080_1820 神々の詩Ⅲ ~熊兵士~


「を゛!?」


 雷獣じゅりに服の襟首を噛まれた。牙が体に刺さる危機感を覚えるより前に、十路とおじは土砂から引っ張り出された上、放り投げられた。

 そして彼女の背中に落下した。ろくに受身も取れなかったが、うめいていられる余裕もない。

 雷獣じゅりは素早く体をひるがえし、直後に虚しく爆発が起こる。戦闘機ユーアが容赦なく、対戦車ライフルを撃ち下ろしてくる。


「おい……木次……!」

『文句は後にしてください!』


 彼女の登場について後で文句を言っても、聞く耳持つどころか逆に怒鳴られる気がするが、今はどうでもいい。

 それどころではない。怪我で不自由な体で、しかもジグザグ回避する背中にしがみつくのが精一杯だ。


「どうする気だ!?」


 外骨格を手がかりに這いずり、雷獣じゅりの背中になんとかまたがる。


『こうします! ピッタリ伏せてください!』


 十路が毛皮に埋もれた直後、背後で《魔法》の光が発生し、パリパリと危険な放電音が鳴る。

 そして段違いの雷鳴がとどろく。


 耐閃光音響防御姿勢を取っていた十路が振り仰ぐと、戦闘機ユーアが体制を崩したところだった。

 

 『落雷』と書くように雷は落ちるものと思われがちだが、実はそうとも限らない。そもそも電子が雲から地表に導線を作り、地表から空に電流が流れる現象で、雷は昇る。

 更に自然現象ではごくまれだが、対策のなされた送電設備や航空機を破壊するほど危険な『昇雷』が存在する。

 一般的な負極性対地雷の、数倍のエネルギーを持つという正極性対空雷に直撃されれば、さすがに《ヘミテオス》といえど効いた。


 だが半不死の《ヘミテオス》を仕留めるほどではない。戦闘機ユーアは墜落直前に立て直り、超低空飛行で追って来る。

 それどころか、軌跡に沿うように地面に《魔法回路EC-Circuit》を形成する。そこから何百本と土の筒が乱立する。


 戦闘機ユーアが射線から急速離脱したと同時に、即席で作られた迫撃砲・榴弾砲が次々と発射音と奏でた。撃ち上げられた弾体が空を覆う。


「加速!」


 十路が指示するよりも前に、雷獣じゅりは電磁投射の《魔法回路EC-Circuit》を形成し、飛び込んで暴力的な加速を行った。


「がっ!?」


 それでも遅かった。雨あられと落ちてきた弾体は《魔法》の破壊力を発揮し、端とはいえ絨毯じゅうたん爆撃の中を駆け抜けることになる。したたかに衝撃波に体を叩かれ、小石がいくつも体に食い込んだ。


『ぐ――!?』


 更には上空から、固体化した空気の地中貫通爆弾バンカーバースターが落ちてくる。細長い弾体が地面に突き刺さり、遅れて地中で昇華爆発を起こす。噴出する土砂と共に雷獣じゅりは吹き飛び、十路も背中からその側に投げ出される。


 戦争の悪魔ハルファスの名は伊達ではない。純粋な火力では魔人アスモデウスに劣っていても、制圧能力は遜色なく、一撃離脱を合わせて考えるとかなり厄介だ。

 もっとも《ヘミテオス》たちは、まだ真髄を見せてはいないだろうが。


 戦闘機ユーアは一層の推力を吐き出し、天空へと向かう。きっと宙返りループを決め、トップアタックを仕掛けてくる。


 置き去りにした距離を詰めて、槍を逆手持ちした魔人リヒトが、高々と飛んだ。


 加速させた思考回路で、十路は考える。


 リヒトは心配なかろう。狙いは十路ひとりだろう。だが悠亜はその限りとは思えない。

 そして雷獣じゅりはまだ体勢を立て直せていない。


「……ッ!」


 彼らがなにをするかは知らずとも、このままでは共に心中する未来しか見えない。


(動け!)


 両腕はまともに動かないが、肘と、手放さなかった小銃を使って、なんとか身を起こす。

 右足は骨が折れて耐えられないが、左足は激痛を無視すれば体重を支えてくれる。

 動いた拍子に口内が血の味に溢れたが、今更なので気にしない。

 銃としては故障しても、《魔法使いの杖アビスツール》としての機能に問題ない。生体コンピュータも正常に稼動している。

 一歩だけで充分、《磁気浮上システム》を実行し、跳躍する。


(もう、ウダウダ言ってられない)


 初めて雷獣の姿を見せた時、樹里は白々しい嘘で、それが己だと認めようとはしなかった。

 なのに今日は、全く頓着することなく、この姿で十路を守るために現れた。

 ならばなにをするかなど、考えるまでもない。


(覚悟決めろ! 俺!)


 の童話ではタイトルのとおり、クマの毛皮が取り沙汰される。人々から異形として扱われる、マントにして寝床。

 だが本当のキーアイテムは、悪魔が貸した上衣チョッキだ。金貨が無限に出てくるこのアイテムがあればこそ、兵士は人々から嫌悪され続けても、悪魔との賭けに勝ち幸福を手に入れた。


 本来ならば忌避すべき、成り行きで手に入れてしまっただけの、借り物の悪魔の力。

 十路もそれをおのが内に求める。


「《緑の上衣を着た兵士ベーレンホイター》ぁぁぁぁッ!」


 直後、金属の激音が響き渡る。


《ヘミテオス管理システム――起動》

《セフィロトNo.9iサーバーとリンク》

《システムNo.0540067454および内包システム 直接接続》

《不定形システム・ウェポン準備》


 間に合った。

 左腕が小銃を取り込み、炭素カーバインの皮膚に覆われ、合金の鱗が並び生えた。それで撃ち下ろされた20mm口径弾をはじき飛ばし、突き下ろさる槍穂を掴み取った。


『ヘッ』


 わざに違いない。魔人リヒトは剣を真っ向から振り下ろしてくる。

 十路は槍を封じたままでも、肘の位置を変えるだけでいい。手首から生えた銃剣バヨネットで、その刃も受け止めた。


『ようやく『化け物』になる覚悟決めたか、小僧ォ』

「決めちゃいねぇよ……人間のつもりだ」


 足が体重を支えられないため膝を突き、一見押し負けてるように見えるだろうが、実際『悪魔』の左腕は魔人リヒトにも力負けしていない。それどころかわずかとはいえ剣を押し返し、槍の穂先を握りつぶしている。


「だけど、堤家の家訓にあってな……」


《三次元空間把握戦術多機能レーダー.dtc 解凍展開》

《ベクトル解析弾道予測ソフト.dtc 解凍展開》

《擬似先進波観測センサー.dtc 解凍展開》


 意識がクリアになる。索敵系術式プログラムが並列実行されて、普段不可能な情報処理が開始されても尚、《魔法》実行に必要な演算能力が確保される。


「『立ってるものは親でも使え。座っていても立たせて使え』ってな!」


《不定形システム・ウェポン機能移行――銃》

《装弾筒付徹甲弾.dtc 解凍展開》

《徹甲焼夷弾.dtc 解凍展開》


 元々の『熊の皮を着た男ベーレンホイター』は、騎士の英雄譚や村人の出世譚ではなく、童話では珍しく主人公は銃をたずさえた兵士だ。その関連だけで名づけられたとも考えられるが、きっと違う。真相は確かめようがなく、十路が勝手に考えるだけだが。


 そもそもこの力は、十路のために生まれた。

 源は《千匹皮アラライラオ》に与えられた心臓。

 そして『千匹皮』も『熊の皮を着た男』も、主人公がけだものの皮で異形となった末、幸せとなる物語。


 ならば、この場面で、躊躇ためらいがあってはならない。


 十路は受け止めた剣を滑らせながら、左手を変形させた銃口を魔人リヒトの顔面に向け、脳内で引金トリガーを引く。

 さすがにひるみ、体勢を崩させたところに、そのまま上にも《魔法》を付与した弾丸を連射する。戦闘機ユーアに回避行動を取らせて追撃を防ぐ。


《不定形システム・ウェポン機能移行――剣》

《高周波カッター.dtc 解凍展開》


 そして返す刀で魔人リヒトを、腕の延長線上に生えた刃で斬りつける。《魔法》を付与した刃は、強化された体を易々やすやすと袈裟に斬った。

 この戦いで、初めてとも思える一撃を入れることができた。

 これまで何度もリヒトの身を削っているが、効果あるとはとても思えなかった。

 人間相手なら致命傷でも、《ヘミテオス》では大して意味はない。それが分かっていても、骨を割り、内臓を裂いた感触は、今までとは違うことを実感した。

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