070_1500 4th duelⅣ ~試行錯誤~


 本日のコーディネートは、タイトなデニムパンツにチュールスカートを重ね、ミリタリージャケットを羽織っている。そのまま山に登れば、適度な疲労と景観が楽しめるだろうアウトドアファッションだ。彼女の美貌ならば、風景と共に自撮り写真をSNSにアップすれば、『いいね』獲得は間違いなし。


「うお、やっべ……!」


 優雅さの塊でなければならないはずのコゼットに、そんな気配は全くなく、装飾杖を振り回して必死の形相で夜の森を走る。今日は腰の後ろにアタッシェケースの取っ手を引っかけているので、少しバランスが悪い。


 その後を追うように、木々の隙間から濃霧が忍び寄る。さほどの高地ではないが、秋の川沿いならありえる気象変化にも見える。

 だが霧に包まれた植物が、ピキパキと音を立てて白く染まる。樹皮など収縮に耐えられず裂け、自重に耐えられず倒れる木もある。


 極低温で凍りついている。それも意思と指向性を持った攻撃ではなく、漏れ出た影響だけで。

 

 コゼットは足を止めて振り返り、《魔法回路EC-Circuit》を形成する。彼女が戦闘でよく使う、汎用電磁パルス発生術式プログラム《グリムの妖精物語/Irische Elfenmarchen》の平面アンテナだ。


 猛烈な電波の嵐を受けて、下草は急激にしおれ、立ち木は湯気を上げる。場所によれば幹が内側から破裂し、枝葉は炭化して小さな炎を上げた。

 対人ならミリ波で痛みのみを与える非致死傷兵器として使ってきたが、コゼットは丸焼きにするつもりで高出力のマイクロ波を放射する。


 霧からの返答は、氷砲弾の乱射だった。


 三次元物質形状制御クレイトロニクス術式プログラム《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》で土の防護壁を建て、移動を再開しながらコゼットは毒づく。


(クソ……! やっぱりか……!)


 電子レンジで加熱すれば、水は湯になるのに、氷を水にすることはできない。ありていに言えば水分子が固まっているから、加熱を引き起こす分子振動が起こらないためだ。


 同様に、極低温を好んで使うという、学院では己の肉体を氷漬けにしていた『麻美ホレ』にも効果は薄い。

 

 再度距離を開き、射線が通っている場所まで出て、コゼットは高出力CO2レーザー発振器再現術式プログラム《光輝の書/Zohar》を起動する。

 照準を合わせるガイドレーザーを照射した時、霧の中、その射線上で《魔法回路EC-Cricuit》が形成された。


 構わずコゼットは脳内で引金トリガーを引く。本来レーザー光線は目に見えないが、大気中の塵や霧をくことで闇に浮かんだ。


 破裂音が発せられたが、闇と霧に阻まれて目で効果が確認できない。

 脳では、『麻美ホレ』が無傷なのが『視えた』。


(レーザービームが散らされた?)


 射線上に《魔法》で生み出された、固体化した空気成分のせいだ。プリズムと呼ぶには濁りすぎだが、光が乱反射した。更に反射できなかったエネルギーで昇華して、発生した濃霧で減衰させられた。


「《ブロンテまった叡智ヌース/The Thunder, Perfect Mind》」


 カトリックやプロテスタントなどと分類される現代のものとは違う、古代の元型に近いキリスト教を知ることができる資料に、ナグ・ハマディ写本というものがある。同様の古文書は死海文章と呼ばれるものが有名だが、それに次ぐ文化財・宗教的価値がある。

 その断章の一遍が名づけられたコゼットの術式プログラムは、樹里が主戦力とする《雷霆らいてい》と同じく、レーザーL誘起IプラズマPチャネルCだ。


 霧の中で動きがあったのは確認できたが、コゼットは構わず実行する。

 高出力の落雷プラズマは、立ち木に誘導されることなく、真っ直ぐ目標を撃った。


 だが相手は健在している。吹き飛ばされた霧が再度、何事もなかったように彼女を隠す。


(電撃も……なにか金属が使われたみたいですわね。超伝導だけじゃなしに、確か近藤効果、でしたっけ?)


 金属を極限まで冷やすと電気抵抗がなくなるのは、超伝導の説明である程度は認知されている現象だろう。

 だが不純物を含んだ金属の場合、ある温度まで下がると、逆に電気抵抗が増大する。こちらはあまり知られていない。


 双方を利用し、意図的に電気が通りやすい場所・通りにくい場所を作り、電撃が散らされたと推測した。


指向性DエネルギーE兵器Wが効かねーとは……)


 昨日の戦闘では判明していなかった新事実に、コゼットは舌を打つ。

 単純計算で、攻撃手段が半減した。出力を上げれば、あるいは素粒子兵器ならば話は変わるだろうが、いちいち試すつもりはない。


 コゼットは《付与術士エンチャンター》――三次元物質制御クレイトロニクスを得意とする《魔法使いソーサラー》なのだから。


『ねぇ? コゼット・ドゥ=シャロンジェ? 私たちが何者なのか、知ってるのよね?』


 圧縮空気銃作成・操作術式プログラム《三銃士/Les Trois Mousquetaires》を多重実行していると、『麻美ホレ』から無線が飛んできた。

 向こうもそのつもりで話しかけてきたに違いないだろうが、時間稼ぎでコゼットは応じる。


「えぇ。《出来損ないの神ヘミテオス》とやらでしょう?」

『勝てると思ってるの?』

「降参します、ったら見逃してくれますの?」

『まさか』

「だったら戦って、テメェをぶっ潰すしかねーでしょうが」


 それが今回、彼女が戦っている理由。

 縄張りをおかし、群に危害を加える敵ならば、容赦なく牙をく。

 獣の本能と同じ、至極単純な理屈だ。


 固体窒素の昇華爆発で一斉に撃ち上げる、石の槍を詰めた迫撃砲群は準備し終わった。

 そして杖とは逆の手に、巨大な戦鎚――群知能SI応用半実体インパクトクラッシャー術式プログラム《魔女に与える鉄槌/Malleus maleficarum》を構え、コゼットは先ほどまでとは逆に、霧の中心へとライオンのごとく突進した。


 飛来してくる固体化空気の弾丸は、熱力学制御術式プログラム《サラマンダーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Salamander》をぶつけて昇華させる。


 凍りついた下草を粉砕しながら駆け寄ったコゼットが振るった《魔法》の大鎚ハンマーは、『麻美ホレ』の体をまともに捉えた。事実彼女の肉体は、氷の彫像であったかのように砕け散った。


 だが手ごたえは、ほとんどなかった。氷どころか、雪やしもに触れたような頼りなさのみ。


 それは承知していたので、時間差による追撃が行われる。比喩ではなく本当に大量の槍が降り注ぎ、散らばった『麻美ホレ』の体に追撃をかける。範囲一帯のもやを土煙が更に濃くする。


 その結果を見届けることなく、コゼットはもやの外側まで移動した。なにせもやの中は、呼吸をすれば瞬時に肺が凍りつく低温だ。《魔法》で生命維持を行おうと、あまり長時間は活動できない。


 こんな極環境を生む存在を、あの程度で殺せるはずがない。


 事実、もやの中に人影が立ち上がった。バラバラになったにも関わらず、脳内センサーで捉えた情報では、その身になんら異常は見られない。


「どうやら貴女あなたの権能とやらは、生物学バイオロジー流動学レオロジーにまつわるもので、低温物理学クライジェニクス由来じゃねーですわね……自分の体を細分化して制御、粉々になっても生命維持や思考を継続するための機能を持っている」

『だいたい正解かしら。それとも単純に、自分の体を《ゴーレム》化してるって説明したほうが早いかしら?』


 『人体はナノマシンの集合体』なんて言葉もあるが、それを素で行っている。

 バラバラ死体になろうとも、細胞単位では生きている。しかも《ヘミテオス》を形作るのは、半分機械の特製だ。

 ならば《魔法》で動かして、再び人体として再構築できる。凍っているのは体液を流出消失させないためだろうか。


 『麻美ホレ』は不死性を発露している。ただでさえ《ヘミテオス》は半ば不死なのに、それ以上。単純な外的要因では死ななくなった。


(さしずめ《ウェンディゴ》ってところですかしら)


 北米の先住民に伝わる冬の精霊。姿を見せることなく氷雪の夜に人を惑わし、時に吹雪と共にさらって食らう、冬の厳しさを擬人化したような特徴を持つ。

 しかも人間に取り憑き、同族に変えるとされる。ビタミン不足が原因の精神疾患と言われているが、体が凍りつくような感覚に囚われ、そううつ状態になる上、人肉を欲するようになる。ために恐れられていた。

 かのクトゥルフ神話にも、イタクァという神格として、あるいはその眷属として登場する。


「コイツは厄介ですわね……」


 とはいえコゼットは言葉とは裏腹に、白い息を吐きながら、気負った様子なく《魔法》の大鎚ハンマーを肩に担いだ。

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