075_1070 【短編】浩太の小さな大ぼうけんⅧ ~PM19:29~


 浩太から見れば、樹里は『知らないお姉さん』でしかない。通う学校は全く異なり、晶は友人を家に連れて来たりしないため、大姉と親しげに言葉を交わす彼女の存在は奇妙に思えてしまう。


 それとは無関係に、畏怖の目でも見てしまう。

 神戸に住んでいれば、子供でも《魔法使いソーサラー》の話は聞く。そして大姉から、友人にいることも聞いている。

 彼女がそうなのか。

 わずかな時間抱き止められて飛行し、威嚇の《雷斧》と《雷陣》を見ただけだが、人ならざる者のわざを垣間見た。


 まだあどけない顔立ちの、子犬のような優しげな『お姉さん』が、人間兵器と揶揄やゆされる存在なのか。


「――今回浩太くんが巻き込まれた事件の経緯は、このような感じです」

「結局浩太は、なにに巻き込まれたんだい?」

「警察がこれから捜査する内容ですから、私ではお答えできません。たぶん解決した時にニュースになる、そういうたぐいのことだとは思いますが」

「あの子が悪い人たちをかなり引っ掻き回したみたいだけど……これから大丈夫なのかねぇ?」

「今後恨まれるとしたら、支援部わたしたちと警察ですから、そこは問題ないかと。ただ念のため、私が一晩様子見でこちらにお邪魔することになりました」


 年上で、母親代わりもやってはいるが、大姉を大人と感じたことはない。

 だが同じ学生服を着ている『お姉さん』が、両親と晶に食卓で経緯を説明している姿は、ずっと大人に浩太には感じた。


 そして当然察する。

 全く違う声でオートバイ越しに話していた女性もまた、ジュリ・キスキと名乗っていたのだから。


 彼女の関係者なのだろう。

 果たして何者なのかまではわからないが。



 △▼△▼△▼△▼



 核家族とはいえ、月居家は子供の人数が多い。子供に個室なんて与えられていない。


「あれが樹里の……《魔法使い》の部活なんだな……」

「そうだよ? 前に見なかったっけ?」

「それ、結が巻き込まれた事件だろう? わたしと愛ははぐれたから、よく知らない」


 風呂あがりの浩太が、タオルで頭をワシャワシャさせながら歩いていると、声が聞こえた。

 二階のもの干し場を覗いてみると、少女がふたり柵にもたれて夜風を浴びていた。


「護衛も?」

「私はあんまりやらないけど、結果的に護衛することはあるかな」

「結果的に、って」

「やー……お金とか立場持ってる人の治療する時とか、治ったら困る人の妨害があったりするんだよ」

「すごいブラックな話だ……」

「怖くなった?」

「なにが?」

「裏社会と関わってる、やろうと思えば簡単に人を殺せる人間兵器が、隣にいること」

「その気もないクセしてなに言ってるんだか」


 鼻白むあきらの即答に、姉の友人じゅりが微笑をこぼすのが、後ろから見てもわかった。


「どうしたの? 浩太くん」


 不意に樹里おねえさんが振り返る。覗いているのを察していたとしか思えない挙動だった。遅れて振り返る晶は、全然気づいていなかった顔色なのに。


 どう、と問われても浩太は咄嗟に困る。目的があって足を止めたのではないのだし。

 だが、思いなおして問うことにした。

 当然あのオートバイについて。


 青年に放り投げられたから、浩太は警察官おまわりさんと一緒にたので、『彼女』とは話していないし、近づいてもいない。

 最後に見たのは、警察官らしきスーツの人と話す、学生服の青年がもたれている、普通のオートバイとしての姿だった。


「あのバイクって、なんだったの……?」

「浩太くんは、どう聞いてる?」

「テスト中の新しいバイクって、モニターしてる人から聞いたけど……」

「…………」


 考える間を埋めるためか。樹里おねえさんは湯気の立つマグカップに口をつけてから、


「……ゴメン。教えてもいいけど、それなら話さないほうがいいかな」

「どうして?」

「浩太くんが思うことと、他の誰かが思うことは、違うから」


 対話できる人工知能搭載、くらいならば問題なかろう。


 だが街中に超科学の産物たる、勝手に動く『戦車』が存在し、しかも学生が普段使いで乗り回している。

 なんの予備知識もなくその事実を聞いた人間が、果たしてどう思うだろうか。

 大半はあまり気持ちのいいものではないだろう。助けられたのだから、浩太は《バーゲスト》に好意的な感情を持ちやすい。だが彼からそれを知った誰かは、否定するかもしれない。


 そんな状態で、イクセスを人間と思っているなら、わざわざ否定する要もない。

 事実樹里はそうせず、はぐらかせた。


「…………?」

「わからなくていいんだよ。今日のことは……忘れるのは無理だろうけど、ちょっと不思議な体験をした、くらいに思うのが一番かな」


 無知は罪という言葉もある。

 だが、知らぬが仏、聞かぬが花とも言う。


「大きくなれば、嫌でもわかるようになるよ……それもし悪しだけどね」


 子供の頃の憧れは、大人になれば別の見方をしてしまう。

 姉は、友人がそんな話をしているのを、ちゃんと理解しているらしい。


「樹里はのん気だな……学校でも《魔法使い》を毛嫌いしてる学生もいるだろう?」

「やー……批難する人たちが言ってること、全部本当だし。実際支援部わたしたちがいることで、神戸で何度も大事件起きてるし。人間兵器なのは間違いないし」

「その恩恵を受けてて批難する神経が、わたしにはわからないがな……」

「ややややや。目で見てわかる《魔法使いわたしたち》の恩恵なんて、受ける機会ないほうがいいってば。今日なんてモロそれだし」

「そういう連中って、もし死にそうなケガを負っても、樹里の回復 《魔法》を断るんだろうか?」

「知らない。もし断わられても、私は勝手に治すし」


 大人とは、大きくなるとは、どういうことなのだろう。


 小学生とはいえ五年生ともなればすっかり見なくなった、日曜朝や夕方に描かれる勧善懲悪の世界とは違うことは、漠然と理解した。



 △▼△▼△▼△▼



 夜の道を、彼らは疾走していた。


【トージはLAWSをどう思います?】

『自律型致死兵器システム……要するに殺人ロボットって解釈でよかったよな? どうって言われても……』

【公的にはまだ登場していない兵器について問われても、困りますか?】

『法的に定義されてないから困る、かな。定義によっちゃ、ゲームでよく出てくる自動機関銃セントリーガンだって当てはまるし――』


 走行中とはいえ、《使い魔ファミリア》なのだから、前を向いている必要はない。十路はヘルメットのシールド越しに、《バーゲスト》のカメラを見た。


『《使い魔》だって当てはまるだろ』

【どうでしょう? 《魔法》は人間を介さないと使えませんが、演算能力の問題でクリア可能ですし……通常火器はロックがかかっていますが、マスターが許可していれば、人間の意志は関与しませんから、LAWSと見なせますね】

『禁止兵器として議論されちゃいるが、まだ実用化レベルは出ていないし、そんな具合だから、本腰は入ってない話だ』

【もし出てきたら、どうします?】

『あんまりハッキリ言ってなかったけど、押収したデータがそれなのか?』

【はい。《使い魔ファミリア》のシステムを転用したアルゴリズムと、擬似プロテイン大脳プロセッサの製造方法でした。《使い魔ファミリア》に比べれば全然ですけど、元カリフォルニア州知事型アンドロイドの初期型くらいなら作れるのでは?】

『なかなかヤベーな……つか、そんなのネット上に挙げて、警察関係者なら誰でも取得できるようにしたのかよ』

【一部だけです。それにどこの国でも研究されてるでしょうから、登場は時間の問題ですよ】

『日本国内でも研究されてて、朝鮮半島か大陸に渡ろうとしてたってところか?』


 スマートフォンの電話帳やアプリで、一味と呼ぶべき関係者が他に存在するのは確かめている。

 だからイクセスは、十路を載せて動いている。


【それにしても、最近の非合法組織って、トークアプリのチャットでやり取りするんですね……外部に洩れる心配しないんですかね?】

『どこかの軍隊も、同じようにオープンチャットで機密漏らして大問題になってただろうが』

【無用心な……まぁ、そのおかげで罠を仕掛けられるわけですが】


 ケーブルで接続し、ガムテープで機体に仮固定されたスマートフォンで、イクセスは対象組織へ嘘と真実を混ぜた内容を報告し、危機感をあおった。

 

 途中で擬装のエンジン音を切って到着したのは、長田区の表通りから離れた場所に建つ廃ビルだ。

 十路とイクセスが訪れ、一連の騒動の発端となった場所。


 なんとか逃れたが、スパイ行為が危うくバレかけて騒動となったので、日本の警察機関が対策を行う前に国外脱出を行う。

 そう報告したため、関係者が集まっているはず。


 少し離れた場所で停車すると十路は降りて、路上駐車されたワンボックスカーに近づく。ずっと接続されていた証拠品のUSBメモリーとスマートフォンは、もう用事がなくなったので、ついでで返却する。

 緊急なので限られているが、警察も動ける人員を総動員し、協力してくれた。障害物走した十路の二の舞にならないよう、周辺建物上層も人員が配置されている。


『連中を集めるのに成功したみたいだ。例によって俺たちがこのまま飛び込むぞ』

【それで、なぜかけい中のパトカー数台が不審に思い現場に突入。すれば偶然にも非合法な連中が集まってて、警察が現行犯逮捕……という筋書きですか】

『仕方ないだろ。学校も受験勉強もあるんだから、今日一回で終わらせたい。裏づけやら令状やら、正規の警察捜査なんて待ってられない』

【支援部が名目上は民間組織だからと、建前のためにていよく使れてますね……】

『大体、フォロー言い出したのはイクセスだろ』


 先にワンボックスカーが廃ビルに近づいて止まる。

 警戒しているだろうが、同じ車種で色も同じ、更にはUSBメモリーのGPS情報もあるだろうから、仲間の帰還だと思うはず。


【ところで話は変わりますが、子供の頃のトージって、どんな人物像でしたか?】

『また急だな? まぁ、クソガキだったと思うぞ』

【要するに、今と大して変わらない、と】

『をい。どうやったらそうなる』


 フルフェイスヘルメットで完全に隠れているが、憮然としているだろう顔を見上げて、存在しない顔でイクセスは苦笑する。


 面影を重なったとはいえ、願わくばあの少年は、この青年のようにならないように。

 絶えず周りを心配させ憤慨させ、なのに見捨てられないどうしようもない男のように。


『さーて……始めるかぁ』


 普通のオートバイならば、屋内でつっかえるだろう。だが信地旋回もジャンプも自在な自動二輪車型 《使い魔ファミリア》ならば、なんとでもなる。


『これより部活を開始する』

【了解】


 金属と樹脂製の魔犬はいま一度、影ながら少年にとってのヒーローになるために、相棒たる野良犬を乗せて突進した。

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