070_1310 flakey ordinaryⅦ ~悪酔強酒~
場をレストハウス前のオープンテラスへと移すことになった。
表沙汰にできない話でも、普通の音量で話している限りは、一般人に聞かれる心配はしなくて済む。聞かれたところで具体性をぼやかせるだけで、内容を理解もできない。怪しい会話は怪しくない場所でするのが一番いい。
「それで、なんの用件ですか? クソババア」
「ババァじゃない……! 見た目変えてるだけってわかるでしょうが……!」
「あなたの稼動年数を正確に知りませんけど、単純に考えて《
「中身はそうでも、アンタの体は大して変わらないでしょうが……!」
本当に今更だが、イクセスは結構苛烈な性格だった。だから十路は彼女の初起動時、
普段は割と礼儀正しく、そこまで声を荒げない。だが反りの合わないコゼットやカーム相手など、キツい言葉を応酬しあっていた。敵と判断した相手には本当に容赦がない。
そしてマトモに相手できるのは、
「ちょっと……アンタの《
「性格破綻に関しちゃ、アンタの《使い魔》には負けてる」
『一応今どきの若者でも若者言葉わかんねーよ』な十路基準では、
「だったらもっと性格悪いのが相手しようかしら?」
同じ声だが、中身が入れ替わった しかもテーブルを下から叩いてゴツゴツ音を立てる。人目につかぬよう、悠亜が銃を向けていることをアピールしている。
「まだそっちがマシね……顔馴染みだし」
「こっちは馴染みになんてなりたくなかったし、一刻も早く
険悪な視線を向けあった悠亜は、牧場内で飼育している乳牛から絞った一〇〇パーセント生乳を一気にあおる。手の甲で乱暴に口の周りを拭くと、やはり乱暴にコップをテーブルに叩きつける。
「そんなわけで《
「飲むにも買うにも制服じゃ無理です」
『飲まなきゃやってられない』みたいな態度が
ともあれ一時不満そうにしたものの、悠亜は作り直した真面目な顔を
「あなた、面倒くさいのよ」
更には外見的には同じままだが、再度中身が入れ替わる。
「えぇ。実に面倒です」
交互に同じ口を使って会話を始めだした。
「ね、聞いて聞いて?
「あれ? 以前の話では、長年の因縁って雰囲気でしたけど?」
「や。
「そういうポジションに就く者が顔を出すのって、大抵の場合は死亡フラグですよね」
「ややややや。登場が遅いだけで、何度も出てきてその都度撃退される中ボスポジションよ」
「中盤から終盤で退場させられる、決して
「やー。
「どういうことです?」
「わたちが
「うっわー。つまりファザコンなんですね。淡路島のアサミもそんな感じでしたけど、あれはまだ幼児だから容認できましたが、いい歳してそれはキモいです」
「でしょー? やー、同じ『麻美』の欠片ってだけで、私もこんなの一緒にされかねないから、勘弁してほしいわー」
悠亜の権能で、彼女たちは距離無制限で脳機能接続を行っているのだから、互いの考えを口に出す必要はまるでない。なにも知らない者が見れば、ひとりで会話しているのだから、不気味ですらある。
彼女たちは
十路に止めるつもりはない。というかこの手の陰湿さを発揮し始めたら、男の出る幕ではない。キャットファイト未満な女の争いは、気配を殺して嵐が過ぎ去るのを待つに限る。
「それで、どうしてひとりで《
だがすぐ終わる。悠亜が嘲笑を引っ込めて、世間話のような口ぶりで本題に切り込んだ。
「前に彼を呼び出した時、《
『
「当ててみましょうか? 《
「え?」
悠亜の指摘は考えもしなかった。
羽須美の最期、十路は彼女によってなにか操作された。それにより
更に記憶が削られて、羽須美を含む複数の『管理者No.003』たちが入り混じって戦った事実とは違い、十路が羽須美を殺したことになっていた。
その件が今回に結びつくとは、予想すらしていなかった。
しかも
悠亜の指摘が事実だと示唆している。
「《
悠亜は樹里に戦う
「《赤ずきん》の……権能ですか?」
羽須美が持っていたLilith形式プログラムの名前は《
だが、普通の《
悠亜は、体内での圧縮空間保持と《
樹里は、あらゆる動物の肉体情報の保持ないしアクセス権。それで自身の肉体で部分的再現する。
羽須美もそのような特殊能力を持っていて、それで本来スタンドアローンであるはずの十路の脳に介入してきた。
そこまでは考えはしたが、さして重要視もしてなかった。
「羽須美さんが持ってた権能って?」
「それよくないなー? 自分で全然考えずに、人に訊けばいいと思ってるの」
「教官役は結構なんですが……」
『もったいぶらずに早よ説明しろ』の意を込めたが、悠亜には通じなかった。
「想像はできるはずよ? ここで重要なのは、
しかし彼女は気にせず、顎で
「この女は《つぐみの髭の王様》の権能で、《
野依崎が予想し、リヒトは遠まわしながら正解だと言っていたが、やはりそうなのか。
「なのに、《
「なぜそう思うのかしら?」
「《
推測なれど『知らない』ことを『知っている』。そう言われて
「《
「いいえ」
《
「DTC――《
「え?」
それは、あの日を境に変化した十路の圧縮形式だ。
「ここまで言えば、わかる?」
「えぇ……」
彼女が《ヘミテオス》としての権能なんらかの操作を行い、十路の拡張子が変化したのでなければ、それまでなかった高々出力の戦略級
(俺の《魔法》は元々、羽須美さんの《魔法》……?)
十路の脳に、羽須美のデータが上書きされている、ということにならないか。
拡張子変更と共に、記憶も一部封鎖された。《
それもどういうわけか、きっと《
更に目当ては《魔法》の
大量殺戮兵器にまつわるいざこざなど、アクション映画ではお馴染みだが、《魔法》はデータでしかない。核兵器を持ちえる個人は存在せずとも、核兵器の
そして物理的にはムチャなことでも、素粒子力学や量子力学的に問題がなければ、仮想的には原理さえわかっていれば力技でなんとかなる。
だから十路が持つ戦略級
知らずに受け継いだ、別の『なにか』が目的と考えたほうが自然だ。
悠亜の黒瞳が
「ズバリ。狙いは『ダアト』でしょ?」
該当するキーワードは、十路の中にない。記憶している脳内のデータにも、羽須美の言動の中にも。
「アレは《
「…………」
「俺も聞いて問題ないなら、聞きたいんですが? 『ダアト』ってのは?」
オリジナル《ヘミテオス》が通じ合ってるやり取りに
「《
「二〇本」
「もうひとつ存在するのよ……大きさも形も《塔》って感じじゃないし、地球近傍小惑星として公転してるけど」
「宇宙に?」
「ダイソン
宇宙空間に太陽光発電パネルを浮かべる宇宙発電と、スペースコロニーの究極系。太陽から発せられる熱や光を最大限利用するために、周囲に発電パネルの殻を作り、人工惑星の中に収めてしまう。
それがダイソン球と呼ばれる。完全に人工の殻内に収めるのはSF設定だが、元はアメリカの物理学者フリーマン・J・ダイソンが提唱した、宇宙文明に実現しうる可能性だ。
更には《
「天使と意味が振り分けられた
西洋魔術における、一〇の
「アレは《
オカルト設定な名前とは無関係に、《ダアト》なるオーバーテクノロジーは、悠亜の話から察するにヤバい代物らしい。
(その《ダアト》とやらを動かす権限が、俺にあるんじゃないかって疑われているのか……)
納得はできたが、困る。そもそも十路の『ヘミテオス管理システム』は、自分の意思で起動したことがない。そんな《ヘミテオス》由来の権能があるかないか確認したことすらない。
脳に入っているデータの全開示などできない。
自分で管理システムが起動できないという情報を、みすみす
権限を持っていることにすればいいのか。持っていないことにしたらいいのか。話の主導権を握っているのが悠亜なので、それすら判断つかない。
(……ん? 宇宙空間に、《塔》に匹敵するオーバーテクノロジー?)
不意に思い出した。
十路の
一度だけ、それを使ったことがある。
まだ十路が支援部員でなかった五月、大量の爆薬が仕込まれた貨物列車を処理するために、イクセスの指示に従って実行した原理不明の大規模破壊 《魔法》を使用した。
その
電話は、電話を持っていない相手と話すことはできない。通信手段は発信側と受信側、二台の機械が存在しないと成り立たない。
オーバーテクノロジーの受信側が空に存在したという事実を、思い出してしまった。
(《ダアト》ってのは、あの時の通信先じゃないのか!? だったら権限持ってるのってイクセスか!?)
イクセスは特異な肉体を持つ《ヘミテオス》ではないが、オーバーテクノロジーの一部使用権限を有した『準管理者』ではある。
他の《
しかもルキフグスの正式な名前は、ルキフゲ・ロフォカレ。
地獄の支配者の一柱・ルシファーに命じられて、世界中の富と宝物を管理する悪魔だ。
羽須美が持っていた権限が、なぜイクセスに移っているかは、十路が自覚ないまま持っているよりも不自然ではある。
だが羽須美の死亡により、上位管理者に移管されたり空白だったが、秘密裏にイクセスに再委譲された可能性も否定できない。
(理事長の仕業だとすれば、むしろ他を考えられない……!)
十路が神戸市に足を踏み入れるギリギリまで、つばめが《バーゲスト》を
仮に五月の事件が知れたとしても、あの場でのやり取りを知らなければ、《
この場は彼女に任せるよりほかない。事態を把握しきれていない十路が不用意に動くとボロを見せかねない。
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