FF0_0730 過ぎたるものⅣ ~グランフォート摩耶&アレゴリー④~


「そう遠くない未来、人類は滅びる。ってっても、一〇年二〇年じゃない、一〇〇年単位の未来だけど」


 前置き抜きのつばめの言葉に、誰もが想定外だとキョトンとして動きを止めた。音量を小さくしたはずのテレビの音が大きく聞こえる。


『ファインマンは、小さな機械を作る機械を作り続けていけばいいと言いましたが、残念ながら現在、この手法では、分子の大きさまで縮小できないことがわかっています。しかし根本は似たようなものです』


 映像では身振りを交えた、機械工学の権威である外国人大学教授が、独白のように説明をしている。声は当人による英語と日本語翻訳が混じり、日本語訳の字幕スーパーも映し出されている。


「………えぇと? ツッコミどころが多すぎて、なにから聞けばいいのか迷うんですけど……なぜ滅びるんですの?」

「そこ本題じゃないからどうでもいい。好きなように想像して」


 責任者らしくコゼットが真っ先に気を取り直したものの、つばめもまた冷たいと呼ぶべきか効率的と呼ぶべきか、にべもない。今まで明かさなかった話を明かすにしても、情報開示は最低限に留めるつもりか。

 必要ないと言われれば、部員たちはそれ以上は聞けない。彼女たちが生きている間に発覚する問題ではないだろうから。


「滅亡に対して、人々は色々な対策を考えて行動した。だけどまぁ、全員を救えるような有効って言える方法はなし。全体からすればわずかな人数を助けられるだけの、やらないよりはマシってレベル」


 種の保存という意味だけなら、少数を救うことができれば充分だろうが、個々に知性も欲も持つ人間相手ではそうも行かない。

 ノアの洪水伝説だ。いくら神に堕落したと言われたとはいえ、溺れ死ぬノアの家族以外の人間は、たまったものではない。『人間という種は滅びないから、残りは諦めて死んで?』なんて言われても、素直に頷くわけはない。


「ぶっちゃけ、打つ手なし。そんな中、ある科学者は、普通だったら絶対やらない冗談を、本気で実行しようとしたんだよ」

「過去改変――親殺しのタイムパラドックスへの挑戦、でありますか?」


 野依崎の言葉が付け足される。

 理論上、未来へ行くことは可能だ。アインシュタインの相対性理論で証明されている。ウラシマ効果、リップ・ヴァン・ウィンクル効果などという俗称で知られている現象は、それに当たる。

 しかし過去へは不可能というのが定説。進歩が進めばくつがえり、可能になったのかと思いきや、否定され続けている。


『更にはジョン・フォン・ノイマンが提唱した、機械が機械を作るセル・オートマトン理論。それを活用して作り上げられたのが、世界初の自己複製型ロボット実験機『XEANEジーン』です』


 呆れと、察した未来人たちの絶望感で無言になった場に、小さいはずのテレビの音声がまた大きく聞こえた。



 △▼△▼△▼△▼



「ま、呆れた話だ。そもそも同一時間軸にある過去なのか、それすらわからねェのに。エヴェレットの多世界解釈、M理論の多元宇宙論なら、まるで意味ねェ。ただし重なり合った別の宇宙は、量子的に影響しあってるっつーのが定説だ。実際のところ意味もねェのか、なんとも言えねェ。不確定性原理に引っかかるから、観測もできねェ」

「一言でまとめてくれ」


 長くなりそうな専門外の話は、十路がいつもながらにバッサリ切り捨てた。リヒトは忌々いまいましそうに舌打ちしたが、悠亜がクスリと笑って話を引き継ぐ。


「時空を超える救難信号……っていうと、ちょっと違うわね。瓶入り手紙ボトルメールか、宇宙探査衛星に搭載されてる宇宙人向けメッセージみたいなもの。誰か気づいてほしい。なにかの役に立ってほしい。それで助けてほしい。そんなつもりで、ありとあらゆる情報を無節操に発信し続けたの」

「むしろ宇宙人に助けを求めたほうが、いくらかでも確率が上じゃないかって気がするんですけど。宇宙人の存在が確認されてるか知りませんけど」

「地球外生命体ってだけならともかく、地球人類と同等以上の文明を築いてる証拠は、未確認だったみたいよ」



 △▼△▼△▼△▼



「実際のところは誰もわからないけど、わたしたちが今ここにいるこの宇宙は、元の宇宙から見れば、通信っていう外的要因を受けて生まれたパラレルワールドだと思ってる。歴史とか似てるけど、微妙に違うんだよね」


 つばめの童顔が、野依崎の幼い顔に向けられる。


「カナダって国、知ってる? アメリカ大陸北部、首都はトロント」

「そこ、北中アメリカ連合NCAでありますが? オンタリオ州の州都であります」

「アメリカ合衆国の国旗、スターズストライプスすじと星の数は? 一三本、五〇個だっけ?」

「そもそもや『スターズストライプス』とは?」


 子供らしくなく眉間に不審のしわが刻まれると、つばめは視線をナージェへと移す。


「ロシア連邦の前身国家は?」

「ロシアですけど? 訳し方の違いですか? あと体制崩壊以前の国名は、日本語だとクラースヤナ社会主義共和国連邦」


 白金髪プラチナブロンドの上にクエスションマークを浮かぶが、それ以上の説明をすることなく、つばめの視線はコゼットに向けられる。


「キミの母国、ワールブルグ公国の隣接国は?」

「南にフランス、東にドイツ、西にノバセニック、北にラストーン」

「ベネルクス三国って知ってる? どこも立憲君主制で、国土面積もそう変わらないから、ベルギー・オランダ・ルクセンブルグの三つを合わせて、そう呼ぶんだけど」

「ハ……? オランダ以外、聞いたことねーですけど?」


 不審顔というよりガンつけになっている王女サマの相手は終わり、最後に頬杖を突く南十星に視線が注がれる。つばめが問うより前に、口が開かれる。


「西欧連合オーストラリア自治州」

「うん。オーストラリア連邦って知ってる? って聞こうとしたけど。だったら大陸南東にあるタスマニア州は知ってるよね? 珍しい動物がいっぱいの島」

「ヴァン・ディーメンス・ランドのこと? あっこ島ってゆーか、オーストラリアとはベッコの国じゃん」

「こんな風に、違うわけ。それも三〇年前に枝分かれしたって程度じゃない違いなんだよ。宇宙レベルで考えればそんなこと、ほんの些細な違いだろうけど」


 部員たちにすれば、パチモンくさい架空国家としか思えない。そんな国の実在を、確認することなどできはしない。

 だからお互い『この人、とうとうイカれた?』『普段アレですけど、さすがに違うでしょう』『普段がアレだからこそ、という考え方も』と視線で語り合っているが、つばめ当人は気にも留めない。


「送信したデータが、どんな風に影響したのか……いや影響したのかどうかも、想像もできない。例えば歴史上の偉人ってのは超能力者で、平行宇宙間の通信を生身で受信して、歴史を変えたなんて仮説を立てられる。でも確認のしようがない。ただ、その通信が基で、この世界は変わった……とだけは、言い切っていいと思う」


 神ならざる身ならば最早、全てのことは『奇跡』として、理解不能なりに受け入れる他ないと達観しているから。


「で。三〇年前、『世界樹ワールドツリー』システムがされた直接の原因は、アレじゃないかって思ってる。誰かの意図か、変なデータが混じったか、あるいはAIの暴走したかってのは、全然わからないけど」


 つばめが指差す先――テレビの画面では、CGを活用した再現画面で、ナレーターが説明が行われていた。


『――我々人類が宇宙開発を行おうにも、宇宙への輸送は、大幅な制限がかけられます。無人の惑星に人間が住める基地を建造するには、何十基ものロケットを打ち上げる必要があります』


 国際I宇宙SステーションSは五〇回以上のロケット・スペースシャトルの打ち上げを経て、今の形がある。そして宇宙開発の歴史は、輸送力との戦いでもある。ロケットエンジンは高効率な物へと、積載する人工衛星は省スペース・軽量化を研究され続けている。その束縛から逃れようと思えば、軌道エレベータやマスドライバーといった、根本から異なる巨大施設メガストラクチャーが必要となる。

 人類が太陽系外に出ようとした場合、この輸送力の問題は、現在とは比較にならないレベルに拡大する。


 その対策のひとつとして、映像が切り替わり、ブロック玩具にも見える物体たちが映し出された。


『そこで期待がかけられているのが、この自己増殖型ロボットです。司令を出すホストコンピュータと、子機となるマイクロロボットを送り込むのです。無人の惑星に辿り着いた小さなロボットは、その星の資源を使って分身たちを作り上げて、充分な数が揃ったところで連携し、人間に必要な建物や設備を作り上げてくれるのです』


 小型ロボットの研究や基礎概念は、一九七〇年代から存在した。SFコンテンツ内だけでなく、科学者たちによる真面目な研究題目としてだ。

 惑星改造というレベルには程遠いとしても。小型とはいえ硬貨ほどもある大きさとしても。

 試作レベルでも機能を持たされたとしたら。自己真価が可能だとしたら。あるいは公表されている性能とは段違いの実用品があるとすれば。

 更には、先人たる後人の知識によって、ナノレベル・量子レベルへの小型が可能なのだとしたら。



 △▼△▼△▼△▼



「送信したデータは色々よ。歴史、科学、滅亡についての詳細、失敗に終わった対策の詳細。当然それらの技術。なにが必要になるかわからないから、集められたデータはなんでも送った」


 世界樹ワールドツリー。ファンタジーにはつきもののような、周囲に影響を与える超巨大な樹のように、成層圏まで伸び核にまで根を伸ばし、惑星のエネルギー収支に介入し、大気と海流の循環も司る惑星工学システム。

 可動式スマートナノダストシステム。空間に散在している状態で、センサネットワークを構築し、協調して状況のデータを採取。それだけに留まらず、任意でエネルギーが与えられるとメッシュネットワークを構築し、超微細加工技術ナノフファブリケーションやゲージ粒子操作を

集団的に行い、仮想の機械・電子機器としての機能をごく短時間ながら発揮可能な極小テクノロジー群。ただし自己増殖は行わない。

 医療用ナノマシン含全能性無幹細胞。染色体末端構造テロメアを操作し細胞分裂を操作し、P53遺伝子やDNA、ミトコンドリアDNA変異を修復する。つまり決して不死身になるわけではないが、外的な要因以外では死なない人間が生まれる。

 量子デバイス。素粒子レベルでの直接操作を行うテクノロジー群。特に光子フォトン・W、Zボゾン・グルーオン・重力子グラビトン、ゲージ相互作用を媒介する素粒子を直接操作を行うことにより、局所的時間操作も可能。

 反物質電池。太陽光や惑星の余剰エネルギーによってあらかじめ作られた反物質の電離ガスを封入し、任意で通常物質と対消滅反応を起こさせ、発生する放射線を発電素子により電力へ変換。


 いずれをとっても、二一世紀初頭では机上の空論に過ぎない、超科学の産物だ。


「それから、一番大事なもの。もしも過去で全ての技術が再現できるのならば、現地コーディネーターとして機能するよう、科学者と家族の肉体・人格・記憶のデータも」

「家族ってのは? 避難とかならともかく、そうでないのに、必要ないでしょう?」

「発端者当人と、その奥さん。あと娘とその旦那、全員が科学者だったから。過去の人間とやり取りするコーディネーターとしては無理でも、作られた設備のオペレーターはこなせるってね」


 それがオリジナルの《ヘミテオス》――『管理者』の正体か。

 機械的性質を持つ生体組織で作られた肉体に、データ化された人格と記憶を入力された、人ならざる人間たち。



 △▼△▼△▼△▼



「突然だけど、ここで質問です。コゼットちゃんとフォーちゃん。キミたちは図面や仕様書があれば、人伝ひとづてに頼まれた機械やプログラムを作れるかい?」


 明るいけれども、やはり普段と違ってつばめの質問には真剣味がある。理工学科大学生コゼットは軽く肩をすくめて、SE兼ハッカーのいざきは口以外を一切動かさないまま答えた。


「プラモ感覚で部品作って組み立てるだけっつーならともかく、そうじゃねーなら、そんな仕事お断りですわ。組んで動かすことはできるでしょうけど、ちゃんと動くかは保障できませんもの」

「同じく。指示内容を厳守、あとは自己判断でシステムを作ったとすれば、どんな不具合が出るか知ったことではないであります」


 彼女たちは《魔法》を使えば一流以上の仕事をしてしまうエンジニアだが、スキルとは関係なく、考え方がアマチュアの領域から外れている。

 どんな手段を使ってでも結果を出すのがプロフェッショナルだとするなら、成果を約束できない仕事は最初から触れない。一番正確なリスク管理が行えるのは、現場で働く者たちなのだから、無理解から来る無茶な要求には『できません』と言ってしまわないと、誰にとっても損になる。


「それはなぜ?」

「伝言ゲームになるからですわよ。書類を書いた人間の意図と、書面の内容が、完全一致しているとは限らねーですから、『読めばわかる』で伝えた気になられちゃ困るんだっつーの」

「些細な認識の違いを放置して開発を進めれば、最終的には取り返しつかないズレになってる可能性があるであります」


 誤解のしようがない単純な物を作るならともかく、高度な機能を持たせようと思えば、望む者と作る者とが打ち合わせを行い、認識のすり合わせが必須となる。

 彼女たちは部活動の一環として、そういった仕事も行っている。ゆえの体験談か。


「三〇年前にもね、同じようなことが起こったんだよ」

「地球の改造は、未来人の想定どおりに作られていないつーことですの? それヤバくねーです?」


 地球にとっては地殻プレートのほんのわずかな身じろぎが、人間にとっては地震や津波、火山噴火になる。《塔》は惑星の活動に介入しているのだから、そういった未曾有みぞうの大災害がいつ発生してもおかしくはない。

 《マナ》だってそうだ。誤作動を起こせば、どんな災害を起こすかわからない。いや、既に起こった過去の災害が、それらが原因である可能性も否定できない。

 声色は変わらずとも、コゼットが顔色を変えるのは当然だろうが、つばめは涼しい顔で首を小さく振る。


「いんや。機能だけ見れば、ほぼ仕様書どおりなんだけど……こう、上手く説明できないけど、全体的に想定外なんだよ」

「通販で窓OSのパソコンをポチったつもりで、実際にはリンゴパソコンが届いたのでありますか?」

「昔のだったら近いかも? 最近のは互換性高いし。とにかくものすごくチグハグなんだよ。オペレーターとして送り込まれたはずのオリジナル《ヘミテオス》たちも、把握だけでも苦労する一品」


 野依崎が挟んだ口に答えると、つばめはまた焼酎のコップを煽る。かなりの酒量のはずだが、彼女は水でも飲むように空け、顔には一切出していない。

 今までの話を総合すれば、そもそも彼女は酒で酔うことができるのか、という疑問もあるが。


「そりゃそうだよね。超伝導だって満足に扱えていない。資源はいまだ石油に依存している。人工知能がようやく一般人の生活の中に入ってきた。技術的特異点シンギュラリティを迎えていない技術レベルじゃ、江戸時代の人間に自動車を作らせるようなものだもん」


 不完全でもオーバーテクノロジーが再現されただけで凄いこと。しかも、明確に誰かの手によって現在の形になったというより、様々な要因が重なった偶然の産物に近い。

 マンションにいる面子は知りようもないが、悠亜が評したように、《魔法》システムを搭載している現在の地球は、奇跡としか言いようがない。


「未来で作られたシステムと、この世界にあるシステムは、似ているけど別物って考えたほうがいい」


 ただしその奇跡は、歪んでいる。神の慈悲ではなく、悪魔の気まぐれであるかのように。

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