075_1030 【短編】浩太の小さな大ぼうけんⅣ ~PM17:17~


 帰宅時間なので、住宅地とはいえ人目が多くなっている。そこで生活道路の制限速度時速三〇キロ以上を出すと、さすがに目立つ。

 しかもオートバイに乗っているのが、ステップにもペダルにも足が届いていない子供だ。


 この状況がまずいことは、イクセスも理解できる。


【次! 右!】

『…………!』


 そして長続きしないことも。大人の体格ならば、足で車体を挟んで体を安定させるが、子供の体格では無理なので、いずれ振り落とされる。


『兵庫県警指令センター、応答願う。こちら民間緊急即応部隊・総合生活支援部。現在長田区西にしだいどおりを走行中。複数の成人男性に絡まれる男児を保護した直後、追われている。相手は拳銃所持を確認。至急指示う』


 だから走りながら、十路の声を使って、警察無線へ音声データを飛ばす。



 △▼△▼△▼△▼



(イクセスのヤツ……なにがあった?)


 警察に連絡しても、レッカー移動はされていなかった。

 まぁ、最初から可能性が低いことは承知した上で、念のために確認したに過ぎない。消火栓の前やいちじるしく交通のさまたげになる場合でなければ、少々の路上駐車で強制移動はされない。せいぜい駐車違反警告ステッカーが貼られるくらいだ。

 普通のオートバイならば窃盗を考えるだろうが、自律行動可能なロボット・ビークルなので無視できる。


 残る可能性は、オートバイが勝手にほっつき歩いている、という結論しかない。

 十路が知る彼女はこんな勝手をするほど非常識ではない。イクセスとはなにかと言い争うが、さすがにそこは信頼している。

 彼女も人前で自律行動すれば、幽霊バイク扱いされることは重々理解している。

 それでも自己判断で動いたとすれば、よほどの緊急事態だろう。


 よって十路とおじは、ひとまず近場のファストフード店内に居座ることにした。

 部の顧問と部長、それともうひとりのマスターには、現状を説明するメールを送った。電話は繋がらならず、返信もいまだない。

 移動手段あしが行方知れずなのはもちろん、神戸中心部から離れているマンションまで帰ると、対応しないとならない時に遅れる。

 だから神戸中心部で腹ごしらえ兼待機することにした。


(……ん? スパムか?)


 スラックスのポケットで携帯電話が震えたので確かめると、メール着信だった。テキトーな文字羅列のフリーアドレスからで、タイトルには『至急』とある。


(…………どうするべき?)


 普段ならば確かめることなくゴミ箱行きだ。携帯電話にウィルスを仕込まれたくないし、なによりもうざったい。

 しかし今回ばかりは迷う。《使い魔ファミリア》はインターネット接続もできることを知っている十路は、イクセスからの連絡の可能性も頭にぎり、どうしたものかと数秒間考えた。


 だが画面が強制的に切り替わったため、そのまま置かれることになる。

 電話着信を知らせてきたが、画面に表示された名前は、十路が期待している相手ではなかった。


「ろも。大道さん。どうしました?」


 県警の窓口担当だった。先ほどは交通部でないと無理な用事だったので直通の番号へ連絡したが、いつもならば部活で県警と関わる際には、地域部のこの職員とやり取りする。

 夕方の店内は混み始めているので、十路はフライドポテトを口に押し込みながら、人の少ない通路に出て本格的に話す。


「……は? 俺が、警察無線で、ですか? ……いや、確かに支援部で男は俺だけですけど」


 内容は意味わからなかったが。


「あの~? 大道さん? さっき俺が県警の交通部に、レッカー移動の確認をしたのご存知です? 大道さんなら支援部ウチのバイクが特殊ってご存知ですよね? ……その両方知ってて、なんでそんな確認が?」



 △▼△▼△▼△▼



 応答そのものは思ったよりも遅く、けれども内容基準では思ったよりも早く、あった。


『修交館学院支援部員……っていうか木次きすき。俺の声マネして警察無線使うな』


 想像の埒外らちがいだった十路の声が返ってきた。ただし無線越しとはいえ奇妙だ。音質も、広域無線で個人名を出すことも。

 ともあれ彼の意図は理解できた。一般人には聞けない警察無線とはいえ、無関係な職員に知られぬよう、《使い魔ファミリア》の存在をとくしたいのだろう。


『先輩。声が遠いです』

『ケータイ越しだ。司令所のマイクに、俺と通話してる電話を近づけてもらってる』


 連絡が取れるなら方法は問わない。彼の意図に沿って、イクセスは樹里の音声で送信する。


『現状を端的に報告しろ』

『先輩と別れた場所で、子供に絡む男の人たちと会いました。拳銃の不法所持を確認したので介入し、男の子を連れて逃げました。だけど今、追いかけられています』

了解りょう。どんな手段を使ってもいいから振り切れ。その後の指示は指令センターに残すから適宜対応』

『了解です』


 警察無線は当然、警察車輌全てで聞くことができる。長々と占有するのは、警察業務の妨害になるし、情報漏えいにもなる。


(やれって言うからには、やりますよ? どうなっても知りませんよ?)


 イクセスは内心ちゅうちょするものの、指示通りにすることを決意する。普段はともかく、ここ一番の判断は、あのマスターに全幅の信頼を置いている。


【コウタ。死ぬ気で掴まりなさい。でないと死にますよ】

『え?』


 ヘルメットの通信機越しに、明らかに理解していない回答があった。彼にしてみれば、既に死ぬ気で掴まっているだろうから。

 だがイクセスは構わず、それ以上を求める。


 ずっと浩太を振り回しているとはいえ、曲がる際の横Gだけだ。乱暴でもただ速く走っているに過ぎない。


『なぁぁぁぁぁっ!?』


 これから先はもっと乱暴に、不整地走トライアルをやることになる。

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