070_1300 flakey ordinaryⅥ ~禽獣夷狄~


 でも、少しだけ前言をくつがえすことにした。


「ですからぁ!? 動物嫌いだって言ってるでしょう!?」


 昼飯の後、悠亜イクセスを馬に乗せてみた。スカートの下にレギンスを穿かせているので、パンチラの心配はない。


「なんで私を乗せようとするんですかぁ……」

「折角だから?」

「そんな理由ならトージも乗ってくださいよぉ! 私ひとりこんな晒し者に!」

「走らせてもいいなら」


 十路とおじは一応視線で可能か訊ねてみたが、手綱を掴む係員は当然首を横に振る。六甲山牧場のアクティビティはあくまで乗馬『体験』で、本格的な乗馬までは行っていない。


 乗馬は《使い魔ファミリア乗りライダーの必須技能なので、十路にとって馬は馴染み深い。

 基本的には《魔法使いソーサラー》の意思に従って動くが、いざという時には《使い魔ファミリア》は自律行動する。それでも振り落とされず乗る感覚は、機械よりも動物に近い。

 その感覚をやしなうため、十路も馬に乗らされた。例によって笑顔の上官によって暴れ馬に。なので乗馬といっても近代馬術ではなくロデオと呼ぶべきなのだが、それはさておき。


「あと大声出すな。馬がビビる」

「う゛~……」


 木曽馬の背で情けない顔をしているが、十路は構わず係員に頷いて、一周五〇〇円のホースリンク乗馬体験に出発してもらった。


 平日の昼間とはいえ無人ではないため、他にも客がいる。乗馬体験の順番を待っているのか。それとも興味はあっても乗るつもりはないのか、おっかなびっくりな悠亜イクセスに目を向けている。


 柵に体重を預けた十路は、彼女を見守るていで、それとなく周囲を見渡している。注意を向けているのは他の客たちだ。


 そうしていると片足だけ違う足音が、背後からゆっくりと近寄ってきた。


「デートですか?」


 振り返ると、年齢と場所相応の服だが、それでも精一杯のおしゃれを楽しんでいる、上品そうな老婦人が杖を突いて近寄ってきていた。


「なんですかね? 男女で一緒に遊んでるって意味ならその通りですけど」


 十路に並び、老婦人もおっかなびっくり馬に揺られている悠亜イクセスに優しげな眼差しを向ける。


「あらあら。今日は平日なのに。学校は?」

「今日は休校なので、サボったわけではないです。制服なのは一度学校に行く用事があったので」


 なにかと思えば。付き合いきれない。


 《魔法》を使えばその限りではないだろうが、地獄耳を持つ樹里ほどの警戒は無用だろう。悠亜イクセスに聞こえないであろう音量に潜めて、十路は牙を覗かせる。

 

「これ以上は白々しいからやめようぜ。ヂェン雅玲ヤリン


 杖は急造で用意したのか、長さがあってない。それでは体重をかけられない。足が弱った歩き方は演技で、本物の年寄りの歩き方ではなかった。


「昨日の今日でもう日本にトンボ返りしてたのかよ」

「私だけね。やってくれたものね。他はしばらく身動き取れないわ」


 隠し立てするつもりはないのか。表情や声音はそのままだが、老婦人の口調が変わる。


 他の部員が学院から動かない今、十路が単独行動を行ったのは、もちろん作戦を考えるのに当てなくうろついていたのが一番の理由だが、敵がなにかアクションするか考えたことも含まれる。用事を終えた後、人通りのない山道を走ったのは、万が一交戦になった時の考慮だ。


 もちろんアクションしてくる確証などなにもなかった。仮にあったとしても、これ幸いと地形を変える火力で抹殺される可能性もあった。

 だが、敵の行動について確定的な情報がない状況では、警戒のしようがない。割り切って行動するしかなかった。


 それでなにも起こらなかったので、現状の最大戦力である《コシュタバワー》だけでなく、悠亜イクセスとも離れてみたらどうなるか。

 試してみた結果が現状だ。


「どうやら今ここで戦う気はないみたいだな?」

「あら? 殺してあげてもいいわよ?」

「その時は全力で逃げる」

「男らしくないわね」

「当たり前だろ。今は武器持ってないんだし。それに、五秒もてばイクセスが、三〇秒もあれば悠亜さんが来る。一〇分もあれば他の部員れんちゅうもな。時間を稼げば稼ぐだけ、俺のほうが有利になる」


 老婦人ヂェンは上品な笑顔のまま。十路は柵に体重を預けてだらけたまま。

 傍目はためにはのどかな観光客同士の会話だろうが、内容は物騒ぶっそうきわまりない。戦意も否応なく高まる。


「で。なんの用事だ?」


 とはいえはじける気配は遙か遠い。ゴングが鳴った直後の牽制どころか、試合前のマイクパフォーマンス程度でしかない。

 仮に十路を殺害したところで、その後に悠亜イクセスや《コシュタバワー》と戦って切り抜けるのは、容易ではないと、彼女もわかっている。


「用事って呼べるほどの用事はないけど――」


 ホースリンクに向けられていた老婦人ヂェンの視線が、十路に向けてくる。


「雰囲気変わったわね」

「お前が近くから消えたからな。落ち着いてメシ食える」


 嫌味ではあるが事実でもある。今後『衣川きぬがわ羽須美はすみ』に神経を逆撫でされることなく日常生活がいとなめる。

 もっとも、ヂェンを殺すか、二度と支援部にちょっかいをかけられなくさせた後の話だが。


「代わりのダッチワイフがいるから?」

「イクセスが聞いたら風穴開けられるぞ」


 挑発も受け流す。以前ならばピリピリして受け流せなかったかもしれないが、今はなんでもないくらいの余裕がある。


「あーあ……なーんか面白くないなぁ……」


 老婦人ヂェンの嘆息に、十路はマズいと直感した。勘なのでなぜかと問われても返答に窮するが。


 この女は、野依崎のような常識外れによる頭痛の種や、南十星やナージャレベルの可愛げあるトラブルメーカーとは、性質たちが違う。


 咄嗟に十路は老婦人ヂェンが持つ杖を蹴り飛ばした。軽く添えられていただけなので、抵抗もなく彼女の手から離れる。

 そして柵の隙間からホースリンク内に滑りこんだ。


「あーあーあー。気をつけてくださいよ」


 更には十路が柵を飛び越えて、リンク内に侵入して杖を拾い上げる。係員が『入られると困る』みたいな顔をしたが、手刀を小さく切っただけで無視する。


「どうぞ、


 好青年アピールの作り笑顔と外見年齢を、必要以上に強調して杖を差し出した。


「あら、ありがとう」


 受け取る老婦人ヂェン、上品な笑顔を浮かべているが、こめかみには青筋が走っている。


 周囲の視線を集めてしまった。大量虐殺も辞さないならまだしも、これでヂェンは容易には動けなくなったはず。年寄り扱いで爆発の可能性も否定はできなかったが、それよりはたくらみの出鼻をくじくことを優先させた。


「トージ。なにやってるんですか?」


 しかもホースリンクを一周する前に、近くを通りかかったところで、背を蹴って悠亜イクセスが馬から飛び降りた。


「いや。なんてことない」

「ならばこのご婦人は?」

「話しかけられただけ」


 悠亜イクセスに視線を向けられた老婦人ヂェンは、福々しい笑みを浮かべた。


「デートかしら、と思って声をかけさせていただいたの」

「これデートなんですかね? 男女で一緒に遊んでるって意味ならその通りですけど」


 十路と似たようなセリフで流した悠亜イクセスは、脈絡なく胸元で指鉄砲を作った。

 なにかと思うまでもなく破裂音と閃光が発生し、老婦人ヂェンった。


 銃声から判断して二二口径、それも火薬量を削減した亜音速弾だろう。競技や小型害獣駆除、暗殺にも立派に用を成すとはいえ、シャーペンの頭についてる消しゴムみたいな小口径弾では威力は知れてる。

 それが指鉄砲の人差し指から、老婦人ヂェンの頭へ発射された。真正面から《ヘミテオス》の頭蓋骨を貫通するまでは至らず、彼女は額を押さえてプルプル震える。


「急にどうしました? カナブンでもぶつかってきました? あれ高速道路で衝突するとひどい目見ますからね」


 悠亜イクセスの笑顔がすごく白々しい。

 最初からこちらの異変に気付いていたらしい。背後には『誰がダッチワイフだコラ』と吼える魔犬オーラが見える。


「い、いえ……なんでもありません」


 引きつりながらも浮かべた老婦人ヂェンの笑顔も白々しい。背後には『舐めたマネしやがったなコラ』と吼える翼虎オーラが見える。 


 なにが起きたか誰も理解できたはずないだろうが、正体隠した猛獣たちになにかを感じ取ったのか。周囲の観光客たちは注目しつつも距離を取る。


(コイツらフツーにヤベェ……)


 十路も今更ながら他人のふりをしたかった。

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