080_0120 遠くへ行きたいⅢ~一本気~


【ジュリ。どういう風の吹き回しですか?】


 部活は終わって解散したが、ひとり樹里は部室に残った。

 他の誰も《魔法使いの杖アビスツール》と接続していないタイミングを見計らって、生身で《魔法》が使える樹里だけに、イクセスが無線で呼び止めた。


「どういうって……? なにが?」

【まず、家出と幽霊部員を突然打ち切ったことは?】

「さっき野依崎さんに話したとおりだけど?」


 すぐに表情に出る少女なので、キョトン顔は本当に理解できていない証だ。この言い方では無理ないかもしれないが。


【色々考えて、現状維持は駄目だと思い直したのは、そのとおりでしょうけど。私が聞きたいのは、その『色々考えて』の部分です】

「や~……色々だから、色々だけど。前の部活で、『麻美』さんの記憶データが四人分も入ったのも大きいし」


 『思い出した』ではないのか。しかも特にそれを語る口調に大きな感情はない。

 バラバラだった『欠片』たちのデータを取り込んで、樹里の中で統合されても、大きな変化は見られない。


 彼女は未来に生きた『麻美』なる人物ではない。出生記録も親も存在せず、ある日突然この世界に沸いて出た、人のような不完全極まりないモノ。臓器移植の為だけに作られたSF的なクローン人間によりも遙かに自己があやふやな存在。


 だが、平然と語っている様子は、木次樹里としての自己を確立している。思想の違いから敵対した『管理者No.003』を取り込んでも、その影響を受けている様子もない。


 それはいいことなのだろう。


【トージの墓参りに同行する動機は? 今まで可能な限りトージとの接触を控えていたのに、どうしてですか?】

「それもさっき言ったとおりだけど――」


 樹里は反転して《バーゲスト》に体重を預けてきた。座る場所が足りない時、よく十路が寄りかかってくるが、それとは体格差の都合で感触が大幅に異なる。


「この間の部活で、イクセス、人間になったじゃない?」

【私の感覚では、ユーアに機体からだを乗っ取られて、代わりに肉体からだを押し付けられたって感じですけど】


 樹里の姉にして、同じく『管理者No.003』である、ゲイブルズ木次悠亜ゆうあ

 先の部活で作戦遂行上必要であるとして、《ヘミテオス》としての彼女の権能で、接続状態のままフィードバックを逆転させるという方法を取った。

 つまり、悠亜が《使い魔ファミリア》として、イクセスは人間として、短いながらも生活し、戦闘を行った。


「あの時ね、イクセスに私の居場所、全部取られるんじゃないかって思った」

【あの? バイクに嫉妬されても困るんですけど】


 人間の体で行動したことで、支援部員たちとは常とは異なる立ち位置で接していたし、一番関わりが深いからと十路とセルを作っていた。あと家出して不在だからと、樹里の生活空間も利用した。


 だがそれらは、あくまで一時的なものに過ぎない。その証拠に《バーゲスト》に戻った今、なにも変わっていない。部員たちは樹里を無視してイクセスを構うなんてことはないし、十路だって遠慮なくオートバイとして扱う。全て以前のまま。

 いくらイクセスが人間の知性を模倣した高等AIであろうとも、樹里が抱いた危機感は、機械には理解できない。


「や~……嫉妬とは違うかなぁ? イクセスにそんなつもりないの、わかってるし。どっちかっていうと、不甲斐なさを痛感した? 自分でビックリするくらい愕然とした」


 自分の気持ちを説明できる段階にないのか。

 そんなことを考えながら、カメラで横顔を眺めていたら、樹里がディスプレイに振り向いて目を合わせる。


「ねぇ、イクセス……前の部活の最後、先輩はひとりになりたがってたのに、なんでイクセスはひとりにしなかったの?」

【多分、ジュリと同じだと思いますよ】


 その時の映像を記憶メモリーから拾い出す。

 敵性勢力を全て排除し、支援部員が河原に集合した際、十路は明らかに普段の様子とは違った。いや、普段の様子を貫こうと強がっていた。

 機械でも察してしまった。彼をそのままにしておけば、崩れてしまうと。


「それはイクセスの義務と思ったから? それとも――」

【義務ですね。トージはマスターとは思っていませんけど、相棒バディ役であることは否定できない事実ですし。《使い魔ファミリア》として継戦能力を失う事態は看過できないですから】


 嘘ではないが、半分は方便なのはイクセス自身も理解している。

 マスターを守ることは《使い魔ファミリア》の義務。

 だが十路を守ることは、イクセスの望み。

 肉体的な防御手段になることはできるが、精神的な支柱にはなりえないから、望みでしかない。


「イクセスって、先輩のこと、好きなの?」

【……ハァ?】


 もしも人間の体だったら、ひどい顔つきになっているだろうとイクセス自身思う低い声が出てしまった。『アンタ正気?』的な本気の不機嫌声が。


「や! ごめん! 今のなし!」

【年中発情期の人間みたいに言われるの、すごく心外なんですけど……機械に恋愛感情ンなモンあるわけないでしょうが】

「はつじょう……や。まぁ、そうも言えるけど……」


 樹里が子犬ワンコオーラを発して取り消したので、ひとまず不機嫌は引っ込める。

 『それはジュリでは?』と言いたいが、言葉も引っ込める。恋愛感情のない機械であろうと、変な言動を察する知識と機微は入力されている。


【ジュリは、トージのパートナーになりたいのですか?】

「なりたいっていうか……ならなきゃいけないんだと思う」


 義務では駄目だろうと思う。


――木次。お前の望みは、なんだ?


 あの日、十路に問われたではないか。

 とはいえ、イクセスの方便と同じように、発した言葉が一〇〇パーセントの本心とは限らない。

 なんにせよ、見守るしかないと、イクセスは結論づける。


「それで? 話まだある?」


 追求がないため話の終わりと判断したか。樹里は《バーゲスト》から身を起こし、ソファに投げていた学生鞄と追加収納パニアケースを手に取る。


「あんまり遅くなるなら、またにしたいんだけど」

【マンションに帰るだけでしょう?】

「や。つばめ先生遅くなるらしいし、ご飯作らなくていいから、ちょっと実家にね。旅行、ちゃんとした準備がりそうだし」



 △▼△▼△▼△▼



 夕食時も過ぎた夜の時間。


「じゅりちゃん、なんかあった?」


 南十星なとせ重りパワーリストをつけた右手でダンベルを上げ下げしながら、左手でスポーツドリンクのペットボトルに手を伸ばす。


「確かに……! 変でしたけど……!」


 ナージャは多機能トレーニング器具の懸垂バーにぶら下がるどころか、足をかけて逆さになった状態から腹筋している。時折頭上ゆかに置いた皿からカナッペを手に取り口に運んでいる。


「なーんか堤さん相手に挙動不審でしたわねぇ……」


 コゼットはヨガマットでポーズを取ったまま、瓶ビールを傾ける。酒とヨガを一緒に楽しむドイツ発祥ビアヨガを行っているのであり、単に彼女がズボラなだけではない。


「それだけならば、今までと同じでありますがね」


 野依崎はバランスボールの上で結跏けっか趺坐ふざし、意外なバランス感覚と体幹を披露している。手にしたアイスバーとタブレット端末がなければ、そのまま空中浮遊していそうな謎のオーラまでただよわせている。


 やたらとトレーニング器具が充実していて女子力皆無なこの部屋は、南十星の住居だ。当然部屋の住人が揃えたものだが、自主トレに丁度いいと、たまに動きやすい服装でマンション内の住人が押しかけたりする。

 ただし今日は、南十星が召集をかけた。だから学校の地下室で生活していて、普段来ない野依崎までいる。

 各自飲み物・食べ物を持ち寄ったため、自主トレなのか夜食会なのか、よくわからない集まりと化しているが。


「とうとう小姑コトメやらんとならんかぁ……?」

「前にもそんなこと言ってましたわね? そんなにあの二人がくっつくの、ナトセさん的には許せないんですの?」


 コゼットの問いへ、南十星は半分ほど一気に減らしたペットボトルをテーブルに叩きつけて、不機嫌さを示した。


「――前はもうちょい違ってたけど、今は完ペキにダメ」


 真面目な話を察して、頭に瓶を立ててポーズを取っていたコゼットは、一見マヌケなヨガを止めて座る。ナージャと野依崎もそれぞれの器材から降りて、テーブルに寄る。


衣川きぬがわ羽須美はすみって女から、兄貴は逃れられなくなる」

「あの? 木次さんの話でしょう? なんでそんな心配?」

「そりゃみんなは羽須美あのおんなを知らんから、ピンと来んかもしれんけどさ? どっちも元々『麻美』っつーひとりの人間なんしょ? 兄貴が意識しないワケないじゃん。ポックリ死んだ元カノの妹と付き合うって考えたらどーよ? 健全だと思う?」

「それは、まぁ……」


 言わんとするところを理解したコゼットは言葉を詰まらせ、肩にかかる金髪を指に巻き始める。


「兄貴ん中じゃ羽須美あのおんなは、もう人間じゃないの。キレーな部分だけ覚えててさ、神サマと同じなんだよ。そんで生きてる人間のじゅりちゃんと比較するよ? それがオツキアイですかハァさいですか」


 現実の恋愛が、少女マンガみたいにキラキラしてるばかりであるはずない。

 しかも代替品扱いが想像できる、恋心や愛情ではなく同情や情けで築かれた関係。

 きっとそれはいびつで、いつ崩れても不思議ないものだろう。


「じゅりちゃんがガチに兄貴オトしにかかったら、みんな的にもマズいんじゃね? 《ヘミテオス》なんつーチート人間だってこと、忘れてない?」


 ローテーブルの辺にそれぞれ座る三人を南十星は見回す。十路への好意を持っている前提だが、反論はなかった。


「胃袋つかむの簡単だよ? あたしが研究に研究を重ねて兄貴の好みに合わせたカレー、一回食っただけで完全再現されたし」

「あー……わたしもそれあります。ちょっと自信なくしますよねー……」


 《ヘミテオス》は《魔法使いの杖アビスツール》を持たずとも、常時脳内センサ-が起動している。成分分析などナノグラム単位で測定できる。

 あとは各々おのおのの調味料・材料の成分を把握してさえいれば、樹里も料理スキルは持っているので、ほぼ完璧な再現ができてしまえる。


 すごいのは模倣だけで、新たな味を作るとなると話は変わるはずだが、そんな『神の舌』と『神の腕』を持つ人間と競おうなど、ため息を吐くナージャのように馬鹿らしくなるに違いない。


「あと下半身シモもガッチリ? 《治癒術士ヒーラー》の上に《ヘミテオス》の権能で、慣らしも開発もなしにどんなプレイも対応できるはず。きっと丸呑み・触手なんつー人外凌辱プレイまで」

「それ、責められるのが男の、誰得な絵ヅラでありますが」


 野依崎の指摘とは裏腹に、意外と女性向け需要があったりするが、それはともかく。

 物理的な制限はなくとも、それ以上に精神的ハードルが高く、いくら樹里が覚悟を決めようと変態的要求に応じるかはなはだ疑問だ。


「大体さぁ? じゅりちゃんって、結構あざとくね?」

「あー。『ふぇ?』って小首傾げるのとか、上目遣いとか、モテ仕草しますからね。自覚なくナチュラルにやるから許されるんですかね? あれワザとならぶりっ子ってウザがられますよ」

「自覚のあるモテ仕草で十路リーダーにウザがられるミス・ナージャが言うと、説得力あるであります」

「ぐは……!」


 女同士で一番盛り上がる話題は、他人の悪口である。(※あくまで個人の見解です)


「あ゛~、ナトセさんが木次さんを警戒してんのは、充分わかりましたわ」


 そのまま話が余所へ行ってしまう危機感を抱いたか。コゼットが口を挟んで軌道修正した。


「だけど、一緒の旅行は止められねーですわよ?」

「むぅ」


 だから愚痴をこぼすために、南十星は他女性部員を招集したのだろうが。


 部室で同行の話をした後、樹里は私事旅行届を書いて提出しようとした。

 更に、その後やって来た顧問によって、十路たちの旅行は大幅に変更された。

 スケジュールが変わっただけでなく、部活動になってしまった。

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