075_1020 【短編】浩太の小さな大ぼうけんⅢ ~PM16:43~


 さすがに半端な姿勢の子供ライダーを乗せたまま、神戸市内を走り続けるわけにもいかない。

 よってイクセスは、何度も曲がってある程度走ったところで、人目の少ない道端で停車した。


「はぁ……! はぁ……!」


 その途端、機体側面にしがみついていただけなので、少年は転げ落ちた。


(さーて……困ったことになりましたね)


 少年が落ち着くのを待つ間、イクセスは今後を考える。


 証拠がないため断定できないが、あの場所に車で来たことから、男性たちが十路が確かめようとしたトラブルの芽である可能性は高い。

 しかしなぜ彼らが少年に絡んだのかが、全く理解できない。

 それを確認しなければ、目下のところ、イクセスがオートバイである点だ。能力的には問題なくとも、人間側の心情的な問題として、コミュニケーションに難がある。


 側面のカメラで、改めて少年の姿を確かめる。

 ちょっとダボついたフードつきトレーナーにワークパンツ、子供ながらにキメているわけでもない。顔つきに小生意気な雰囲気があるものの、どこでもいそうな普通の小学生男児と評していいだろう。

 とはいえ生後半年あまりで人間関係が狭いイクセスは、性別的に常にやる気なさげな野良犬高校生男子と、年齢的に常に無気力感満載の野良猫小学生女児を、足して二で割ったような比較対象モデルで比べているので、あまりアテにはならない。


「なんなんだよ、これ……」


 今更ただのオートバイのふりなど不可能なので、気持ち悪そうな目を向けてくる少年に、イクセスは自己紹介した。プライバシー保護しているような甲高い声で。


【ワタシ、妖精サンダヨ☆】

「ウソだ」


 子供とはいえ、さすがに信じてくれる歳ではなかったので、声はすぐ元に戻す。


【あー……あなたにもわかるように説明しますと、そのバイクはある企業で開発中の、ラジコンのように遠隔操縦ができるバイクです。そして私はカメラを通じて見ているオペレーターです】


 戦闘車両である《使い魔ファミリア》の存在を一般市民に公表するのも問題があり、機械よりも人間が対応するほうがスムーズだろうと、適度に誤魔化しておく。


「変形合体は?」

【しません】


 なぜ誰もがフィクションの変態バイクと比較するのか、機械な上に女の身では理解できない。


「おねーさんの名前は?」

【……ジュリ・キスキと言います】

「名前、逆?」

【イタリア生まれなもので】

 

 少し考えて、マスターの名前を拝借することにした。『イクセス』という名では、どう言いつくろっても無理が出てくると判断した。


【それで、あなたのお名前もお聞きしたいのですが】

月居つきおり、浩太」

【ではコウタ。まずヘルメットを取って、被ってください。ロック解除のナンバーは――】


 浩太はよくわからない顔をしながらも、ハンドルに付けられたダイヤル式ヘルメットロックを解除し、ブカブカのフルフェイスヘルメットを被った。


【これで思う存分会話できます】

「話すのに困ってなかったけど……」

【誰かからバイクと会話するアブない子供に思われたいのですか?】


 ヘルメットに仕込まれた無線機で、先ほどよりもクリアにやり取りできる。


【それでは確認したいのですが、先ほど男たちに絡まれる心当たりがありますか?】

「うぅん……」

【でしょうね。ならばなぜ、あんな人通りのないところに?】

「保育園に妹を迎えに行く近道だったから……」


 イクセスが見た限りでは、たまたま近くにいただけで、絡まれたように感じた。

 なんにせよ、オートバイの身では、困る事態だった。


(トージもこんな時のために無線機持っててくださいよ……)


 多少の距離ならヘルメットで充分なため、それ以上が必要な緊急の部活でない限り、十路は無線機を持ち歩かない。

 しかも戦闘の懸念がある状況では、視界を狭めるのを嫌って、ヘルメットを被らない。


(元陸自の歩兵なら、ヘルメット被りなさいな……想定外の攻撃が一番恐ろしいでしょうが……)


 プロセッサーの中でボヤきながら、イクセスは搭載された無線機を使い、別の心当たりに呼びかけた。



 △▼△▼△▼△▼



「ぅん?」


 突如、木次きすき樹里じゅりは子犬めいた顔を天井に向け、やはり子犬のように小首を傾げた。

 彼女は《ヘミテオス》と呼ばれる、生物でありながら機械的性質を併せ持つ存在だ。通常の《魔法使いソーサラー》ならば必須の《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》を使える。

 だから無線機なしで無線通信も可能とする。


「どうしましたの?」

「や。誰かに呼ばれた気がしたので」


 脚立に登る作業着姿のコゼット・ドゥ=シャロンジェに、首を振って資材を渡す。


 誰か用事があれば、直接の無線通信ではなく、電話をかけてくる。

 部活の依頼で作業をしているが、作っているシールドルームの外に携帯電話を置いているのだし。


 無線通信は可能でも携帯電話を持っていない相手を考慮せず、判然としない電波を、樹里は気のせいと判断した。


「仮固定オッケー。溶接してってくださいな」

「はーい」


 指示に樹里は空間制御コンテナアイテムボックスから《魔法使いの杖アビスツール》を取り出す。

 仮想的に超未来科学を再現する《魔法》ならば、いわば超空間通信で妨害に関係ない無線通信も可能だが、マスターと接続していない《使い魔ファミリア》では既存科学の通信機でしか通信できない。

 樹里もその必要を欠片も考えずに保護眼鏡をかけて、コゼットがマーキングした箇所に《魔法》でスポット溶接をほどこしていく。


「別に文句あるわけじゃないですけど、溶接のために私を連れて来たんですか?」


 樹里は世間話のつもりで、背を向けるコゼットに問うた。『これくらい部長ひとりでできるんじゃ? いつもそうしてるし』と確認を込めて。

 だがヤブヘビだった。返事が怒り口調でないのが幸いか。


「不可抗力とも言えますけど、ありていに言やぁ罰ですわ」

「私、なにかしました!?」

「構内で電子制御の実験したら、機械がやたら故障したり、理論値からかけ離れた結果が出るから、なんとかしろっつー依頼が来ましたのよ。んで調べたら、強い電磁波のせいっつー結論に。考えられる発生源の筆頭は《魔法使いわたくしたち》。ただでさえ《魔法》実行時には電磁波が発生するのに、誰かさんが医療用以外の《魔法》を使った時と、不具合のタイミングが一致。だからカミナリ娘を、実験用のシールドルーム作るのにコキ使ってる。理解できました?」

「はい! 理解できました! ご迷惑おかけしてすみません!」



 △▼△▼△▼△▼



(なんでジュリまで反応しないんですか……!)


 肝心な時に頼りにならないマスターたちに舌打ちした時、後部カメラが見覚えある自動車の姿を捉えた。


(もう来た……!?)


 あの男たちが乗っていたワンボックスカーだった。見覚えあるオートバイを認めたためか、スピードを上げて接近してくる。

 仕方ないのでインターネット接続し、ふたりのメールアドレスにフリーメールで簡単に情報を伝えながら、指示を出す。


【コウタ。バイクに乗ってください】

「またぁ?」

【先ほど男たちが来ました。明らかに追ってきています】

「え!?」


 後ろを振り向いた浩太は、慌ててステップに足をかける。

 今度はジャンプしてしっかり飛び乗り、形だけでもシートにまたがったのを確認し、イクセスは己の機体からだを発進させた。

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