080_0700 モヤモヤお~たむず2Ⅱ~謎狼犬~


「久々の静岡しぞーかおでんウメ~」


 南十星なとせが温めたおでん缶を抱えてウマウマしている。リクエストされた静岡土産は昨夜、学院地下で生活している野依崎以外には、マンション内で配布したのに。そのおでん缶は、十路とおじがオヤツ代わりに購入して持ってきたものなのに、黒ハンペン一枚しか食べていない。


「ダシ粉と青ノリあればカンペキだった」

「強奪しといて文句言うな」


 出汁まで全て飲み干されて、折りたたみフォ-クだけが虚しく突っ込まれた空き缶が返ってきた。『まぁ、買って来たのまだあるし』と妹の横暴は見逃すが、完全放置はためにならないと教育的制裁でチョップを落とす。


 そして十路はなんとなく、普段よりスペースが広い支援部部室を見渡した。

 《バーゲスト》はない。復路もトラック輸送の上、演習とはいえ自衛隊と戦闘を行っているので、木次きすき家のガレージに送られて本格的なメンテをする予定だ。


 部員は十路と南十星しかいない。本日は日曜日のため、いなくても不思議はない。なら休みにも関わらず学生服に着替えて部室にいる堤さんのご兄妹きょうだいはなんなのかという話だが、支援部員は予定がなければ、秘密基地に集まるように割と休みの日でも部室に来る。


「そーいや、他のみんなは?」

「フォーは依頼回されて、プログラミングで缶詰になってるけど、部長とナージャは……詳しくは知らんけど、自主練?」

「なんの?」

「例の、対人戦のパラメータ低下」

「カウンセリングでも受けてんの?」

「その辺を知らん」

「あと、じゅりちゃんは?」

「そっちは全然知らん」


 十路は野依崎に土産を渡すために登校して、自前のノートパソコンを持ち込んで文章を作っていた。資料の都合で、自室よりでやるより都合がいいのだ。

 そこへ午前中は用事があったものの、午後から暇して遊びに来た南十星におでん缶を強奪された、今の図がある。


「んでさ? 昨夜ゆうべは時間も時間だったから聞かんかったけどさ。静岡行き、どーだったの?」

「どうもなにもないけどな……個人的な用件は墓参りだけだし」


 南十星は羽須美のことを敵視していたので、夜中旅館を抜け出してまで区切りをつけてきた件は触れない。

 彼女にとっても、どうでもいい内容らしく、話す必要は最初からなかった。


「いや、そっちよか、ジエータイとのエンシュー」

東富士演習場ひがしじゃなくて北富士演習場きたったからなぁ。俺が直接知ってる人間は何人かとしか話してないし、特に問題らしい問題はなかった」

「そーじゃなくて、じゅりちゃんと一緒で、なんかあったの?」


 十路は誤魔化したいから、話題にしたくないのだが、南十星はそれを許してくれない。


「自衛隊式の訓練に参加して、木次にざっと体験させたくらいだな。初等偵察訓練課程プチレンジャーくらいはさせたかったんだけど、さすがに一日じゃなぁ……」


 自衛官時代に懐いていた猛犬少女とのことは、関わっていた期間が短く南十星は知らないはずなので省いた。


 それに、訓練用弾薬とはいえ発砲する戦車部隊と戦わせた事実も省いた。樹里は軽々と模擬戦に勝利したのだし。

 常人ならば自殺行為だが、スポーツバイクバーゲストで駐屯地の山林を不整地走トライアルさせたのも。運転免許がなくても樹里も《使い魔ファミリア乗りライダーだから、本職の偵察隊員をぶっちぎったのも当たり前。

 一般人は機関銃MINIMIを撃った経験も、爆発を数百メートル離れて眺めた経験もない。でも支援部員は機関銃で撃たれた経験も、ミサイルやロケットを撃ち込まれた経験もあるので今更だ。

 特筆することはなにもない。十路が一般常識からズレているのも今更なのだし。


「夜は?」

「いや。なにも」


 つばめにハメられて、異性交遊をすすめられた件には触れない。平然としているフリはしておいたが、思い出したらやはり十路でも気まずくなる。帰り道一切会話がなかったくらいなのに。


「ふーん」


 茶色い瞳を細める辺り、南十星は野性の勘でなにか察知したようだが、真意は掴みかねている様子だった。樹里と同室でもなにも起きなかったのは純然たる事実なので、すぐバレるような嘘は言っていない。

 最近の南十星はどうも、樹里に対する当たりが強いようにも思うので、十路はバレないか内心冷や冷やしてしまう。バレたところでどうなるとも思わないが、あまり良い結果にもならない気がする。


 オヤツを食われてしまったので、手持ち無沙汰というか口無沙汰をどうするか。コーヒーでも飲んで誤魔化すか。休日でも購買は営業しているので南十星にパシらせるか。部で確保している保存食を空けるか。

 これ以上静岡行きの話を続けるとバレる可能性も考えて、十路はミニキッチンをあさるべく立った。


 そして入り口の、なにかゴソゴソした音に気付いた。ドアの上半分にはめ込まれた擦りガラスに、辛うじてなにか動くものが映っている。

 小学生でもそこまで小さくないし、普通にドアを開ければいいのだから、人間とは思えない。


「なとせ。いつものヤツらが来たんじゃないか?」

「ん~? アイツらだったらスイッチいじって、自分でシャッター開けて入ってくるはずだけど」

「どんなイノシシだ……」

「あたしが仕込んだ」


 修交館学院は夜ともなれば平然と野生動物が敷地内を闊歩かっぽする。昼間でも敷地すぐ外の森に入るのはなかなか危険だ。

 そんな場所なら尚更、人慣れさせるのは危険なのでやってはならないのに、南十星は部室にやって来るイノシシに餌を与えて構っている。

 いやイノシシが必死にこびていると考えるべきか。南十星が捕獲し、食べようとした経緯があるので。それも加味すると餌付けは、食べるために肥え太らせている可能性も考えられる。

 南十星の思惑がどうかはともかく、餌付けされたイノシシたちは餌場を守るためか媚びているのか役目と思っているのか、支援部の情報を得ようと部室に近づく不逞ふていやからを幾度か撃退している。便利な番犬代わりになってしまい、アホの子をとがめられなくなっている。


「あり?」


 今回もそうだと思ったが、南十星が開けたドアからスルリと入ってきたのは、イノシシではない初めての珍客だった。


「でけー。シベリアン・ハスキー? アラスカン・マラミュート?」

「どっちも違うだろ?」


 十路も詳しくないが、お座りして見上げてくる大型犬は、よく知られた犬種ではないと思えた。まぁ、雑種なら判断しようがないが。

 尖った耳や毛皮の色合いは南十星が挙げた種に近い印象だが、比較するとスマートな体つきをしている。体高も体長ももっと大きく、小柄な南十星なら背中に乗れそう。

 それに尻尾は巻かずに垂れ、太くて長い。寒冷地の大型犬種ならまま見られる特徴だが、考慮しても違和感を伴って目立つ。


「まさかオオカミ?」

「確実に違う」


 日本では動物園から脱走しない限りありえない確率論ではなく、十路は『校外実習』で何度か遭遇しているので生物学的に見分けられる。

 顔立ちは精悍せいかんながら愛嬌がある。咬合こうごう力の発達、ひいては顎の筋力量から生まれる、目が釣り上がったふてぶてしさがない。

 なにより歩く姿勢が異なる。オオカミは頭部を背中よりも下げるのに、顔を上げて部室に入ってきた。


「んじゃぁ、その真ん中、ウルフドッグってヤツ?」

「だとしたら、ちょっとマズいぞ?」


 イヌとオオカミを交配させた狼犬は飼育が難しい。警戒心が強く、飼い主以外にはまず懐かない。しかもしつけに失敗した飼い主が噛み殺される事故も起きるくらいに危険だ。


 なのに南十星は全く恐れず、大型犬の前でしゃがみ、手を差し出す。


「お手」

「わふ」


 イヌ、素直に右前肢をポスッと乗せる。


「おかわり」

「わふ」


 イヌ、やっぱり素直に左前肢に入れ替える。


「チ●チン」

「…………」


 イヌ、目を泳がせる。

 それでもじっと見続ける南十星の視線に耐えかねたように、しばらくして一瞬だけ二本足で立ち、すぐお座りに戻る。


「バッキャロー! 変な想像して恥ずかしがってんじゃねぇ! 語源は『鎮座』だかんな!」


 南十星が吼えるが諸説あり、丸見えだからという説も否定されていない。

 ちなみにこのイヌには存在しなかった。メスだった。


「恥ずかしがってるとか、わかるのかよ……」

「テキトー言ってるだけだし、そこどーでもいいけどさ。シツケされてるみたいだし、野良じゃないっぽいね」

「日本で狼犬の野良がいたら、マジかって感じだけどな」

「だったらコイツはなに? ってカンジっしょ」

「普通に考えりゃ、逃げ出したペットだよな」


 獣臭さは感じない。汚れている様子もない。毛並みも乱れてはいない。人の手でケアされていると見ていいだろう。

 首輪は着けていないが、だからこそとも考えられる。なにかの都合で外した際に脱走したと。


「どーすんの?」

「ここで一時保護、しかるべきところに連絡だな」

「放置はやっぱナシ?」

「飼い主探してるだろうし、コイツは猛獣と思ったほうがいい。休みの日で人が少ないとはいえ、こんなの学校内で自由に暴れさせたら、緊急の部活になるぞ」


 知らない部外者が見れば『その猛獣イヌと同じ空間で平然としてるお前ら何者?』という会話だが、この兄妹きょうだいに常人の精神を求めてはならない。なにせオオカミもクマも噛み殺す野良犬と、遊び半分でイノシシもワニも生け捕りにする子虎だ。


「襲われたらどーすんの?」

「一番手っ取り早いのは、防具つけて腕をわざと噛ませて引きずり上げて、左前肢の付け根裏側を突く」

「人間もワキの下が弱点だけど、そゆこと?」

「そゆこと。心臓まで届かない刃渡りなら、顎の付け根か。真横からじゃなしに目玉に向けて突き刺すのが、頚動脈かっ切るコツ」

「道具ない場合は?」

「ケガ覚悟で泥仕合やるしかないな……口にゲンコツ突っ込んで急所噛まれないようにして、地面に叩きつけて膝で喉潰すとか、目玉に指突っ込んでひっかき回すとか――」


 鼻っ柱を殴ってひるませるとかではない、常人外対応の算段を南十星相手につけていて、十路は気付いた。

 大型犬がお座り姿勢のまま固まってカタカタ震えている。


 十路は近づき、安心させるように頭にそっと手を乗せる――だけに留まらずガシッとわし掴みし、殺意の波動全開で威圧する。


「大人しくしろよ。でないと……」

「……!」


 クローを外すと、目尻に涙を浮かべたイヌ、必死にコクコク頷く。

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