070_1240 flakey ordinaryⅤ ~羊質虎皮~
信号待ちをしていたら、スクーターではなく小型バイクといった様相の原付が接触寸前で停車したので、
再び走り始めても、原付はピッタリ背後についてくる。ぶっちぎるのは簡単だが、非常時でもないのでそう無茶もできない。いま全国的に問題視されるあおり運転も考えたが、車間距離を詰める以上はない。
誰がなんのつもりか考えていたら、無線で
『トージ。カズマが追いかけてきてますけど?』
「なにやってんだアイツ……」
ゆっくり減速して手近なコンビニの駐車場に入ると、原付も続いて停まった。
ヘルメットを脱いで茶色い髪をかき上げウルフヘアに落ち着くと、見慣れたクラスメイト・
「なぁ、和真? 確かに学校は休校になってるけど、休日じゃないって知ってるか? 自宅学習って意味だからな? 受験生がなに出歩いてる?」
「十路も出歩いてるじゃん!」
「俺たちは部活だ。昨日の事件は、思いっきり警察・消防・自衛隊の案件だから、協力してるんだよ」
むしろ支援部が超法規的に主導している立場だが、世間的にはそうなっている。捜査や後始末は全然協力していないが、戦闘準備は国土防衛の観点から協力していると言える。
和真もそこらは理解しているのか、あまり深くは突っ込んでこない。
「なんで羽須美ちゃんと一緒なんだ?」
代わりに、聞いてほしくないことを訊いてきた。
当然そうなるだろう。支援部員以外の学生にとっては、彼女は『衣川羽須美』にしか見えない。
そして教室では十路と『
オートバイに二人乗りしていれば、不自然に思われる。
(とうとうこの言い訳を使わないとならない時が来たか……)
神戸市内を走る際、『衣川羽須美』を知る者に見られる事態は、想定内だった。だから対応策も事前に協議している。
少しだけ東北――
「そっくりだけど違う。この人は
十路は嘘を言っていない。
「どーも初めまして。木次悠亜です。あなたが高遠和真くん? 樹里から色々聞いてるわよ~」
中身が交代すれば、なぜ旧姓というか外国姓を省くのかという疑問を除いた九九パーセントの真実になった。
だが和真は、修交館学院高等部女子標準服を着た悠亜に、疑わしそうな視線を向ける。
「樹里ちゃんにお姉さんがいる、みたいな話は聞いたことあるけど……ウチの学校に通ってた?」
「ややややや。違う違う。これただのコスプレよ」
「は?」
「こう見えて旦那もいる二七歳でーす。なんでも私そっくりの女子高生が編入したらしいじゃない? だったら私もまだイケるかなーって」
「…………」
「……まぁ、ハロウィン近いし?」
十路もゆっくりと目を逸らした。公称二七歳がコスプレして街に繰り出す理由には、無理ありすぎるのは自覚している。
いい歳して昼間から奇行に走る姉がいると認定されたら、果たして妹はどう思うのだろうか?
さすがに樹里がムゴいとは思っても、十路ではフォローしきれない。
「それとも……やっぱりアラサーでブレザーは無理あるかしら?」
悠亜が小首を傾げる。しかも上目遣いで和真の顔を見上げる。
妹がよくやる仕草だ。ぶりっ子と言われかねないが、計算高さなど欠片もなさそうな
なのに姉がやると、すっごくあざとく見える。子象サイズのシャイアー種やベルジャン種で黒●号なんて名前がついてそうな軍馬の本性を知る十路が見るからなのか。
「いやいやいや! そんなこと全然ないッスよ! 似合う! チョー似合う! 今でも現役張れる!」
どうやら十路の偏見らしい。それとも真実を知らない和真が幸せなだけか。
《ヘミテオス》の不老性で、悠亜の外見年齢は女子高生と言い張ることができるのは、客観的な事実だ。しかもそれなりに美人。
普通の男子高校生ならば、知人のお姉さんのそんな仕草にドッキドキ。『歳を考えろ』なんてセリフを思いつきもしない。
女性は何歳になってもオンナノコなのだ。永遠の女子なのだ。
多少遅ればせながらも褒める和真は、それを理解している。現実にはモテていないが、見かけだけでもモテる男は違う。
ちなみに十路は、その手の理解は肉体言語によって嫌々体で覚える
「……で。なんで樹里ちゃんの姉さんが、十路と一緒?」
「やっぱり部活関係。この人も《魔法》関係に詳しい人だから、今回の事件で協力してもらってる」
やはり十路は嘘を言っていない。紆余曲折すぎる真実は全て省略して、和真に伝えているだけだ。
△▼△▼△▼△▼
『カズマはあれで納得したんですかね……?』
「別に納得させなきゃいけない義務はないだろ……というか、『こいつバイク』なんて説明したら、俺が頭の心配されるわ」
『その代償でジュリに飛び火した気がしますが』
「…………
和真との件はもう考えないことにする。樹里のことも考えないことにする。
すると待っていたように
【それで? 学校寄って届け物した後、《
「どこへと聞かれても返事に困るんですけど……色々考えながら、半分気晴らしに六甲回りをツーリングしてるだけですし」
彼らは山の中を走っていた。
人口の多い政令指定都市で、しかも区制を導入していれば、どこもかしこも都市のような印象があるかもしれない。
しかし神戸市はそうでもない。海から離れた北区など、面積の半分は山林だ。
県道一六号明石神戸宝塚線など、周囲はほぼ木しかない。
そういう道だから十路は走っている。曲がりくねった山道とはいえ、六甲山系の山頂付近を横断するので高低差はさほどない。観光道路であるから片側一車線の広さが確保され、信号など一切ない。
『そういえばナージャに、森で戦うみたいな話をしていましたが、あれ本気で実行するつもりですか?』
その時
「そんな都合のいい場所があればな……ないけど」
『この道路なんて、一応木で隠れることができますけど、それだけですしね』
「こんな場所で戦ったら、南側の空から好き放題やられるだけだ」
『となると、山よりも谷ですか。機体の侵入方向や攻撃手段の入射角が制限されます』
「となると、そこそこ切り立った狭い場所でないとならない。だけどここ神戸だぞ? 海沿いだぞ? かなり内陸に行かないとないだろ?」
『地形によるのでなんとも言えないのでは? 『六甲の●いしい水』が発売されてたくらいですし、渓流くらいあるでしょう?』
「それ、住宅地のド真ん中にある、スーパーの隣の水だからな?」
神戸あるあるだ。山のどこかに工場があるのかと思いきや、実際には離れた灘区市街地で取水されていた。一応六甲山系から流れて込んでいた地下水なのだろうが。
ちなみに現在販売されている『●サヒおいしい水 六甲』も、淡路島に近い西区で取水している。やはり六甲山系の
ミネラルウォーターはさておき、そんなことを話しているうちに、木々が途切れたエリアに出た。
六甲山牧場だ。牧場といっても市営の観光牧場で、家畜のいる小さなテーマパークといった
なんとなく十路は、その駐車場にハンドルを切った。走りやすいとはいえ、地平線の向こうまで伸びてるような直線道路ではないのだから、やはり長時間運転していると疲れる。
△▼△▼△▼△▼
「のん気ですね……」
「焦ってどうにかなるなら、いくらでも焦るけどな……ハッキリしたタイムリミットがあるわけじゃないから、焦っても仕方ないだろ……」
「昼飯なにか食いたいものあるか? 一応部活中だから経費で落ちるし、豪勢でも構わんぞ。ラム肉とか」
「ヒツジを見ながらそのセリフはどうなんですか……」
「ここのレストラン、アレを
「知りませんけど、そういう問題ではなく……トージってアレですよね。水族館で『食べられる?』『どんな味?』とか考えるタイプですよね」
「食える・食えないは死活問題だろ? 食えてもマズけりゃ士気保てないから、やっぱり死活問題だろ?」
「昨日が食事初体験だった私に訊かれても……でも、トージの判断基準がおかしいのは推測できます」
会話内容ものん気なもの。現代日本の一般平均と比較するとやや変かもしれないが、
休日ならば家族連れで賑わうだろうが、今日は平日、客は多くない。牧場という場所柄以上にのん気な時間が流れている。
放牧エリアで柵にもたれて、そんな空気を満喫していると、一頭のヒツジが近寄っていた。牧場の家畜なら人馴れしているだろうが、まだ出来上がっていない体格からすると、子供らしい好奇心で近寄ってきたか。
「う……」
「動物嫌いか?」
子ヒツジの接近だけで、
「嫌いですよ……路上駐車されると、イヌがおしっこ引っかけようとしたり、ネコがシートによじ登ってきたり、カラスがハンドルに止まったり……」
「スマン……」
人間なら相当油断していないと体験できない苦難だが、オートバイでは訳が違った。自ら動くことができても、正体を隠していると動けないのだった。乗り回す十路のせいで、彼女が散々苦労してきたことは嫌でも理解できる。
謝るしかないが、オートバイを街中で停められる施設は少ないのだ。駐車場法では大型自動二輪は自動車と同じ扱いなのに、車一台分の駐車スペースを取るとスカスカだから嫌がられる代物なのだ。かといって駐輪場で自転車に並べるのも嫌がられる不遇の乗り物なのだ。だから結果的に路上駐車しか選択肢がないのだ。そして動物が来るか来ないかなど判断のしようがないのだ。そこは理解してほしい。
「でも、今の体で近づかれたところで、どうってことないだろ?」
「この装甲のない体では危険です」
「噛みつきゃしないだろうし、噛まれたところで腕食い千切られるわけでもなかろうに」
ジャケットを掴む手を強引に引き剥がし、彼女を抱きかかえるようにして前に出す。
「う……」
気分はまるで南十星と共に昔見たアニメ映画。『怖くない。怖くない』と動物相手に手を差し出す姫の役どころがメチャクチャ怖がり、動物は全然警戒心を持っていないが。
支えたというか拘束したというか、ともかく十路の腕の中で、
だが、子ヒツジは
「ひゃうっ!?」
そんな気を抜いた絶妙の間で、子ヒツジは
「ちょ、どこ舐……! やめ……!」
人間状態では羞恥心がなさそうな
さすがに十路も、ビンカンな部分をツンツンする子ヒツジを引き剥がそうとしたが、それより早く
「畜生の分際で……!」
「やめんかぁ!?」
《
スカートに頭を突っ込んで見えていなくても、向けられた殺意を感じ取ったのか。それとも十路の声に驚いただけか、子ヒツジは慌てて脱出して遠ざかっていった。
「だから動物は嫌いなんですよぉ!」
女の子の涙目は、男心をくすぐるのかもしれないが、十路にそんな気持ちは全く芽生えない。
ただただこれまで以上に、これまでとは違う意味で、今の
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