090_0510 一日目はまだ平穏と呼んでいいⅡ ~超変身! コス∞プレイヤー~


 セッティングはできたが、すぐ営業できる準備までは終わっていない。

 学生の模擬店なので、本格的な調理をするわけではない。提供するのは全て市販品だ。フードは冷凍食品を温めて飾りつけるだけ。ドリンクは業務用のジュースを淹れるだけ。ただし某ロシア人のプロデュースにより、紅茶だけはやたらうるさい。淹れ方を特訓させられた者が、少なくともどの時間でもひとりは入るようシフトが組まれている。


 そして某ロシア人はもうひとつ、三年B組女子全員にレクチャーしていた。厳密にはレクチャーと呼ぶのは正しくない。学院祭というイベントがあるからというわけではなく、常日頃から出てくる話題を、この機会に実践してしてみようとなった経緯だから。しかも自身ではなく他人を使って。


 それは、化粧だ。


 手隙になった十路は、某ロシア人ナージャに模擬店店舗スペース隅に連行され、強制的にメイクケープを装着させられる。

 そこでは先に高遠たかとお和真かずまが化粧をほどこされていた。


「…………割とシャレにならないですね」

「え? 高遠の髪色に合わせてオレンジ基調で王道メイクにしてみたけど……」


 担当していた女子学生の言葉もあまり聞いていない素振りで、ナージャは和真の顔を覗き込む。どうやらヒドいという意味ではなく逆らしい。


「和真くん、結構肩幅ありますからね。女性として見るにはちょーっと無理が……いえ、パフスリーブならイケる? あと髪……だとすると眉毛とアイラインも……色はオレンジよりもピンク系のほうが……」

「おいおいおい!? どこまでやる気だよ!?」

「ちょっと動かないでください」


 なんか本気になって和真を改造し始めた。


「ナージャ……化粧品借りるぞ」

「はーい。どうぞー」


 彼女の手が空くのを待っていたら時間がなさそうと判断し、十路は覚悟を決めて自分で化粧することし、鏡を引き寄せる。本当ならちゃんと洗顔フォームで顔を洗ってからやるべきだろうが、そこまでするのは面倒くさい。


 プロ仕様の大容量メイクボックスには、やはりプロのメイクアップアーティスト顔負けに道具が揃っている。ナージャが諜報活動をする際、別人レベルに変装する商売道具のため、かなり充実している。個々の商品の違いはわからずとも、用途がわかれば充分と、十路はその中から大して迷わず選ぶ。


 仕事をナージャに取られたため、十路を手伝おうとしてくれたのかもしれないが、和真を担当していたクラスメイトの女子は、結局手出しせずにドン引く。


「堤……まさか化粧水から始めるとは」

「化粧すると肌が乾燥して、メイク崩れるだろうが」

「乳液まで塗るわけ……?」

「水分を浸透させても、乳液でフタしないと抜けるだろうが」

「なんで女子よか手馴れてんのよ……?」

「あんまり日焼け止め塗らないし、ヒゲ剃ればダメージ受けるし。スキンケアくらいならやる男も多いらしいぞ。俺は普段やらないけど」

「迷うことなく化粧下地塗る手つき、そのレベルじゃないって……」

「理由は追求しないでくれ。女装の趣味はないとだけ言っておく」

「疑うなってのムリ」


 これも『校外実習』で潜入したオカマバーで仕込まれた。心は生半可な女性よりも女性らしいおネエさま方は、美への追及もズボラな女性よりも意識しており、しかも潜入は一日や二日で終わらなかったので、十路は基礎的なメイク技術を修得するに至った。至ってしまった。

 慣れたくはなかったが慣れたものなので手早く化粧を終えると、十路はカーテンで仕切られてたバックヤードに入る。

 

 そこのハンガーラックに、レンタル品のメイド服が何着も吊り下げられている。ほとんどはロングスカートのヴィクトリアンタイプなのだが、スカートの短いフレンチメイド服も準備されていた。果たしてスネ毛むき出しにしてまで誰が着るのだろう。いやこのクラスの男子ならば、悪ノリというかヤケクソで着そうな生徒が何人か思い浮かぶ。


 それはともかく。

 十路は手早くメイド服に着替え、やはり用意されていたミディアムヘアのカツラウィッグを装着する。

 化粧が終わったのか。和真と、元々担当していた女子学生と入れ違いに、カチューシャホワイトブリムをつけながら店舗スペースに出た。


「おー。悪くないですね。むしろいつもよりハンサム?」

「心えぐってくんじゃねぇ!?」

「褒めてますよ」

「こんな真似ができるようになった経緯を考えたら、泣けてくるぞ……」

「はいはい。泣かないでください。折角のお化粧が崩れますから」


 和真の改造が終わって手隙になったナージャが近づき、十路の胸に触れてくる。


「……パッド入れてないんですね」

「みんなが準備してる後ろで着替えてんだから、そこまでするか」

「ちょっと期待してたのに」

「一ノ関にでも揉ませてもらえ。パッドなしでもバスト一メートル越えの爆乳だぞ」


 一ノ関ひでかつ。修交館学院相撲部所属。身長一九五センチ、体重一一三キロと、大相撲新弟子検査の合格ラインを優に超える立派な体格を持つ。だが部活としてはともかく角界入りするつもりはないらしく、進路の第一志望は製菓の専門学校。実家のケーキ屋を継ぐつもりらしい、心優しきおとこである。残念ながら遅番シフトのためここにはいない。


 そんな馬鹿話をしていたら、カーテンが開き、ふたりが出てきた。


「ナージャ! これでどう!?」


 彼女の顔に『イイ仕事した!』と言わんばかりの汗が輝いている。

 その、イイ仕事の成果はというと。


 女性とすればなかなかの長身だが、モデル体型と言い換えることもできる。

 着ているのは露出度の低いゴスロリファッション風のメイド服だ。たっぷりした布地とあしらわれたフリルが、意外と鍛えられている男らしいボディラインを隠している。

 元々彼は女顔だが、ボリュームあるロングのカツラウィッグと、ファンデーションで明るい顔色に変化し、チークでナチュラルな血色感をプラスされ、更には長い付けまつげが揺れる瞳と潤った唇では、印象はまるで違う。


 和真は見事に女性へと変貌していた。


「和真って、黙ってればイケメンだから、遜色ないな……」

「ですよね。わたしに無様な告白なんてせずに、黙ってるだけで女の子にキャーキャー言われそうなのに」

「だよね。今日なんてこのまま黙ってれば、オトコにも声かけられそう」

「「黙ってればなぁ」」

「うるせぇよお前ら!?」


 本性を知る三人で評したら、早速和真は美少女の面影を台無しにした。


「さて。メイドさん方? さっそくお仕事です」


 イジり続けるかと思いきや、意外にもナージャは話も頭も顔も切り替えて、真面目に音頭を取る。


「他の男子を捕まえてください」


 十路と和真以外の、教室内にいる男子学生がビクリと震えて、動きを止めた。


「……そういや、やけにテキパキ働いてる割に、いつまで経っても終わらないよな?」


 十路はアイシャドウを入れたジト目をくれる。

 手隙の和真と十路から女装させられたが、次が続いていない。もう作業がないと判断したから、十路は廊下で現実逃避していたのに、いつまでも男子たちの手が空かないのはおかしい。


「これから女子も執事さんに変身しないといけません。なのでとっとと男子の皆さんをメイドさんにしたいんですよ」


 ナージャの言葉に同調するように、女子生徒たちがメイクの準備を手に、ニンマリと野獣の笑みを浮かべる。


「こうなりゃ悪あがきは諦めようぜ?」

「仲良くお前らも女装しような?」


 もうやけっぱちになっている部分もある。十路と和真も肉食獣の笑みを浮かべ、手の関節を鳴らす。


 その後、実行委員会の学生が確認に来るくらい、高等部三年B組の教室から悲鳴が響き渡ったとかなんとか。


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