば、部員たちの人柄は多少なりとも知られている。

 コゼットはパーフェクト・プリンセスの仮面を被って、学内での人間関係にはかなり気を遣っている。樹里は良くも悪くもごく普通の女子高生と変わらぬ人付き合い。ナージャは友好関係はかなり広い。南十星はムードメーカーとしてクラスを盛り上げている。

 伊達だてに『善い人』や『普通の学生』をやってはいない。だから支援部員の人となりを知らずに好き勝手語られているSNSよりも、裏掲示板グループチャットは疑念の色が濃いのだろう。


 そこまで考えて十路は、野依崎の子供子供した顔を見てしまう。


「なんでありますか?」

「いや……フォーがクラス内でどんな立ち位置か、ふと気になって……」

「普通にぼっちしてるでありますよ?」

「普通のぼっちは合唱からゲームセンターなんて出し物変える真似せんぞ」


 人間関係を捨ててるのは間違いなかろう。この野良猫みたいに掴みどころのない少女が、五年一組の女子に混じってキャイキャイ盛り上がってる姿など想像できない。むしろ妄想の域だ。

 小学生がそんなだとイジメの対象になりそうだが、野依崎はそれを物理的にも社会的にも跳ね返した前科がある。

 当人の意識はさておいて、スクールカーストのピラミッド頂点よりも遙か高みに存在する、恐怖の女王として君臨しているのではなかろうか。

 そう思う根拠に、初等部五年一組の児童が参加してると思われるグループチャットの履歴をさかのぼると、ある時期を境に野依崎の話題が全く出なくなっている。ちょうど彼女の逆鱗に触れた男子児童がトラウマものの報復を受けた頃合に。

 野依崎はヤベェ奴認定されて、《魔法使いソーサラー》への悪感情を抱くレベルを超えているような気がしなくもない。敵対心を抱いたら社会的生命が失われる誤解きょうふにより。


 ともあれ、この程度の情報操作は想定内だ。むしろもっと悪い想定をしているので放置でいい。


 なのでこれが本題ではないと、コゼットが続ける。


「んでまぁ、各クラスの様子を確認がてら、お呼び立てしたけですけど……あと、国会中継ですわ」

「あぁ、理事長の出番、今日でしたっけ」

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