080_1300 夜の巷を機動戦するⅣ ~模様替~
友人たちは同じ学校に通って樹里と親しい分、一般人よりは支援部や《
とはいえ馬鹿正直に全てを話すわけにもいかない。誤魔化しながらだと、説明はなかなかに難しかった。
「つまり、アクションシーンがカッコよくて惚れた……ってことですか?」
「や。そういうのは全然」
映画を趣味とする愛が眼鏡越しに瞳を輝かせたが、樹里はその視線を振り払うように手をヒラヒラさせる。
「やっぱりね、
「本物が違うのは当たり前だろうけど……どう違うの?」
「ややややや。そういう問題じゃないんだよ。こういう言い方したら悪く聞こえるだろうけど、やっぱり
「まぁ、当事者意識を持てと言われても、な。ニュースでどこかで戦争してるとか、事件が起きたとか言われても、やはり実感は……」
「木次さんが
「ややややや。現場来て体験しろなんて全然思わないし、むしろ関わって欲しくないから、他人事で充分だけどね?」
硝煙と炎と血の、暴力の匂い。オゾンとアンモニアの、《魔法》の匂い。
ひとつの判断が、一秒の違いが、生死を分かつ。
本物の戦場は、そんな非日常に
「ただ、わかって欲しいのは……やっぱり怖いってこと」
そこで動く者たちを見て抱く感情は、不安と恐怖しかない。
「死ぬかもしれないから?」
「自分よりも、誰かが死ぬかもしれないのが怖い」
史上最強の生体戦略兵器といえど、無敵の存在ではない。
《
それが容易に起こりうるのが、戦場だ。
「特に先輩は、いっつもケガしてるし」
十路はそんな場に、真っ先に躊躇なく飛び込む。それも可能な限り単身で。
《
なのに。
「他の人から見たら、堤先輩って強い人って印象なんだろうけど……私にはそんな風に見えない。すぐ折れそうで、怖い」
きっとそう言えば、彼は鼻で笑うだろう。
だが、彼はいつだって誰かのために、傷だらけになって戦ってきた。少なくとも修交館学院に転入してからの、樹里が見る彼の在り方はそうだった。
それは正しく騎士――正義のヒーロー像ではなかろうか。
なのに彼は、主役ではなく、脇役であろうとする。お姫様を救ってめでたしめでたし。幸せに暮らしましたとさと、成功者になる気が全くない。
誰かのピンチに現れて手助けするだけの、おとぎ話の『魔法使い』であるかのように。
彼ら、彼女らにも、そこに至るまでのバックストーリーが存在するはず。だが決して語られることなく、出番を終えたら
悪者の手から誰かを守り、そして去る。昔ながらのヒーローみたいで格好いいかもしれない。
だがそれは、たとえ死のうとも、主役の幸福で塗りつぶされ、忘れ去られることではなかろうか。
十路もそうなるのではないかと、恐ろしく、悔しい。非常時の、人間兵器としての頼もしい姿とは裏腹な、彼の人間的な姿を見てしまったら、いつか現実になりそうな気がしてならない。
「白魔導師の樹里としては、先輩を支えたかった?」
「や。そういう気持ちがないとは言わないけど、どちらかというと、それ以外の責任感、かな?」
バッタの能力ではないが、十路を改造人間にし、悲劇のバイク乗りヒーローに仕立ててしまったのは、樹里に大きな一因がある。
「だから……先輩が私を嫌うのは、仕方ないところなんだけど……それ以前」
心臓移植や《ヘミテオス》のことを、友人たちに話せるわけはない。
最強と
三人とも要領を得ない顔をしているが、深刻さは充分伝わったか、それ以上は踏み込んでこなかった。
「…………堤先輩、ホントのところ、どう思ってるんだろうね」
結がポツリと言った途端、勢いよく立ち上がる。
「直接聞いてみよ」
△▼△▼△▼△▼
強行する結を止めるため、パジャマ代わりの部屋着をパーカーとスカートで誤魔化した樹里も、マンション二階に降りることになった。
ちなみに晶も結も止めはせず、なにか思うことありそうな顔で着いてきている。
「やめようよ~……もう結構遅い時間なんだし」
「高校生ならまだ早いって」
そうかもしれないが、訪問するには失礼と言われるやもしれない時間だ。だがインターフォンに手を伸ばす友人の行動を、物理的に止めるほどの制止はしない。
電子的なチャイム音の後、静寂しか返ってこなかった。結がインターフォンを繰り返し押すが、やはり反応はない。
「もう寝ちゃった?」
「わかんない……けど、話せないならやめよ?」
垣間見る十路の生活スタイルからすると、まだ寝ずに受験勉強している頃合だと思うが、風呂にでも入って対応できないのかもしれない。
出てこないのなら諦めるだろうと、結の向きを変えさせて、背中を押す。
「ちゃんと礼を言ってないから、言いたかったんだが……」
晶は口の中で呟いただけだろうが、樹里の聴覚は聞き逃さなかった。
「お礼って、晶が堤先輩に?」
「あ、あぁ」
直接の接点がないだろう関係で、なぜ礼を言う必要があるのか。それが意外で問いただすと、聞こえたのが意外そうに晶は答える。
「今回の泊まり、堤先輩が出資してくれたから」
「え……?」
直接的には無理でも、それができる者たちに依頼する。そのために出資を行う。
社会ではごく当たり前に行われていることだ。
だが、学生らしくはない。せいぜい『お願い』レベルだろう。普通の学生ズレした十路がやることだから、という解釈もできはするが、嫌な予感を覚えた。
樹里は携帯電話を取り出して、登録された十路の番号を呼び出し、耳につける。
想像通りのコール音を虚しく聞きながら、そのまま生体コンピュータと脳内センサーを本格駆動させ、十路宅の扉に触れた。機密性が高く分厚い扉とはいえ、水密扉や耐爆扉ほどでない。振動は感知できるし、空気中の《マナ》を通じて室内を探れる。
脳内に描かれた室内は無人だった。いや、インターフォンを鳴らして反応がないのだから、それだけならいい。
室温がほぼフラットなのが問題だった。摂氏三六度前後の物体が室内に存在しない状態が、長時間続いていることを物語っている。
(ずっといない? 夜まで部活?)
部員それぞれの特技に関する部活内容ならば、他の部員は知らないまま活動することもままある。樹里は今日終業直後、友人たちに連行されたので、各部員の活動を知らない。
そう思って向かいの部屋のインターフォンを押すが、南十星の部屋からも反応がない。電話をかけてみたが反応はない。
電話の相手を変えたが、ナージャも、コゼットも、やはり出ない。
(どういうこと……?)
家出期間中は幽霊部員していたので、全員参加の緊急部活動――つまり戦闘を行った際でも、直接の連絡はなかった。部員間の無線連絡を勝手に聞き、《
(私、ハブられてる?)
それが復帰しても続いているのだろうか。
△▼△▼△▼△▼
友人たちを置き、樹里はマンション前に出た。携帯電話は
『イクセス。聞こえる?』
生身のまま無線電波を飛ばすが、これまた反応がない。用がなければ寝る人工知能だが、生物学的な意味での睡眠を摂るわけではない。呼びかければ返事するはずなのに、ない。
仕方なく《バーゲスト》のGPS情報を探ると、意外な現在位置が割り出された。
(え? なんで淡路島?)
単に仲間外れにされているだけではない、嫌な予感が強くなった。
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