080_0730 モヤモヤお~たむず2Ⅴ~相談事~


「それはそうと、十路とおじくん。旅行中、木次きすきさんとどうだったんですか?」

「どうって?」


 一緒の部屋で宿泊あまつさえラブホテルにも泊まった件でからかわれる警戒をしたが、ナージャが訊きたい話は違った。緩い笑みも消している。


「幽霊部員から復帰しても、十路くんに対して、挙動不審じゃないですか」

「それなぁ……」


 その話題なら構わないが、かといってどう話したものかと、十路は首筋を撫でてしまう


「部活になって予定変更したけど、元々は俺の個人的な旅行だったろ? なんで木次が付いて来ようとしたか、結局よくわからん」

「それ以前に、木次さんと話せたんですか? 《ヘミテオス》のことがあってからビミョーな感じですけど」

「当たりさわりのない話なら、フツーに?」


 ラブホテルから帰路についた最終日はともかく、旅行中の会話頻度や内容は、普通と称してもいいだろう。元々十路も樹里も多弁ではないため、それなりの会話をしていれば『普通』の範疇はんちゅうになってしまう。

 樹里が話しかけてくるのに躊躇ちゅうちょらしきものもありはしたが、そこまで『不審な言動』と言ってしまうのは酷だろう。ということは不審さは減っている。


(木次が不審な理由、なぁ……? イクセスが言ってたけど、さすがに納得すんの無理なんだが……)


 いつの間にか、大型犬が食事を終えていた。背筋を伸ばしてお座りし、十路を真っ直ぐ見つめている。


 イヌは除外するにしても、幸い支援部の年長組が揃っている。ウブさ的に開けっぴろげな年少組なとせ&フォーのほうが頼りになりそうな気がしなくもないが、年齢に伴う人生経験に期待したい。

 具体的には、感情を隠して相談に応じてくれるのを。いくら十路でも彼女たちの好意には気づいているが、あからさまにせず大人の対応をしてくれるだろうと。


「イクセスが言ってたんですけど……木次が俺に好意を持つなんて、あり得ると思います?」

「可能性だけなら、あり得ると思いますわよ?」


 なぜかビクッと震えたイヌに、背後から抱きついて胸の毛をモコモコさせながら、狙いどおり普通にコゼットが応じてくれた。


「いや、どう考えても俺、木次に好かれると思えませんよ? 嫌われる心当たりならいくらでもあるけど」

「んー。まぁ、それは間違いないですけど、『だから嫌い』と必ずしもならないところが、オトコとオンナの難しいところでして」


 ナージャも普通に応じてくれた。

 こういう時に空気の読める彼女たちには助けられる。


「まさか俺が母性本能くすぐってるとか言わんよな?」

「それもイクセスさんが言ってたんですか?」

「そんな感じ」


 その時のイクセスには、すぐに否定というか雄弁な沈黙を返されたが、コゼットからはまた別種の否定というか肯定を返された。


「母性本能とは違いますけど、完全な的外れとも言えないでしょうね……例えばこの部屋だけでも言えるじゃねーですのよ」


 鼻にしわを寄せたコゼットが、『見ろ』と首を巡らす。

 十路も見回したが、旅行で二、三日不在にしただけでなにか変わるはずもない、いつも通りに物の少ない見慣れた自室があるだけ。


「いい機会だからハッキリ言いますけど……貴方、執着心なさすぎですわ。正直恐ろしくなるくらいに」


 イヌから離れて姿勢を正したコゼットの顔色を見れば、真面目で深刻な懸念だと理解できる。だが十路はいまひとつ理解できずに眉根を寄せる。


「この部屋、ミニマリストか終活してるお年寄りかと思うくらいに物少ないですよね」


 すんなり話を引き継げるということは、ナージャも同じ危惧を抱いているのだろう。腰を浮かせた蹲踞そんきょ姿勢だったのに、フローリングに座り姿勢を正している。やはり剣術家だからか、見た目完璧外国人なのに、日本人以上に正座に慣れている。


非合法諜報員イリーガルとしてスーツケースに入る分だけで生活していたわたしでも、このマンションで生活するようになってから、物が増えましたよ。男と女じゃ事情が違うでしょうけど、それでも十路くんが入部してから半年で、どれだけ物増えました?」

「倍以上になってる」


 官舎暮らしからひとり暮らしになれば、当然いろいろ変わる。隊員食堂から自炊に変われば、食器や調理用具を増やさないとならない。掃除道具も共用だったのに、自分で購入して揃える必要があった。


「増えたの、生活雑貨だけで、私物とは違いますよね?」

「え? それも私物だろ?」

「いえ……趣味のものとかですよ。わたしが見る限り、六法全書とジャグリングのボール以外、この部屋にあるの全部、最低限の生活必需品だと思うんですけど」

「最低限なら、服なんてもっと減らせるわ」

「いくら男の人でも、年間二〇アイテム未満は、相当少ないですってば……」


 『うわ、この人マジですかそこからですか』みたいな目で見られたが、なぜそんな視線を向けられるのか。自衛隊官舎ではもっと物を少なくして整理整頓していないと、台風じょうかんに部屋を荒らされていたのだから。

 それより、なぜナージャが服の数を知ってるのか。知らぬ間にクローゼットあさられているのか。


 そこをツッコまれたくないのか、これ以上は無駄だと思ったのか。ナージャは豊かな胸を持ち上げるように腕を組み、しばし言葉を選んで話を変えた。

 

「これまでの部活で、十路くんはかなり無茶してますよね。なにかが違えば死んでても不思議ないくらいに」

「まぁ、な。危険度は自衛官時代まえと大して変わらなくても、支援部には世間体って制限あるから、どうしてもハードになる」

「だけど、ですよ? 死ぬのを怖いって思ったこと、あんまりないですよね?」

「軍事訓練ってのはそういうモンだし、ナージャだって同じだろ? 民間人しろうとみたいに刃物や銃見てイチイチ固まってたら、命がいくらあっても足りない」

「ピンチの時、なんとかできる自信があったんですか?」

「そうの場合もあるし、そうじゃない場合もある。まぁ自信に関係なく、やる必要があったってだけだ」


 言葉に困ったように、ナージャがこめかみをポリポリかいて、紫の視線で助けを求めた。


「貴方、遺書を用意してますわよね?」


 コゼットが青い視線で促し顎でしゃくるので、十路も思わずローテーブルのノートパソコンを見てしまった。

 カマかけられたにしては具体的だ。予想の発端となるものを、彼女はどうやって知ったのか。


「遺書ではないですね」


 不審さを見せてしまった以上は誤魔化しても仕方ない。

 事務的なものなので、気持ちをつづった遺書とは違う。法的拘束力は皆無なので遺言書とも違うし、エンディングノートと呼ばれるものとも違う。

 だが、十路が死ぬ想定をしているのは、間違いない。


「兵士が死ぬ想定をしておくっつーのは、わからなくはねーんですけど……」


 金髪頭をガリガリかきつつ、渋々の理解を示したコゼットは、手入れの行き届いた人差し指を突きつけた。


「例えば支援部のこと。部活時の貴方の行動は、部を存続させるためですわ。でもその一方で貴方は、支援部が壊滅する想定もしてるでしょう?」

「えぇ」


 それは常々つねづね言っている。部員たちの身柄や命を狙われる環境にある支援部は、やはりいびつで無理がある。引き換えに得ている普通の学生生活は、いつ崩壊してもおかしくないと。


「なにか問題あります?」

「それだけなら悪くはないですわ。無条件に平和が続くなんて頭に花咲かされても困りますし……でも、貴方の意思はどれだけ介入してるのか、疑問ですわね」

「意思って……」

「ご自身で覚えてます? いつだったか、支援部員やるのが、自分の任務だって言ってたの」

「薄っすら記憶にあるような、ないような」


 まだ転入して間もない頃、コゼットに入部理由を聞かれて、そんな答えを返したような気がする。


「仮に、貴方の存在が支援部存続のネックになった時、貴方はためらいなく退部するでしょう? 『任務』と思ってるから、部に執着する理由もない」

「ベストと判断したら、しますね」

「それですわ。なんでそう割り切れるんですの? 効率的と言やぁ聞こえいいですけど、非人間的なんですわよ……だから正直わたくしは、貴方が怖いですわ」

「入部前に部長と戦って、俺が追い詰めたからですか?」

「いえ、以前は確かにその件で苦手意識持ってましたけど、最近は違う意味で。図太くて大胆な反面、すごく繊細に思えますわ」


 金色の柳眉を寄せる表情は、取り繕ったものではない。本気の心配なのだろう。


「そうですね。壊れた十路くんの銃剣ナイフみたいです」


 ナージャも同じ危惧をしているのか。


 見た目は異常なくとも、芯が割れてしまったため、新造することになった。コゼットが調べずあのまま使い続けていれば、ポッキリ折れて命取りになっていたかもしれない、ギリギリの状態だった。


 きっと彼女たちが十路に好意を抱いても、それ以上にならない理由でもある。不用意に触れてしまえば壊してしまいかねないから、手を伸ばせない。


「ナトセさんとフォーさんも、似たような感覚だと思うんですけど……木次さんは明らかに違いますよね」


 だが、彼女だけは。ようやく話が本題に触れた。


「十路くんが自虐すると機嫌悪くなりますし、血まみれになれば『反省しろ』と顔面削る勢いで拭きますし」

「あれ、メチャクチャ痛いから、ホント勘弁して欲しい……」

「なら、逃げればいいじゃないですか? 極論言えば、木次さんを殴り倒してもいいわけでしょう? なんで十路くん、大人しく制裁を受けてるんですか?」

「だって怖い……木次ってキレると静かでフラットになるから、大人しく従わなかったらどうなるか読めない……」


 自分でも情けない泣き言と思うが、耐える以外にどうしていいのかわからない。

 十路の周囲にはいなかったタイプだ。どうしても粗野になる軍事関係者に囲まれていれば、感情的に声を荒げられるのに嫌でも慣れるが、あんな深海みたいな静かで殺人的な圧力は何度受けても慣れない。


 そして方法はどうであれ、身を案じられるのが当然と気づかぬほど子供でもなく、安易に拒絶する人でなしにはなりたくない。


「そこがわたしや部長さんと違うところです。木次さんは十路くんを叱れるんですよ」

「俺が言うと甘えだけど……ナージャと部長は、叱れない理由があるのか?」

「理解できますからね。そりゃぁ思うことは色々ありますよ? でも、例えば大ケガするような無茶をって思っても、そうしなきゃ勝てなかったってわかるから、文句つけられません」


 コゼットにもまた、文句をつけられない理由がちゃんとあるらしい。


「いままでの本格的な戦闘ぶかつは常に不利な状況で、主に堤さんは負傷しながらもちゃんと生きて目的達成してるわけですし、それ以上を求めるのは寝言の領域でしょう? でも、そこへ感情論で不満持ち込むのが、木次さんなわけですけど」

「感情論、ですかね……?」

「わたくしよりか感情で動いてると思いますわよ?」


 二重の意味で納得できない。冷たい激怒も感情より理性が表立っているし、それ以外の樹里は理論的な人間だ。あと感情的に理不尽なことでも平然と言ってくる二面性丁寧ヤンキー王女サマがなにヌかすとも思うから。


 コゼットも自覚あるのか、それとも単に言いたいこと言ったからか。口をつぐんだので、再度ナージャが話を引き継ぐ。


「なにより十路くんを叱れないのは、どうしようもできないからです。なかなか自分を曲げないでしょう?」

「状況が許さないからだ。曲げて戦いの不利がどうにかなるなら曲げるけど、そんなの無意味な状況ばかりだし」

「違いますね。だって厳しい戦局の時でも、わたしたちが参加するの、いい顔しませんよね? できるだけひとりで片つけようとするでしょう?」


 十路ひとりで対処するつもりで作戦を考えていても、なし崩しに他部員が首を突っ込んでくるから、時間がなくて許容するしかないのが最近のパターンだ。


「わたしたちも素人じゃないのに、まさか足手まといとか言いませんよね?」

「言えるわけないだろ……」


 総合的な戦闘能力は十路が上だろう。だが個々の得意技能なら全員にかなわない。ゲームに喩えるなら、十路は平均的な高ステータスを持ち、他部員は特化型ステータスでスキル構成がまるで違うキャラクターだ。

 ならば単純な理屈では、最初から全員で事に当ればいいはず。短所を補い合い、長所をより強力に運用すれば。


 それでも十路は、まず単独対処を考えてしまう。現実には1+1が必ずしも2になるとは限らないのが一番の理由だが、やはり心情的に。


「確かこの件でも木次さんをブチギレさせたでしょう?」

「あったな、そんなこと……」


 夏休み直前の戦闘ぶかつで、初めてあの冷静激怒を向けられて、樹里に恐怖を抱いた。人外モロ出しの暴走モードでも、あそこまで怖いとは思わなかった。


「わたしは議論しても無駄って思ってますから、十路くんのワガママなんて無視しますけど。木次さんは違うわけです。変わってほしいわけです。どこまで自覚してるのか知りませんけど」

「ワガママ、か……まぁ、そうだよな」


 コゼットが評した『樹里が感情で動く』という見方も、遅ればせながら納得する。


 先に十路が感情論を振りかざしているのだ。戦闘ぶかつ時、彼女たちと共に戦ったほうが勝率は高くなるに決まってるのに、そんな理屈を無視したいのだから。

 なら対抗するためには、ナージャたちのように無視して好き勝手するか、樹里のようにできる限りの感情論をぶつけてくるか。


「堤さんはやっぱり、中途半端って思いますわよ。《騎士ナイト》サマのきょうなのか知らねーですけど」


――中途半端に優しくしないで。

――中途半端にまもろうとしないで。


 あれは――コゼットのワケあり事情で退部し、国に帰らないとならなくなった時だったか。あの時の泣きながらの怒りとは違う、落ち着いた真摯さだが、またも同じ言葉で否定された。


「木次さんが貴方をどう思ってるかはひとまず置いて……堤さんはどうしたいんですのよ?」


――木次。お前の望みは、なんだ?

――望みを言ってくれなきゃ、俺はどうしようもできない。


 あの時――樹里が家出した際に言い放った言葉が、巡り巡って自分に突き刺さる。

 まだそれが明らかではないからと言い訳もできる。だが樹里はなにかしら、十路に『望み』を示そうとしているのは間違いない事実で、目を背けてはならないだろう。

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