090_0530 一日目はまだ平穏と呼んでいいⅣ ~センセーに言ってやろう!~


 国会の審議中継など、普通の学生は用事なかろう。平日の日中なのだから、その時間は学校で過ごしている、ましてやよほどの学生でなければ興味もない。せいぜい報道でその片鱗を流し見するのが関の山だろう。


 ここ数日、報道各社が報じているのは、防衛省および防衛大臣による汚職の疑いだ。一応名目としては。

 開議中の国会でもその追求が行われている。


 部員六人で見るにはタブレットは小さすぎるので、パソコンで動画配信サイトのインターネット中継を見る。ちなみに備品一台バイクは直接インターネット接続できるので考慮外。


『――もしも、不測の事態になったなら、どうするつもりなのですか? 野口防衛大臣、お答えください』


 答弁台には初老の域に達した女性が、熱弁をふるっている。国政になど興味がないであろう日本国民でも、割と名前が知られている国会議員だ。どちらかというとあまりよくない方面で。


「大陸の支援受けてるつー噂の野党議員ですわね」

「ということは、巡り巡ってXEANEジーン社とスー金烏ジンウーさんの使いパシリしてると見ていいですかね」

「質疑内容が癒着からズレてるとこから見ても、そういうことなんでしょうね……」

「トチューから見てっから、もうやったんかもしれんけど、学生ガキんちょが戦争してるとかは言わずにコレかね?」

「言ってないと思うであります」


『――野口武三君』


 議長に呼ばれ、空けられた答弁台に威厳ある老年の男が立つ。


 十路が見知った者だった。上官が存命の頃は彼女が、以降は全く別の人間が間に入り、実務の上では違っていたが、名目上は直属の上司だったのだから。


「そういや支援部って、防衛大臣に身分証明書発行してもらってますけど、誰か面識ありましたっけ?」

「わたくしはありますわよ。新幹線で一度お話しした程度ですけど」

「自分も一度だけ、あるにはあるであります」


 現防衛大臣と支援部の関係はズブズブとも言える。

 なのに南十星の時のように、自衛隊と支援部が戦うこともあるのだから、組織とは複雑怪奇で面倒くさい。


 チャットでは、同時に見ている利用者の声が流れている。


――魔法使いヤベーから、取り締まる方法は必要だって

――なんで普通に生活してんの? 連中って隔離されてんじゃないの?

――防衛大臣なに考えてこんなの許可したわけ?


 支援部へ情報戦を仕掛けている勢力も混じっているだろうが、大半は一般市民の正直な声なのだろう。燃料があるから、火花を散らしただけで燃え上がる。


「どうしても支援部が危険だって印象付けたいわけか……」


 ただし支援部員たちに、その危機感はない。

 先日の部会で話し、対抗手段はなく、見守るしかないと結論付けた内容だから。

 高度な政治的問題であるため、学生ではどうしようもできないから。


 そして、むべきところであれど、ある種、望むべきところでもあるから。


「やっぱもう支援部は、今までみたいな中途半端な立ち位置は許されませんわね……」

「元々無理があるんですよ。《魔法使い》を一般社会に放り込むなんて」

「堤さん、それずーっと言ってますものね……」


 茶飲み話にそんなことを話していたら、参考人招致が始まった。


『学校邦人修交館学院理事長、なが久手くてつばめです。よろしくお願いいたします』


 発言する度に議長に名前を読み上げられて立つという、一般人の感覚では非常にまどろっこしいやり取りを経て、支援部員たちが見慣れた人物が答弁台に立った。


『では、ただいまの御質問にお答えをさせていただきます』


 参考人招致は、国会で専門家や関係者を呼んで意見を訊く制度でしかない。似たような制度に証人喚問があるが、こちらは質問の事柄が事件性が高い場合、といったイメージが強かろう。

 今回つばめが国会にまで呼ばれた理由は、後者に近いだろう。だが『参考人』として呼ばれた。

 証人喚問で嘘の証言をすれば、議院証言法で罪に問われる可能性がある。しかし証言を拒否し黙秘することはできる。なので参考人招致のほうが、真実に迫れるという見方もある。つばめもそういう経緯だろうか。


『立法府に関わる議員先生にこのようなことを言うのは今更と思いますが……』


「これ暗に『その程度の法律知っとけ』ってあおってますよね」

「まぁ、真っ先にそう受け取る人間は、かなりのひねくれ者だと思うでありますが」


 部員たちはのん気なもので、茶々を入れながら見る。


『グレーゾーンであるのは確かですが、それは《魔法》と通称される技術は登場して三〇年、実用段階だともっと短く、扱う人間もごく少数のため、現行法では未整備状態で相当な不備が多々あるからです。我が校の社会実験チーム・総合生活支援部は、その洗い出しも設立目的に含まれています』

『しかし一般的には犯罪と見なされる行為ばかりです。それはどうお考えでしょうか? お答え願います』

『それこそこの場で、国民の代表たる先生方が審議し決定する内容ではないでしょうか? 仮に我が校の学生たちの、これまでの行いが犯罪だと確定しても、法の不きゅう原則により追求は不可能ではないでしょうか?』


「このオバハン、どーしてもあたしらを犯罪者にしたいのかね」

「できます?」

「状況によりけりだけど、まず無理。理事長が言ってるように裁く法律側に不備がある。次に因果関係……というより犯罪結果の証明が不可能なパターンが多い。俺たちはそれを利用というか悪用してるからだけど」

「犯罪結果?」

「例えば、誰かの家に忍び込んで、タンスから金でも宝石でも奪ったとしよう。だけど家主がタンスを確認する前に返したら? 家宅不法侵入と窃盗の事実があるから、警察に通報できるか?」

「無理、というか、カギが壊されてたり防犯カメラの映像とか、別の証拠がない限り、気づきもしないでしょうね」

「それが犯罪結果が証明できない状態。殺人・強盗・詐欺あたりは、結果の証明がなくても未遂罪が成り立つけどな」

「兄貴、たまに証拠隠滅するよね~。なにかぶっ壊した時にはぶちょーに直してもらって、拷問かけた時にはじゅりちゃんに治してもらって」

「それも下手こけば暴行罪が成立するけどな」

「でも十路くん? 《魔法》はオカルトじゃないですから、呪いをかけた相手を法律で罰するみたい話にはならないでしょう?」

うしの刻参りは脅迫罪が適応されるぞ?」

「それこそ犯罪結果の証明じゃないですか。呪いの証明はどうでもよくて、『危害を加える意思を告知した』って客観性ある事実への罰則です」

「まぁ《魔法》は科学だし、悪用して犯罪を起こした時、目撃証言とか術式プログラム使用履歴を確かめて因果関係があると証明されれば、間違いなく刑法は適応される」

「人の目ないところだと散々違法行為やってますし、その証拠が国会で出て来るかなー? とか思ってたんですけどね?」

「証拠、残ってます?」

「そりゃ衛星で見られてるでしょうし、《魔法》でどういう風に覗き見されてるかわからないですし」

「そんな証拠を提出したら、入手経路が問題になるでありますよ。仮に軍事衛星の写真なんてポンと出したら、衛星の軌道や性能を暴露するアホ行為でありますし、一議員が国家機密を知ってる理由の追求は不可避、逆にこのBBAが告訴される事態もありえるであります」


『このような特殊な活動を行うのに際し、防衛大臣に対し不正受給の疑いが――』


「とゆーか、オバハンしつこい」

「確かこういうの、事前に質問主意書とかゆーの提出して、それに沿って答弁すんじゃねーですっけ?」

「国会法なんて用事ないから知らないです」

「現行法で支援部を違法組織に仕立てようにも、あの理事長先生がそんなポカするはずないでしょうに……」


『しかも義務教育年齢の子供たちを――』


「今度は児童労働でありますか。名目上は部活動ボランティアであるにも関わらず、確かに小学生じぶん中学生ミス・ナトセも金銭の発生する労働をしてるでありますが」

「中卒未満でも働いて金もらえるの、知らんのかね? でないとジュニアアイドルとか子役俳優とか無理だってのに」

「そんな書類を書いた記憶はないでありますが」

「確か学校長の許可証とか保護者の同意書とかの提出だったような……」

「野依崎さんとなっちゃんの場合、つばめ先生が独自に動いて勝手に出してそうですね……」


『更にはその子供たちに危険なことを――』


「おーおー。業務内容の追求に入りましたよ」

「確かに年少者労働には制限あるけどな。飲み屋とか含めた風俗関係はダメだし、危険有害業務には関われないし」

「危険な作業は思いっきり支援部に当てはまりません?」

「昭和生まれの法律に『《魔法》の荷電粒子砲ぶっ放す業務にたずさわってはならない』とか書いてると思うか? 確か重量物・高電圧回路・高温低温熱源なんかは操作が制限されてたはずだけど、非常時なら刑法の緊急避難で言い訳できる」

「ホントこの部活、違法スレスレですよね……」

「ギリでもセーフなら法律遵守だ」

「ややややや……ルールがないからやりたい放題って、ルール守ってるのとは違うじゃないですか……」


 ナージャが各人にもう一杯紅茶を淹れ、部室に溜め込んでいる菓子も放出した。最早茶々入れながらオカルト特集番組でも視聴しているような有様になった。


『議長。答弁に正確を期すため、いくつか先生の認識を確認する質問をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか? お答え次第ではありますが、そう長い時間はかからないかと思いますが』


「お? りじちょーやり返す?」

「堤さん、どうなってますの? 逆質問なんてイレギュラー、アリなんですの?」

「だから国会法なんて用事ないから知らないです」

「議長さんもしつこい質問に辟易へきえきしてるっぽいですから、ちょっとくらいルール逸脱しても許可してくれそうですけど」


『ありがとうございます。では質問させえていただきます。社会実験チームに所属する我が校の学生は、日本国憲法が定義する日本国民、およびそれに準じて入国している外国人ではない。そうおっしゃられていると解釈してもよろしいのでしょうか?』

『……いいえ』


「お。オバハン、あたしらを犯罪者にすんの諦めた?」

「そこらの定義と犯罪者はまた別じゃないかなぁ……」


『では我が校の学生たちは、ごく一般的な意味で使われる『一般市民』ではないということでしょうか? お答えいただけますか?』

『一般市民と同一に語ることは間違いであるとの認識です』

『ならば公務員であるという認識でしょうか?』

『学生という身分であるため、それも違うと認識しております』


「公務員の業務にも学生アルバイトが入ってるの、知らないんでしょうかねこの人?」

「特に選挙ン時には世話になりまくりでしょうに」


『ならば、まさか世間で広く言われるように、『化け物』『人間兵器』などと呼ばれる存在だという認識なのでしょうか?』


「うわ。理事長やりやがった……」

「核心にツッコんだでありますね」


『それに近い認識をしております』


「あーあーあー。いーけないんだーいけないんだー。言ーっちゃったー言っちゃったー」


『そこがそもそもの認識の違いですし、訂正をお願いいたします。オルガノン症候群発症者、通称|魔法使い《ソーサラー》は、先天的に脳機能が常人と違うというだけで、遺伝子的にはごく普通の人間と変わりません』

『いえ、今のはあくまでちまたの意見を例として述べただけです』


「これ、ヤベー発言って、どのくらいの人間が気づくと思います?」

「人権問題としてなら誰でもわかりますけど、それ以上は……」


 ただの失言ではない。


 だから《魔法使いソーサラー》という呼び名はあくまで通称であり、公式には最低でも正式名称である『オルガノン症候群発症者』が併記される。『生体万能戦略兵器』『人間兵器』など尚更公文書では出てこない。

 そしてだから、世界的にも《魔法使いソーサラー》の扱いは、複雑で慎重にして曖昧あいまいならざるをえない。


『それに事実、危険な能力を持っていることは事実ではありませんか? どうですか? 長久手理事長、お答えください』

『誹謗中傷ではなく真実であるとお考えであるならば、職務に励む自衛隊員や警察官、海上保安員……そして全世界への《魔法使いソーサラー》への侮辱にも繋がること、ご理解されていますか?』


 もう遅い。吐いた唾は飲み込めない。

 インターネット上では『得意技はブーメラン』などと言われる、失言が多いことで有名な議員だ。毎度のことと言ってしまえばそれまでだが、今回はレベルが違う。


「不安はわからないでもないですけど……」

「ま、そんなモンじゃねーの?」

「俺もよく覚えてねーけど、今の野党が政権時代に、自衛隊を暴力装置呼ばわりして更迭させされたの、忘れたのか? 今度は社会学用語とか言い訳できないぞ」

「国内だけの問題じゃねーですからね。《魔法使いソーサラー》に対する安全装置を、二段飛ばしで蹴飛ばしましたもの」

「《魔法使いの杖アビスツール》はただの道具。職務で銃を持つ公務員と変わらないって、一般の人は認識してないんですかね?」

「攻撃力が段違いでありますからね。戦略兵器所持の議論すら許されず、戦術兵器でも敵基地攻撃能力の所有すらバッシングされる日本では、平均的な考えではないでありますか?」


 一段階目は、もちろん差別や侮辱。ごく当たり前の精神を持つ《魔法使いソーサラー》なら、不必要に危険視されれば気分を害する。面と向かって『化け物』『人間兵器』と侮辱されたら、手が出る気の短い者もいるだろう。

 立場ある人間の、おおやけの場での差別発言が問題なろうことは、誰もが想像できる。

 とはいえ政界やマスコミの人間でもなければ、よくある話とすら思うだろう。判官ほうがん贔屓びいきというか、政府与党をあげつらうことを使命と誤解していそうな日本のマスコミが、野党議員の失言を積極的に取り上げるか疑問だから、責任転嫁いいわけしておけば時間が解決しそうな気もする。


 だが、もう一段階ある。こちらは段違いに重い。


 法が及ぶ範囲は、人間だけだ。人間だから法を守る義務を課されるし、それ以外は課すことができない。

 土砂災害を引き起こし死者・行方不明者を出した台風や、人間を殺傷した兵器を、罪人として裁くことはできない。


 超法規的な手段、非合法手段も使っているので『可能な限り』と頭につくが、総合生活支援部は既存の法律を遵守しながら活動してきた。


 しかし《魔法使いソーサラー》が、人間ではないと公的に定義されるなら?


 公人とはいえ、あくまで一個人の言葉に過ぎない。しかし公的な議事録が残り世界中に放送されている場で言ってしまえば、『人間ではないもの』が法を守る義務を放棄し、暴れても罰せられないと、お墨付きを与えてしまいかねない。


『以上で参考人からの質問を終了します』


「あ。さすが理事長先生でも、これ以上はツッコまないんですね」

「これ以上言うと『なら暴れっぞコラ』って脅迫になりますもの」

「リアルにX-MENやる破目になるっしょ。あたしらが悪役ヴィラン側で」

「そういえばあのアメコミ、新人類出現のシミュレーションだったでありますね」


 公式に、なにかにくさびが打ち込まれた。


(こりゃ近々、事が動きそうだな……となると――)


 十路は首筋をなでて、全員の顔を見回し、問うた。


「みんな。学院祭の打ち上げするには、どこで集合するのがいい?」

「「は?」」

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