080_0740 モヤモヤお~たむず2Ⅵ~真夜中~


「あー……」


 やはりこの手の相談は、女性相手にするのものではない。

 ふたりからなじられてたわけではないが、なかなかメンタルが削られた。コゼットは言いにくいことでもズケズケ言うタイプだし、ナージャも十路とおじ相手に遠慮はしない。

 単なる恋愛相談未満ならば、同姓の友人――和真かずまあたりでもよかった。だがやはり支援部や樹里の裏事情が絡む以上、話できるのは部員だけになってしまう。


 自覚している欠点でも、改めて他人の口から聞かされると効く。ふたりが自室に帰ってしばらくしても、ベッドにもたれてだらけた息を吐いていた。受験勉強する元気もない。大して高くもない普段のテンションに戻るにも時間が必要だった。


 とはいえ、話したことで幾分は心が軽くなっているため、後悔はしていない。


(俺自身がどうしたいって言われてもな……)


 改めて考えてみても、特に望みなどない。


 兵士とは基本、そういう存在だ。

 もちろん国や家族を守りたいといった、兵士になった動機、個人個人の望みはあるだろう。

 だが任務となれば無視される。軍事や作戦といった巨大システムを構成する歯車のひとつとして運用される。考えるとすれば己に課せられた任務遂行のみ。目の前の危機を忘れて大望していれば死ぬ。


 それに、そういう役どころがお似合いだとも思っている。


 物語で『騎士』たちは、敵を倒す役目を担った存在だ。お姫様を助けてめとり末永く幸せに暮らしましたとさになるのは、貴種流離譚に連なる、素質からして異なる者たちの物語で当てはまらない。

 童話の『魔法使い』たちは、ヒロインの願いを叶える存在でしかない。自身のために奇跡の力を振るうことはない。


 有事には強大な力は頼りにされる、平時には異質で忌避される。ならば役目を終えたら静かに消えるのが一番。

 


 そう考えるのが異常な感性だとは自覚している。

 『普通』を理解していない、己の壊れっぷりも自覚している。


 だが同時に、それでなにか問題あるのかとも思ってしまう。

 なによりそれを正すことは、これまで築き上げてきた『堤十路』の否定で、忌避感が勝る。


 強いて言うなら十路の望みとは、今までをこれからも保つことだ。


「どうした、お前?」


 気づけば、部屋の隅から動かなかった大型犬が、すぐ近くにいた。丸い琥珀色の瞳で十路の顔を覗き込んできた。


 ベッドにもたれたまま手を伸ばしてみる。

 あれだけ殺気を振りまけば警戒されると思いきや、大型犬は近づいて脇の下に入り込み、体を触らせてくれた。

 今までなんとも思っていなかったが、触れてみるとまだ若いイヌだろうことがわかった。大型犬らしいしっかりした骨格と筋肉が、たるみのない毛皮の下に感じられる。


「こういう時、普通の高校生なら、どうするんだろうな……?」


 生き物の温もりに緩んだように、自然にひとりごとが洩れた。


 後輩に好意を寄せられてるかもしれない。どうしよう。

 そんな単純な色恋沙汰なら楽なのだろう。どんな高校生でも体験しても不思議なく、誰にだって相談できるし、答えだってありふれている。


 だが十路に当てはめるのは無理だ。《魔法使いソーサラー》だから。


「くぅ~ん……」

「お前に訊いて仕方ないよな……」


 イヌ相手になにをやってるのか。


(寝るか……マニュアルももう、ほとんど出来てるし……)


 就寝にはまだ早い時刻だが、今日はもう受験勉強もやる気になれない。



 △▼△▼△▼△▼



(……?)


 夢うつつに物音を聞き、真夜中に十路は目が覚めた。

 だがしばらく様子を窺っても、部屋は静かなもの。

 仮初かりそめの同居人であるイヌが、やたらとゴソゴソしているのが伝わって、寝入るのをさまたげられたというのに、気のせいで目が覚めるとは。


 ともあれ尿意も覚えたので、目覚めたついでに十路は、寝ぼけているのを自覚しながらベッドを降りた。


(消し忘れてたか……)


 トイレから明かりが洩れていた。だが時折あるウッカリだと気にせず扉を開いた。


「え゛」

「あ、スマン……」


 明かりが点いてるのは当然だった。施錠し忘れた利用者がいたので、十路はすぐさま扉を閉めた。

 トイレが空くのを待つ間にキッチンで水を飲んでいて。


「…………はぁ!?」


 寝ぼけた頭では、それが異常事態と気づくのに遅れた。

 ひとり暮らしの自室なのだから、トイレの先客などいるはずない。


 血相を変えてもう一度扉を開くと、なにかの間違いではなく利用者がいた。


「お前、マジで人間用のトイレ使うのな……」

「わふ?」


 ハマることなく洋式トイレの便座にお座りする大型犬が。なぜか動作がカクカクして不自然だが、小首を傾げる。


 明かりを点けなかったので、部屋の隅を確かめていなかったが、まさかイヌが夜中に起き出して自分で照明つけてトイレに入っているとは、考えもしなかった。いや普通考えないだろう。

 起きてる間、危険がないならずっと監視していなかったが、度々利用していたのだろうか。


(まぁ、いいや……)


 イヌと入れ違いにトイレを使い、十路はベッドに戻る。ちなみにマンション備え付けの便器は、離れれば自動で水が流れるタイプなので、イヌの使用後でも気にならない。


 今度はちゃんと確かめると、イヌは部屋の隅、毛布で作った寝床に丸まっている。光る双眸を闇に浮ばせている――つまり十路をじっと見ているが、彼は構わずベッドに横になる。


(いくら寝ぼけてたとはいえ、イヌが人間に見えたって……俺、大丈夫か……?)


 欠伸を漏らすと、意外とすぐに寝れそうだった。

 またイヌが寝る姿勢探しに難儀している音を聞きながら、十路は再び寝入った。

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