080_0110 遠くへ行きたいⅡ~往生際~


 部が変わったと言えば、彼女の存在もある。野依崎に呼びかけられ、テーブルに人数分の茶を置いた半端な姿勢で、キョトン顔で小首を傾げる少女――木次きすき樹里じゅり

 彼女はしばらく部活に顔を出さないだけでなく、支援部関係者が暮らすマンションに帰らず、友人の家に居候いそうろうしていた。

 それが家出を止めてマンションに戻り、なにもなかったように部室にも顔を出すようになった。


「自分の調子ががいまひとつだったことを加味しても、かなりアッサリ殺されたであります。全然遠慮なかったでありますよ」

「や~。やっぱりバーチャルだってわかってるのが一番ですけど……」


 野依崎の指摘に、樹里は子犬めいた人懐こい顔を天井に向けたが、すぐに首の角度を戻して笑顔を作る。

 とても仮想空間内で落雷を盛大に乱発して世界の終焉みたいな光景を作り上げ、飽和攻撃に耐え切れず野依崎を黒コゲにした人物には見えない。


「家出してた間、色々考えて、今のままじゃダメって思ったんですよ」


 吹っ切ったとも取れる発言だが、十路はそうは見ていない。彼女の戦意そのものは疑っていないが、人を殺せる兵器となったとは全然思わない。


 傷や病を癒せる《治癒術士ヒーラー》で、無理して戦って傷ついた十路を治療しながら反省をうながすこの子犬ワンコが、少し悩んだ程度で兵器になりきれるはずない。

 なによりも、兵器になって欲しくない。他の部員たちも同様だが、この少女はより一層思う。


 実際のところ、彼女は先の戦闘ぶかつで敵を殺している。

 樹里も敵たちと同様に《ヘミテオス》、しかも『管理者No.003』――未来では『麻美』と呼ばれていた人物だ。データが未来から送信され、なんらかのトラブルで分割されたまま、二一世紀の現在で肉体が構築された、同一人物でありながら別個体として生まれてしまった者たち。

 先の戦闘ぶかつでは、不参加かと思われた樹里が他部員たちの戦闘に横槍を入れて、己の手で引導を渡した。


 だが樹里にとっては、他の『麻美』たちは死んでいないのだろう。思い込みや方便などではなく、分割されていた麻美のデータが彼女の中で統合されて、生き続けているのではないだろうか。


 間違いないとは思っているが、所詮は十路の勝手な想像に過ぎない。

 とはいえ当人に確かめはしない。戦場に現れた彼女は、戦闘形態に進化した姿だった。もうわかりきっているのに、あの『化け物』が己だとは樹里はきっと認めない。


 そんなこと考えながら横顔を見ていたら、視線に気付いたか。樹里が唐突に振り返ったので目が合った。


「~~~~ッ!」

「……?」


 即座に顔をそむけられた。

 目を合わせないならば、いまに始まったことではない。少し前から十路と樹里は、喧嘩しているわけではないが他所他所しい、微妙な関係にある。


 十路までも『化け物ヘミテオス』にしてしまったから。


 体に大穴を空けられた十路を救うため、樹里が己の心臓を移植した結果だ。彼女自身もその時点では《ヘミテオス》のことを詳しく知らずに行ったことであり、『なら死んだほうがよかったか?』と問われれば首を振る。


 それでも十路は、樹里に怒鳴った。

 ただでさえ《魔法使いソーサラー》というで歪んだと思っているのに、更に理不尽を押し付けられたから。


 樹里も理不尽だと怒鳴り返してもよかったはず。だが彼女は十路の怒りを、取り返しのつかないあやまちとして後ろめたさを抱くようになり、喧嘩したほうがマシな空気の悪さがある。


 だが、これとは違う。

 仮に目が合ったとしても、彼女はオドオドと気まずげに視線を外していたはず。そんな『まずっ!?』みたいな態度で全力でらしていなかった。

 更には、なぜ首筋まで赤くなっているのか。


(…………いやいやいや。まさか。ありえないだろ?)


 『その可能性』も脳裏にぎったが、即座に否定する。

 嫌われる心当たりはいくらでもあるが、その逆など。


「他部員と比べるとマシでありますが、十路リーダーもスコア落ちてるでありますね」

「あぁ……まぁな」


 野依崎に話を向けられたので、樹里の妙な反応はすぐに忘れる。戦闘能力低下だけでなくその原因も自覚あるので、気まずく首筋をなでてしまう。


 十路と、《ヘミテオス》『管理者No.003』との関わりは、五月に神戸に来るよりも遥か以前からだった。

 かつての上官にして姉貴分であった、衣川きぬがわ羽須美はすみもまた、そのひとりだった。

 その繋がりがあったから今、十路は神戸にいる。最強の《魔法使いソーサラー》――《女帝エンプレス》の愛弟子であり、曲りなりにも《ヘミテオス》を知る者だったからと。


 先の戦闘は十路にしてみれば、羽須美と戦って殺したようなものだ。

 もちろん顔は同じでも中身が違うのはわかっていたが、羽須美の進化形態――《赤ずきんバルバトス》となった相手を倒し、更に彼女の《魔法使いの杖アビスツール》までもを破壊した。


 十路が《騎士ナイト》と呼ばれるようになった経緯には、羽須美の死があった。

 離反した彼女を殺したことで得ることになった、忌むべきあざな

 実際のところは後々違うと知れたが、結局先の戦闘ぶかつで改めてなぞって、事実にしたような結果となった。


「あ゛ー、そういや全壊した堤さんの《魔法使いの杖アビスツール》と空間制御コンテナアイテムボックス、どっち先に作り直すべきです?」


 《付与術士エンチャンター》として確認してくるコゼットの言葉にも、陰鬱になってしまう。以前は違法物品アサルトライフルを整備するのも用心して手出しさせていなかったのに、今や平気で彼女が製造するまで染まってしまったことも含めて。


空間制御コンテナアイテムボックスに決まってますよ……早く戦力再建する必要ありますけど、俺の《杖》を持ち歩けるわけないでしょう?」

「了解。あと貴方の銃剣ナイフ、使い続けてたら死にますわよ」

「は?」

「ついでで調べたんですわよ。圧着クラッドメタルの内部がヒビ割れてますわ」

「部長なら修理できますか?」

物質操作クレイトロニクスでヒビ埋めんのは簡単ですけど、オススメしねーですわね。要するに割れた皿を接着剤でくっ付けんのと同じですわ。またその部分から裂けますわよ」


 戦闘用の刀剣は、工業用や日用品の刃物とは異なる。衝撃に耐える粘り強さと、硬さや切れ味とを高度に両立しないとならない。

 硬いがもろい芯材が割れたら、もはや寿命だ。延命させても命を預けるには不安が残る。


溶かして作り直すことは?」

「積層構造で材料別に分離すんのが面倒ですから、できれば新造してーですわ。どうしてもっつーならやりますけど、時間かかりますわよ」


 またなのか。

 空間制御コンテナアイテムボックスは、羽須美と一緒に任務をこなしていた頃からずっと使っていたもの。

 銃剣バヨネットは、元は羽須美の装備を再加工したもの。


 彼女との思い出が、目に見える形でどんどん失われていく。


「……いえ。部長の考える手段でお願いします。ワガママ言ってすみません」


 現実はお構いなしにやって来るのだから、乗り越えなければいけない感傷だ。割り切れなくても割り切るしかないと、十路は口内に苦味を感じながらコゼットに頼む。


「それでしたら、どっちも今週末には用意できると思いますわ。用心でも静岡行きにあったほうがいいでしょう?」


 コゼットの言葉に、南十星が問うてくる。


「兄貴。なんで静岡に?」


 ただの確認ではない。既に固い声で警戒している。

 そのため十路は答えにきゅうしてしまう。


「泊りがけでお墓参りですって」


 だがコゼットがアッサリ明かしてしまう。


 警察官・消防官・自衛官と同じように、支援部員も緊急時に招集されるため、プライベートの行動にも制限がかかる。携帯電話を持っているなら、市内の買い物程度で言われることはないが、泊りがけの旅行ともなれば予定表を提出する義務がある。


 死去した両親の墓もあるが、十路のメインは違うと彼女ならわかる。予定を知れば予想通り、南十星は眉を寄せて不機嫌顔になる。だから部長コゼットだけに知らせて、ひっそり行こうとしていたのに。


【もしかして、私に乗って行くつもりですか?】


 体重を預けている赤黒の大型オートバイ――《使い魔ファミリア》にも知らせていなかった。


「どうせ暇してるだろうが」

【色々用事あるんですけど】

「昼寝と、買い物でナージャの足になる以外に予定あるのか?」


 搭載された人工知能イクセスがこぼす文句は無視する。なんのかんの言いながらも、付き合ってくれると信じているので。

 先に部活で彼女と共に、世界初であろう異常事態を経験したが、この辺りの感覚や信頼は変わらない。


「堤先輩。私も付いて行っちゃいけませんか?」

「は……? なんのために?」


 意外にも樹里が確認を重ねてきた。今度は顔を赤らめる奇妙な反応をせずに、真っ直ぐ目を合わせてきたのでされる。


 分離した同一人物という共通点はあっても、先の部活で戦った『管理者No.003』たちと違い、オリジナルの『麻美』の認識はふたりとも希薄だ。そもそも樹里と羽須美に面識があるはずがない。

 写真の顔しか知らない先祖か、会ったこともない親戚くらいの感覚だろう。なにかのついでならまだしも、わざわざ旅行してまで墓参りを考えるとは思えない。


「知りたいからです」


 動向の理由は少々意外だった。樹里は黒目がちの瞳を揺らしもせず、十路に決意を突きつけてくる。


「衣川羽須美さんのことと……堤先輩の過去を」

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