075_1040 【短編】浩太の小さな大ぼうけんⅤ ~PM17:42~


 開発され作りしているような長田区でも、山が残る北部以外にも、自然は残る。

 

『ひぃぃぃぃ……!』

【しっかり掴まってれば落ちませんから】


 三丁目の急斜面を昇り、常福寺の山林を遠慮なく突っ切る。


『ががががががが!?』

【口閉じないと舌噛みますよ】


 更に斜面を造成した大谷町の住宅地を踏み荒らして階段を下り、神戸常盤ときわ大学へ突入する。


【緊急事態なので失礼します】


 共学ではあるが明治時代に家政女学校として開校し、医学部ではなく保健科学部と教育学部を設置しているため、女子分多目の悲鳴を聞きながら、山の反対側へ突っ切る。


【さて。これでどうでしょう?】


 神戸常盤女子高等学校の石垣脇で、ようやくスピードを落として停車した。


【コウタ。生きてますか?】

「死ぬ……! 死ぬ……!」


 子供ながらに重力と振動と慣性と必死に戦った浩太は、真っ青な顔を引きつらせていた。


(これでも相当加減したんですけどね……トージやジュリを基準にしてはならないのは理解してますけど……)


 亜音速走行を指示したり、ビルの壁を走ったり、オートバイを武器としても使うマスターたちの非常識さと比べると、なんと頼りないことかと思ってしまう。マスター以外でも《バーゲスト》に乗るのは、やはり非常識な面々なので比較対象にならない。

 改めて彼ら、彼女らが超人であり、普通の人間がもろいことを、否応なく理解してしまう。


【まず現状報告を。警察には通報しています】

「え……? いつ?」

【私はバイクのカメラから送られてくる映像を、離れてモニターしてるんですよ? モニターしながらそれくらいできますよ】


 あくまで人間のふりとして言いついくろう。機械なら平行作業くらい普通にやる。


「なら、逃げなくても……」

【あなたの身を守るには、懸念――ちょっと不安があります】


 支援部の小学生女児は大人の話でも理解するので、普通の児童相手への言葉選びに苦労しがらも、イクセスは説明する。


【お巡りさんにコウタを引き渡しても、安全なのかわかりません】


 通報して終わりにはできない。追って来る者たちが何者で、なぜ、どうやって追ってきているのかがわからないのだから。

 脅威設定がわからない。最悪を考えれば、交番に駆け込んだはいいが、そこで銃撃戦が起こる可能性もゼロではない。

 まぁ、さすがにそれはないとしても――


【安全だと思ってコウタが家に帰ったら、夜中に強盗が入って家族と一緒になにかされる……ということも充分考えられます】

「……っ」


 自分の置かれている状況と、自分ひとりの問題ではないことを理解したか。浩太が顔色を変えて息を呑む。


 だから少なくとも警察の準備時間を稼ぐため、イクセスは通報当初から逃げ回るつもりだった。

 だが十路と直接連絡がついたことで、少し様変わりしている。


【ピストルを持って追って来る連中です。確実に逮捕しないと、あなたは安全にはなりません】


 正確には、実行犯を逮捕したところで、安全になるとは言えない。組織規模や背後関係がわからないのだから。

 とはいえ、拳銃の存在で更に顔色が悪くしているだろう浩太に、それを伝えるのははばかられる。


【もちろん私も全力で守りますが、コウタには色々我慢してもらわないといけません。できますか?】

「…………」


 ブカブカのヘルメットから覗く目が焦点を失った。先ほどの暴走に耐えるだけでも、子供では恐怖だろう。


「姉ちゃんも、あゆむも……」


 だがすぐに、力強い光を取り戻す。足はちょっと震えていたが。


「……わかった。やる」


 意地っ張りで、見栄っ張りで、どうしようもない。

 だからこそ守り、応援したくなる。


【頑張れ、男の子】


 なにもかもが全く違うのに、浩太に誰かの面影を見てしまった。


 だが平和な休憩時間は唐突に破られる。住宅地の狭い坂道を上がってくる自動車を見てしまった。

 ずっと追いかけてきている、あの車だ。


【そういうことですか……】

「え? なにが?」


 不確定事項がひとつ潰れて、確定となった。


【詳しいことは後で。ひとまずまた引き離して、その時間を作ります】


 イクセスは車輌乗り入れ禁止の観音山公園に突入し、一気に山を駆け下る。



 △▼△▼△▼△▼



 すっかり陽は落ち、空に明るみが残るだけの時間になっていた。


「ふぇ~……」


 手伝える作業は全て終わったたため、コゼットからお役ご免を言い渡され、樹里は実習棟から出てきた。


(あ。マナーモードにしっぱなしだった……)


 部室に戻る道すがら、携帯電話をチェックすると、気づかぬうちに電話着信とメールが届いていた。


(堤先輩から?)


 内容を見ようとしたが、樹里がボタンを押すよりも前に画面が切り替わり、コゼットからの着信を伝える。


「はい?」

『うっかりスマホを持ったまま、シールドルーム作ってたから、気づいたの今なんですけど……』

「あ。もしかして、堤先輩からの連絡、部長にも届いてます?」

『えぇ。内容は?』

「いえ、まだチェックしてないです」

『簡単に言うと、クソAIが面倒起こしたみたいですわ』

「……イクセスが?」


 少し考える必要があった。コゼットがそう評する相手が、口ゲンカの多い人工知能であるのを思い出すのと、オートバイが面倒を起こしたという事実をひとまずでも納得するのに。


『どーも警察沙汰になってるみたいですし、そっちの応援行っていただけません? 堤さんもいることですし、現場判断に任せますから』

「や、いいですけど……後で文句言わないでくださいよ?」

『また一帯を停電に叩き込んだら、文句言うに決まってるでしょうが』


 暗に『そんな大事になる前になんとかしろ』と釘を刺して、コゼットは通話を切った。

 仕方ないので樹里は、荷物を回収するため足早に支援部部室へ戻る。


「あれ? あきら?」

「あ」


 そして部室前で、意外な人物と鉢合わせた。

 樹里と同じ高等部女子推奨学生服に身を包み、背中まで伸びた髪をポニーテールにした、長身の少女。クラスメイトにして友人である月居つきおりあきらだった。


「こんなところでどうしたの?」

「いや、部活終わったけど、ひとりで帰るのもどうかと思ったから、樹里どうしてるかと思って」


 鍵を開いて部室に入ると、中は無人だった。コゼット以外の部員はもう帰ったらしい。


「ごめん。今から部活だから、帰れない」


 入ってきて物珍しそうに室内を眺める晶に、樹里は置きっぱなしにしていた学生鞄を空間制御コンテナアイテムボックスに押し込みながら、背中で話す。


「今から?」

「そ。警察関係の、緊急の部活」


 代わりに空間制御コンテナアイテムボックスから、支援部員の身分を示す腕章を取り出し、ジャケットの左二の腕に安全ピンで留める。

 急がなければいけないのだが、樹里の物ではない着信メロディが鳴る。


あかり? どうかした?」


 スマフォを取り出した晶が、部室内で話し始めた。施錠しなければならないのだが、部外者がいてはできない。


『もしもし』

「先輩。連絡気づくの遅れてすみません。そちらに合流して、事態収拾することになりました」


 仕方ないので樹里は、彼女の通話が終わるのを待つ間に、自分も電話をかけた。十路に連絡し、情報を共有し、合流場所を打ち合わせる。


『簡単に状況を説明すると、俺がヤボ用で《バーゲスト》に乗って出て、路上駐車してた間に、イクセスが事件に巻き込まれて、独自判断で子供を保護しながら逃げてる。相手の拳銃所持を確認してて、結構切羽詰ってるみたいだ』

「そういうことですか……」


 コゼットの端的過ぎた話と、自律行動ゆうれいバイクをやらなければならない理由に、遅れて納得する。


『俺も直で連絡できないから、警察挟んで無線でやりとりしてて、イクセスが逃げながら状況報告してるんだが……』


 なぜか十路の声のトーンが代わった。眉を寄せて首筋を撫でる姿が、樹里の脳裏に浮かぶ。


『保護した子供……どう書くのか知らんが、ツキオリコウタって名前らしい』

「ツキオリ?」

『木次の友だちにいるだろ? 珍しい名字だから、もしかして』


 樹里も同じ疑問を抱き、体をひねって背後で電話しているクラスメイトに振り返る。


「――ちょっと待て。話が飲み込めてない。まず、浩太があゆむの迎えに行ったはずなのに、保育園からまだ来ないのかって連絡が来たと。それで? 今度は警察から浩太のことで家に電話が?」


 家族相手に話しているのであろう友人から、樹里はゆっくり視線を外して姿勢を元に戻す。


「どうやら晶の弟さんみたいです……ちょうど後ろでそんな話してます」

『やっぱり……てか、近くにいるのかよ』

「や。一緒に帰ろうって誘いに来まして」

『……とりあえず、帰るの遅くなってもいいかと……あと絶叫系アトラクション平気か、月居に確認してくれ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る