080_0100 遠くへ行きたいⅠ~修羅場~
この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。
その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。
しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。
そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。
《
それがこの、総合生活支援部の正体だった。
△▼△▼△▼△▼
明るい神戸の夜光を浴び、リノリウムの床を戦闘靴で叩くたび、タクティカルベストと戦闘ベルトの重みが上下する。
それは慣れた感覚なので構うことなく、ケーブルが接続されたグローブに包まれた左手を突き出す。
階段から飛び出す人影に命中したが、手ごたえはない。あるはずはない。
それは発射前から脳内センサーでわかっていたこと。
直後、指向性を持った衝撃波が、ガラス窓を粉砕した。
(外かよ! いつの間に!)
ほとんど動きを止めずに起き上がり、廊下を駆け抜ける。その直後に衝撃波が次々と襲い来る。
ソフトケースに入れて背負った《八九式小銃・特殊作戦要員型》を使うか少し考えたが、結局降ろさずにスライディングし、屋外側の壁に密着する。
頭上で衝撃波が炸裂するが、さすがにコンクリートまでは粉砕されない。掃射をやり過ごした途端、十路は跳ね起きて窓から飛び出す。
三階からの飛び降りだが、恐れはない。目を
だから《
トンファーを両手に構える、ジャンパースカートの少女――
「必殺のぉ~……」
彼女は十路を認めると、衝撃波を噴出して白兵戦を仕掛けてきた。肘を引き、拳を繰り出そうとしている。
十路は足元に《磁気浮上システム》を実行し、仮想的な足場を作る。
「トンファーキック」
トンファー全然関係ない、客観的にはヒドい絵面の前蹴りは読めたので、磁力の反発力を使って上に逃げる。
冗談みたいな攻撃でも、彼女の害意は本物だった。一緒に衝撃波も発射され、破壊音が鳴り響く。
(食らったら内臓ミンチだな……!)
南十星も宙を蹴って、すぐさま追いすがる。生身で
トンファーと
常に移動する。十路は足元に《魔法》を連続実行し、南十星は熱力学推進で追って、校舎の壁を駆けながら、何度も得物で打ち合う。
受け止めはしない。南十星の拳や蹴りは、攻撃の直線状に体を置いたら、直撃せずとも破壊される。十路の《高周波カッター》が付与した刃は、まともに受ければ金属でも切り裂く。
周囲を取り囲むように配置し、《魔法》の弾丸を発射する。だが第六感的脳内センサーをフル活用し、神経速度も動体視力も加速した少女は易々と避けながら攻撃してくる。
四肢を繰り出し、切りつけても頓着しない《
強引でも隙を作るしかない。
「ふお!?」
切りつけると見せかけた
自己修復で不死性を発揮する少女だが、さすがに慌てて飛び
マイクロ秒単位で進行する《
彼女が構えた時には、磁力の足場を蹴って急接近した十路は、すれ違い様に
少女の首を簡単に
突風に耐え、勝利を確信して十路は振り仰ぐ。
「ふひ」
「!?」
まだ落下していない南十星の生首が、いつの間にかトンファーの柄を咥えて、不敵に笑っていた。
彼女の《
それと同じように、首のない南十星の体が、巻き上げられた土煙の中から飛び出した。
「ごへ!?」
ならばと
さすがに生体コンピュータを破壊すれば、南十星の体は《魔法》をまとう拳を繰り出す前に、力を失って地面に倒れた。
△▼△▼△▼△▼
「のぉぉぉぉっ!?」
接続を切って
そもそもここは、学院内ではあっても校舎ではない。プレハブのガレージにオンボロの家具を詰め込んだ、総合生活支援部の部室だ。一〇月も半ばを過ぎるとすっかり肌寒さを感じるため、シャッターは締め切られてストーブを焚いている。
「兄貴ヒデェ!? 妹相手にヨーシャなさすぎる!?」
「なとせが人間辞めるからだろうが……でなきゃ、一撃で優しく殺してる」
「あれくらいしないと兄貴に通用しないっしょ」
「さすがにビビったぞ……タイミング違ったら負けてたかも」
常人には理解できない《
「フォー。スプラッタな絵面になったけど、あれで大丈夫なのか?」
小さな背中を向けてOAデスクに着く、自身の
「あー……こっちで編集して、資料にするであります」
彼女もやりすぎとは思っているらしい。やる気ないアルトボイスで返事するだけで、振り返ることなくキーボードを叩き続けている。
「それで? そろそろ説明してくれないか? なんでこんな模擬戦プログラムを用意してまで、俺たちを戦わせた?」
「説明したはずでありますが? 日本政府から自分たちの詳細データ提出を求められたからでありますが?」
確かにそのとおりではある。関係省庁経由で正式に依頼が出されている。
依頼という名目になっているが、命令と言い換えても差し支えはない。《
《
「それだけじゃないだろ?」
とはいえ納得できない。映像記録が必要でもそれだけならば、《魔法》を使用している場面や現実での模擬戦で充分だろう。
仮想の戦場をわざわざ用意し、部員同士で殺し合いをさせるなど、明らかに要求以上だ。
十路が念を押すと細い指が止まり、振り返って面倒くさそうな顔を見せる。この少女はいつもそんな顔をしているが、それはさておき。
止まった視線の先には、外国人女性ふたりが、ソファでぐったりしている。
「どうにも気になったので、確かめたかったのであります……先日の
支援部は、小さいながらも確かな変化を遂げた。口にはしないが十路も危惧している。
「あの時は気になりませんでしたけど、落ち着くと色々考えちゃいますねー……」
長い
「自分が人間兵器だっつーのは、重々承知してたつもりですけど……《魔法》を使って、自分の意思でぶっ殺そうって思ったのは、あれが初めてですからね……」
王女サマの威厳など捨て置き、ソファの肘掛けで頬杖を突いて斜め四五度になったコゼット・ドゥ=シャロンジェも、気の抜けた息を吐く。
部長としての責任感からか、あまり
支援部はこれまで幾多の戦いを潜り抜けてきた。相手は当然部員たちを殺すつもりなのだから、殺し合いが初体験というのは語弊がある。
しかし支援部には
彼らは学生。行うのは部活動。殺さなければならない立場でも、戦争をやる義務もない。
それは普通の人間社会に溶け込み、学生生活を送るために必要な制限でもある。
警察官の発砲でも明らかではないか。いくら手順を踏んだ正当な使用でも世論は騒ぎ、犯人を射殺しようものなら上層部の首が
《
しかし先日の部活動では、部の
相手は
結局のところ彼女たちは、
それでも思い知ったはず。十路も過去に経験したから想像つく。
ナージャは元ロシアの
敵とはいえ殺せないのは、軍事心理学では当然とされるが、《
自分がマトモな人間と思っていたのに、禁忌を
「攻撃時の正確性や反応速度が、軒並み低下しているであります……自分も同様なので、言えた義理ではないでありますが……」
野依崎が見せるタブレットには、数値やグラフが表示されている。それが可視化された迷いや戸惑いなのだろう。
彼女たちの悩み考慮外な冷淡な心配やもしれないが、確実に命を失う危険性を先に考えてしまう。彼女たちも十路と同じ、血みどろの兵器になることを望みはしないが、戦えないのは論外だ。
非常に難しいところで、十路もどうすればいいのかわからず口を出せない。
「クニッペルさんの場合は、違う要因もありそうですけど?」
「ほえ?」
コゼットがウェービーロングの金髪を揺らして気だるく身を起こし、隣のナージャを覗き込む。
「ほら。貴女のスタイルじゃない、ヘンな戦い方してたじゃねーですのよ」
対戦した彼女の指摘は、十路も気になっていた。遠距離攻撃に傾向したコゼット相手に、ほぼ白兵戦専門のナージャが、後の後を取る戦いをしていた。
ナージャは《
しかしディスプレイに表示された仮想の彼女は違った。《
おかげで怒涛の攻めに耐え切れず、石の
「あぁ~……いい機会なので、新しい戦い方に挑戦してました」
「ハ? なんでまた?」
「この間の
つまり彼女は、変化に戸惑いながらも戦意を失うことなく、新たな技を編み出そうとしている。
人里離れた場所を戦場としたが、使った以上は初見殺しは通用しないと考える辺り、腐っても情報の重要さを熟知した
それに彼女は元々、人を殺せない《
「……わたくしも、ちょっと考えねーとならねーですわね」
ナージャの決意を垣間見て、コゼットは金髪を一房指に巻き始める。
彼女の戦闘もまた持ち味の、予測による正確性に欠いていた。ネコミミ帽を被り直し、幼い顔を歪める野依崎も同様か。
だがすぐに考えを変えたように、立ち直った南十星に振り向く。
「ミス・ナトセも反応速度が低下しているでありますが……これは相手が
「
「原因は脳筋でありますか……」
同じ経験をしても、変わらずあっけらかんとしている南十星は、別の意味で不安になる。『コイツこの調子で
野依崎もアホの子の理解は早々に放棄し、振り返る。
「逆に意外なのが、ミス・キスキでありますね」
「ふぇ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます